※HAYATO≠トキヤ 贅沢に卵を二つ使って、真ん中にナイフを突き立てればトロリと溢れる黄金に輝く黄身。 そこに赤いトマトケチャップでハートマークをなぞる。 そんなオムライスがハヤトのお気に入り。 (卵買った、鶏肉買った、‥‥玉葱はあったから大丈夫) 軽めのビニール袋をがさごそ鳴らして、私は恋人であるハヤトの住むマンションへと向かう。 エントランスの施錠は前から預かっている合鍵で開けて、エレベーターで12階まで上った。 久々にハヤトと再会できる喜びにエレベーターの中でそわそわと足踏みが鳴る。 12階です、という女声アナウンスを最後まで聴かず、扉が開くと足早にそこから外へ歩を進めた。 廊下を真っ直ぐ行った突き当たり。 そこが一ノ瀬ハヤトの自宅だ。 ピンポーン。 訪問の旨は伝えていたけれども、一応インターホンを鳴らしておく。 意味もなくビニール袋を持ち変える。 玄関の扉が開くまでのこの少しの時間がとても長く感じられた。 ガチャリ、と重たそうな扉がゆっくりと開いた。 「ハヤ、」 「いらっしゃい」 「‥‥‥‥‥‥トキヤくん?」 扉から顔を覗かせたのは襟の広い黒のロングTシャツに細身のジーパンとラフな格好に身を包んだ彼だった。 「ええ、貴方が来ることはハヤトから伺っていました。まずは上がって下さい」 「ああ、うん。お邪魔します」 履き慣れた白のパンプスを玄関の隅にきちんと並べて、私は取り敢えずその手に持っていたビニール袋の中身をしまうためにキッチンへと向かった。 あまり使われていないキッチンは相も変わらず綺麗なままである。 スカスカの冷蔵庫に食材を仕舞い終えると、後ろで腕を組んで立っていたトキヤがすみません、と口を開いた。 「ハヤトなんですが、急遽バラエティの仕事が一つ増えてしまったらしくて、今日は帰ってこれないそうなんです」 「あ、そうなの?」 「ええ。貴方がいらっしゃると聞いたので挨拶もかねて代わりに私が来ました」 「そうなんだ。なんだかわざわざごめんね。あ、トキヤくんは?長居できる?」 「ええ」 「じゃあご飯食べていって?私、ハヤトの分と二人分の材料買ってきちゃったからさ」 「よろしいのですか?」 「うん。トキヤくんと話すの、なんか新鮮だし」 微笑んでみせると、トキヤくんも目を細めて笑った。 双子の兄弟で顔も瓜二つなのにこういうちょっとした表情が違うんだと改めて思った。 ブラウスの袖を折り畳み、洗剤で手を洗う。 するとトキヤくんも同じように袖を腕まくりをしてシンクの前に立った。 「私も手伝います」 「えっ、いいよ!悪いもん」 「いいえ、兄の尻拭いは弟の務めですから」 私料理は得意なんですよ?と自慢げに言っていたが、前にテレビで放送されていた対決型の料理番組を見ればひと目で分かった。 「ありがとう。‥‥じゃあ、まずは鶏肉かな。切るところからお願いしていい?」 「はい」 その間私は玉葱のみじん切りに精を出していた。 ちらりとトキヤくんの手元を確認してみると、やはり手際はよく任せた作業も全て終わらせてしまっていた。 私が前に冷凍庫で保管しておいた白米のパックを二人前取り出して電子レンジで軽く温める。 油を敷いて熱しておいたフライパンにその白米を投入すれば、じゅわっと油の跳ねるいい音がして食欲をそそった。 「塩胡椒‥‥」 「ああ、はい、どうぞ」 「あっ、ありがとう。さっすが、気が利くね」 宙をさ迷わせた手に塩胡椒の瓶が渡されてそれをフライパンに数回振る。 「ハヤトはあまり手伝ったりしないのですか?」 「うーん、料理中は見てることが多いかな。そこのカウンター越しに」 ちらりと向かいのカウンターを見る。 ここに肘をついて頬杖をし、にこにこしながら私の料理の様子を見ているハヤトが鮮明に浮かんだ。 「気の利かない男でしょう」 「ううん?そうでもないよ。片付けとか手伝ってくれるし」 しんなりした白米の上にトマトケチャップを混ぜ合わせて、刻んだ食材を投入。 木べらでざっくりひっくり返せば完成だ。 白いお皿を二枚並べてそこにチキンライスを盛り付ける。 「少し不安なんですよ、貴方とハヤトのこと。上手くいっているのかと」 「ええ?そうなの?」 ちらりとトキヤくんを見ると、いつもキリリとした眉が今日は下がっているように思えた。 