トキヤはなんだか複雑な性格だ。

出会った当初、トキヤは私に対してそれはそれは冷たかった。
後に翔ちゃんを始めトキヤの友達たちに聞いたところによると、なんでもトキヤは私を好きで好きで堪らなくて恥ずかしくてつい素っ気ない態度になってしまっていたらしい。
うーん、分かりづらすぎる。
普通に嫌われているものだと思っていた。
話し掛けても返ってくるのはたった一言だし(慌てていて何て返事をしようかテンパっていたらしい)、睨み付けてくるし(本人曰く熱い視線を送っていたらしい)、音也が私と仲が悪くなるよう仕向けるし(嫉妬してたらしい)、これで好かれてるなんて気付けたらその人はエスパーか何かだ。

そんな私たちも文化祭の頃から急速に距離が縮まり、雪の降る寒い夜にトキヤから告白され、私もこの人が好きなんだと気付き、それからお付き合いが始まった。
そして現在、付き合って1ヶ月程経つ私たちは今でもラブラブ?なお付き合いをしている?のだろうか…。

「名前」

4限が終わり昼休みを今か今かと待ち望んでいた生徒たちが一斉に教室から飛び出していく。
そんな皆と打って変わって次の授業の支度をしていた私の元に、静かにトキヤがやって来た。

「はいはい、食堂ね」

トキヤが昼休みに私の席に来ることは日課のようなものだ。
トキヤの意図したことを汲み取り鞄から財布を取りだし、準備が整ったところでトキヤに向かい合った。
ら、トキヤが少し不機嫌そうな顔をして私を見つめている。

「なに、どしたの?」

トキヤが不機嫌になる理由が見つからず私は素直に問い掛けた。
そうするとトキヤは眉を潜めて私に言う。

「……もっと嬉しそうにしてください」
「はい?」

意味が分からなくて私までも眉を潜める。
それを見たトキヤは唇までもへの字にしてあからさまに不機嫌オーラを出してくる。

「え、なに?」
「だから、私がこうしてお昼に名前を誘いに来てるんですからもっと嬉しそうにしてくださいと言っているんです」

………トキヤの言いたいことは分かった。
分かったけど、理解はできない。
なんせここ早乙女学園では恋愛は御法度だ。
それは勿論トキヤも重々承知だし、今までのトキヤならそんな校則を守ることは屁でもないはずだし、ルールはルール、守らないはずがなかった。
でも、私たちは出会って、お互い恋をして、今までの私なら校則を破ることなんてあり得なかった、けれどトキヤと関係を持つためなら構わない、愛を貫いてみせる、そう決意して交際を始めたのだ。
生半可な覚悟ではない。
それは私もトキヤも一緒。
学園長は愛と実力を目指している。
それなら私たちは両方とも勝ち取ってやる、そう誓い合った。
だから私たちが付き合っていることは基本的には秘密だし、あまりそのような素振りは見せないようにしている。
少なくとも私は。
それなのに、それなのにこの男と来たら、私に構ってオーラを出してくるし、構わないと不機嫌になるし、今までのクールで素っ気ない一ノ瀬トキヤはどうしたんだと問い詰めてやりたい。
本人が若干無自覚なのも怖いところだ。
それほど愛されていると思えば嬉しいことではあるが、そういうのは二人きりの時だけにして欲しい。

「……あのさ、分かってるよね?」

諭すような私の口調でトキヤは私の言いたいことを瞬時に理解したようだ。
納得がいかないようではあるけれど。

「分かってます。分かってますけど、私の気持ちも分かってください。お昼に貴方と二人きりになれないのが寂しいんです」

悲しそうに言うトキヤに胸がきゅんとした。
そんな可愛いことをそんな風に言うのなんて反則だ。
思わず許してしまいそうになる自分を叱咤し、小声でトキヤを説得する。

「二人きりになったら周りに変に思われるでしょ?パートナーってわけでもないし。放課後トキヤのとこ行くから我慢して。ね?」

少しの沈黙の後トキヤはひとつ頷いた。

「よし、じゃあ皆待ってるだろうし行こうか」

教室の端で私たちを待っていた翔ちゃんとレンにも声をかけ、4人並んで食堂に向かう。
翔ちゃんやレンとも会話をしたりしてなんとなくカモフラージュのつもりだ。
それを面白くなさそうにしているトキヤは相変わらずだから取り合えず今は無視しておく。

「来た来た!遅かったねー」

先に席を取っておいてくれたAクラス組、音也とまぁ様となっちゃんとハルちゃんと友千香に手を振る。
このメンバーが私とトキヤとの仲を唯一知る人たちだ。

「トキヤと苗字が揉めててな」

呆れた、とでも言うように翔ちゃんがわざとらしく溜め息を吐いた。
なんか私のせいみたいにしないで欲しいな、トキヤだけのせいだ。
まあ私も当事者ではあるけれども。

「えー喧嘩ですか?仲良くしないと駄目ですよ?」
「シノミー違うよ、ただの痴話喧嘩さ」

レンが、ね?とでも言った様子でこちらに視線を投げ掛ける。
私は苦い顔をしてみせた。

「なんて言うか、あんたたち本当よくやるわよねー」
「あまり目立つような行為はしないことだな。でないと噂が広まるぞ」

のほほんAクラス組に諭されるなんて、私としたことが…。
素直に頭を下げて、更にとても申し訳ないながら音也に懇願する。

「あのさ、音也。すっごい申し訳ないんだけど放課後…」
「ああ、いいよいいよ!俺マサたちの部屋行くから!」

私の言葉の途中で言わんとしていることを理解した音也はきらっきらの笑顔で頷いた。
毎度のことながら本当に音也には申し訳ない。
今度今までのお礼に何かプレゼントしよう、そう決意している私の隣のトキヤはつまらなそうにしている。
元凶の男がなに一丁前に嫉妬しているんだ、いい加減もう慣れようよ私と音也の会話。
面倒な恋人を持ったものだ、半ば呆れる私。
それでも嬉しかったりもするからやっぱり人のことは言えないかもしれない。







