HAYATO≠トキヤ 「今日がなんの日か知ってるかにゃー?」 私の目の前にアポなしで現れたのは恋人であるハヤト。 いいや、HAYATOと言った方が正しいかもしれない。 「‥‥‥‥アンタ、その格好でここまで来たの‥‥?」 「近くの公園で着替えたんだ!えへ」 衣装姿のハヤトは首をちょこんと傾けて可愛らしさをアピール。 ものっそいイラッときた。 「‥‥‥‥まあ、入んなよ。寒いから、私が」 「お邪魔しまーす!」 ほんとに邪魔だわ。 なんて言ったらハヤトは泣き出しちゃうから言わないでおく。 「うあー寒かった!この衣装ね、見た目はしっかりしてるけど実は汗かかないように通気性が良くて冬は寒いんだ〜」 「へー。着なければいいのに」 「むむむっ、聞きずてならないぞ!」 私が淹れてあげたホットココアのマグカップをダンッとローテーブルに置いて立ち上がったハヤトは鞄の中をゴソゴソ漁り始めた。 そして、何かを取り出してそれを頭に装着。 「じゃーん!今日はにゃんにゃんにゃんの日だにゃ☆」 「‥‥‥‥‥‥え?どういう反応したらいいの?笑うとこ?あはははは」 えっへん、と偉そうにふんぞりかえるハヤトの頭には結構よくできた猫耳。ドンキやそこらで買った代物ではなさそうだ。 「なんで笑うんだよお」 「いや、だって、え?私どうしたらいいのこれ」 にゃんにゃんにゃんの日だからって恋人のハヤトがHAYATOになって猫耳つけてアポなしで訪問しても‥‥。 「猫といえば僕でしょ?だから、わざわざ名前ちゃんのためだけに衣装着て遊びに来たんだよ?」 「なにその上からの感じは‥‥。で?それでどうしたらいいの?」 「二人でにゃんにゃんします!」 一歩寄ってきたハヤトの肩を瞬間掴んで止める。 「それが目的か」 「‥‥‥‥名前ちゃん?お顔怖いよ?」 「アンタの馬鹿さには付き合ってられません」 はーあ、なんか無駄に疲れちゃった。 読みかけだったファッション雑誌をソファに寝転がって読み進める。 最初は大人しくしていたハヤトだったけれど、私が油断していた隙に突然背中に覆い被さってきた。 「う、重っ」 「やあだ〜!にゃんにゃんしようよお!」 「なに!大人しかったと思ったらもう!」 細いけど流石に男の人だ。 背中に縋りつかれて胸や肺が押しつぶされて苦しい。 「名前ちゃ〜ん」 「も、分かった!ギブ!ギブギブ!降りて!重い!」 呻くような悲痛な叫び声を上げたら、物分かりの悪いハヤトでも渋々どいてくれた。 荒い息を整えながら、ゆっくりと上体を持ち上げてソファに座り直す。 「で?にゃんにゃんって何すんの?まさかナニなんて言わないでしょうね‥‥?」 「ちょ、名前ちゃん怖いってば‥‥。あと僕達一応恋人なんだからそんな悲しいこと言わないで‥‥」 「前置きはよろしい」 しくしくと嘘泣きでも始め出しそうなハヤトにぴしゃりと言い放つ。 ハヤトはというとちょっとほっぺたを膨らませて不機嫌オーラを出しては見るものの、多分私のハイパー不機嫌モードを察したのだろう、一度にっこり笑顔を作って私の機嫌をとろうと努めたあとまた鞄をガサゴソ漁り始めた。 「はいっ、名前ちゃんの分!」 「‥‥‥‥つけろと?」 「つける以外使い道はないよ!」 手渡されたのはやはり猫耳。 ハヤトの黒毛とは違い、私のは真っ白な気品溢れる毛並みだ。 さらりと触れてみるとやはりそれなりに高価なものと判断できる。 「私がつけると思う?」 「思わないけど、そこをお願いします‥‥!」 「やだ」 当然の答えを下すと、ハヤトは一度顔をくしゃりと歪めたあと掌を顔の前でパンとついてお願いのポーズをとった。 「名前ちゃ〜ん」 「なんで私が。恥ずかしい」 「恥ずかしくないよ、僕しか見てないよ」 「そんな馬鹿みたいなことできないって意味の“恥ずかしい”だからね」 「音也くんに言っちゃうよ」 「!」 「名前ちゃんが音也くんの大ファンで僕と付き合う前は部屋中音也くんのポスターで音也くんの出てる番組は全部録画してDVDに焼いてて毎回ラジオにはラジオネーム変えて何通もお便り応募しててこの前のファンクラブ限定の」 「分かった!!!分かったからその話はもうやめよう!!!」 ハヤトは「交渉成立だにゃ」とにんまり笑った。 この腹黒猫野郎‥‥!! 「わああ可愛い!よく似合うよ名前ちゃん!」 「無理。消えたい。死にたい」 「やっぱ恥ずかしいんじゃん」 可愛いとこもあるんだね〜なんて呑気に笑ってるハヤト。 だって聞いていない、こんな水着みたいな衣装に着替えさせられるなんて! 「さーて、ばっちり名前ちゃんのにゃんこ姿を写真に写したことだし」 「え!?いつの間に!?」 「ここからがメインイベントだにゃ?」 目を細めて微笑むハヤト。 その顔、巷では可愛いって評判だけど私は恐ろしくてならない。 だって、よからぬことを考えてる時の意地悪モードのハヤトがする表情だから。 「名前ちゃんは今から僕が言う言葉を復唱してね?」 「‥‥‥‥」 嫌な予感しかしない。 「『ハヤト様をご奉仕したいにゃ☆』はい!」 「いやいやいや、はいっじゃないでしょ!?」 「えーと音也くんのアドレスは‥‥っと」 「アンタたまに酷い意地悪だよね!!!」 「そう?」 ソファに足まで組んでゆったりと座るハヤトの一方、部屋の中で水着みたいな露出の高い格好で猫耳までつけてこっ恥ずかしい台詞を言わなきゃいけない私。 (いつか絶対やり返してやる‥‥っ) 両の手を横でぎゅっと握って、私は覚悟を決めて唇を開いた。 「‥‥ハ、ハヤト様を、ご奉仕したいにゃ‥‥ってわわわっ」 いきなりハヤトが立ち上がって私を思いっきり抱き締めた。 背中に回された手が後ろの蝶々結びを解こうと不埒に動く。 「ハヤトっ」 「ご奉仕、してくれるんでしょ?」 耳元で囁かれたいつもより低くて甘い声。 脳味噌に直接響くようで全身が粟立った。 「それはハヤトがっ、」 「僕だけ見ててね」 ちゅっと耳元に落とされたキスに、私は首をすくめる。 (‥‥音也くんのこと、自分が一番気にしてんじゃん) なんだかんだ言ってもやっぱり私はハヤトの恋人で、その日は一日にゃんにゃんしながら二人で夜を明かすのだった。 「鳴くときは絶対にゃあだからね!」 「馬鹿かっ」 |