ピヨちゃん、甘ぁいお菓子、ふりふりのレース、ぬいぐるみさん、翔ちゃん。

僕の周りには可愛いものが溢れていてそれを優しくぎゅってするのが僕の幸せ。
僕の腕の中に在る小さなそれらは、僕の中に閉じ込められて、僕の物なんだって安心できた。

けれど、名前ちゃんは違った。

「‥‥ねえ、どうして名前ちゃんのことを想うと胸が苦しくなるのかな?」

誰もいない、シンデレラならきっともうお城から抜け出しておうちに着いているような時間。
お布団が擦れる音を極力抑えて、僕は真っ暗な中ベッドから抜け出た。
小さな寝息を立てる翔ちゃんに近付くと、白くてまぁるいほっぺたが暗闇にぼんやり浮かんで長い睫毛がきっちり下を向いているのを確認した。

(可愛いなぁ)

翔ちゃんにならそう思えるのに。
心がぽかぽか温かくなって幸せな気持ちになれるのに。

屋上までの道程は前に小鳥さんたちに教えてもらったことがある。
誰もいない廊下を一人で進むのには最初は抵抗も恐怖も感じていた。
それも回を重ねれば慣れるもので、そう、僕にはこの夜のお祈りが日課になっていた。

屋上に上がればひんやりとした冷たい空気がほっぺたに当たる。
部屋の中のじめじめとした空気より幾分もここの方が気持ち良い。

「‥‥名前ちゃん、ちゃんと眠れてるかな」

夜空に瞬く無数の星は宝石箱をひっくり返したかのようにキラキラとした光を放つ。
僕が問い掛けたところで答えが帰ってくるわけではないけれど、僕を優しく包み込んでくれるその光だけで十分だった。

お星様に相談するのはいつも名前ちゃんのこと。
名前ちゃんは翔ちゃんと同じクラスで翔ちゃんのパートナーさん。
翔ちゃんよりも少し小さくて、栗色の柔らかそうな髪が肩の先でふわふわと揺れていた。
翔ちゃんに紹介されて「わぁ可愛いです!」といつもみたいにぎゅっと抱きしめて幸せになれたのは最初だけで、そのあとはずっと名前ちゃんを見かけても心がキリキリと締め付けられてぎゅってしようものなら心臓の中からドンドコドンドコ太鼓を叩いているみたいにうるさくって僕はどうしていいのか分からなかった。

可愛いものをぎゅってして幸せな気持ちになれないなんて初めてだった。

翔ちゃんに相談したら「俺に聞くな。そういうのは自分で考えろ」って笑ってたけど、僕が苦しんでいるのに翔ちゃんが笑っている理由がよく分からなくて余計にモヤモヤした。

だからこうしてお星様に相談すると、遠くから見守ってくれているみたいで安心した。

「ふぁ、‥‥眠い‥‥」

子守唄を歌いましょう。
お星様たちも、名前ちゃんも、きっと安らかに眠れますね。








「‥‥‥‥つき、那月っ、那月っ!!」

「ふぇ‥‥」

重たい瞼をゆっくり開けると、眩しい光の中怖い顔をした翔ちゃんと、その後ろに困った顔をした名前ちゃんがいた。

「あれ、僕‥‥」
「なんでこんなとこで眠りこけてんだよ!!お前バカか!!!」

翔ちゃんが珍しく本当に怒っていて、ぼんやりとした頭のまま僕はようやく状況を理解した。

「‥‥あ、僕、屋上でそのまま‥‥」
「そうだよ!‥‥お前がいっつも夜どっかに行ってて朝には帰って来てるの知ってたけど、マジで帰ってこないから心配した」
「翔ちゃん‥‥」
「朝からレッスンあって苗字もいたから一緒に探すの手伝ってくれたんだぞ」
「そう‥‥なんですか。ごめんなさい、翔ちゃん、名前ちゃんも」
「ったく、」
「まあまあ翔ちゃん。那月くんも見つかったんだし、それ以上はもう、ね?」
「いーや、今日という今日は言わせてもらう。ずっと気付かないフリしてたけど、お前、いつもここで何してたんだよ?」