「お邪魔しまーす」

夜10時、私は約束通りトキヤの部屋にやって来た。
課題も夜ご飯もお風呂も歯磨きも済ませ、あとは寝るだけといった状態だ。
まあ恋人の部屋に来てそのまま爆睡、なんてことは常識的にしないからこれからお喋りをしたり所謂ベタベタイチャイチャするつもりではあるけれど。

「お待ちしてました」

いつも通り音也がいなくなった部屋でトキヤが私を招き入れた。

「お風呂出たばっか?」
「ええ、課題に少々手間取りまして遅れたんです」

濡れた髪の毛と首にかかったままのタオルがそれを物語っていた。
トキヤは何も言わずとも私のためにホットココアを淹れてくれた。
ソファの前のローテーブルにそれを置き、その隣に自分用のコーヒーのマグカップを置いた。

「どうぞ」
「いただきまーす」

自分で淹れるココアよりも格別美味しいトキヤのココアは私の最近のブームだったりする。
きっとトキヤのことだから高いココア買うとか美味しい淹れ方を研究するとか、私のために色々してくれたんだろうなぁと思う。
そう思うと無性にトキヤが愛しくなって、トキヤの膝の上の空いていた右手に自分の掌を重ねた。
びくり、と跳ねるトキヤの手。

「な、んですか?」

驚いた、と反応で分かる。
なんだかもっと驚かせたくて困らせたくて、自分から指を絡ませながら肩に頭を持たせかけて言う。

「トキヤ、好き」
「……………どうしたんですか、急に」

長い間のあと、小さく聞いてくるトキヤが可愛くて可愛くて、私はふふっと笑みを溢した。

「なんで笑うんですか」
「んーん。トキヤが好きだなーと思って」

コト。
静かに置かれたコーヒーのマグカップ。
私の手からもココアのマグカップが抜き取られローテーブルに戻された。

「……私も、好きですよ」

覗き込まれるようにして顔をこちらに向けたトキヤとキスを交わす。
柔らかな唇の感触を確かめるように最初ははむ、と含み、上唇と下唇を交互に吸われた。
ぬるりとトキヤの舌が唇に触れると私はほぼ無意識に口を開き彼を招き入れる。
ねっとりとした舌の動きになんだか下半身が疼いてくる。
上顎をなぞられた時にびくっと震えた腰にトキヤは気付いただろうか。
舌と舌を絡めると、ココアの甘味とコーヒーの苦味が口の中に広がって、キスをしているのだとひどく実感させられた。

「、っふ」

唇が離れる頃には私の理性は軽くどこかに飛んでいき、トキヤのことが愛しくて愛しくて堪らなくてなっていた。
触りたい、触って欲しい。
明らかに欲情してる自分を冷静な自分が心の奥で分析していた。

「…しても、いいですか?」

甘い吐息と供に囁かれた誘惑に私は小さく頷いた。
トキヤの白い肌が赤く色付く。
その光景を目の前で見れる私はなんと幸せなことか。

私と同じようにトキヤは熱に浮かされた瞳を少し濡れた前髪からちらつかせながら、私の首筋に舌を這わせた。
くすぐったいはずなのに、何故かそこは熱く疼き始める。

「今日は私が君を誘うものだとばかり思っていたのですがね」

伏せていた睫毛が上を向き、私と目が合う。
涙膜のように濡れた瞳に私は興奮を覚えた。

「なんで?トキヤが誘ったでしょ」
「いいえ、貴方が誘いましたよ。あんな風に好きって言われたら、そんなの夢中になるに決まってるじゃないですか」

そんなつもりで言ったわけじゃないんだけど。
そう言おうとした唇にちゅっとキスが降ってきて私の言葉が飲み込まれる。

「貴方から求められて、私は嬉しいです」

少し照れながらはにかむように微笑むトキヤ。
普段の彼からは想像もできないような優しい表情に、この顔を知っているのは私だけなんだと優越感に浸る。
そう、トキヤのことを面倒くさい奴だと思っていても、結局私はトキヤが好きで仕方ないんだ。
お返しのつもりでトキヤの赤く熟れた頬にキスを贈り、驚いて目を丸くしているトキヤに私はなるべく甘い声で言う。

「今日はサービスしてあげる」

一瞬で真っ赤になるトキヤの白い肌。
私の言った言葉がうまく理解できないのか、それとも混乱しているのか、不思議なカオで私を見つめるトキヤがおかしくて、私は含み笑いを漏らす。

「…なんで笑うんですか」
「トキヤが好きだから、だよ」

固まっているトキヤの手を取って、これからの行為のため私はトキヤをベッドへ誘うのだった。






情事の途中で囁かれた「愛してます」の言葉にちょっと泣きそうになったのは、トキヤが気付いてないといい。




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