ケータイが鳴った時は、マネージャーからだと思った。
だから、画面に写った恋人の名前に少なからず驚いたことは確かだ。

「はい、もしもし?」
『とーきやー』
「…名前、ですよね?」
『へへへ』

ガヤガヤと煩いBGMをバックに、恋人である名前の声が聞こえる。
のだけれど、間延びした喋り方やいつもより高い声のトーンになんとなく疑ってしまう。

「どうしたんですか?」
『えへへへ、ときやにさあ、会いたいなーと思ってさあ』

可愛い台詞ではあるけれど、普段の彼女がこのテンションでこんなことを言わないのは勿論知っている。
なんとなく展開は分かってはいたが、確認のために私は問うた。

「酔ってますね?」
『えへへへ』

何が面白いのかへらへらと笑った彼女は、これまでの経緯を間延びした声で話し出した。
女友達と映画を見に出掛けた後、その友達の友達である男数人も合流し、一緒に呑んでいるらしい。
その場に男もいるのですか、と嫉妬心丸出しで聞いたら、うんと素直に答える名前。
そこまでおっぴろけだといかがわしいことはさらさらないのだと思う。
だけど、やはり彼氏である私としてはあまりいい気持ちのするものではない。
私が黙りこんだのを怒ったと思ったのか、はたまた天然なのか、トキヤの方が何倍もいい男!と豪語してくれた。
嬉しいけど、恥ずかしい。

『それでねえ、お願いなんだけど』
「はい?」
『迎えに来て欲しいなーって』
「いいですけど…そんなになるほど呑んだんですか?」
『んーん。皆にねえ、かっこよくて優しい彼氏がいるって言ったらさあ、見たいって言うから、自慢してやろうと思ってさあ、へへ』

自慢、て。
名前は近い距離に居すぎて忘れているのかもしれませんが、私これでもアイドルですよ?
公の場で顔を晒すことなんてできないって、貴方もご存知でしょう?

でも、私は嬉しかった。
アイドルの彼氏、を自慢するのではなく、かっこよくて優しい彼氏、を自慢したがってくれた貴方が。
顔は見せられないけど、貴方の自慢の優しい彼氏ならば見せられます。

「分かりました。迎えに行きますから、大人しく待っていて下さいね」
『ほんと?やったあ』
「他の男に近付いちゃダメですよ」
『はあい、ふふふ』

間延びした返事はなかなか信用ならないが、あれでしっかり者で勝ち気な彼女だ、押されてズルズル…なんて性格ではない。
ただ、ひとつ引っ掛かることに、私は名前が酔っているのを見たことがないのだ。








「お待たせしました」
「へへへ」

わけもなく笑う彼女に相当酔っているのだと知った。
都内の呑み屋の入り口で夜風に当たりながら立っていた彼女は、頬が赤く、瞼が重たく落ちていて、瞳が潤んでいた。
そんな彼女を見たことがなくて、ドキッとする。

「その人が名前のカレシ?」

友人も酔っているのだろう、ふらつく足取りでこちらに近付いてくる。
変装用に伊達眼鏡と帽子は被ってきたが、さすがにあまり近距離だと顔がバレてしまう。
私は名前の腕を引きながら、お世話になりましたと小声で挨拶をし、早々にその場を去った。
じゃあねーと呑気な返事が返ってきて、暗闇からきっと顔もはっきり見えなかったのだろうと安心する。

「ときやあ」

千鳥足、まではいかないまでも、ふらふらと真っ直ぐ歩けないらしい名前は私の腕をぎゅっと握って体重のほとんどを預けてきた。

「あした、しごとだっけ?」
「ええ、午後からですが」
「……」
「何を考えてるんです?」

何となく嫌な予感がして私は恐る恐る訊ねた。
いいえ、嫌でもないし、期待で心が震えたのも少しある。

「へへへ…あのさあ」
「はい」
「あのね」
「はい」
「…ふへへ」

わざとなのかなんなのか、焦らすように中々核心的な台詞は発せず、そうしている内にパーキングエリアに停めておいた私の車が見えた。
助手席を開けて名前を乗り込ませる。
結局私を期待させただけですか。
半ば諦めて運転席に回り込み、扉を開けシートに腰を下ろした。
シートベルトをつけるため体を捻った時だった。
名前が身を乗り出して、そして私にキスをした。
ビールでも呑んだのか、舌で感じたのは苦味。
なんの配慮もなくやって来た彼女の舌は小さくて、熱い。
彼女のしまりの悪い唇からは唾液が流れ落ちる。
私はそれをわざとらしく音を鳴らして啜り、喉の奥に流し込んだ。

