※Give My Love(short),Give My Kiss(request),Give My Virginの時系列です。
一つ一つは独立した話となっています。




「優しい俺と男らしい俺、どっちが好き?」
「…は?」

ポテチを摘んでいた右手がふと止まる。
とりあえずそれは口の中に押し込んで、パリパリと軽い音を鳴らし、指先に付いた青海苔とギトギトの油分を舐めとった。

「…どうしたの、そんなこと聞いて」
「いいから。どっち?」

たまにレンはこういったおかしな、まるで女の子がするような二者択一の質問を投げ掛けてくることがある。
大半は特に深い意味もなく、内容も下らないもののため今私が過去のそれらを思い出そうとしてもそれが蘇ってくることはない。
それ程に取り留めのないことを尋ねてくるのだ。
だから今回もまた、私は私の気の向くままに思い浮かんだ答えを何の悪気もなく答えた。

「両方」








週末のデートは私とレンの習慣となっている。
やはり学校が学校なだけあって毎日クラスで顔を合わせているのは確かだけれどとりわけ深い話などはしない。
クラスメイトの翔に「お前らが一緒にいるとなんか甘い雰囲気漂っててすぐバレちまいそう」と言われ、あのトキヤにさえ「貴方方のためを思って言います、控えなさい」と窘められてしまった。
そう言われたら従うしかないわけで私とレンは程よく距離を置いて生活している。
斜め後ろの席のレンから時折構ってオーラを感じることもあるけれど、無視。
バレて退学になって別れる方がよっぽど辛いじゃない?

「土曜のデートなんだけどね」
「うん」

その日の放課後の教室は珍しく人がいなかった。
普段は新曲の打ち合わせをしている作曲家とアイドルのペアがひとつの机に寄り添って座っていたりするものだ。
私たちもカモフラージュのために楽譜や教本を机に並べ、それでも会話は土曜日に予定しているデートの話題で持ち切りだ。

「名前はどこか行きたいとことか、やりたいこととか、あるかい?」
「うーん、いや、別に」

いつもこうしてレンが私に確認作業をした後、既に練っていてくれたプランを「こういうのを考えたんだけど…」と提案してくれる。
ここまでしてくれる彼氏ってなかなか居ないのではないかと思い、私は熟々素晴らしい人を彼氏にしたんだなぁと思う。

「じゃあ、あのね」

鞄から取り出したパンフレットを楽譜の上に広げて付箋の付いたページを私に示した。

「……エステ?」
「うん。名前、一度行ってみたいって言ってたよね」
「いや、まあ言ったけど…」

デート中に行くか?
と、素朴な疑問が浮かぶ。

「それからネイルサロンに行って…」
「え」
「マニキュア剥げたって」
「うん、言ったけどね」

これもデート中に直すことだろうか?

「それからレストランでディナー。場所は俺が予約取っておくね。いい店を知ってるんだ」
「ジーパンじゃ入れないような?」
「………まあそれは当日のお楽しみってやつだよ」

絶対高いお店だ。

私はこのデートプランに疑問を覚えた。
確かに神宮寺レンらしいっちゃらしいけど、今までのデートは映画や遊園地、カラオケ、ボーリングなどとても庶民的な娯楽を計画していた。
私もレンもそれが楽しかったから文句ひとつ出てこず、次はアレしたいねコレしたいねと次のデートに思いを馳せていたものだ。
だからこんなレンらしいデートというのも初めてのことで、私はただ純粋に何故?という疑問符ばかりが頭に浮かんでいた。
まさか私を怒らせるようなことをしちゃって、機嫌取りのためにこんなデートを?

しかしそれらの疑問や疑念はすぐに吹き飛ぶこととなる。

「それから、最後、なんだけど…」
「?」
「あの、さ、」

180もある大きな身体を縮こませて歯切れの悪い言葉を紡ぐ。
後に続く言葉が予測できなくて眉を顰めながら首を捻れば私のその姿にハッとした顔をしたレンは(多分、私が前にハッキリしない男は嫌いだと言ったのを思い出したんだと思う)背筋をピンと伸ばして青い瞳を真っ直ぐこちらに向け、口を開いた。

「ホテルの部屋、取ってあるんだ…!」

自分で言っておきながらカッと顔を赤くしたレンはタレ目の目尻をもっと下げて恥ずかしそうに俯いた。
私はその一部始終を理解するのに少し時間を要し、そしてレンが目尻を染めて照れる意味を理解した。

「……あー、レンにしては頑張ったね。キスも私からだったのに」
「…こういうのは、名前に言わせるわけにいかないだろ…」
「…そうだね」
「…………いい?」
「………うん、お願いします」

