「どんなトキヤでも、好きだよ‥‥!だって、トキヤはトキヤなんだから!」

言いました。
言いましたよ、それは認めます。
仕事で辛いことがあって泣き出しそうなトキヤをぎゅっと抱き締めて背中をさすり、そう力強く言ったさ。
私はトキヤの一番のファンだよ、そういう意味を込めて。

でもさ、こうなるとは思わなかったよね。

「チーズハンバーグとライス大盛り
、シーザーサラダとフライドポテト、あとカツ丼定食、食後にチョコレートパフェと白玉ぜんざい、ドリンクバー付けてください」
「か、かしこまりました‥‥」

いい顔で女性店員さんに注文をするトキヤだけれど、きっとあの店員さんはコレがあのアイドル一ノ瀬トキヤだとは夢にも思うまい。

「名前はそれだけしか食べないんですか?」
「たらこパスタとデザートにカスタードプリンだよ?十分食べてるよ」
「そうですか?無理に食べないのはストレスになりますよ」

ああ、ストレスを開放したらこうなってしまったのね。

私の向かいには、二人がけのソファを一人で占領しているトキヤ。
別に態度が悪くて二人分占領しているわけではない。
きちんと座って二人分なのだ。

「ふぅ、ここ暑いですね。冷房壊れてるんでしょうか」

そう、トキヤは太った。
ものすごく太った。
あのスリムな体型はどこへやら、高身長なのは変わらず体重ばかりがドンドン増加していったため大男と化している。
自慢の高い鼻は頬の肉に埋もれ、切れ長の目は周辺の肉に一蹴されて面影などない。

とにかくトキヤは食べる事に躊躇しなくなった。
今までのカロリー計算など無視して食べたい時に食べたい量を摂取する。
体を動かすことは好きなのか毎朝ジョギングはしているものの、そこで消費するカロリーよりも摂取カロリーの方が明らかに上回ってしまっている。
その結果がコレ。

「お待たせしましたー、お先にシーザーサラダとフライドポテトです」
「どうも」

早速フォークをそのプニプニの手で握って貪りつき始める。

「美味しい?」
「ええ、とても」

幸せそうに笑うんだから私も釣られて笑う。

最初はこの暴飲暴食に反対していた私だけれど、結局私はトキヤが好きで、太ったトキヤも真ん丸トキヤも愛しいのだ。
ご飯を食べてる時の幸せそうな顔を拝むことなど今までなかった。
美味しいと微笑むことはあっても、こんな風な心の底からの笑顔は‥‥。

「名前も食べませんか?」
「ううん、私は大丈夫。自分の分入らなくなっちゃうし」
「残したら私が食べてあげますよ」

なに、その男らしい台詞‥‥!

事務所からは2ヶ月以内に元の体重に戻れと言われている。
それまではアイドル休業。
トキヤとしては自分の容姿など気にならなくなったようで、「今からでもアイドルできますのにね?」とプニプニのお腹を揺らしながら部屋でターンして見せた。
今回の件の怖いところは、トキヤに太った意識がないことと、止めなくてはいけない立場の私が段々感化されてることにある。

「チーズハンバーグと大盛りライスのお客様ー?」
「はい」
「たらこパスタのお客様ー?」
「あっ、はい」
「ええと、カツ丼定食のお客様‥‥?」
「はい」
「で、では、デザートは食後にお持ち致します‥‥」

店員さんの笑顔が引き釣っていることに目もくれず、トキヤはいただきますときちんと掌を合わせて器用にナイフとフォークを使いながらハンバーグをみるみるうちに平らげていく。

「それも美味しそうですね」

ふとナイフを扱う手を止めて、じっと私が食べているたらこパスタに視線を送る。

「一口食べる?」
「いいですか?」
「うん」

スプーンの上でくるくると麺を巻き、結構大きめの玉ができたところでトキヤの口の前に持っていくと素直に口を開いたので「あーん」と言ってパスタを押し込んだ。
大量に頬張ったはずなのに数回もぐもぐしただけでごっくんとパスタが喉を通過する。