「貴方は優しいですから‥‥‥‥卵を出しましょうか?」 「あ、うん、お願い」 冷蔵庫を開けたトキヤくんは迷わず卵を四つ取り出し、一つずつ私の手の上に乗せた。 油を敷き直したフライパンに溶き卵にしたそれをまずは二つ分流し込む。 決め手は半熟。 菜箸でぐるぐる回して、程よく固まったところですぐに火を止める。 「トキヤくんは私を買いかぶりすぎだよ」 「そうでしょうか?」 「うん。まるでハヤトが全部悪いみたい」 「そのようなものでしょう、実際」 二人目の卵を用意する。 上手くいった方のをトキヤくんのにしよう。 「‥‥‥‥私じゃ、いけませんか?」 菜箸が止まる。 顔を上げると、予想外に近くに居たトキヤくんに私は肩を跳ね上げた。 「なに、言ってるの?」 「ハヤトなんかより、君を幸せにする自信があります」 伸ばされた手は私の腰に回された。 「ちょ、今、料理、」 「好きです」 「え、」 「君が、好きなんです」 顔を寄せられて、私はギュッと目を瞑った。 「もういい加減にして、ハヤト!」 ピタリ、腰に回された手が止まった。 「‥‥‥‥気付いてたの?」 次に発せられた言葉は、先程までのトキヤくんの声ではなく明らかにハヤトのものだった。 「気付くよ、ハヤトの恋人だよ?私」 動かなくなった彼の手は今度は私の服の裾をぎゅっと握り、腰に腕を絡ませて私の肩に頭を乗せた。 「っごめんねぇ」 「はいはい」 「僕、名前ちゃんの彼氏でいいのか、不安になっちゃって‥‥っ」 肩にぐりぐりと押し付けられる額。 よしよしとそのふわふわの髪を撫でると、ハヤトはまた名前ちゃん名前ちゃんと縋りつくように私を抱き締める力を強くした。 「なんでそう思うのよ」 「だってぇ、トキヤみたいにしっかりしてないし、僕なんかよりトキヤの方がいいんじゃないかって」 「そんなわけないでしょ、もう」 えぐえぐ、耳元で啜り泣く情けない声に苦笑しつつすべすべのハヤトの手を撫でる。 「名前ちゃん、僕のこと、好き?」 見つめられる潤んだ瞳に私は一瞬ひるんだ。 その純粋で真っ直ぐな眼差し、どうしても気恥ずかしくなってしまう。 「‥‥うん」 「ちゃんと言って」 「‥‥‥‥無理!」 「名前ちゃあん!」 「ほら、ハヤトが面倒臭いことするから卵固まっちゃったじゃん」 フライパンの上に残った完全に火が通り切ってしまったスクランブルエッグ状の卵。 それを渋々チキンライスの上に被せて真ん中に包丁で切り込みを入れる。 が、黄身がトロリと溢れるはずもなく。 「面倒臭いって‥‥!ひどい!」 「ひどくない。はい、ハヤトの卵はなんとかセーフだから、これテーブルに持ってって」 「‥‥‥‥」 「スプーン持っていくよ」 食器棚から銀のスプーンを二本取り出してハヤトの横を通り過ぎれば、ハヤトは黙ってお皿を持ってついてきた。 指定席にすわればその向かいにハヤトが座る。 不貞腐れたような顔はそのまんま。 「お皿貸して。ケチャップいるでしょ?」 無言で差し出されるオムライス。 私はケチャップを絞り出してそこに言葉を綴った。 「はい」 「!」 「これで勘弁してよ」 ふわふわ金色に輝く卵に、赤い『大スキ』の文字。 「うん!僕も!!大好き!!」 「知ってる」 「僕もね、名前ちゃんが恥ずかしがりなだけって知ってるよ!」 さっきまでのヘの字のお口はどこへやら、にっこり笑ったハヤト。 「もう食べるよ。せっかくのオムライス冷めちゃった」 「冷めてても美味しいよ!名前ちゃんが作ったお料理はなあんでも美味しい!」 「はいはい」 いただきまーす、ハヤトはスプーン一杯にオムライスを乗せて口いっぱいに頬張った。 その時のハヤトの表情が、私に美味しいを伝えてくれる。 「おいひい!」 「食べながら喋らないの」 「んー!」 もぐもぐ、その豪快な食べっぷりに私は自然と頬を緩めた。 言わないけど、言えないけどね、ハヤトが私の作ったご飯を美味しい美味しい言って食べてくれるのが何よりも嬉しいんだよ。 「っんぐ、名前ちゃんの愛情入りだね!」 「はいはい」 恥ずかしいから言えないだけで、いつも愛情しか込めてないよ。 玄関で一目見た瞬間からハヤトだって気付いてたこと、ハヤトは気付いてるのかなぁ? (不器用だから言えないけど、) ハヤトが大好きだよ。 |