太陽が高く昇るのと比例して、街を歩く女の子達の露出度も高くなる。
金や茶に輝く髪、耳朶に光るピアス、白い首筋、肩、腕、派手な色のマニキュア、惜しげもなく晒された細い脚、なんとかって今流行りのサンダル。

そう、只今夏真っ盛り。

海に繰り出す水着ギャル。
ナンパに燃える男共。
満更でもない女共。
腕を組み歩くバカップル。
ひとつのソフトクリームを二人できゃっきゃして食べるバカップル。
街にはバカップルバカップルバカップルバカップルバカップルバカップル。

リア充爆発しろ!!!!!

「おい、大丈夫か…?」
「何が?」
「顔、怖えぞ…」

隣で歩く翔ちゃんが心配そうに、というか若干引き気味に話し掛けてきた。

「だってさ、翔ちゃん!皆夏だからって浮かれすぎでしょ!?何このサマーガールズ略してさまぁ〜ずは!!」
「いやそれお笑い芸人だから」
「さまぁ〜ずもそうだけど、このバカップルの多さ!!なあに並んで歩いちゃってるわけ!?リア充爆発しろ!」
「いやオレたちも並んで歩いてるけどな。一応リア充だけどな」

翔ちゃんの冷ややかな突っ込みを頂いてクールダウンする私。
ふう、不満をぶちまけれてすっきりした!

「…………私も夏を満喫したい」
「…そっちが本音か」

街中の女の子やカップルに八つ当たりをしているのは、別にあの子達が嫌いだからではない。
むしろ羨ましいのだ。

私はテニス部に所属している。
そんじゃそこらのテニス部ではなく、名門中の名門のテニス部だ。
テニスが好きで、強くなりたくて、だからこの高校を選んでテニス部に入部した。
後悔はしていないし、毎日厳しい練習だけれど、充実もしている。
同期だって先輩だっていいライバルであり仲間だ。
なんの不満もない。

ただ、たまにこうして街に出ると、違う世界があることを知る。

女の子として、オシャレをして、恋をして、そんなきらきらした世界もあるんだって思い知らされる。
真っ黒に焼けた肌。
筋肉質の腕、脚。
部則で染髪は禁止。
ピアスも禁止。
マニキュアも禁止。
毎日毎日練習で、私服を着る機会なんてない。
今日だって折角のデートだったのに、練習が長引いちゃったせいで着替える時間もなくジャージ姿。
家に帰る暇もなく、ラケットやユニフォームやランシュが入った大きなテニスバッグも背負っている。

隣の翔ちゃんをちらりと盗み見た。

相変わらず、いやもしかしたらいつもよりオシャレかもしれない。
麦藁のハットも、いつもと違うピアスも、綺麗に塗られたマニキュアも、今日のデートのために選んだものだ。
それに比べて私は…。
端から見た私と翔ちゃんの不揃いさを想像して寒気がした。
翔ちゃんに申し訳なかった。
私自身に腹が立った。
悔しかった。

「名前…」

翔ちゃんが被っていたハットを私の頭に乗せてぐいっと下ろした。
ぽんぽん、軽く頭を撫でられる。

「ごめんね、翔ちゃん…。こんな、私で、ごめん…」

私はぽたぽたと落ちる涙が止まるのをただただ唇を噛み締めて堪えた。

「なんで謝んだよ」
「っだって、私、翔ちゃんに似合ってない…」
「似合ってないって、なんだよ」
「だって…」

嗚咽を漏らしながら答えると、翔ちゃんは何かを思案するように空を仰いだ。

「…………今からお前の部屋行ける?」

私の返答を待つことなく、翔ちゃんは私の手を握って、私の家の方向に足を進めた。







「お邪魔しまっす。…変わってねぇな」

翔ちゃんを部屋に上げた私は、キッチンから持ってきた冷たい麦茶のグラスを机の上に二つ置いた。
翔ちゃんがじろじろと部屋を眺めているが、確かに前に来た時となんら変わってないと思う。
テニス関連の物が溢れてる、女っ気ひとつない部屋だ。

「ほら、そこ座れ」

そこ、と示されたのはベッド。
なんで私が指示されているんだろうと思いながらも素直にベッドに腰掛ける。
翔ちゃんはというと、私の隣に座るでもなく、私の正面の床に膝をついた。

