※トキヤがアイドルやめてAV男優しているというとんでも設定。





ピンポーン。

インターホンが鳴る。
さて、誰だろう。
エントランスのインターホンではなく、すぐそこの玄関先のインターホンの音だ。
壁に掛けてある時計はまだ8時、来訪客にしては些か早い時間帯である。
そして何より心当たりが一人しか思いつかない。
ここまでの推測わずか1秒。

持っていたブラシをドレッサーに放って、私は玄関へ向かった。
早く出ないとまたチャイムを鳴らされそうな気がしてそれはうざいから避けたい。

「はーい」

覗き穴から扉の向こうを見れば案の定である。

「一ノ瀬さん、朝っぱらからなんですか」

重厚な扉を開けば待ってましたとばかりに笑顔で出迎えられ、対して私は朝のローテンションからげっそりしている。

「おはようございます。おや、スッピンなんですね、可愛いです」
「…これから化粧するところだったんです。で、なんの用ですか?」
「自分の弁当を作るついでに貴方の分も作ったんです。お昼にいかがですか?」

差し出された可愛い手提げ袋に入ったお弁当箱。
私は生唾をごくりと飲み込む。
一人暮らしの私はお昼をいつも学食で済ませているため、お弁当なんてものがあったら節約になる。
そして何より一ノ瀬さんの手作り料理がほっぺが落ちるほど美味しいのを私はよく知っている。

「……頂いていいんですか?」
「ええ、どうぞ」
「じゃあ、いただき、ます」

おずおずと受け取れば、一ノ瀬さんはお口に合うといいですと目を細めて笑った。

「一ノ瀬さんの料理はいつも美味しいですよ」
「本当ですか?では一生作って差し上げますね」
「いや、いいです」
「遠慮しなくても」
「してません」

私がムキになって答えれば、一ノ瀬さんはやれやれと言うように首を竦めた。

彼は隣に住んでいる一ノ瀬トキヤさん。
お年は25歳で、職業はなんとAV男優だ。
AV男優なんていったら汚いおっさんが○○プレイとかいって下衆いセックスでオラオラ言って女の人を喘がせてるイメージだったけれど、一ノ瀬さんは「イケメンAV男優」として主に女性向けのアダルトビデオで活躍している。
と、一ノ瀬さんが言っていた。
私も興味本位でネットでググって無料動画を観てみたことがあるが、私が思っていたようなアダルトビデオではなく本当に愛し合っている恋人たちのセックスを観ているかのようなそんな甘くエッチなものだった。

確かに一ノ瀬さんは超絶なイケメンだと思う。
私は芸能人に疎いためよくは知りはしないが、昔はアイドルをやっていたそうで、以前に是非聴いて下さいとCDを貰ったことがある。
そんな謎の経歴を持つ一ノ瀬さんだが、私が隣に越してきてからよくお世話になっている恩人だ。
若干認めたくない部分があるのも確かだけれど。

「今日は大学が終わったら時間あります?」
「え、ないです」
「ご予定ですか?」
「あー、はい。ちょっと…」
「デートですね」

一ノ瀬さんの的確な答えに私は肩をびくりと跳ねさせる。
けれどこのことがバレると少し面倒なので私は無理矢理頬の筋肉を釣り上げて笑ってみせた。

「やだなぁ、違いますよ」
「貴方は嘘を吐くのが下手ですね。前にかっこいい、素敵、と話していた男性とお付き合いを始めたんでしょう」
「………なぜそれを」
「私を甘く見ないことですね」

ふふん、と笑った一ノ瀬さんだが軽くストーカーチックな発言をしたことに本人は気付いてないのだろうか。

「……まあ、そういうことなんで今日は空いてません。何かご用でした?」
「そのお弁当のお礼に貴方にしてもらいたいことがありまして」
「……してもらいたいこと、ですか?」
「ええ、シてもらいたいことです」
「……お弁当返します」
「返品はききませんよ」
「クーリングオフ制度って知ってますか」

お弁当を突き返してもグイグイ押されるので私は溜め息を吐くしかなかった。
発言は過激だったりするけれどなんだかんだ優しいのは既知なのでお弁当はありがたく頂くことにしよう。

