私の彼氏である聖川真斗くんはアイドル養成所である早乙女学園に通っていて、最近見事にデビューを果たしたピッチピチの18歳です。
その彼女である私は現在普通の大学に通っている普通の女子大生ピッチピチの19歳です。
そんな私には最近乙女の悩みがあるのです。

はあああ、と盛大に溜め息を吐く。
こんなキャピキャピ系自己紹介でもやって気分を盛り上げないと、その内私死神あたりに取り憑かれて死ぬんじゃないかな。
そんな私の向かいで音也くんが心配そうにこちらを見ていた、ありがとう私の天使。

「大丈夫?なんか辛そうだね」
「うーん、まあ、自分の彼氏が他の女の子に囲まれてキャーキャー言われてて嬉しい子はあまりいないよね」

今日は珍しくオフだという音也くんを誘って、駅から離れた人目につかないカフェでお喋り。
せっかくの休みを潰してしまったのが申し訳なくて、今日は私が奢るよ!と、張り切ったら思い切り断られた。
バイトもしてない名前に稼いでいるオレが奢ってもらうなんて変だよ、だそうだ。
君はなんて良くできた子なんだろうか。

シャカシャカと大音量を響かせるカフェに備えてある大画面テレビを見上げる。
デビュー曲のマジLOVE1000%をバックミュージックに、洒落た格好をした真斗と神宮寺さんが映っている。
これは昨日東京でやった握手会、というか最早ハグ会、の映像だ。
名一杯お洒落をした女の子達が、おずおずと躊躇いながら近付くとありがとうと言って抱き締める。
最初に神宮寺さんがサービスでハグをしちゃったせいで、真斗までハグをする流れにさせちゃった神宮寺さんを恨んでやる。
睨み付けるように画面を見つめていてら、音也くんが申し訳なさそうに声をかける。

「ごめんね?今度会ったらマサ達に言っとこうか?」
「何を言うの?」
「え、ほら、ハグとかあんまりしないでって…」

その言葉を聞いて首をぶるんぶるん横に振る。

「違う違う、音也くん、そうじゃないんだ」

アイドルになるのが真斗の夢だった。
そのために努力をしてきたのは私だって知ってるし、同じグループの音也くん達なら尚のことだろう。
だから、私はそんな真斗や皆の邪魔をするつもりはない。
売れてきたといってもまだまだ若手だから仕事も選べないはず。
テレビに出たりして知名度を上げて、ファンを一人でも増やすことが今の大事な仕事だ。
だから、ああやって早くから来て、並んで、真斗達に会う女の子達はST☆RISHにとって大事な大事な子なんだ。

「それは分かってるんだけどね、やっぱり寂しいよね」

溢れる本音。

私の真斗。
私だけが触れていいはずの真斗。
それなのに私はこうして画面越しに真斗が知らない女の子達と仲良くしているのを見ている。
寂しい。
イライラするというよりは寂しかった。
皆あんなにお洒落をして、年頃の真斗達が気に入るような格好で、甘い香りを漂わせて握手やハグをしているのだろう。
もし真斗がファンの女の子に、一目惚れをしたら?
きっとあわよくばと狙っている女の子もいるはず。
そうしたら私は勝てないんじゃないか。
嫌な考えばかり浮かべてしまうのは私の悪い癖。

「マサにそう言ってる?」
「ん?」
「だからさ、寂しいとかって言ってる?」
「いやいやいや言わないでしょ」
「なんで?」

なんでときたか、わんこちゃんめ。
私はキャラメルラテのストローを口に付け、少し啜った。
なんだか少し味が薄い気がした。
氷が多いのか、冷たくて、薄い。

「そんなの言ったって迷惑じゃん。真斗が気にしちゃうだけじゃん。仕事に差し支えなんか出させたくないし」
「名前…」
「それに、私の方が年上なのに、そんな我が儘言えないでしょ」

音也くんは黙っていた。





カメラに向かって音也くん達が手を振っている。
ああ、私はさっきまでこの子と一緒にいたんだ。
不思議な感じがする。
…なんて、真斗なんて私の彼氏なんだよね。
そんな風に現実を忘れてしまう程に、最近真斗に会っていない。
テレビ画面越しには見ているから、元気そうだとは分かるんだけど。
どこの熟年夫婦だ。