長い前髪から覗いた青い瞳はうっすらと涙の膜を張っていて、相変わらずなんだからと心の中で笑った。

レンと付き合って半年、私が大人になる日がやってきたようです。









この日は特別女の子扱いされる日となった。
家まで迎えに来てくれたレンは、少し巻いた髪を褒め、シックなワンピースを褒め、気合の入れた化粧を褒め、可愛い可愛いとベタ褒めしては私の頭をセットが崩れない程度に優しく撫で、前髪をするりとかき上げて額にキスをした。
エステでスベスベツヤツヤになった頬を指の腹でなぞられ、ピンクを基調とした綺麗になった爪先に口付け。
どこのお姫様ですか、と問いたい。
道行く人もこのベタベタなカップルをバカップルと見なして冷めた目で見て横を通り過ぎていったことだろう。
でもいつもはこうじゃないのだ、今日だけ、今日だけなんです。
今日が特別な日だから…!

「………すごい」
「気に入った?」
「…この部屋に緊張してきた」

たった一泊するだけなのに部屋が3つも4つもあるなんて、あまりにも勿体ないのではないだろうか、と慄くほど広い。
天井には当然のようにシャンデリアがぶら下がっており、ちらりと覗いたバスルームはやはり当然のように大理石で囲まれていた。
ベッドも大の大人3人が優に寝そべることができるほどに大きい。
一般庶民の私には規格外すぎてリビングに唖然としてつっ立っていると、私の肩に両手を乗せたレンはとりあえず座ろうかとソファへ誘導した。
当たり前のように柔らかなソファに腰を下ろせば、レンは部屋に備え付けてあった紅茶のパックを使って温かなダージリンティを煎れてくれた。
ホッと一息吐けばレンは安心したように笑う。

「落ち着いたかな」
「なんとか…」
「ごめんね。名前がどんな部屋が好みかリサーチできてなかったから、とりあえずスイート取るしかできなかったんだ」
「いや、十分すぎるよ。ありがとう」

瞬きを数回繰り返して照れたように微笑むレン。
今日は普段にも増して尽くしてもらい、ここまでしてくれたことへの申し訳なさと愛されていることを改めて実感した喜びを感じた。

「…ありがとうね、レン」
「、俺がしたいだけ、だから。こちらこそ、ありがとう」

レンは近くにあった私の手をぎゅっと握って、こちらを見ることもそれ以上言葉を発することもなかった。

棚の上にあるアンティーク調の時計の秒針がカチカチと鳴る音のみ響く。
カチ、カチ、カチ、カチ。
秒針は何周しただろう。
するりと突然私の手を離したレンは、小さな声で囁くように言った。

「風呂、入ろうか」

さすがの私でも心臓がバクバクしてきた。
お風呂に入るということはそういうことだ。
事前に分かっていたから、下着も上下を可愛いデザインで揃えられたし、無駄毛処理だって怠らなかった。
準備はバッチリのはずだ。
まさか、こんなに心の準備が整ってないとは思わなかったけれど。

「先、名前入る?」
「え、あ、私、後がいい…」
「うん、分かった」

レンはソファから立ち上がると私の頭を2度ポンポンと叩いてからバスルームへ消えていった。
バクバクと心臓が煩い。
落ち着いて座ってなんかいられなくて、無意味に部屋中を歩き回る。
備え付けの超大型液晶テレビを点けても面白い番組がなくてすぐに電源を落とすことになった。
どうしよう、どうしよう。
遠くで聞こえるシャワーの水音がやけに耳について離れず、この後の行為を想像させた。

部屋の探検の3度目の最中、キイッと扉の開く音がして私は部屋の真ん中で身体を強ばらせた。

「…何してるの?」
「うん、まあ、ね」

バスローブを羽織って髪が濡れたままのレンはいつにも増してかっこいいように思えた。
どんどん現実味を帯びていくこの状況に頭で理解できていても心がついてこない。

「私も、入ってくるね」

バスルームに視線を送ればレンはこくんと頷き「待ってるね」と微笑んだ。
今日のレンはいつもと違う。
いつもの、私にベッタリの甘えたの情けない神宮寺レンではないのだ。
きっと初めての私を安心させるために余裕のあるように振舞っているのだろう。
なんて、優しい人。
大丈夫、怖いことなんて何もない。
レンとなら安心できる。
レンが頑張ってくれているというのなら、私も頑張らないと。
ファイト、自分!
自分自身を鼓舞して奮い立たせ、煩わしく跳ねる心臓を抑え込む。

情事前の女子にあるまじき速さでシャワーを浴び、所謂勝負下着にバスローブを一枚羽織ってバスルームを飛び出した。
いざ、出陣!
戦に向かう侍のような心構えの今の私に怖いものなど何もない。
さあ、レン、どこからでもかかって来い!