「今度お礼に何か作ります」
「おや、料理できるんですか?」
「失礼ですね、私だって一人暮らしをしてるんです。できますよ……一応」
「一応、ね」

クスクス笑うもんだから、私はお弁当箱をぎゅっと握り締めて「うっさいです」と悪態を吐く他ない。

「さて、長話になってしまいましたね。準備が終わってないのでしょう?戻って下さい」
「あっ」

すっかり朝の忙しい時間帯だということを忘れてしまっていた。
朝っぱらから訪ねてくるなんて迷惑な人だと思ったが、話していると楽しくなって時間を忘れるほどなんだから彼ばかりを責めてはいられない。

「では、いってらっしゃい。デート、楽しんで下さいね」

とびきりのイケメンスマイルで見送られて私は玄関の扉を閉めた。

(……化粧、しないと)

















嗚呼、皮膚が裂ける音がする。
ピリ、ピリピリピリピリ。
痛い、痛い痛い痛い。

「っ痛、ぁぐっ」
「我慢、しろよっ」
「むり、無理無理無理っ、いっ、たい…!!」
「ちっ、なんなんだよっ…!」

なんなんだよ、はこっちの台詞だ。












『♪覚えていますかprincess? 初めて会ったあの日』

イヤホンから流れる優しい歌声。
一ノ瀬さんはどうしてアイドルをやめてしまったのだろう、ふと思い出したかのように疑問が沸き上がる。

重たい足取りは歩幅を狭くして、駅からマンションまで帰るのに倍近くの時間を要してしまった。
エレベーターの点滅が一つまた一つと上がるのをぼんやり眺める。
冷えてしまった身体を冷たい腕で抱けば、カタカタと未だに震えているのがありありと分かった。
お風呂に入ろう。
熱い湯を張って、身体を隅々まで洗えばあの汚い想い出も綺麗さっぱり忘れることができるかもしれない。
ぶるりと震える。
嗚呼、駄目だ、思い出してはまた身体の奥がピリピリと痛み始める。
『♪迷子のココロ泣かないで いつだって君の側にいる』

(一ノ瀬さん……)

「苗字さん?」

イヤホンの向こう側、おんなじ声が聴こえた気がした。
俯く顔を上げると、そこには。

「おかえりなさい。……何か、ありました?」

ぶわっと溢れる涙。
イヤホンをとっぱらって、私は一ノ瀬さんに思い切り抱きついた。

「いちのせさっ、」
「苗字さん?大丈夫ですか?」
「うっ、っぇう、っうぐ、っ」
「落ち着いて、いい子だから」

よしよしと頭を撫でる優しい手も、ぎゅうっと包まれるように抱き締められた腕も温かくて酷く落ち着く。
しゃくり上げる私は、言葉を紡ごうにも上手く日本語が話せない。
それがもどかしくて、一ノ瀬さんの背中で洋服をギュッと握って彼にすがりついた。

「ゆっくり、深呼吸しましょう」
「っう、っ…はぁ、っひぐ」
「そう、上手です」

鼓膜にダイレクトに響く優しい声音。
あの歌のと同じでまるで子守唄を聴いているかのようだ。

「落ち着いて、私はここにいますよ」
「っはぁ、っえぅ…はっ」
「そう、ゆっくりゆっくり…」
「……っう、だいじょぶ、です。ごめ、なさ…」

一ノ瀬さんの背中に回した手をゆるゆる外して胸から顔を上げる。
彼は私の肩に手を置いたまま離さずに、困った顔で「このままでは帰せませんよ」と言った。
私はこっくり頷いた。




「ラベンダー茶です。落ち着きますよ」
「ありがとうございます…」

ティーカップを持ち上げて湯気の立つそれを啜ればじんわり身体が温かくなる気がした。
美味しいです、と感想を述べれば一ノ瀬さんは安心したように微笑んだ。

「私が聞いていいことなのか分からないですけれど、…何があったんですか?」

こんなこと、ペラペラと人に話せるような話題ではない。
分かってはいるけれど、それでも一ノ瀬さんになら話してしまいたいと思ったのは彼が私より大人でおまけにAV男優だからなのだろうか?

