「好きです、貴方のことが」 「え、あ、あの、そそそそれはLOVEですかLIKEですか」 「愛してます。の方です」 「……私が可愛げないの知ってて告白してる?」 「可愛げがなくとも貴方が好きです」 「…………私も、トキヤが、好きです」 「こら、目え閉じんな」 「だって…あああああ」 奇声を上げながら頬の筋肉やら目の筋肉やらついでに手足まで突っ張らせている私に、向かいに立ちながら私の瞼を持ち上げていた翔ちゃんはあからさまに大きな溜め息を吐いた。 「やりづらいにも程があるっつーの!」 「えええごめんよおおお」 「力入れんな!力むな!」 「無茶な!」 「無茶じゃねえ!七海だってできたんだぞ!」 「私をハルちゃんと一緒にすんなよおおおお」 嘆いている私に構わず、翔ちゃんは指をせっせと動かし只今はアイシャドウの二層目を作っている、らしい。 どうして私が翔ちゃんにお化粧を施されているのかというと、まああれだ一言で言うと学園長の命令だ。 翔ちゃんのご両親はなんでも有名なスタイリストさんらしく、学園長はがユーもアナタのパパみたいにスタイリストの才能も持ってるかもしれないのね!試してチョーダイ!と無茶苦茶を言って今この奇妙な状況が作り上げられている。 私の前に実験台にされたハルちゃんは普段だってとっても可愛いけれど翔ちゃんのスタイリング後は普段より10割増で可愛かった。 洋服とかネイルとか髪型とか、翔ちゃんがお洒落さんなのは知っていたけれどまさかお化粧まで出来るなんて知らなかった。 なんというか男気全開と言いつつ女子力全開だ、少なくとも私よりは。 私はお洒落に無頓着で、さっき皆に驚かれたけどまともにお化粧をするのは初めてだ。 そんな経験値ゼロな私のせいで、翔ちゃんは私にお化粧を施すのに大変苦労なさっている。 申し訳ない。 申し訳ないけど、本当に、本当に、私にはこれが限界なんだって!! 「はあ、やっとアイシャドウ終わった…。ここまでに何分かかってんだよ…」 「15分ですね。ちなみにハルちゃんは5分で終わりました」 翔ちゃんの後ろでなっちゃんが時計を見ながら言った。 ここが翔ちゃんとなっちゃんの部屋だからなっちゃんが居るのはいいとしてなんで音也やらまぁ様やらレンレンまで居るのだろうか。 見学だよ、と音也はにこにこしながら言っていたがそれは翔ちゃんの技術を見に来たのかはたまた私やハルちゃんの変貌ぶりを見に来たのか。 「お。お前すげえな」 ビューラーを手にした翔ちゃんが声を上げたため少し見上げる。 「なに、私なんかしたか」 「いや、したっつーか、睫毛超長えな。量も多いし。羨ましがられるレベルだぞ」 「えーそうか?」 確かに睫毛の量が多いのか睫毛が抜ける率は人より高いけど、特別長いだろうか。 私の身近に睫毛の長いイケメンがいるせで大してそうも思わないけれど。 それなのに、えマジで?と興味津々に寄ってくるモブ達。 横から顔をじっと見られたりしてすんごい恥ずかしいんですけど。 翔ちゃんだけでも大分恥ずかしいのに。 「本当だ!」 「長いですねぇ」 うわあああやめてくれそんな見ないでくれマジ拷問だ羞恥プレイだ。 「これは巻き甲斐があるな」 鼻歌まじりにルンルンしながらビューラーで私の睫毛の根元を摘まむ。 痛くないか?なんて聞かれてやっぱり翔ちゃんは優しい人だとなんとなく再確認した。 段階をつけて摘まむビューラーに私はどこを見ていればいいのか分からずただぼんやり前を見ていた。 視界に入る皆がにこにこしていて照れ臭い。 「ほら、出来た」 「すごいです!くるんってしてます!」 なっちゃんが自分のくるんを跳ねさせながら楽しそうに笑った。 自分ではどうなっているのか全く分からないため曖昧な笑みを浮かべる。 鏡での確認は最後まで取っておくと決めたから今は我慢だ。 そんな調子で翔ちゃんはもう片方の目にもビューラーを当て、それが済むとマスカラを用意しくるんとなったらしい睫毛に滑らせた。 マスカラを済ませた目が瞬きをすると、なんだかべたっとするような感覚がある。 その旨を翔ちゃんに伝えると、翔ちゃんは苦笑しながら言った。 「だから、お前の睫毛が長すぎて下睫毛にくっついちまうんだよ」 「そうなの?」 「そ。分かってたから大分持ち上げたのにまだ足りないってことかよ」 悔しそうに言う翔ちゃんはもう一丁前のスタイリストだ。 あれよあれよという間にチークやグロスも終わらせ、ハルちゃんの数倍の時間を要してやっと完成したらしい。 「うん、我ながらいい出来だ」 「名前ちゃんすっごくすっごく可愛いです!