「ん、っふ、んん」
「ちゅ、じゅる、ん」
「ぅふ、や、……やめ、」

自分から仕掛けてきたくせにやめてだなんて。
彼女からの熱烈なキスにすっかりやる気になった私は、一旦名前の唇を離し、そのまま舌を耳に突っ込んだ。
くちゅり、くちゅ。
唾液を絡ませて卑猥な音が鳴る。

「っひ」
「貴方に選択肢をあげましょう」
「んん?」

体を強張らせて固まっている彼女を慰めるように耳の筋を舐め上げ、耳たぶを甘噛みする。
はむはむと口に含むと、彼女のやり場のなくなっていた手が段々とシートに落ちていく。

「私の部屋でセックスをする。今ここでセックスをする。さあ、どちらがいいですか?」

耳元で囁くと、私の掌から名前の背筋が震えたのが分かった。
ああ、可愛い反応だ。
黙りこんでしまった彼女の背中を撫でながら、嫌って言いたいんですか?と断れないような意地悪な聞き方で訊ねる。
すると彼女は首を横に振った。

「ちがう」
「?」
「へへ、私もね、トキヤとエッチなことしたかったんだあ」

ドキッとする心臓。
理性的な思考が段々と蝕まれていく。
選択肢を与えたのに、私自身でその道を閉ざしてしまいそうだ。
家までなんて我慢できない。

「…カーセックスに決定です」

締めたばかりのシートベルトを外して、助手席で丸くなっている名前に覆い被さる。

「…車よごしたら、ごめんね?」

恥ずかしそうに言う名前に、むしろそうしてください、という自分でも中々に酷いと思う台詞が喉のそこまで出掛けて、思わず苦笑した。




こんなに狭い空間で、おまけに密室で、興奮するなという方が難しい。
音也が前に、カーセックスはハマるなどと下世話な話をしていたが、その気持ちを理解してしまった。


「っあぅ、んん」
「ほら、また脚が閉じてきてますよ。ちゃんと手で押さえて…そう」
「ううう、いじわるう」

半泣きで私を睨む名前は可愛くてそしていやらしい。
履いていたスカートとパンツは助手席に残したまま、後部座席で自らの脚を開いていやらしい液でてらてらと光る秘部を晒け出す彼女はもう何分間もそのままの体勢だ。
私はそこに顔を寄せ、なんの躊躇いもなく舌を這わせる。
名前の性の匂いは、私にとって興奮材料にしかならなくて、本人は恥ずかしい嫌だと言っているけれど、それもまた然り。
ぺちゃぺちゃ鳴る水音も、じゅるると吸う音も、車の中だからこそ余計に響き耳まで犯していく。

「じゅ、るるる」
「ふぅ、んん、やぁ」
「嫌じゃないでしょう?」
「ぁうう」
「こんなに濡れてるんですよ?…ああ、シートにまで滴ってますね」
「え?や、ごめ、」
「蓋をしないといけませんね」

ずっぽり入った中指。
大分慣らしたおかげかまだ余裕がある。
人指し指も沿えて挿入し、二本で出し入れを繰り返した。
じゅぷ、ずぽっと溢れる液が泡立つ。

「はぁ、う、ああ」
「気持ちいいですか?」
「ぁう、ん、きもち、いいよぉ」

自ら腰を揺らす名前に興奮と共に少し動揺する。
こういう行為の時は恥ずかしがってあまり素直な言い回しはしてくれないのに、今日はどうやら違うらしい。
酒の力なのか。
理性がなくなってこうも淫らな名前が生まれたのだとしたら、この絶好の機会を逃す手はない気がする。