「これも美味しいですね。注文しましょうか‥‥」
「えっ、デザートもあるじゃん!また今度頼もう?」
「‥‥‥‥そうですね、帰りにケーキも買って帰ることですし」

え、そうなの!?
初耳もいいところだが、トキヤが幸せそうに微笑むものだから周りからの好奇な目とか食費とかなんだかどうでもよくなってくる。
これじゃあ、ダメなのかなあ‥‥。







デザートもぺろりと平らげたところで私とトキヤは手を繋ぎながらトキヤの家へと向かっていた。
太る前の頃は、トキヤは街を歩くことすらままならないほど人気絶頂のトップアイドルだった。
だからこうして二人で手を繋ぐことも、何より堂々と二人で並んで歩くこともしたことがなかった。
普通のカップルらしいことをするのが密かな私の夢であったけれど、そんな我が儘トキヤには言えない。
だから、こうしている今が至極幸せ。

「帰ったらケーキ食べるの?」
「‥‥そう、ですね」
「トキヤ3つも買ってたけど、いっぺんに全部食べるの?」

私用の苺のショートケーキと、トキヤが選んだガトーショコラケーキとモンブランとフルーツタルト。
四つのケーキが入った可愛らしい箱はトキヤの空いてる左手でしっかりと握られている。

「どうでしょう‥‥食べることができたら」
「そっかあ。私はケーキ入らないかもなあ」

ぎゅうっと握られている左手。
トキヤの手は汗でびっちょりしているけれどそれすらも愛おしい。

「~~♪」
「?何を歌っているのですか?」
「ん?My little little girl」
「‥‥貴方は本当にその曲が好きですね」
「トキヤの歌の中で一番好き!」

まるで、今、みたい。
手を繋いで帰って、影をふたつ歩道に並べて、歌詞のままの私たち。

「そう、ですか」








その日からトキヤはダイエットをするようになった。

「え?おかわりしないの?」
「ええ。明日からはお茶碗一杯でお願いします」
「えっ、本気?」

食事をぐっと抑えるようになった。
運動量も細かった頃より多くなり、その働きはみるみるうちに顕著に現れ始めた。

「‥‥あと6キロですね」

風呂上がりに全裸で体重計に乗ってトイレの壁に紙を貼り日々の体重を記録していった。
私はそれを毎日見て、トキヤのお腹周りや顔、手、脚など元のトキヤに戻りつつあるのを感じていた。

そうして、とうとう。

「名前っ、59キロに戻りましたよ!」

私がソファに座ってバラエティ番組を見ていたら、脱衣所から飛び出してきたトキヤ(腰にタオル一枚)が興奮気味にそう叫んだ。

「よかったね。お腹周りも余った皮膚とか残ってないね」
「当然です。そんな醜い姿ファンの方に晒せないでしょう?」

その醜い姿を愛しの彼女に晒していたのはどこのどいつだ。
その台詞はこのいい雰囲気を崩さないためぐっと我慢する。

「でもさ、急にダイエット始めてたけどどうして?あんなに痩せる気なかったのに」

このダイエット期間にずっと気になっていたことを口にしたら、トキヤは偉そうに微笑んで釣り上がっていた眉や頬を緩めて、ソファに寄ってきた。
そして、抱き締められた。

「えっ」
「貴方のおかげです」
「わ、私?」
「貴方が、私の歌うMy little little girlが好きだと言ってくれました」
「言ったけど‥‥」
「あの歌詞は私の理想です。いつか貴方とああなりたい‥‥私が太って確かにそれは叶いました。しかし、太ったことにより前のように歌えなくなったんです。息切れが激しくなり、ブレスも増えてしまい何より体力が保ちませんでした。あれでは貴方が好きだと言ってくれたMy little little girlではありませんし、それを歌えない私は一ノ瀬トキヤではありません」

触れる素肌が温かい。

太っていた頃のトキヤはこのままでもアイドルはできるって言ってたけれど、歌に関しては譲れない思いがあるんだ。

「貴方が‥‥名前だけが、私のリトルガールです」
「‥‥じゃあトキヤはビッグボーイ?」
「‥‥‥‥なんか嫌ですね」

背中に回した掌に感じたのはプニプニのお肉じゃなくて男の子らしい固い筋肉だった。




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