「デートというか、彼の家に行ったんです……」

家に呼ばれたのだ、少なからず覚悟はしていた。
しかし、セックスが初めての私は分からないことばかりで、彼の部屋に上がった途端ベッドに押し倒されて服も下着も強引に剥ぎ取られた時は対処のしようがなかった。
分からないなりに分かったこともあった。
この行為に愛はない。
無理矢理口に突っ込まれた彼の性器、鳴らしもせずに引き裂かれた私のバージン。
痛いと泣き喚く私に彼は一言こう言ったのだ。
「つまんねぇな」と。
嗚呼、私は見る目がなかったのだ。
上っ面の優しげな顔立ちと振る舞いにそれが彼の全てだと錯覚していた。
告白されて調子に乗ってのこのこ彼の家に着いていけばこれだ。

穢れた身体をギュッと抱き締める。

「……恥ずかしい、馬鹿みたい…」
「ええ、貴方は大馬鹿です」

ちらりと顔を上げれば、一ノ瀬さんが腕を組んではあっと大袈裟に溜め息を吐いた。

「なっ、」
「だから初めから私にしておけばいいものを」

よいしょ、と椅子から立ち上がった一ノ瀬さんが無言で私に近付いてくる。
え、なに、え?
動揺している私にお構いなく、彼は私の身体に手を伸ばしてひょいっとお姫様抱っこをしてしまった。

「えっ!?」
「ベッドに行きますよ」
「ちょ、待っ」

細い廊下を進み、寝室の扉を行儀悪く足で開けた一ノ瀬さんは私をベッドに降ろすのではなく自分がそこにストンと座った。
私を膝の上に乗せたままで。
怯えて固まっている私に、彼はいつもみたいに眉尻を下げて優しげに笑う。

「抱いたりなんてしませんよ」

その言葉と同時にぎゅうっと抱き締められる。
彼は好き勝手に私を腕の中に閉じ込め、ボサボサになった髪を優しく梳いた。
されるがままの私は一ノ瀬さんの膝の上で大人しくする他ない。

「ふふ、耳が小さいですね」

髪を掻き分けれて見つけた耳にその横の毛を掛ける。

「耳にキスをしてもいいですか?」
「えっ!?」

何を言い出すんだこの人は、と驚きしか生まれなかったが、でも一ノ瀬さんのキスは気持ち良さそうだと以前に見たアダルトビデオをぼんやり思い出した。

「………どうぞ」

ちゅう、と耳たぶが緩く吸われる。
軟骨の端から端まで彼の柔らかい唇が優しくなぞって私はその気持ち良さに従順に瞼を閉じた。

「頬がふわふわですね、ここにキスは?」
「…はい」
「瞼は?」
「…ん」

ちゅ、ちゅ。
優しく降り注ぐ彼のキスは私の汚れきった身体も心も浄化するようだ。
さっきまであんなことがあって号泣していたのに、今では嘘みたいに心が安らぐ。

「苗字さん」

ふと囁かれた名前に、重い瞼をゆっくりと開ける。

「貴方が大好きです」

近くで見つめる一ノ瀬さんは改めて美しい。
長い睫毛も高い鼻も柔らかな唇もサラサラの髪も。

「…は、い」

返事が上手くできなくて、それだけ小さな声で呟くと、一ノ瀬さんは目を細めて笑って額と額をコツンと触れさせた。

「もっと愛したいんですけど」

なんて魅力的なんだろう。

「ご飯、また作ってくれますか?」
「ええ、毎日三食を」
「…お礼、たくさんしないとですね」

お昼にと貰ったお弁当の分もまだ保留のままだ。

「そんなの最後に一括払いでいいですよ。それまでは、ただ私の側に」

優しく額にキスを落とされて、私は首を縦に振った。

分割払いで愛を返します。

その言葉はもう少ししてから一ノ瀬さんに伝えよう。
今はあとちょっとだけ、一ノ瀬さんの愛を感じていたい。









続編書きたいです。




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