「お母さーん、お風呂入ってくるねー」

こうなったら私の妄想力を生かして、真斗とのウキドキ☆ラブラブシチュエーション10選とかって妄想してやる。

ああ、真斗素敵…!
なんだか私もファンの一人みたいだなあと湯船に浸かってぼんやりした頭で思った。





「ふいー暑かったぜ」
「名前、さっきからケータイずっと光ってたわよ」
「え?」

テーブルの上にだらしなく放っておいたケータイをチェックする。
3件も真斗から電話があった。

「ちょっと早く言ってよ!真斗からだったんだけど!」
「知らないわよ。じゃあセキュリティ解除して名前表示させなさいよ」
「うっ」

痛いところをついてくる母親だ。
それにしても3件って、絶対なにか用事があったよね。
湯船にどれだけ浸かってられるかなんて挑戦してないでさっさと上がれば良かった。
もう一回電話来ないかな。
今度は見逃さないように、私はケータイをじっと見つめた。
もしかしたらもう仕事が始まっているんじゃないかと思うと私から電話なんてできないから、こうして待つので精一杯だ。

それから10分後、ケータイの青いランプが点滅した。
私はケータイを慌てて起動させる。
案の定相手は真斗だった。

「もしもし!」
「ああ、やっと出たか」
「ごめんね、さっきまでお風呂入ってた」
「この時間にか?いつもより早くないか?」
「あーうん、なんか気分で」

後ろでニヤついている家族が鬱陶しくて、私は足早に自分の部屋に逃げた。
静かな分、真斗の声しか私の耳に聞こえなくて、少し恥ずかしかった。

「どうしたの?なんか用事あるんでしょ?」
「ああ。…その、今、外に出れたりしないか?」
「今!?私パジャマだけど…」
「別に遠出をするわけではない。少しでも会いたいんだ」
「…うん」
「近くまで来ているから、10分したら出てきてくれ」

ケータイが切れた。
バクバクいっている心臓を押さえる。
さっきの今で、偶然なはずがない。
にこにこ笑っている音也くんが浮かんだ。
君がなにか言ったんだね、そうなんだね。
取り敢えずこんな格好では会えないから、下を履き替えて上にパーカーを羽織った。
髪は濡れたままだし、お化粧なんてしてないけど仕方がない。
ポケットに鍵とケータイを突っ込む。

「ちょっと下行ってくるね!」

リビングに向かってそれだけ言い残して、私は家を飛び出した。

エレベーターが来るのが待ち遠しい。
こういう時に限って何故か遠い階にあるんだ、トイレに早く行きたい時とかね。
やっと来たエレベーターに乗り込んで1階のボタンを押した。
なんだかじっとしていられなくて、エレベーターの中で足踏みをした。
回数表示が下がっていくのを今か今かと見守る。
アナウンスのお姉さんの声を無視して、扉が開いたら外に飛び出した。
エントランスの向こうに変装をしている真斗が見えた。

「やあ!こんばんは」

久しぶりのせいでいつもどんな風に会話をしていたのか思い出せなくてぎこちない挨拶しかできなかった。
真斗は私を見ると微笑んで、小さく手を振った。
くっそ、なんだよ可愛いなこんちくしょう。

「外に出て、親御さんに何か言われなかったか?」
「さあ、平気じゃない?」

なんせちゃんと言わずに出てきちゃったからね。
まあ察しがいい人達だから、真斗からの電話の件で勘づいてはいると思う。
私は不躾ながらしげしげと真斗を見た。
変装用の伊達眼鏡に、黒い帽子。
仕事帰りだったのか、荷物が多い。
疲れているだろうにわざわざこんなところに寄ってくれたのだろうか。

「一十木から聞いた、名前が寂しがっていると」
「ああ、やっぱり音也くんか」

私のことを心配してくれたんだよね、ありがとう私の一十木マジ天使わんこ音也。

「どうして俺に直接言ってくれないのだ」
「え?いや、うーん、ほらあれだよあれ」

なんだか言いづらくて言葉を濁してみせたら、真斗が怖い顔をして寄ってきた。
なんだなんだと思ったら宙に放っていた掌を握られる。
寒色髪である、のは関係ないけれど、真斗には珍しく指が熱かった。
いや、私の指が熱いのかもしれない。

「俺には言えなくて一十木には言えるのか?」
「いやあ、そういうわけじゃなくて…。あ、ほら、例えば真斗が女性の胸について誰かに熱弁したい時、私じゃなくて音也くんにしたくならない?」
「全然例えになっていないぞ。それになんだその内容は」
「えー思春期の真斗にぴったりの例だと思ったんどけど」

