ピンポーンとチャイムをひとつ。 バタバタと廊下を駆ける物音が分厚い扉の向こうからして、そうしてその扉が勢い良く開いた。 「お待ちしてました、名前」 「うん、お邪魔します」 心なしか、いいやどう見ても普段より高揚した様子のトキヤが出迎えてくれた。 理由は知り得ている、そのために私はお祝いのケーキを持参してここにやって来たのだから。 「はい、オリコンランキング5位おめでとう!」 「ふふ、ありがとうございます」 「あ、ケーキなんだけど一応トキヤの分はカロリー低いものにしといたよ」 「今日くらいは構いませんよ」 カロリーを気にしないだなんてトキヤは大分浮かれているようだ。 いつもの釣り上がった眉はなんとなくハの字で頬の筋肉も上がりっぱなしだ。 余程嬉しいのだろう。 「あっ、名前だ!いらっしゃい!」 「音也くん、こんにちは」 ソファの影からひょっこり顔を出した音也くんはこちらに手を振ってアイドルスマイルで出迎えた。 その奥には翔くんも居る。 「皆勢揃いだね」 「皆さんがお祝いをしたいって聞かなくて。私は大したことじゃないと断ったのですけどね」 なんてトキヤは言うけれど満更でもない様子だ。 「苗字か、よく来たな」 「真斗くん。ああ、お料理担当なのね」 「僕もですよぉ」 「那月くん…!」 「四ノ宮は盛り付け担当だ。安心しろ」 キッチンには真斗くんお手製の豪華な料理が並んでいる。 ちらし寿司に唐揚げ、煮物、魚の煮付け、どれもこれも美味しそうだ。 「レンくんとセシルくんは?」 「2人は買い出しに行っています。なんでも買い忘れたものがあるとかで…」 「ふーん?」 ST☆RISH全員が揃ってお祝いだなんて豪勢なことだ。 それもこれも毎週一人ずつソロのCDを発売していて、その最後をトキヤが飾ることになったからだろう。 「音也、今何時だ?」 「うわっ8時すぎてる!早くソングステーションつけないと!」 急いでチャンネルを替えた音也。 一緒にテレビ画面を覗いて、なんとなく違和感を覚える。 「出演者、少ないね…?」 「うん…」 ソングステーションとは生放送でアーティストを複数組呼んでスタジオに設置してあるステージで歌ってもらう歌番組だ。 途中にはその週のシングルCDランキングも発表しており、今音也くんがテレビをつけたのもこのランキングでトキヤがランクインしているのをお祝いするためである。 けれどいつもと違う状況。 今回はゲストのアーティストがたったの3組しかいない、異例だ。 「なんだ、どうかしたのか?」 真斗くんがちらし寿司の大きな器を抱えながらリビングへとやって来た。 テレビをじっと見ていた翔くんがソファの背もたれに腕をつきながら不服そうに答える。 「なんか今回はスペシャルらしいぜ」 「スペシャル?」 「そ、このロックバンド。大分尺使うかもな…」 リビングがしんとなる。 その嫌な雰囲気に私は無理矢理明るい声を上げた。 「でもランキングは毎週定番でやってるし、大丈夫でしょ!あっ、ちらし寿司美味しそう!私も何か手伝うね!」 那月くんに何か手伝っていい?と尋ねたら、じゃあこれを運んで下さいとお箸の束を渡された。 うん、と頷いてそれをテーブルに並べる。 トキヤの横を通り過ぎた時、彼の顔がやけに曇っているのを見つけた。 「そろそろ、やりますかね…」 8時20分。 普段ならランキングコーナーになってもおかしくない時間だ。 そわそわ落ち着かないのは私だけではなく、準備が整った食卓に誰も箸を持つ者はいない。 「こ、このアーティストが歌い終わったらじゃない?」 隣のトキヤが出迎え当初のような元気が見えなくなっていることが気掛かりで、彼を励ますためにも私は皆に呼び掛けた。 察した皆はそうだそうだと笑顔で答えてくれる。 しかしその思いも虚しく。 『次はこのアーティストに歌ってもらいましょう!』 ランキングに入ることなく次のアーティストが呼ばれる。 8時30分。 まさか今週はランキングは放送しないのだろうか、と嫌な想像をしてしまう。 「ただいまっ!もうランキングは終わってしまったかい!?」 居心地の悪いリビングにバタバタと飛び込んで来たのはレンくんとセシルくん。 買い出しから急いで戻って来たようだ。 「……あ、まだ、だよ」 「…そう?なんだ…?」 ランキングに間に合って嬉しいはずなのに明らかに落ち込んでいる私たちの態度にレンくんは不思議そうにした。 セシルくんも状況がイマイチ解らないらしく、もう少しですかね!と笑顔で席に着く。 もう少しでやればいいんだけど、と私たち誰もが心の中で呟いただろう。 『それでは、最後のアーティストです!』 8時40分。 まだ希望は捨てられない。 『今回はスペシャルメドレーです!3曲続けてお聴き下さい!』 「3…っ!?」 真斗くんが思わず口走った。 私たち全員が少なからず動揺したはずだ。 