「…待ってたよ」
「あ、……うん」

と、意気込んでみたはいいものの、レンのあからさまな緊張してますオーラに私も怯んでしまった。
レンが腰掛けているのはソファではなくベッドだ。
おいで、と手招きをされ恐る恐る隣に座ってみればやはり柔らかいスプリング材のベッドと手触りの良いシーツ。
これからここで…、とお風呂上がりのスッキリした頭がやけに冷静に情報処理を行う。

「名前…」

シーツを伝って手繰り寄せるように指を絡め、青い瞳が私の瞳を真っ直ぐに見据えて捉え離さない。
自然と落ちる瞼を合図に顔を寄せて柔らかな唇をぴたりとくっつける。
唇を尖らせて吸うようにちゅっちゅっと音を鳴らされれば自然と緩まる唇の隙間にレンは優しく舌を差し入れた。
唇の内側と歯の表面をなぞられ、お返しに舌を少し出せばそれは丁寧に舐め上げられちゅうっと吸われる。
口内に溜まる唾液が溢れそうになれば吸い取られレンの喉をこくりと鳴らして消えてしまう。

「っん、っふぅ」

舌を絡め合う激しいキスに鼻にかかった声を漏らせば、レンはその都度慰めるようにあやすようにリップ音を鳴らした。

レンは今、どんな顔をしてる?

ぎゅっと瞑った目を怖々と開ければ、青く輝く瞳と目が合ってしまい、私は驚いてまた瞳を閉じた。

(レン、キスの時目開けてるの…!?)

キスの時のだらしなく蕩けた顔をあんなにも至近距離で見られていたのかと思うと恥ずかしくてたまらない。
眉間に皺が寄るほどぎゅっと目を塞ぎ、このどうしようもない羞恥心から意識を飛ばしたかった。

「名前、好き…」

息継ぎの合間に囁かれる甘い告白は途切れることがなくて、余裕のない私はただただこくんこくんと頷くしなできない。

(私も、好きだよ、レン)

心の中で唱えても具現化するわけもなく、その愛しいという感情が唇を伝って彼に届けばいいのにと切に願った。

キスに意識が向いていた最中、レンの空いた方の手が私の背中に回り、するすると腰辺りを撫でる。
くすぐったくて身を捩れば、レンは一旦唇を離して「嫌かい?」と寂しそうに尋ねた。
その顔に私は滅法弱くて、大袈裟なまでに首を横にぶるんぶるんと振り否定を示す。

「やじゃない!」
「本当?」
「本当!…もっと、して」

垂れた目を丸くしたレンは頬を赤く染め上げて項垂れた。
前髪を掻き上げる仕草から彼が照れているのは一目瞭然だ。

「もっと、したいよ」

耳元にキスをしたレンは、手際良く腰の結び目を解き大胆にも前の合わせを両の手で開いた。
大して大きくもない胸を納めた勝負下着がお目見えする。
食い入るように私の胸を見つめるレンの頭を「こら」と小突けばレンは照れた笑みを浮かべた。

「あんまりにも可愛いからさ」
「可愛いって…なにが?」
「全部」

ちゅっと胸元にキスをされたと思ったら同じタイミングでブラのホックを外されていて本当に手先だけは器用な人だと少々呆れた。

「気持ちいい?」
「、変な感じ」
「そっか。じゃあもっと俺を感じないとね」

胸に優しい愛撫を施され、緊張でガチガチだった身体は自然と解れバクバク煩い胸の鼓動も心地好いものになっていった。
赤く色付いた胸の頂きを吸われれば自然と甘えるような声が鼻から抜けて、はっとレン見れば嬉しそうに目を細めて微笑んだ。
彼の硬く靭やかな指はお腹を通ってゆっくりと下降し、太腿をいやらしく撫でた後下着の上からまだ誰にも触らせたことのないそこを優しく摩った。

「んっ」
「あ、今の顔、すごく可愛いね。目をぎゅって閉じるの、もう一回」
「え?そんなの分かんない」
「はは、また自然となるよ」
「っ!」
「ここも、気持ちいい。だろう?」

ちらりと見上げた前髪越しの青い瞳がまるで野生の獣の捕食時のギラリと光るそれのようで、先程までの垂れ目の穏やかな視線との違いに背筋をぞくりとさせた。

「レン、そこ、」
「ここ?感じる?」
「ちが、やだっ、」
「気持ち良くておかしくなりそうだから?」

下着越しではあるが敏感な部分を擦られ、否応なしに身体が気持ち良いと叫ぶ。
しかしそれを素直に言葉に表して伝えられる程大人でもない。
そんな私を見透かしているのか、レンはあやすような口ぶりで私の戯言を言いくるめ大して聞く耳を持たなかった。
むしろちょっと強引な言葉で私を追い詰めている気さえする。

