※音也と春歌が付き合ってる設定です。



早乙女学園を卒業してから、トキヤは着々とアイドルとしての道を進んでいた。
前代未聞のグループで卒業オーディション合格を果たしたST☆RISHは、デビュー直後から話題を集め、今では国民的アイドルのひとつとして名を連ねていた。
新曲を出せばオリコン1位は当たり前、音楽番組はもちろんのこと、映画やドラマや舞台、バラエティーまでにも引っ張りだこで、まさに飛ぶ鳥を落とす勢いとはこのことだ。
そうなってくると、どうしてもトキヤと会える時間はなくなっていく。
深夜に帰ってきて早朝に出ていく生活。
当初は私もトキヤが帰ってくるまで起きて帰りを待っていたりしたけれど、「貴方の体調が心配になります」と言われてしまい、最近では先にベッドに入る日々。
メールは毎日送り合ってはいるけれど、仕事の邪魔になるのではと電話は控えている。

そんな毎日に寂しさと不安が募った私は、数少ない相談相手である春歌の元を訪れたのだった。

「信じてはいるけど、やっぱり不安になるんだよね。トキヤ、かっこいいし優しいし、モテモテだよね」

春歌が入れてくれた紅茶をチビチビと飲み下す。

「優しいのは名前ちゃんだからだと思いますよ?」
「そうかなぁ?」
「はい!」

春歌が両の手をグッと握って力強くそう言ってくれた。
ちょっと元気になる単純な私。

「でもさ、そういう音也は?アイツ、誰にでも優しいでしょ?不安になったりしない?」

音也の彼女である春歌にそう尋ねる。
ちょっと苦笑した春歌は、まだ温かいティーカップを掌で握り、ポツリポツリと話してくれた。

「…正直、ずっと不安でした。音也くんはすごく魅力的な方で、その周りにいる女性も魅力的な方が沢山いて、私なんかが音也くんの恋人だなんて相応しくないんじゃないかって…」

いや、アンタも十二分に可愛いよ。
という心の声は話の腰を折りそうなので黙っておく。

「なかなか会ってお話もできないですし、一時期落ち込んでたんです」
「ああ、あったね、春歌が毎晩泣いてた頃」
「ふふ、すみません。その節はお世話になりました。……その時、音也くんが提案してくれたんです」
「うん?」
「交換日記しない?って」
「交換日記?」

って、あの交換日記だよね?
小学生の頃に異様に流行ったアレ。

「今日一日あったことを書くのと、その時の素直な気持ちを書くんです」
「それならメールですることと一緒じゃない?」
「いいえ。その時の気持ちで文字に力が入ったり波打ったり、不思議なんですけれどすごく気持ちが伝わってくるんです」
「へえ…」

交換日記、かぁ。

「この前は、音也くんに嬉しかったことがあったみたいで、お名前の隣におんぷくんのイラストがあって…」

その後は春歌の無意識な惚気話が始まった為スルーしつつ、私は交換日記に思いを馳せていた。
一日の報告をするってことはやっぱり夜書くわけで、それってトキヤにとって負担がひとつ増えるだけなのではと躊躇いが生じてしまう。
けれど、春歌と音也の円満さを知ると、私もトキヤと交換日記をしてみたいという気持ちもある。

うんうん唸って考えたけれど、私は春歌の「交換日記というより最後は――」という言葉が決定打となり、私は帰りに文具店に立ち寄り、上質なノートを一冊買っていたのだった。







「ただいま」

真っ暗な廊下に向かって声を掛けても返事がないのは分かっていた。
それでも君がいるこの家に帰ってきたのだと、私は言わずにはいられない。

薄手のコートをソファの背にバサリと掛け、真っ直ぐに寝室へと向かった。
扉を開けると、スースーと静かな寝息が聞こえてきて私は無意識に頬を緩める。
やはり名前をこの家に住まわせて正解だった。
顔を合わせて話をする時間がなくても、こうして私が帰ってきた時に彼女の顔を見るだけでひどく安心する。
胸の奥が温かくなる。
私はいつものようにベッドの際まで寄り、名前の前髪を掻き分けそこにキスを落とした。
真っ白な頬にもキスを。

その時、ふと枕元にノートが一冊置いてあるのを見つけた。
不思議に思い手に取ると、表紙に付箋が貼り付けてあり、そこには「トキヤへ 読んでね」と書いてある。

なんでしょう。

楽しみなような怖いような複雑な気持ちで、私はそれをリビングルームに持っていき小さな明かりを灯してそれを読んだ。

―――――――――――――――――――

トキヤへ

今日、春歌と会っておしゃべりをしました。
相変わらず春歌ってかわいいね。
ところで、春歌と音也は交換日記をしているそうです。
楽しそうなので、私たちもできたらいいなって思って書いてみました。

明日も仕事がんばってね。

名前より

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ちょっと丸文字の紛れもなく名前の字で書かれたそれは私を少し驚かせ、そして愛しいという感情を募らせた。
何度かその文章を反復して読み、満足してから私は鞄の中から手帳を取り出し、それに備え付けていた万年筆を右手で握った。






朝起きてもいつものようにトキヤはいない。
明け方に家を出ていってしまうトキヤとはやはりどうしても顔を合わせることができなかった。
欠伸を噛み殺すこともせず、のっそりベッドから起き上がると、昨日の夜に私が置いたノートが同じように置いてあった。

トキヤ、見てくれたかな…?