ぎゅーってしていいですか?」 「え、あ、うん」 ぎゅーっと効果音をつけながらなっちゃんに力一杯抱き締められた。 「こら那月!髪ぐしゃぐしゃにすんなよ!」 コテで巻いてもらったゆるいウェーブは翔ちゃんが必死になって作ってくれたものだ。 どうにも私の髪が硬くて巻きづらいらしいので、やっと完成したウェーブは汗と涙の結晶だ。 思いもひとしおなのだろう。 「ほら、お前も鏡見てみろよ」 翔ちゃんから手渡された鏡を恐る恐る覗き込む。 「………す、ごい」 自分で言うのもあれだけれど、本当に誰かと思うほど別人だ。 お前ピンク似合うよ、と初めて言われた言葉を信じてアイシャドウやチークをピンクが強いものにした。 そのお陰か、顔色の悪そうな肌が褐色よく見え、私の垂れ目とも相性がよくなったようだ。 ゆるい横巻きもそのふんわりとした雰囲気に合っている。 鏡の向こうにいる自分が本当に自分なのかと未だに信じられない。 「でも、こんなに美しくなったのならやはり一ノ瀬も見ておくべきだったな」 ぎくりと肩を強張らせる。 まぁ様が私の方を見て、目が合うとまた確認するかのように頷いた。 「うむ、美しい」 「え、あああありがとう」 優しく微笑まれたら一溜まりもない。 私にはトキヤという彼氏がいるけれどもこれでドキッとしないなら女子じゃないと思う。 「トキヤ今日ラジオ収録だっけ?」 「あ、うん。夜帰ってくるって」 「そっかー…。あ、じゃあ写真撮っとこうよ折角だし!」 「や、いいよマジで!」 「撮るべきだよ。この瞬間美しい君を撮らないなんてもったいないね」 音也に同意してレンレンも頷く。 なっちゃんもまぁ様もそうだそうだと囃し立て、翔ちゃんに救いの手を求めてみるものの俺様の最高傑作納めないでどうすると俄然やるきだった。 項垂れる私。 私は写真が苦手だ。 アイドルとして写真を撮られ自分を如何に美しく見せるかの術を知っている彼等と違い私は本当に写真写りが悪い。 折角綺麗にしてもらったけれどそれを100%生かせる自信が皆無だ。 「写真ならここじゃなくてステンドグラスの前で撮りましょうよお」 「おお一階の渡り廊下の?」 「いいね、行こ行こ!」 ノリノリな皆に私は置いてきぼり状態だ。 渋々立ち上がった時によろめいたのは初めて履いたピンヒールのせい。 イメージに合うからと選ばれた白が基調の花柄ワンピースも初めて。 もう私が私じゃない。 ぞろぞろと引き連れて歩く私達は若干注目されていた。 こんな格好で人前を歩くなんて恥ずかしすぎるけど、段差で時折手を貸してくれたり気遣ってくれる皆にちょっと優越感を抱いた。 まるでお姫様みたいだと。 「あ!」 先頭を切っていた音也が何やら大きな声を上げて立ち止まった。 私も反射的に音也の向こう側を見上げる。 「トッキヤー!」 「!?」 私は目を見開いた。 確かに、廊下の向こう側から、紺色の髪をしたすらりとした男の人がこちらに向かって歩いている。 それは紛れもなくトキヤだ。 「翔ちゃん隠して!!」 「え、おいっ」 咄嗟に前にいた翔ちゃんの肩を掴み背後で小さくなる。 よりによってなんで私の前に翔ちゃんしかいないんだ、なっちゃんとかならもっと上手く隠れられるのに。 そんなことを言ったら翔ちゃんが怒り出しそうだけど、運よく私にはそんなことを宣っている余裕はなかった。 とにかく隠れるので必死だ。 お願い、見つからないで! その願いも虚しく、音也がいつもの笑顔でトキヤに寄っていきいつもの笑顔で私にとっての爆弾を落としていった。 「ねえ見てトキヤ!名前超可愛くない?」 見て、と言われても私は翔ちゃんの後ろで隠れているわけである。 「苗字」 翔ちゃんが小さく声をかけてくるけど、私は嫌々と首を横に振った。 この姿、トキヤだけには見せたくない。 好きな人の前では可愛くありたい。 私も女の子だからそういう願望は少なからずある。 けど、私は本当にお洒落に無頓着で、トキヤの前で可愛い子ぶったこともないし女子力を発揮させたこともないし女の子らしくあったこともない。 ありのままの、いつもの私でいた。 トキヤはそれも好きだと言ってくれていたし、無理をする必要もないとも言ってくれた。 だけど、私はやっぱり女の子だった。 トキヤと付き合ってから、ファッション雑誌を読むようになった。 お肌の手入れをするようになった。 料理をしてみるようになった。 少しでも、女の子らしくありたいと、トキヤに好かれていたいと思い始めていた。 