今日は久しぶりに名前と会える日だ。
一応付き合ってるわけだし、デート、のはずなんだけど、オレもアイツもそういう空気はどうも苦手だしうまく作れる技術もない。
またいつものように会って、はなして、バイバイして。
レンに、おチビちゃんたちは小学生かい?なんて馬鹿にされたけどそれだって構わないかなと思う。
人それぞれやり方とかペースとか違うんだから、オレたちがそれで納得してるのなら気にすることもないし、心配することもない。

そう、思ってたんだけど。







こういう日に限って先生に呼び出されるとか本当にオレはツイてない。
龍也先生からの呼び出しに、歌へのアドバイス。
いつもなら嬉しいけれど、やはり今日は手放しには喜べない。
さっきメールで門まで来たよ、とあった。
早乙女学園はセキュリティも厳しく、一般の人が勝手には入れるはずもなく、いつもならオレがそこまで迎えに行くんだけど、時間が許してはくれず、仕方なしに那月に迎えに行ってもらうように頼んでおいた。

『僕が行くんですか?はい!翔ちゃんがいない分、僕が名前ちゃんと仲良くしてますね!』

ありがたいようなありがたくないような複雑な気持ちだ。
那月に嫉妬なんて、一番格好悪い。
第一那月にそんな気はさらさらないだろうし、名前だって那月は友達として大好きだと言っていた。
大好き、ってそれはそれで大丈夫なんだろうか。

ともかくオレは二人が気掛かりだったし、名前に早く会いたかったしで、龍也先生のありがたい話が終わった後、速攻で寮に戻った。
走ってはいないはずだけど若干上がる呼吸を落ち着かせながら廊下を進む。
扉の前に立ち、ドアノブに手を掛けようとした時、ふと中から話し声が聞こえた。

「え、どこ見てたらいい?」
「僕を見てて下さい」
「なっちゃんの、どこ?」
「目、でしょうか」
「うん、分かった。じゃあ、お願いします…!」
「はい。……………目閉じちゃ駄目ですよ!」
「えー無理無理!なんか条件反射で!」

何してるんだ、アイツら。
嫌な考えが頭に浮かんで、オレはすぐさま扉を開いた。

「あっ翔ちゃん」
「え、嘘!」

慌てた声を出す名前。
そんな名前と向かい合わせに立って名前の頬に手を掛けている那月。
こんな状況って…。

「那月、お前、」
「お帰りなさい!もう用事は済みましたか?やっぱり僕には無理だったので翔ちゃんにバトンタッチします。はい、これ」

と言って手渡されたのは目薬。

「なっちゃんもう一回チャレンジしようよー」
「ごめんなさい。僕自身目薬点すの苦手なので、人にもうまくやってあげられないです。その点翔ちゃんは目薬点すの上手ですから心配ないですよ!」
「それじゃあ私がなっちゃんに頼んだ意味ないよー」
「大丈夫ですよ、ちゃんと可愛かったです。じゃあ、僕は音也くんたちの部屋に遊びに行ってきますね」

ぶーたれている名前を尻目に、那月はにこにこしながら愛用のピヨちゃんクッションを手に部屋を出ていった。
なんなんだ一体。

「翔ちゃん久しぶり!」
「え、あ、おう」

なんでもなかったかのように名前は言って、オレの隣に立った。

「うーん、伸びてない?」
「それを言うな!」
「あははは、いいよー今のままで。翔ちゃんは今のままが可愛いし」
「可愛いとか嬉しくない」
「じゃあかっこいいです」
「適当な…」
「なんでもいいの!翔ちゃんは翔ちゃんなんだから!」

そう言ってハグされて、なんだか相変わらずだなあと思った。

「可愛いと言えば、さっきの那月の台詞なんだよ」
「え?あー…」

嫌なことを思い出したかのように苦い顔をする。
それでもオレの追求の手は緩めず食い下がる。

「つーかなんだよこの目薬。点してもらってたのか?」
「あー、うん」
「自分で出来ないのかよ?」
「9割的を外す!」
「ひどっ!オレが点してやろうか?」
「いい!!!」

なんで全否定なんだ。
大体那月はよくてオレは駄目って、それ彼氏のオレに酷くないか?
よし、意地でもオレが点してやる。
俄然やる気が出たオレは、名前にベッドに座るように促す。
素直に従う名前はなんというか、鈍い。
オレが正面に立って目薬のキャップを開けたところでようやくオレのしようとしていることに気付いた名前はまた非難の声を上げる。

「いいって!自分で出来るって!」
「出来ないんじゃないのかよ」
「あ、そうだ。…でもいいの!」
「なんだよ、那月はよくてオレは駄目なのか?」
「えーだってなっちゃんはなっちゃんだからさあ」

ぶつぶつ理由っぽくない理由を並べる名前に、オレは最終兵器を使うことにした。
取り敢えず掌を頭の上に乗せると大人しくなる名前。
頭の天辺から後頭部にかけて優しく撫でてやれば、暫くすると瞼をとろんとさせる。

「なんでオレに目薬点させたくないんだよ?」

穏やかな声音で問い掛けると、さっきまで頑なだった名前がオレをちらちらと見つめて言おうか言わまいか迷い初める。
そこでもう一押し。

「大丈夫だから、な?」

何が大丈夫なのかオレにもよく分からないけど、名前はこう言ってやると安心してオレに全てを委ねる傾向にある。
案の定この言葉は利いたみたいで、きゅっと閉じられていた赤い唇がゆっくりと開いた。

「……だって、……ない、から」
「ん?」

聞き取れなくて耳を名前の唇に寄せると、もう一度もごもごとした返事が返ってきた。

「……だって、目薬点すとき、可愛くない、から」
「ん?」

意味が分からなくて、名前の顔を真正面から見つめると、耳まで赤くなった顔でオレを不安げに見上げていた。

「だってね、目薬点すとき上向くでしょ。そしたらさ、口開いちゃって、アホみたいな顔するもん」
「………………そんだけ?」
「そんだけって何よお!」

恥ずかしそうにポコポコオレの胸を叩く名前が可愛くて可愛くて、誤魔化すように名前の頭を撫でた。
途端大人しくなる。

「アホみたいな顔のお前も可愛いって。な?」
「……うー」

睨み付けるようにオレを見上げる名前は唸って威嚇をしてはくるものの、照れたのかそれ以上は反撃できないようだ。
静かになったのをいいことに再度目薬のキャップを開ける。
今度は抵抗されなかった。

「よし、じゃあ、目え開けろよー」

首を傾けて上を向かせ、無意識に閉じそうになっている固い瞼を開いて雫を一滴落とした。
反対の目にも同様に。
ちらりと強張っている名前の顔を見つめたが、頑張って開かないように口をへの字にさせている顔が確かにアホっぽくて、それが愛しかった。

「ほら、終わったぞ」

目の端から流れてくる溢れた目薬を拭うために、近くに置いてあったティッシュを渡す。
それで目を擦りながら、名前は頬を赤らめたまま言った。

「ありがと、翔ちゃん。大好き」

濡れた瞳に、赤い頬。
ベッドに座って、オレを見上げている名前。

「…………おう」

涙の筋のように跡がついた頬にキスをして、いつまでも小学生じゃいられないよなと逆上せた頭で思うのだった。




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