淡い期待を胸に、私はノートをそっと開く。
私が書いたページの隣側、そこにトキヤの筆跡であろう角張った丁寧な字が並んでいた。

―――――――――――――――――――

名前へ

おはようございます。
交換日記楽しそうですね。
是非協力しますよ。

今日も頑張ります。
名前も体調を崩さない程度に頑張って下さいね。

では、いってきます。

トキヤより

―――――――――――――――――――

朝からドキドキと胸が高鳴る。
体調を崩さない程度に、なんてそれは私じゃなくてトキヤへの言葉だ。
きっとトキヤのことだから、高熱を出したとしても意地でカメラの前に舞台の上に立つのだろう。
彼のちょっとした変化に私はテレビ越しでしか確認できない。
プライドの高いトキヤだから、例え恋人である私にさえ弱みを見せてはくれないのだから。

(いってらっしゃい)

心の中で呟いて、笑みだけは堪え切れずにふふっと息を漏らした。
いつもの眠たいぼんやりとした朝が、自然と清々しい爽やかなものになった。

(よし、何か手の込んだものを作ろう)

鼻歌混じりにスキップを踏んで、私はキッチンへと向かうのだった。

一日も終わり、私は机の上に置いておいた交換日記を開いて再度万年筆で記されたトキヤの文を読み返した。
角張った彼らしい字を目で追うと自然と頬が緩む。
春歌が言ってたメールとは違うという意味が分かった気がした。

好きだなぁ。

ただ字を追うだけで彼への恋慕が生まれてくる。
私はペンたてに詰め込まれていたボールペンの中からピンクのボールペンを選び、それを握った。

―――――――――――――――――――

トキヤへ

お返事ありがとう!
すぐに書いてくれてうれしかったよ。うれしかったからつい調子に乗って朝からフレンチトースト作って食べちゃった。
トキヤなら絶対食べないよねー?

あと、今日テレビで翔ちゃん見たよ!
バラエティだったんだけど、アイドルとは思えないほど体張ってた!
さすがシャイニング事務所!
トキヤも気を付けてね。

名前より

―――――――――――――――――――

次の日、私のピンクの文字が連なった隣のページに相変わらずの四角い字が並んでいた。

―――――――――――――――――――

名前へ

朝からフレンチトーストとは、貴方も少しはカロリーを気にしてみては?
夜に食べるよりは幾分かマシですけど…。
私は朝は野菜とフルーツ、それから乳製品しか口にしないように心掛けていますよ。
体にいいそうなので、貴方も参考にしてみてください。

シャイニング事務所ですから私もそれなりの覚悟ではいましたが、特に翔は過酷なものが多いですね。
彼は反応が面白いですから。

私は今日の22時に放送されるトーク番組にゲストとして出るので、よろしければ見てくださいね。

それでは。

トキヤより

―――――――――――――――――――

すぐに返事を書きたいのをぐっと堪えて、夜まで我慢!と自分を窘めた。






それから毎日私は交換日記を記し、トキヤも欠かさず返事を書いてくれた。
負担になってたら嫌だと思いそれらしいことを尋ねてみたら、トキヤの方も楽しんでくれているみたいで、その事実が私を至極嬉しくさせた。

―――――――――――――――――――

トキヤへ

ST☆RISHが出てる歌番組見たよ!
みんなかっこよかった!
トキヤのパートはほんとに聞き惚れちゃうなー。

そしたらその日偶然レンと会ったの!
さっきまでテレビ越しに見てた人が目の前にいて、なんか不思議な感じ。
レンは相変わらずこんな寒い日に胸元が広く開いてる服着てた(笑)
トキヤにもちゃんと会ってお喋りしたいな。

名前より

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名前へ

私は歌を歌うとき、いつも貴方のことを想っています。
聞き惚れるならきっとそのせいですね。

私も貴方とゆっくりできる時間が欲しいです。
レンなんかとではなく、私と一緒に過ごせる時間を、ね?