にひひ、と笑って見せると、真斗は気まずそうに顔を背ける。
はずだったのに、真斗は相変わらず怖い顔をしてもう一歩歩み寄ってきた。
私達の距離なんてもうゼロに等しい。

「ちょ、近い近い」
「近くないとキスなんてできないからな」

ちゅ、と触れるだけのキスだったのに私の身体はカッと熱くなった。
久々だから、なんて最もらしい理由を付けてその熱を誤魔化す。

「俺は、名前に会えなくて寂しかった」

静かなエントランスに真斗の低音はよく響いた。
誰か来たらどうしよう、こんな状況だし、ていうか真斗は売れっ子アイドルだからまずいんじゃ。
でも、ごめん真斗、なんかそれでもいいなあ。

「……私も、寂しかったよ」
「…ああ」
「真斗が忙しいの知ってるし、ST☆RISH皆が頑張ってるの知ってるから何も言えなかったけど、でもやっぱり寂しい」

一言紡げばあとはコップから水が溢れるように、本当は黙っておくつもりだった言葉もするすると出てきてしまう。
真斗が頷いて聞いてくれるから、余計に溢れてしまう。

「昨日の握手会、神宮寺さんのせいでハグ会になっちゃうし」
「ふっ。分かった、神宮寺にはきつく言っておく」
「ファンの子達、皆可愛くお洒落して、真斗達の気を引こうとしてるんだよ」
「そうか?」
「そうだよ」
「しかし、俺は名前にしか惹かれないぞ」
「こんなパジャマインパーカーでも?」
「そうだな」

大きな荷物を床に置いて片方の手は握り合ったまま、もう片方の手が私の頭を撫でた。
風呂上がりのせいで濡れているけど真斗はそんなこと気にしていないようだった。

「もう言いたいことはないか?」
「うん、スッキリした。お世話かけました」
「では、俺からひとついいか」

畏まった顔つきで言う真斗に、私まで緊張して直立不動になる。
私は肯定の意を示すべく首を縦に振った。

「俺は名前より年下で頼りないかもしれないが、頼って欲しい」
「うん?十分頼らせてもらってるよ」

明らかに私より真斗の方がしっかりしてるもんね。
ちょっと天然入ってるけど。
料理とか裁縫とか家庭的なこと得意だし、あれ、どっちが女なんだ。
だから私は何気なくそう言ったんだけど、真斗は不思議そうに首を捻った。

「一十木が、俺が年下だから言えないのだと言っていたと…」
「…ああ!逆逆!私が年上だから言えないの、プライド的な問題で」

私にとってはそれなりに重大な問題だったんだけど、真斗はなんだそんなことかと溜め息を吐いた。
そんなこととは失礼な。

「まったく名前は…」
「はは、わざわざ来てくれたのにごめんね、こんなオチで」
「いや、会いたかっただけだからいいんだ」
「キュン!なにやだ真斗ったら可愛いなペロペロしちゃうぞ☆」

そっか、ありがとうね。

「心の声と出てる声が逆だぞ」
「え?あっはっは、そういう細かいことを気にしてたら芸能界生きていけないぞ!」

芸能界なんて何も知らない私が何を言う、と呆れてツッコミもしなかった真斗の代わりに自分でツッコミを入れておいた。
最近自分がお笑い芸人として真斗と同じ舞台に立てるんじゃないかと密かに思っている、まったく嬉しくないけど。

「では、もう行くな」
「うん、明日も仕事頑張ってね」

よいしょと荷物を持って背中を向けた真斗に手を振る。
数歩進んだところで真斗はくるりとこっちに向き直りつかつかとやって来た。
やって来て、私の頬にキスをひとつ落とした。

「え、え?」
「言い忘れた。一十木と二人で会う時間があるなら俺を呼べ」
「い、いえっさー!」

なんだその返事は。
そう苦笑して言った真斗の顔は、ツッコミの入れようのない程真っ赤に染まっていた。

私の彼氏である聖川真斗くんはアイドル養成所である早乙女学園に通っていて、最近デビューを果たしたピッチピチの18歳です。
その彼女である私は普通の大学に通っている普通の女子大生ピッチピチの19歳です。
そんな凸凹コンビな私達だけど、今でもお互いにラブラブフォーリンラブなのです、おしまい!







「…っていう小説を書こうかと」
「やめておけ」




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