同じクラスの神宮寺に告白された。

あの、神宮寺に、だ。
夜のお誘いとか、デートのお誘いとかそういうんじゃなくて、ほんとに。

『付き合ってくれないか』

そう言われてまず最初に、どこに?って思った。
だってまさかあの神宮寺が私に恋人になってくれなんて言うはずないじゃないか。
だから、どこに?って尋ねたし、つーかなんで私?いつも侍らせてるファンクラブ?の子は?とも言った。
そしたら、神宮寺は見たこともないような悲しそうな顔をするから、ガサツな私でも流石に気付いた。
ああ、恋の告白なんだと。

正直驚いた。
なんで私?
神宮寺が私を好きなの?
自分で言うのもアレだけど、特別可愛いわけでもないし、特別作曲ができるわけでもないし、何より神宮寺とそれほど関わりがない。
同じクラスではあるから、挨拶とか事務連絡とかちょっとした会話は時々するけれど、それくらいだ。
私は神宮寺のことを女好きのチャラチャラした金持ち、くらいにしか思っていなかったし、神宮寺だって私のことをただのクラスメイトくらいにしか思ってないはずだ。
その、はずだった。
けれど、実際のところ神宮寺は私のことが好きで、私が親しくしている翔から色々と話を聞いていたらしい。
思い返せば、誕生日に神宮寺が美味しくて高価なチョコレートをくれたのは偶然じゃなかったのか。
オレ、チョコレート苦手だから苗字にあげるよ。
なんて笑顔で箱を差し出されて、なんの疑いもしなかった。
それに、神宮寺が私のことをレディって呼ばずに苗字で呼んでいたのもそういうことかと今なら納得がいく。

ぶっちゃけ、私にとっての神宮寺はさっきも言った通り女好きのチャラチャラした金持ち、だ。
それ以下でもないし、それ以上でもない。
別に嫌いじゃないけど、好きでもない。
そんなものだった。
だから私は当然断った。
ごめんなさい、神宮寺は友達としか…。
濁した言葉でそう告げた。
そうしたら、神宮寺はまた泣きそうな顔をしたんだ。
あの、いつも勝ち誇った顔をして、自分に自信があって、己がカッコいいことをひけらかしたような神宮寺が。
なんだか悪いことをした気分になり、なんで私なの?遊び半分で言ってる?なんて口を滑らせた。
遊びで言ってる顔じゃないって分かっていたのに。
そしたら彼はまた情けない顔で、絞り出すように言った。

『ほんとに、苗字じゃなきゃ駄目なんだ』

神宮寺にここまで言わせるほどに私に魅力があるとは思えない。
だけど、神宮寺が私を好きなのは紛れもない事実で、しかもどうしてだろう、私も彼を知りたくなってしまった。
私を好きだと言う彼を、私も知りたい。

『…………付き合ってみて、好きになれなかったら、断る。…卑怯だけど、それでもいい?』

酷いなあと思った、自分が。
こんなの、神宮寺を悲しませるだけかもしれないのに。
それでも神宮寺は頷いた。
頷いて、普段みたいな余裕ある笑みじゃなくて、子供が心から嬉しかった時みたいに、満面の笑顔を私に向けた。

『ありがとう、苗字』

そうして、私も彼に惹かれていった。




神宮寺と付き合ってまず思ったことは、彼は意外にも臆病者だということだ。

いつも女の子と歩いてて、聞いたところによると所謂セフレみたいな人は山程いるらしい。
だから、付き合ってみたはいいものの早急に身体の関係を求められたらどうしようと若干怯えがあった。
私はそういった経験がないから。
だけど、そんなのは取り越し苦労で、神宮寺はエッチはおろかキスも求めてこなかった。
恋人らしいことは何もなかった。
付き合って変わったことといえば、神宮寺が私を名前で呼ぶようになったのと、共に行動する時間が増えたくらいだ。
といっても昼食を一緒にとるとか、帰り道を一緒に歩くとか、その程度。
休日にデートに誘われて行ったのが数回。
付き合ってから一ヶ月で、だ。

今日も神宮寺と一緒に昼食を食べる。
最初は食堂に行っていたんだけど、なんとなく私から二人きりになれるとこに行く?って言ったら心底嬉しそうにするからその日以降は外のベンチでご飯を食べている。
今日もまた。