「もっと激しいのがお好きですよね?」

内壁のザラザラを擦るのをやめて、奥の方を指でつつく。
引き出すときには抉るように。

「ぁああ!んぅん、きもちぃ、きもちいよお、ときやぁ…!」
「素直な貴方は一層可愛いですね」
「んっ、んんぅ、っあ」

三本目も埋め込むとスムーズな動きはできないが、きゅっと締まった穴をじわじわと拡張していくのが堪らない。目をぎゅっと瞑って快感に耐える名前。
それでも自らの恥ずかしい所を私に晒すその健気な姿に、私は興奮してやまない。
自分の理性とも戦ってはきたが、そろそろ白旗を上げる頃だろうか。

「名前、もうそろそろ…」
「っん、いいよぉ、きて…」

閉じられた瞼を開き、涙でぐずぐずの瞳をこちらに向ける。
ああ、その表情、ぞくぞくします。

ベルトに手を掛け、緩めている時だった。
名前の手が伸びてきて私の頬に触れる。
なんでしょうかと思い、俯いていた顔を上げて名前を見た。

「ときやのおっきいの、奥にちょうだいね?」

頬を赤くして、恥ずかしそうに言う名前。
我慢なんてならなかった。

「、っひぁ!!」

名前の腰を半ば乱暴に掴み、一気に奥まで突き立てる。
無意識に引く名前の腰を離さず、奥へ奥へと激しいピストンを繰り返した。
肌のぶつかる音と、名前の愛液と、名前の喘ぎ声。
音が外に漏れてないかという考えが一瞬過ったが、どうでもよかった。
今に夢中になり過ぎて、名前のことしか考えたくなくて、私は一心に腰を振った。

「っあん、っあ、ああぅ」
「やらしい声」
「!んん、ん」
「こら、どうして声を抑えるのです?っん。もっと、聞かせてください」
「や、だって、あぅ、はずかし、」
「何を今更。さっき、もっと恥ずかしいことを、言ったでしょう?」

腰をガツンと打ち付けると、同じように名前の身体が跳ねる。
狭い空間なだけあり、汗でしっとりとしてきた名前の身体が私を艶かしく誘うのだ。

「っんあ、あぁ、ん」
「どこがイイんですか?」
「ん、そこ、ぅ」
「ここ?」
「っあぁ!ひ、や、だぁ」
「可愛いです、すごく、っん」

頬に唇を寄せて生理的に流れているのであろう涙を掬いとる。
しょっぱい、なのに甘味なものに思えてくるのだから私は相当名前にハマっている。

「ゃ、も、だめ、ぁう、」
「ん、イキそう、ですか?」
「はぁ、ん、もう、っふ」

首をコクコクと縦に振る。
すがるようにこちらを見上げてくるその視線がいやらしく、また私を興奮させる。

「では、もうイキましょうか」

ずるる、とギリギリまで自分のモノを引き、一気に奥を突く。
名前の液でドロドロになったそこは、ぱちゅんと派手な水音を鳴らした。

「あああっ」
「もう、一回」

浅いところまで腰を浮かし、突く。
それを何度か繰り返すと、名前の内壁が蠢くのが分かった。

「っイ、っちゃ、ぅううう」
「、っうぁ」

目をぎゅっと瞑って、甲高い鳴き声を上げた名前は私のモノをぎゅううと締め付けた。
我慢ならず私もゴムの中に吐き出す。
全てを出し切るためにゆるゆると腰を振ると、果てた名前は敏感な身体をピクピクと跳ねさせた。

「っはぁ、身体、痛くないですか?」

シートに横たわる名前を寝かせたまま、しっとりした髪に指を絡めた。
その様子を横目でちらりと見てから、私を見上げる。

「痛く、ないよ」
「それならいいのですが…」
「私は、それより、車を汚してないか心配…」
「っふふ、またそれですか」

前髪を掻き上げて、露になった額にちゅうっと吸い付く。
名前は恥ずかしそうに目を伏せた。

「もう少ししたら、私の部屋でシャワーを浴びましょうね」

それまでは、私といちゃいちゃしてくれますか?
耳元で囁くと、名前は目を真ん丸にしたあと、くすくす笑った。

「トキヤ、可愛いねえ」
「それは貴方でしょう?」

ムッとした顔をすると名前はそれとは反対に優しく優しく微笑んだ。




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