今日はウキエンの放送日ですよ?
録画予約を忘れずに。

トキヤより

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トキヤへ

トキヤってさ、この交換日記には恥ずかしいこととか書くよね。
私直接言ってほしいなー。
調子乗るなって怒る?(笑)

もちろん予約ばっちりだよ!
私はリアルタイムで見たけど、ほんとにびっくりした!!
キスシーンあるなんて知らなかった!
けっこうラブラブなやつだったし…。
ちょっと嫉妬しちゃいます。

でも、お仕事は頑張ってね!

名前より

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名前へ

キスシーンはすみません。
でも、嫉妬してくれるなんて思わなかったです。
不謹慎ですが嬉しいですよ。

今日は朗報があります。
明日、貴方が目を覚ましてこれを読んだ次の日、急遽仕事がバラシになってオフになったんです。
確か貴方もオフでしたよね?
何処か行きたい所などありますか?

トキヤより

―――――――――――――――――――

バサリ。
思わず掌から落ちた交換日記を慌てて拾い上げる。
歓喜で叫びたくなるのをなんとか抑えて、代わりにさっきまで寝そべっていたベッドにダイブした。
枕をぎゅうぎゅう抱き締めて、ベッドの上でゴロゴロとのたうち回る。

(トキヤに会えるうううううう)

同じ家で過ごしているはずなのに、顔を合わせることは滅多にない。
オフが被るというのも二週間振りだ。

(どこ行こう!?何着よう!?)

久し振りのデートにウキウキが治まらない。
まるで初デートを迎える中高生の女の子みたいだ。

(よし、今日は特別にフレンチトーストを食べよう!)

嬉しいことが起きた時の恒例のようになっているフレンチトースト。
冷蔵庫から野菜ジュースを取り出し、透明のグラス一杯に注いでごっきゅごっきゅと一気飲み。
寒さなんか気にしない。
興奮して暑いくらいなのだから。

(………あ、)

私は明日したいことを閃いて、急いで寝室に戻った。
交換日記に一言だけ記して、そのままパタンとノートを閉じた。





ピピピ、ピピピ。
微かな音に反応して、私は目を覚ました。
時刻は六時。

温もりを感じて覚醒していない瞼をこじ開けると、視界に飛び込んできたのは長い睫毛を伏せて静かに寝息をたてているトキヤの寝顔。

(おおお)

滅多に見れないトキヤの寝顔を拝めたことに感激し、私は心のシャッターを切りまくった。
それだけでは満足がいかなくなった我が儘な私は、写真に収めなくてはとそろりそろりとベッド脇に置いておいたケータイに手を伸ばしそれを手繰り寄せた。
カメラモードに切り替え、そうっとシャッターボタンを押す。

ピロリン。
軽快な音と同時に、トキヤがパチリと瞼を開けた。

「お、はよう」
「……おはようございます」

緩く抱き締められていた腕に力がこもり、トキヤの胸にぐっと引き寄せられた。
ぬくぬくと温かく、脚を絡めるとトキヤもそれに応えた。

「何処に行きたいか決めました?」

寝起きのトキヤのゆったりとした口調がなんだか可愛くて、私はにこにこしながら首を縦に振った。

「うん。ここで一日過ごしたい」
「ここで?行きたいところなどないのですか?」
「うん。トキヤとゆっくりしたい。いちゃいちゃしたり、ね」

にひひ、と笑うと、トキヤはふっと息を吐いて笑った。

「それも素敵ですね」

冷たい空気に晒され冷えてしまった髪をトキヤの温かい手が何度か撫でてくれた。
お返しにトキヤの横撥ねした髪を撫でてあげると嬉しそうに目を細めて「気持ちいいです」と微笑んだ。

「…貴方と交換日記を交わして、何度も会いたくて堪らなくなりました」
「私もだよ。トキヤは私の顔見てるだろうけど、私なんかテレビでしか会えなかったんだから」

えい、と白く柔らかな頬をつつくと、嫌そうな顔をしたトキヤは同じように私の頬をつついた。
私はそれを快く受け入れる。

「…ずっと会いたかったし、トキヤとこうやって触れ合いたかった」
「私もです。レンに取られないようにこうやって…」

言いながらぎゅーっと抱き締められて、私は幸せで笑えてきた。

「私も、あの女優さんに取られないようにこうやって!」

首を伸ばしてちゅっとトキヤの唇に私のを重ねた。
一瞬触れて、そのまますぐ離す。

「それじゃあ足りないです」

半ば強引に後頭部を引き寄せられ、唇を食べられた。
差し込まれた熱い舌に私も負けじと絡ませる。
口付けの合間に囁かれる愛の言葉に私の脳みそはドロドロに溶けてしまいそうだ。

『交換日記というより最後はラブレターみたいになりますよ』

春歌の言葉を思い出して、ごもっともだとふやける頭でぼんやり納得したのだった。




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