「今日のお弁当は豪勢だね」

お弁当箱を開けた私の手元を見た神宮寺はにこにことしながらそう尋ねてきた。

「うん、頑張ってみたんだ。神宮寺にお裾分けしようと思って」
「オレに?」
「そう。神宮寺のお弁当、ジョージさん?が作ってるんだよね。美味しそうだから物々交換したくって」

いい?と首を傾けたら、神宮寺は頬を赤くしてもちろんと笑った。

「いただきます」
「うん、口に合えばいいんだけど」
「……ん、美味しい。世界一美味しい卵焼きだね」
「はは、大袈裟な」
「いや、本当に。名前の手料理が食べれて嬉しいな」

はにかみながら言う神宮寺。

付き合ってから、私の彼への印象はがらりと変わった。
カッコいいはずの神宮寺が、可愛く見えて仕方ないのだ。
チャラチャラしてると思っていたのに、むしろその逆。
私に対しては奥手で、慎重で、一途で、ナイーブだ。
愛されてる。
そうひしひしと感じていた。

今日、私がこうしてお弁当を作ってきたのは別にジョージさんのお弁当が食べたかったからではない。
本音として、付き合ってから一ヶ月という区切りの今日に、言おうと思ったからだ。

「ねえ名前、これも食べていい?」
「ベーコンのアスパラ巻き?いいよ」「ありがとう。……ん、これも美味しいね。初めて食べた」
「え、そうなの?お弁当としては定番だよ?」

言って、しまったと思った。
神宮寺はお母さんが早くに亡くなり、お父さんともあまり仲がよくなかったらしい。
神宮寺財閥の御曹司が、普通家庭のお弁当を食べたことがなくて当然だった。
私がそういう顔をしたのだろう、神宮寺も困ったように微笑んで気にしないでと言った。
ばか、気にするよ。

私は右手に持っていた箸を膝の上のお弁当箱に置いた。
水筒からお茶を一口飲む。

「…神宮寺、…………」

私の真剣な様子に、察しのいい神宮寺はこれから私が何を言いたいのか分かっただろう。
神宮寺が今日で一ヶ月になることを忘れているとも思えない。
彼も箸をしまって、私の方に身体を向けた。

「…決めたんだね」

気まずい沈黙を破ってくれたのは神宮寺だった。

「オレは、この一ヶ月すごく幸せだったよ。名前は卑怯な手を使ったって申し訳なく思ってるかもしれないけど、オレは全然。名前と一緒にいれて、近くにいてくれて、嬉しかったよ。…だから、オレを振っても、謝らないで。オレは、名前といれて幸せだったんだから」

神宮寺はそう言って綺麗に微笑んだ。
そして、初めて私に触れた。
髪をひと撫で、それだけ。

神宮寺は臆病で、それでいて優しい。

「………また、ベーコンのアスパラ巻き食べさせてあげる」
「…?」
「それ以外も、神宮寺が食べたことないもの食べさせてあげる。………だから、ずっと一緒にいてください」

頭を下げる。
耳の横をパラパラと髪が落ちていく。

「…………名前、」

もう一度、神宮寺の右手が私の髪に触れた。
耳の横に添えられて、優しく顔を上げられた。

「好きだよ、神宮寺」

恥ずかしいのを誤魔化すように、大袈裟に笑顔を作った。
反対に、目の前の神宮寺は泣きそうだった。

「ほん、と?」
「好きって言ってくれて、ありがと」
「っ」
「愛してくれて、ありがとう」

右手を伸ばして神宮寺の左頬を撫でる。
甲でさらりと。
初めて彼に触れた。

「私も、神宮寺を愛したい」

言葉と同時に、神宮寺が私の視界いっぱいになってそのままぎゅうと抱き締められた。
背中に回る腕がきりきりと痛む。
胸板に顔を押し付けられて、彼の心臓の鼓動と彼の震えが伝わった。

「じんぐうじ、」
「好きだよ、名前。……本当に、大好きなんだ」

返事の代わりに私も神宮寺の広い背中をきつく抱いた。
耳元で聞こえる鼻を啜る音は、聞かなかったことにしてあげよう。

お昼休みの終了のチャイムが鳴るまで、私と神宮寺はいつまでもそうしていた。




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