※トキヤとヒロインの間に子供ができる設定です。苦手な方は御注意下さい。




遠くで雷が鳴った気がした。
窓を見上げ、レースのカーテンを捲ってみれば広がる空は灰色で雲は厚い。

(こりゃ降るな…)

よっこいしょ、と重たい腰を上げる。

「ちょっと何してるんですか!!」

廊下をバタバタ走りながらやって来たのは、右手に泡だらけのスポンジ、左手に泡だらけのマグカップを持ったトキヤだった。

「ちょ、それ置いてきなよ…」
「貴方が大人しくしてないからですよ」
「雨降りそうだから洗濯物取り込もうと思って」
「おや、雨雲ですか…」

私と同じようにカーテンを避けて空を覗き込むとトキヤは眉を潜めて「最近の天気予報はあてになりませんね」と愚痴った。

「仕方ないよ、予測でしかないんだもん」
「憶測だけで気象予報士になれるなら私にだってなれますよ」

ムキになって言うトキヤに私はプッと吹き出してしまう。

「なんですか」
「ははっ、トキヤ根に持ちすぎ」
「っだって!あのバカ気象予報士が!雨は降らないと言ったから!名前に傘を持たせなかったら!雨が降って!生憎貴方は風邪をひくところだったんですよ!」
「はいはい落ち着いて。どーどーどーどー」

背中をポンポンと叩いてやればトキヤはぜーはーと肩で息をしながら私をじと目で見下ろしてきた。

「貴方はもっと自分の身体を大切にして下さい」

ゆるりと摩する膨らんだお腹。
ここに、もう一つ生命が宿っている。

「分かってるよ、大丈夫」
「貴方はまたそうやって呑気に!」
「こらこら力まない、スポンジの泡飛び散っちゃうよ」
「あ、」

無意識に作っていた拳をゆるゆる解いて、トキヤは自己嫌悪に項垂れた。

「ほら、雨降っちゃう。取り込んでくれるんでしょう?手洗ってベランダ行かないと」
「…ええ」

行きの元気はどこへやら、とぼとぼ廊下を進んでキッチンのシンクで泡を洗い落とし、その足でベランダに向かう。
途中ちらりとこちらに視線を向けてきたから手を振ってやれば少しだけ微笑んで、少ししたらベランダの戸を開ける音が隣の部屋からした。

窓越しにトキヤが手早くタオルやハンガーに掛かったワイシャツを取り込む姿を眺める。

(あと4ヶ月…)

自然とお腹を撫でる。
この行為がお腹の中の赤ちゃんと会話をしているように思えた。

「…っ!」

(蹴った!)

お腹の真ん中を片足でポンと蹴られた感覚。

「どうしたの?わかる?」

返事を返すようにポンポンとお腹を叩いて合図を送る。
それに応えるようにまたもポンッとお腹を蹴られた。

「あははっ、今日も元気だね」
「何してるんですか?」

後ろを振り返ると洗濯物を取り込み終えたのであろうトキヤが興味深げにこちらに寄ってくる。
おいでおいで、と手招きをし隣に座らせ、彼の綺麗な手を導いてお腹の上に乗せた。

「どう?わかる?」
「……あっ、今蹴られました!」
「ね?元気だねぇ」

トキヤは目を細めて微笑み、お腹をゆっくりゆっくり優しく撫でた。
私は彼のその穏やかな顔が好きで、こっそり眺めてみる。

「そうだ、歌うたってよ」
「歌ですか?」
「赤ちゃんも聴こえるかも」
「では、…ねーんねーん、ころりーよー、」
「My little little girlがいい」
「………貴方ね」
「いいじゃん、この子女の子みたいだし」

お願い、とトキヤに手を合わせて見せたら、なんだかんだ言って私に甘いのは随分昔から変わらずなので、こほんと咳払いをひとつしてトキヤは歌を紡いだ。

(君のパパはね、お歌で愛を届けられるんだよ)

ポンポンッとお腹を叩いてみたら、ポンッと返事が返って来た。












「おはよお」
「おはよう、早起き偉いね」
「うん…パパ、まだいる?」
「いるよ、寝室で支度してる」
「いってくる!」
「はーい、行ってらっしゃい」

愛娘用のスクランブルエッグとウィンナーが入ったフライパンを片手に耳だけは寝室の方に傾ければ、数秒後トキヤの「うわっ」という叫び声が聞こえてクスクスと笑いがこみ上げる。
どうやら驚かせる作戦は成功したらしい。

「名前、なんでこんなに早起きなんですか」

トキヤの腕に抱かれて2人は戻って来た。

「パパのことお見送りしたかったんだって。ねー?」
「ねー?」

顔を見合わせて笑うと、トキヤは1つ溜め息を吐いて驚かせるのはやめてくださいよと呟いて椅子に掛かった春物のコートを羽織った。

「もう行く?」
「ええ、そろそろ時間です」
「パパ、おとやくんにあう?」
「音也に?会いますよ」
「それじゃあね、まってて!」

小さな足で目一杯走って自分の部屋に引っ込んでしまう。
私もトキヤも顔を見合わせて頭にはてなマークを浮かべる。
暫くすると、彼女は大きな画用紙を持ってとてとてと走って戻って来た。

「はい!これおとやくんにあげて!」
「これは…」

トキヤが受け取った画用紙を覗き込むと、そこには赤いクレヨンと紫のクレヨンで描かれた2人の人。
黄色やピンクでキラキラ飾られた世界に2人はいる。

「おとやくんにおたんじょうびおめでとうってゆってね!」
「あれ、知ってたの?」
「しょうくんがゆってた!」

白い歯を見せてにっこり笑うその笑顔に、私もトキヤも釣られて笑う。

「あっ、トキヤもう行かないと」
「そうでした。ありがとう、必ず音也に渡しますね」

膝を折って目線を合わせ頭を撫でると、彼女は嬉しそうに笑ってパパの首にギュッと抱きついた。

「おしごといってらっしゃい!」
「はい、行ってきます」

トキヤは画用紙を丸めて、鞄の隅に丁寧にしまう。

「ツアー頑張ってね」
「ええ」
「最終公演に行くから」
「ええ」
「音也くんによろしく」
「ええ」
「トキヤ、」

私も、彼の首に腕を回してぎゅっと抱きついた。

「大好きよ」

パッと離してトキヤの顔を見ると、白い頬を面白いほど真っ赤にさせている。

「貴方ねぇ…!」
「いってらっしゃい!成功させておいでね!」

玄関で愛娘の手を握り、最愛の彼を見送った。












「音也にうちの娘からです」
「えっなになに!?」
「誕生日プレゼントだそうですよ」
「うわあ、絵だ!この赤いのが俺で紫のがトキヤだろ?へえ~上手だね!」
「私の娘ですからね」
「俺の周りにハートが飛んでる」
「………娘は渡しませんよ!!」
「ええっ!?」




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