毛先が跳ねる細い髪。
長い睫毛。
高い鼻。
薄い唇。
長い四肢。

流れるように移ろう視線は鋭く、微笑むときは目尻を細めて。
考え事をするときの唇を噛む癖。
貧乏ゆすりの代わりにボールペンのノックをつつく指先。

「いらっしゃい、迷わず来れました?」
「は、はいいい!」

こんな素敵な人が私の彼氏だなんて、未だに信じられない。






「紅茶、飲めますか?」
「うん、飲めるよ!‥‥‥‥っていつの間に準備しちゃったの?」
「貴方がぼーっと私の部屋を眺めてる時ですかね」
「わああごめんなさい!手伝いたかった!」
「お気持ちだけで十分です。さあ、座って」

肩をトンと優しく押されて、私は素直にふっかふかのソファに座った。
トキヤくんも隣に腰掛け、その重みからソファが沈み込む。

「って、近い!!」
「そうですか?」
「そうですよ!」

だって身体くっついてますよ!!

受け取ったティーカップをもつ手が震えてカタカタとカップとソーサーがぶつかる音がいやに響く。
肩幅広いんだな、とか、なんかいい匂いがするな、とか、考えたら余計に意識をしてしまって、なかなかカップから目を逸らせられない。

「名前」

耳元で名前を囁かれる。
その低くて、甘い声。
鼓膜が震えて頭の先から爪先まで痺れるようだ。

「な、なんでしょうか」
「落ち着いて下さい」
「え、落ち着いてるよ!至って冷静だよ私!」

パッと顔を上げたら、予想以上にトキヤくんの顔が近くにあっておもわずのけぞる。
すると、カップがゆらりと揺れてソーサーにかかっていた指に茶色い滴が溢れた。

「熱っ」
「大丈夫ですか!?」

グッと握られた手。

「‥‥ほら、貴方が落ち着かないから。ああ、人差し指が赤くなってます」
「すみません。反省します‥‥」

軽度の火傷なのか、紅茶がかかった人差し指が確かに赤くなっていた。
トキヤくんはその指に優しく触れて、そうして唇をあてられた。

「!!」
「貴方の、可愛らしい指が」
「え、えええ?だ、大丈夫だよ、あんまり痛くないし」
「けれど、跡を残しました」
「や、こんなのすぐ消えるって」

だから、そろそろ手を離して下さい。
私の心臓が保ちそうにありません。

口で言うのは躊躇われたので、なんとなく指を引いてみるが、ガッチリ握られているせいでびくともしない。
これはどうしたものか。
バックバック煩い心臓にもう耐えられそうにない。

「トキヤく」
「貴方は私と触れ合うのが嫌いなのですか?」

じいっと私を見つめる濃紺の瞳。

「え、そんなこと、」

その瞳の引力といったらない。
レンズに私が映ることまでも確認できてしまうほど、長い睫毛が下を向くのを観察できるほど私は彼の瞳に吸い寄せられているようだった。

「ではキスをしても?」
「キ、!?」

ちらりと視線を落とすと、そこには手入れの行き届いた色素の薄い形の良い唇がある。

「駄目、ですか?」
「だ、だめじゃ、ない、よ、」

ないけど、私のこんなカサカサな唇でいいんですか!!
毎日きちんとリップクリームを塗っておけばよかった、せめて恥ずかしがらずにグロスを塗ってくればよかった。
頭にグルグルと過去の後悔が廻る。

「そう?」
「っ」

伸ばされた指先は私の唇に触れた。

「私のこと、好いてくれてるんですよね?」

ツツツ‥‥と唇の輪郭をなぞる。
少しでも動いたら間違って口の中にその指を入れてしまいそうで、私はかちんこちんに固まった。

「‥‥返事は?」
「、」

口を開いたら舌がぶつかる。

目で訴えかけようとトキヤくんの瞳を再度見つめたら、その瞳があまりにも儚げにゆらゆら揺れていて私は心臓をぎゅっと握り潰される思いだった。

「‥‥‥‥‥‥だ、いすき」
「私もです」

指を飲み込むどころか、私は唇を飲み込まれた。

「ん、んん」

トキヤくんとの初めてのキス。
優しくて、丁寧なものだろうと想像した。
だけど、実際には噛み付くような、貪るような、必死に求められているような荒いキス。

「、んん」

舌が咥内を暴れる。
私の舌をつついて、舐められる。
キスなんて慣れていない私の行き場のない唾液は、全部トキヤくんが飲み込んだ。

(だめ、死んじゃう‥‥)

トキヤくんの胸を軽く押す。
それでも静止は聞かず、逆にズルズルとそのままソファに押し倒される形となった。

「とき、っん」

何分間もそうしていた。
何度も歯と歯がぶつかった。
そうして、長いキスはトキヤくんのちゅっというバードキスで終わった。

「っはぁ、はぁ」

手の甲で唇を拭ったトキヤくんは、息が上がって疲れ切った私の頭を優しく撫でた。

「ごめんなさい、嬉しかったのでつい我慢がならなくて」
「‥‥“うれしかった”?」

私の呼吸が整うのを静かに待ってから、トキヤくんは言葉を続けた。

「貴方に告白してもらえたはいいものの、その後私を避けるような素振りばかり見せるので、本当はそんなに好かれてないんじゃないかと思ってました」
「えっ」

それは真逆だ。
好きで好きで堪らなくて、振られるのは目に見えていたけど言いたくなってあの日言ってしまったんだ。

『ト、トキヤくんの、優しいところとか頑張り屋さんなところ、大好きです‥‥!』

まさかオッケーが貰えるなんて思ってなかった。
取り分け頭がいいわけでも、可愛いわけでも、スタイルがいいわけでもないこんな平々凡々な私を選んでくれるなんて。
だから、彼の指も声も視線も私のものになってしまったことが嬉しくもあり怖かった。

私でいいの?ほんとうに?

その負の思いがいつも渦巻いていた。
だから、手を繋ぐのも抱き締めるのもキスをするのも怖くて緊張してできなかった。

「‥‥ずっと、私なんかって‥‥」
「名前は気付かなかったみたいですけど、私は貴方をずっと見ていました」
「えっ?」
「貴方が私を好きでいてくれて見てくれるから、私はそれが嬉しくて、そうしたらいつの間にか貴方を目で追っていた」

ずっと、両想いだったんです。

「だから、怖がらないで。貴方が望む私を、欲しいだけあげます」

だから、

「貴方を私にください」

頬を朱に染めて微笑むトキヤくんに、私は一筋涙を流した。




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