「翔ちゃん?」
「よし、靴下脱げ」
「ええ!?なんで!?」
「いいから」
「いやいやいやよくない!」

だって、私、練習から帰ってきたままなんだよ?
シーブリーズやらなんらで汗の臭いは誤魔化したけど、流石に足は…。

躊躇う私とは逆に無理矢理靴下を脱がせようとしてくる翔ちゃん。

「わわわ分かった!脱ぐからちょっと待ってて!」

私はすくっと立ち上がって、部屋を飛び出し、お風呂場へと向かうのだった。





足の裏から指の間まで丹念に洗った私は素足の涼しさに気分をよくしながら部屋に戻ってきた。
部屋では先程の場所に胡座をかきながら何かを作業している翔ちゃん。

「何してるの?」

座れ、と目配せを受けてさっきと同じベッドの上に座る。

「ペディキュア。知らねえ?」

翔ちゃんが蛍光に近いピンクの小瓶をこちらに差し出した。
マニキュア、だろうか。

「マニキュアしちゃ駄目なの、部則で…」
「大丈夫だよ。ペディキュアは足にするマニキュアだから」

ニッと笑って見せる翔ちゃん。
私はあっと声を上げる。
街中の女の子達がやってるアレ、ペディキュアって言うんだ。

「足ならバレねぇだろ?」
「うん!翔ちゃん頭いいね!」
「まぁな」

上機嫌に微笑む翔ちゃんに、私も嬉しくなって笑顔になる。
さっきまでの涙が嘘みたいだ。

「ほら、足貸せ」
「え、翔ちゃんが塗るの?」
「名前、お前不器用だから出来ねぇだろ?」
「確かに」

ほら、もう一度差し出された掌に私は恐る恐る足を置いた。
さっき念入りに洗ったし、汚く、ないよね…?

真剣な眼差しで小さなハケを親指の爪に滑らせる。
濃いピンクが日焼けのしていない足の甲に酷く映えた。

「翔ちゃん、折角塗ってくれてるけど、私サンダル履かないよ?踝で色が変わってるから、恥ずかしくて履けないの…」

日焼けで真っ黒な踝より上、真っ白な下。
そこに強調されるピンクのペディキュア。

「ああ、別にいいぜ。オレに会ったら見せればいいんじゃね?」
「え、翔ちゃんに?」
「そ。剥げてたら塗り直してやるから」

丁寧に一本一本塗り上げる。

私の足元に跪く翔ちゃんはまるで…。

「んで、これも塗る」
「白?」
「ドットにしてやるから」
「へえ!可愛いね!」

素直にそう思って告げたら、翔ちゃんは一度こちらを見上げてふっと笑った。

「…そーだよ、可愛いよ」
「…?うん」

クスクス笑う翔ちゃんはよく分からなかったけれど、段々と完成していく足の爪を見ていたらどうでもよくなった。
一本、また一本。
そして、最後に左足の小指。

「おし、出来た」
「わあ、ありがとう翔ちゃん!」

足を少し持ち上げ、爪を並べて見る。
ピンクの下地に白のドットが可愛い。

「このピンクがオレな、不本意だけど」

つんと指先で爪先に触れる。

「翔ちゃんのイメージカラーだもんね、ピンク!」
「うっせ!………で、この白がお前」
「え、私?私に白なんて、ちょっと可愛すぎだよ?」

肌なんか真っ黒だし。
そう付け足したら、翔ちゃんにばーかと優しく罵られた。

「名前は白だろ。…純粋で、何にも染まってない、白」

ぽかーん。
思わず翔ちゃんを凝視する。
何恥ずかしいこと言ってるの、この人。
じわじわと自分でも恥ずかしさが込み上げてきたのか、翔ちゃんは頬を赤くして俯いてしまった。

「ぶっ」
「お前!笑ったな今!」
「笑って…っぶふ、ない、よ…ぷっ」
「お前なあ!」
「はははごめんごめん、翔ちゃん王子」

からかってそう呼ぶと、翔ちゃんは眉をピクリと釣り上げて嫌ーな笑顔を私に向けた。
なに、怖い怖い。

「許さねぇよ?名前姫?」

そして、爪先にひとつ、王子様はキスをくれました。




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