翔ちゃんのアクアブルーに輝く大きな瞳は険しい色を滲ませて僕を見詰めていた。
ちらり、と横を見ると、名前ちゃんが心配そうにこちらを伺っている。

「‥‥お星様に、お話ししてたんです」
「‥‥どんな?」
「‥‥‥‥名前ちゃんのこと」
「えっ、私?」

くるんとした大きな瞳をまぁるくして、名前ちゃんは何度かその瞳を瞬かせた。
翔ちゃんは「やっぱりな」と大きな溜息を吐く。

「そんなこったろうと思ったよ」

よっこらせ、とコンクリートの上にお尻をつけた翔ちゃんはきちんとセットしてあった金色の髪をクシャっと握って、どこか言葉を探しているようだった。

「あー‥‥のさ、確かに俺に聞くなっつったけど、それも反則じゃね?」
「お星様に聞くのもダメですか?」
「ダメっつーか、なんも変わらねぇだろ?」
「でも、でも、そうしたら僕、どうしたら‥‥っ」

翔ちゃんに懇願の眼差しを向けたら、翔ちゃんは急に名前ちゃんの腕を引いて僕の前に座らせた。
同じ高さでぱちりと目が合って、僕はまた胸が苦しくなる。

「本人に直接言えばいいだろ」
「名前ちゃんに‥‥?」
「そ。お前が思ってること、素直にさ」

「そんじゃ、俺は先にレッスン室行ってんなー」とヒラヒラと手を振って翔ちゃんが屋上からいなくなった。
ここには僕と名前ちゃんだけ。
そう思うとさらに僕の心臓はドンドコドンドコうるさくなった。

「‥‥‥‥あの、名前ちゃん、」
「うん」

僕がきっと苦しそうな顔をしているから、名前ちゃんも眉間に皺を寄せて辛そうだった。
ああ、そんな顔はさせたくないのに。
笑顔を見せて励ましてあげたかったのに、僕のほっぺたは引きつって上手く笑えない。

「‥‥僕、ぬいぐるみさんとか、ピヨちゃんとか、翔ちゃんとか、可愛いものが大好きで、見てると嬉しくなるんです」
「うん」
「ぎゅってするのも幸せになれるんです」
「うん」

見詰めていたコンクリートからそろりと視線を上げると、キラキラ輝く名前ちゃんの瞳と目が合った。
嬉しくなるはずなのに、どうしてこんなに涙が出そうなんでしょう。

「‥‥‥‥でも、名前ちゃんはちがうんです。可愛くって大好きなのに、名前ちゃんを見ていると胸が痛くて、一緒にいると心臓がぎゅって締め付けられて、今も、一緒にいれて嬉しいはずなのに、呼吸がうまくできない‥‥っ」

助けて、名前ちゃん‥‥!

僕の心の叫び声が名前ちゃんに届いた気がした。
その証拠に、名前ちゃんが腕を伸ばして小さな手で僕の頭を優しく撫でてくれた。

「大丈夫、大丈夫だよ、那月くん」

温かい。
名前ちゃんの小さな掌は魔法の手なのかな。
君が触れるところから、温かいパワーをもらえる気がした。

「私もね、那月くんと一緒だよ」
「え?」
「那月くんのこと大好きなのに、苦しくなっちゃうよ」
「名前ちゃんも‥‥ですか?」

名前ちゃんは小さく微笑んで、少し照れくさそうに「えっとね、」と続けた。

「多分、私たちは、お互いに恋してるんだと思う」
「恋‥‥?」
「うん、少なくとも私は。那月くんのこと、特別に好きだから‥‥」

はにかんだその顔を見て、僕の心臓はぎゅううううっと握り潰されるみたいに痛くなった。
なのに、不思議だね。
この痛みが、嫌じゃないんだ。

今まではどうしてもできなかったこと。
名前ちゃんの腕を引いて、僕の胸の中に導いた。

「な、つきくん」

僕に包まれてしまう名前ちゃんは、小さくって温かくって甘い匂いがした。
そして、僕と同じように体がドクドクと早いリズムで脈打っているのが分かった。

「こうするとね、やっぱり苦しくなるんです。でも、‥‥離したくない」

ぎゅうっと力を入れると名前ちゃんはもっと僕にくっついて、このまま一つになれたら幸せだって思った。

「これが、恋なんでしょうか」

尋ねると、頷いてくれた。

僕のお星様はこんなに近くに居てくれたんですね。







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診断メーカーのふたりへのお題ったーよりタイトルを頂きました。
那月で設定して星ネタなんて偶然すぎる。




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