だから、こんな私らしくない私を見てどんな反応をされるのか怖い。 可愛いと思ってくれるだろうか。 似合わないと言われてしまうだろうか。 私を好きでいてくれるだろうか。 コツコツと鳴るローファーの音。 段々と近づくにつれ、心臓がバクバクと煩くなる。 翔ちゃんの肩からそっと手を離し、汗でべたべたのその手はワンピースの裾を握った。 皆が遠巻きから見ていた。 俯いた視線の先にトキヤの靴が映った。 「名前、」 小さく呼ばれた声に、私は覚悟を決めてトキヤの顔を見上げた。 心臓が破裂しそうだった。 「……」 「……」 視線がかち合うとトキヤは切れ長の目を丸くして、それから一度視線を下ろした。 伏せられた睫毛が、やっぱり長いなあと思った。 「…あの」 トキヤが声を発してもう一度睫毛を上へ向けた時、トキヤの頬が赤かった。 私に施されたチークと同じくらい、白い肌に赤みがさしていた。 「すごく、その、可愛いです」 そう囁いてうっすら微笑むトキヤに私は心臓をぎゅっと掴まれた気がした。 皆の可愛いも嬉しかったし、まぁ様のなんてドキッてしたけれど、トキヤには敵わない。 だって嬉しいもドキドキも通り越して、なんでか泣きたくなるんだ。 「俺ら先ステンドグラスのとこ行ってくるわ。トキヤも来いよ、一緒に撮ってやるから」 にっと笑った翔ちゃんは他の皆を連れて私の横を通り過ぎた。 通り過ぎる時、一度だけ背中を叩かれた。 まるで頑張れよと背中を押してくれたみたいで、今日の翔ちゃんに心から感謝した。 二人きりの沈黙を破ったのはトキヤだった。 「それ、どうしたんですか?」 「あ、なんか学園長の命令で翔ちゃんがスタイリングの勉強をしなきゃいけなくてそれの実験台に…」 気恥ずかしくてなかなかトキヤの目を見れない。 トキヤの視線は私の髪の毛から爪先まで行ったり来たりしているようで、私は蛇ににらまれた蛙のようだ。 「では、それは全部翔がやったんですか?」 「うん」 「髪も、化粧も?」 「う、ん」 何度も確認される事実に私は不安になる。 何か不味いことでもあったのだろうか。 私は何かしてしまったのだろうか。 私が不安そうにしているのに気付いたのか、トキヤはふっと笑って私の頭をセットが崩れない程度に撫でた。 「我が儘を言うと、貴方を翔に触らせたくなかったです」 「えっ」 見上げると、トキヤは優しく微笑んだまま髪の毛にするりと指を絡めた。 「この髪も、頬も、」 手の甲で頬を撫でられる。 「唇も、」 グロスのついた唇にトキヤの親指が触れた。 「私だけのものですよね」 熱っぽい視線で見下ろされ、私はほとんど無意識に頷いた。 満足そうに微笑んだトキヤは流れるような手つきでまた髪や頬やワンピースの裾を撫でた。 愛しい、とでもいうかのように。 「…本当に可愛いです」 「…………いつも、こうがいい?」 すんなり言うつもりだった台詞が震えた唇から紡がれたせいで弱々しいものになった。 見上げた視線も同様に不安げだっただろう。 何度か瞼を瞬かせたトキヤは言葉を選んでいるのか空を仰いだ。 「…いつもだと、照れてしまいます」 「え、」 「今も、貴方が可愛くて、直視できないんです」 トキヤは白い肌をうっすらと赤に染めたまま困ったように微笑んだ。 そんな顔で見つめられたら、それこそ私の方が困ってしまう。 返事が出来ずにトキヤの足元をぼんやりと見ていたら、トキヤの手がこちらに伸びてきて思わず目をぎゅっと瞑る。 ぽんぽん、と優しく撫でられた頭。 反射的に顔を上げる。 「困らせちゃいましたね、すみません」 気まずそうに言うトキヤに、私は首を横に振る。 困ってない、と言ったら嘘だけど、だからうつむいてたんじゃない。 「……嬉しかったから」 するすると降りてきた手が頬に達して、私もその手に自分の手を重ねた。 細く白い指、薄ピンクの縦爪、女の人のもののように美しいけれど、手を重ねて分かる、私の手を包み込むほど大きな手。 「……今日は、本格的に、可愛いですね」 「…とくべつ」 翔ちゃんが私に魔法をかけてくれたから、今日だけ特別。 勇気をくれたから、可愛くなれたから。 「写真、撮ってくれるんですよね」 「うん」 「では、行きましょうか」 重ねた手をそのままにお互いの指を絡ませ、ふいにトキヤが私の額にキスをひとつ。 「ん」 「…皆の前ではあんまり可愛い顔をしないように」 ちょっと拗ねたような口調で言うトキヤがなんだか可笑しくて私はトキヤの手をぎゅっと握った。 なんだかこんなトキヤを見れるなら、可愛くなる努力したいかも。 そう思った。 |