あい はぶ あ どりーむ。
わたしには夢がある。

小さい、だけど大きな夢がある。





『あっちの服の方が似合うよお』
『ええ?そうかな?』
『うん!ねえ、着てみよう』
『君が言うなら…そうしようかな』

チカチカ光るネオン。
ブラウン管越しの笑顔は相も変わらず美しい。

「このお洋服ね、僕自身気に入ってしまって、スタッフさんにお願いしたらくれたんです」

私の隣、ソファを沈めた那月は淹れたてのアールグレイのカップを掌でそっと包む。
微笑むそのカオは紅茶の温かみとなんら変わりなく私を安らげる。

「うん、似合うと思うよ」
「ほんとですか?ふふ、今度名前ちゃんとのデートで着ようかな」

まあるい目を細めて金色の長い睫毛を下に伏せる。
お返事に私も目を細めて、テレビに視線を戻した。
目の前の彼と同じ顔で微笑む彼。
最近飛ぶ鳥を落とす勢いで人気に拍車をかけている四ノ宮那月。
私の恋人。

仕事帰りの那月を家に連れ込んで、本人の前で連ドラを観賞。
心優しい那月は私の突然の呼び出しにも動じず、手土産に美味しいと評判のケーキを買ってきてくれた。
那月の“美味しい”はどれも美味しい。(那月の手作り料理を除いて。)

「このシーンの演出、僕好きなんです」

そう那月が言ったのは、夕暮れのオレンジ色に染まった街中を那月と恋人役である女の子が手を繋いで歩くシーン。
写真みたいに一枚一枚が心に残る画だ。

「きれいだね」
「はい。監督が拘った画なんです。夕焼けが一番美しく輝く時間を事前に調べて撮ったんです」
「那月もきれいに映ってるね」
「そう言ってくれると嬉しいです」
「この女の子も」
「ええ」
「羨ましいな」

ぽろりと溢れた言葉は大した意味を持っていなかったと思う。
私の夢は小さく、そして大きい。
叶うことなど半ば諦めていた。
だから、羨ましいだなんて本心ではあるけどある意味本心ではないし、那月が気にかける言葉ではない。
だけど、那月にとって私の羨ましいという呟きは大きな意味を成していたらしい。

「何が、ですか?」
「?」
「何が羨ましいの?」
「…あー」
「手を繋ぐこと?」

差し出された掌と一緒に投げ掛けられた疑問。
その手は受け取るものの、私は首を横に振る。

「ちょっと正解でちょっとはずれ。さんかく、かな」

私にとってこの夢は“空を飛びたい”なんてドラマチックで不可能な、叶うわけもない夢と同じだった。
だから、この夢を語ることも那月に告げることも私にしてみたら些細なこと。
私の夢物語を語るに過ぎない。

「私も、那月と手を繋いで街を歩いてみたいなって」

ロマンチックな那月なら、「うん、そうだね」と甘い微笑みと共に紡がれるだけだと思っていた。
だけど、ブラウン管を通さない那月は珍しく難しそうに眉間に皺を寄せていた。

「那月、」
「どうしたら叶えられるでしょうか」

本気で考えてくれていた。
“空を飛びたい”と同じ、子供染みた夢のまた夢である私の夢を叶えるために。

「どうも何も無理だよ?冗談だから本気にしないで、ね?」

諭す言葉は那月の耳には届かず、そのドラマが終わるまでずっと那月は気難しい顔をしたままだった。

アールグレイが冷めた頃、突然那月はパッとソファから立ち上がった。
ソファのスプリングが軋み、私の体も釣られて一度飛び上がる。

「分かりました!」
「ええ?」
「ティッシュ!ティッシュペーパーを用意してください!」

そう言いつつも部屋の脇にあるティッシュペーパーの箱を自ら持ってきた那月は、一枚取り出すとそれを掌でゆるく丸めた。
また一枚取り出し、先程の球を包み込む。
輪ゴムでそこを留めて、油性ペンで球に何かを書き込んでいく。

「てるてる坊主?」
「はい。これは名前ちゃんです」

差し出されたてるてる坊主は長い睫毛の女の子。

「こっちは僕です」

眼鏡をかけた男の子。

「これを吊るしましょう」

てるてる坊主に糸を結びつけた那月は、カーテンの滑車にその糸をくくりつけた。
私たちみたいにふたつのてるてる坊主を寄り添わせて。
そして、那月は何故かてるてる坊主を逆さまにひっくり返した。

「?」
「これで完成です」
「え、え?てるてる坊主逆さまだよ?」
「はい」

にっこり笑った那月はカーテンの向こうの三日月に手を合わせた。

「てるてる坊主さん、お願いしますね」







那月とのデートの日、その日は生憎の雨だった。
大きな傘で私の家までやって来た那月は、あの時のドラマの服を着ていた。

「いらっしゃい。折角のデートの日に雨だなんて残念だね」

タオルをひとつ手渡すが、ねだられるままに私が彼を拭いてあげる。
屈んでくれないと頭の天辺には届かない。

「残念じゃないですよ」
「そう?」
「てるてる坊主さんのおかげです」

あの時のままぶらさがっているふたつの逆さまてるてる坊主を那月が指でつつく。

「…ああ、てるてる坊主を逆さまにしたら雨が降るんだったね」
「そうですよお。だから、僕の願った通りです」

ね?
私のてるてる坊主に微笑みかける那月。
てるてる坊主は返事をするかのように左右に揺れて答える。
那月はパッとこちらを振り返り言った。

「さて、行きましょうか」







那月が持ってきた大きな傘に二人で肩を寄せて入る。
最近買った赤のドット柄の傘の出番はまだ先になるようだ。

「どこに行くの?」

左隣の那月を見上げる。

「どこ…。考えていませんでした」
「ええ?」
「僕にとってこうしていることがデートです」

傘をくるりと一回転。
シトシト降る雨に、ピシャッとしぶいた雨音が混ざる。

「左手を貸して?」
「うん?」

手を差し出すと、那月は傘を左手に持ち変えてから右手を私の手に重ねた。
ぎゅうっと握られ、私の背筋が震える。

「ちょ、那月、ここ外!」

人混みとまでは行かないまでも、家を出てから何人もの人とすれ違った。
もし私の隣にいる彼が四ノ宮那月であるとバレたとしたら…。

「バレないですよ」

心の声を読み解かれたのか、タイミングの良すぎる那月の言葉。
悪戯っ子のように目を細めて笑う。

「ここがどこか知ってますか?」
「え?えっと家から徒歩5分の、」
「傘の中、です」

握られた左手を引き寄せられて那月の右肩に私の左肩がトンと触れた。
それと間髪入れずに唇もちゅっと触れる。

「!!!」
「だから、こんなこともできちゃうんですよ」

してやったり、なカオ。
きっと私の顔が恥ずかしいくらい真っ赤だからそうやって意地悪なカオをするんだね。

私は仕返しに那月の右手を左手で思い切りつねってやった。







「相合い傘って素敵です」
「……そう、だね」
「相合い、って愛愛じゃダメですか?LOVEの方の愛」
「さあ…」
「あっ。そうしたらラブラブ傘ってなりますね!」
「そうねえ」
「ふふっ、僕たちにぴったりです」

君はなんの苦もなく、いつも私の夢を叶えてくれるね。




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