「直接触るね」
「っレン」
「うん?濡れてるね」

ぴちゃ、とわざとらしく水音を鳴らして様子を伺うように私の顔を覗き込む。
恥ずかしいのと素直になれない乙女心から顔をぷいと背ければ、レンは腕を伸ばして私の顎を掴み半ば無理矢理視線を交わらせた。
その初めての強引な行動に驚いた反面かっこいいレンに胸がぎゅっと締め付けられる。

「だーめ。可愛い顔をよく見せて?」
「……ばか」
「どの口が言ったのかな?」

悪い子にはお仕置きだ、と台詞の割りに優しいキスを唇に落とされて身も心もドロドロに溶けていく。

「……レン、」
「?」
「…足りないよ」

私だってこんなことを言える程には理性などどこかに捨ててきてしまったらしい。








「はぁっ、大丈夫そう?」
「ん、へいき、だから、」

覆い被さるレンは何度も念を押すように同じことを尋ねてきた。
大丈夫、平気だと言っても愛撫をする手は止まりやしない。

「…もう少し、慣らそうか」
「だから、平気、だってば」
「でも、」
「でももクソもない!」

ピシャリと言い切ればレンはまた相変わらずの情けない顔をしてでもとだってを繰り返した。
さっきまでの強引なレンはどこに行ったんだと問いただしてやりたい。

「名前…」
「レン、私を信じて。私もアンタを信じてるから」

初めては痛いし気持ち良くないって世間では言うけれど、私はそんな心配なんてこれっぽっちもしていない。
私が好きになった神宮寺レンという男は、不器用で情けなくて泣き虫な奴だけど誰よりも誠実で優しいって知っている。
そんな彼を好きになったのだから。

「…挿れるよ」

グッと感じことのない膣の圧迫感に眉が歪む。

「っ」
「名前、名前っ」
「れ、ん?」
「痛くない?俺、無理させてない?」
「なんで、よ。…っく、好きだよ、レン」
「俺も…っ俺も、君が愛おしくてたまらないよ」

痛くないと言えば嘘になる。
けれど、この痛みがリアルにレンと繋がっている証明なのだと思えばどうってことない。

「キス、レン」
「うん、しようね」

噛み付くようにキスをして互いの舌を絡めた。
私の喉の奥の呻き声も唾液も、この想いもレンが全部全部飲み込んでくれた。

「っ、一気に、いく、からね、」
「ん、うん…」
「く…っ」
「!…ッアア」

私はレンの腕の中で、私の初めてを最愛の人に差し出すことになったのだった。











「せっかくこんなにベッドが広いのにもったいないなぁ」
「嫌だよ、離れないからね。名前を腕に抱いて眠るのが夢だったんだから」

ぎゅうっと逞しい両腕にがっちりとホールドされて、むしろ私は若干の眠り辛さを感じている。
せめてもう少し腕の力を緩めてはもらえないだろうか。

「分かったから、少し手加減してもらえる?身動きとれないんだけど」
「……少しだからね」

渋々承諾を得たものの正直あまり変わってない。
私は小さく溜め息を吐いて、レンの胸板を軽く押した。
こういう時の対処法は十二分に心得ている。

「あんまり近いと、レンの顔見れないよ」

ちょっと切なげに言えば、レンは頬をカッと赤くさせてこくこく頷き少し距離を取った。
単純で扱いやすい、彼のいいところのひとつである。

「俺、名前にたくさんのものを貰ってばかりだね」

繋がった手に口付けを落としたレンは愛おしそうに私を見つめた。
その瞳を受け止めて、私は首を横に振る。

「私もレンから同じ分貰ってるよ」
「…そう思う?」
「うん。私好みの男になろうとしてくれるしね」
「…気付いてたんだ」
「特に男らしい演技は中々難しそうだったね。様にはなってたけど」
「本当っ?」
「うん、それらしかったよ。…まあでも私は普段のレンが好きだし、そのままでいいんじゃない?」
「………」

束の間の沈黙。
なんだろうと不思議に思いレンの顔を見上げると、その瞬間ガバッと効果音がつきそうなほど勢い良く抱き締められて私はレンの胸板に額をぶつけることになった。

「痛っ、なに?もう…」
「俺、こんなに、幸せで、いいのかなぁ?」
「はあ?」

涙ぐんでいる声に引く正直者の私。
今のどこに涙腺を緩めるポイントがあったのか皆目検討もつかない。

「名前と一緒にいるだけで幸せが溢れてくるんだ」
「大袈裟だなぁ」
「本当だよ」
「っいたたた!」
「あ、ごめんね、つい」

愛を語るくせに愛されることに臆病なレンはあべこべな気持ちを胸に抱えて生きてきた。
もし、私が彼を救えるというのなら。

「レン」
「ん?」
「私がレンを世界一幸せにしてあげる」

私が彼に愛を与える時でしょう?




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