この時間から3曲も歌ってしまえばもうエンディングの時間となってしまう。 リビングの重たい空気とは反対にテレビの向こうではノリのいいロックバンド曲のギターを掻き鳴らしている。 「これ、ランキングやらない感じ?」 音也くんが素直にそう尋ねた。 正直その台詞は今はタブーだ。 確かにここにいる全員が全員そう思っているだろう。 しかし、言葉にすることによってトキヤのガラスのハートを思いきり傷つけることになることを音也くんは知らないのだろうか。 「最後まで諦めるな…」 真斗くんが低い声で呟いた。 ちらりとトキヤの様子を伺うと、驚くほど普通の顔をしていた。 それが逆に怖い。 「さあ、ご飯を頂きましょう。せっかく聖川さんが作って下さったのに冷めてしまったら勿体ないです」 至って普通を装っているということがバレバレでそれが酷く痛々しい。 釣られるままに箸を持ち、あまり盛り上がりのない夕食が始まった。 『それでは3曲目です!どうぞ!』 ギターの甲高い音が鳴って前奏が始まる。 カラオケなどで歌えば盛り上がること間違いなしの曲だが、どうにもこの場には場違いな曲となってしまった。 「俺この曲超好き!」 ギターに心揺さぶれるのか、音也くんのみ段々とテンポを身体で刻みスタジオと同じテンションになってきている。 このあまり空気を読めていない状況に止めたいが止められない私たちがいた。 音也くんの隣の翔くんが苦い顔をして音也くんの脇腹を小突いても身を捩るのみで効果はない。 そして、とうとう一番盛り上がる最後のサビがやって来た。 『♪そしてぇ かーがやーく』 「ウルトラソウッ」 「ハァイッ!!」 ビクッと肩が跳ねる。 隣のトキヤが全力で合いの手を打ってきたのだ、この空気の中で。 「…皆さん気にしすぎですよ。たかがランキングじゃないですか。放送しなかったからって私の5位が覆るわけでもないですし売上に影響するわけでもないでしょう。…聖川さん、ちらし寿司美味しいです」 「あ、ああ。口に合って良かった」 この空気を打破しようとトキヤが気を遣ってくれているのだろう。 当の本人がそう努力をしてくれているのに私たち外野が辛気臭い雰囲気になっていては申し訳ない。 「うんっ、この唐揚げも美味しい!」 「マジか!俺も食おっ」 「こっちは僕が盛り付けたんですよ~」 「げ、お前隠し味ーとか言ってなんか入れてねぇだろうな…?」 「はい!タバスコさんを少々!」 「うん、俺好みのスパイシーな味だね」 「これ全部レンにやるよ…」 ちらりと横の毛に隠れたトキヤの端正な顔を盗み見る。 食卓のドンチャン騒ぎを微笑んで見てはいるものの、やはりどこか物悲しい雰囲気が漂っている。 どうやらそれなりに重症らしい。 「トーキヤ、こんなところで何してんの?皆ケーキ選んじゃうよ」 ベランダの柵に両腕を乗せていかにも黄昏てますっていうトキヤを追い掛けて玄関から持って来た自分のパンプスをつっかける。 室内の蒸し蒸しした空気とは違って、冷たい夜風が頬を撫でた。 「ああ、名前ですか。私の分はいいですよ」 「何言ってんの、カロリー低いケーキ死守しとかないと取られちゃうよ」 「…」 黙り込んでしまったトキヤ。 すぐ自分の世界に、思考に入り込んで捕らわれてしまうのが彼の悪い癖だ。 「ランキングのこと、ショックなんでしょ」 横に並んでトキヤのことを見ないで真っ黒い空に向かって呟けば、トキヤはあからさまにビクリと身体を震わせた。 バレてないとでも思っていたのだろうか。 「そんなことで、と思っているんでしょう?」 「まぁね、正直くっだらない」 素直に述べるとトキヤは苦虫を噛んだような顔をした。 「貴方ね、もう少しフォローとかそういう…」 「だってさ、ランキングが放送してもしなくてもトキヤがランキング入りしたことに変わりはないし」 「まあそうですけど、」 「私分かるよ。トキヤは自分が必死に頑張って努力して掴んだ栄光を何か形にして周りに知らしめたいんでしょ?」 「…」 「ごめんね、聞こえがあんまり良くないね。つまりは周りに知ってもらって、すごいねって認めてもらって褒められたい。…違う?」 柵に上半身を凭せ掛けて顔を覗き込めば、下唇を噛み締めてまるで泣くのを我慢しているかのような彼がいた。 ふわりと頭を抱き寄せて肩口に押し付ける。 「トキヤは努力して頑張ってたよ。ファンの皆もそんなトキヤだから応援したいんだよ」 「っ名前…」 「えらいえらい」 よしよし、とさらさらの髪の毛を手櫛の要領で撫でればトキヤは緩く私の腰に腕を回して甘えるように額を擦り寄せた。 「…貴方はなんでも知ってるんですね」 彼の髪から香る優しいシャンプーの香りを吸い込んで、ふっと息を吐いた。 「だってトキヤのこといつも見てるからね」 東京の空に輝く星は見えないけれど、そこに星があることは皆知ってるんだよ。 |