ちょっと落ち着こうぜ、お嬢さん
◇紅唄主人公



学校の宿題も終わり、復習・予習も終わった。あとは風呂に入って歯を磨いて、そんでベットに入ればいつもと同じ一日の終了。今は遊子が風呂に入ってるだろうから、あと10分くらいで出るだろう。それまで一休み、とベットに寝たときだった。携帯がいきなり鳴り響き、明るいランプが輝く。あー、なまえか、なんて思いながら、メールを開く。


fromなまえ
title死球
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たすけて


死球?デッドボールのことか?いやいや、今の時間から野球は…ないよな。きっとこの"死球"は打ち間違いで、本来なまえは"至急"と打ちたかったはずだ。なまえが打ち間違いするなんて珍しいと思い、それほど急いでいるのかとオレはベットから飛び起きた。夜9時半過ぎ。夜はまだまだだとは言え、寒さは日中の寒さと比べものにならない。クローゼットからコートを取り出し、羽織って部屋を出た。
どたどたと階段を降りていると、風呂から出たらしい遊子にぶつかる。お兄ちゃんどこいくの、と尋ねられたのであいつん家とだけ答えた。固有名詞を出さなくても、遊子には伝わったらしく、よかったねと場違いな言葉をかけられた。夜に呼び出されることがよかったのか?…いや、よくないはず。
頭の端でそんなことを考えながら、オレの思考の中心はなまえだった。


「なまえッ!」
『一護…っ』


涙目……なのかはわからないけどいつもの声より高く、オレを頼るときの声音が部屋の奥から聞こえてきたので、勝手に家に入って、なまえの元へ行く。………と。


『うう゛…いちごー…』
「あのー…なまえ、サン?」


半壊になりつつある台所。甘ったるい匂いが立ち込めている。調理器具が散乱した台所は昨日と打って変わって汚くなっている。


「一応、聞く。何してんだ?」
『お菓子作ろうとしたんだよー…』


お菓子、作り。ボールには何かを作った形跡がある。


「…え、お前が?」
『はいそんな目をしないでねー、一護くん』


お菓子作りができないくせに、なにをしてるんだと言うとなまえはオレの脛を蹴る。なまえは料理は普通、人並みにできる。けど、お菓子作りはできない。本人曰く、お菓子作りは手際が細か過ぎるから嫌らしい。


「SOSメールを受信したのはいいけど…オレはどうすればいいわけ?」
『チョコ作りたいんだけど…できなくて…手伝って欲しいなぁ、って。』
「チョコ?普通の?」


オレの素朴な疑問になまえはこくりと頷く。ボールの中には黒い塊が固まっている。あれはただの黒焦げではなく、どうやらチョコレートらしい。


「おまっ、チョコは普通に溶かして冷やしたら出来上がるだろ!?」
『冷やす前に固まっちゃったのー!!』


もう駄目だ、と床にばたりと倒れるなまえには刀を片手に敵陣に単身で突っ込む姿を思い浮かべるのは難しい。
何故夜遅くからチョコを作りはじめたのは分からないが、なまえが作りたいというのなら、助けを求めているなら、仕方ない、手伝ってやろう。
エプロンは、と尋ねると床に寝転んでいるなまえから冷蔵庫の横に掛けている黒いエプロンを使っていいという言葉が帰って来た。コートを脱いで、エプロンを着、床に転がっているなまえを起こす。


「教えてやるから、ほら」
『んー…』
「テンパリングのときに水が入ったんだろ?」
『えっ、テンパリング?なにそれ!?俺はテンパってるよ!?』
「そっちじゃない!」


なんでテンパリングもわかんないのに、チョコを作ろうとしたんだ…。手伝いながら、と言ってもなまえが手伝ってオレが作っているようなものだった。
色々激突しながらもチョコレートを型に入れ、冷蔵庫の中に入れる。風呂入ってないんだよなぁ、と呟くとなまえが入って来なよと言うのでお言葉に甘えて風呂に入ることにした。なまえの家にオレの服は置いてあるので気兼ねすることはない。手についた甘い匂いを洗い流すように石鹸を泡立て、指や髪や肌を洗う。
さっぱりとした気持ちになって、風呂を出ると、なまえがソファーに寝転びながら余ったチョコレートを指に搦め捕って舐めていた。指をボールに突っ込み、ほんのりと焼けた肌をチョコレート色に染める。それを口の中に入れて、隅々まで舐めつくし、またボールに指を入れる。そんな姿に、オレは溜息が出る。


「…なまえ」
『あ、一護。いい湯だった?』
「いい湯だったけど……何してんだよ?」
『チョコレート余ったから、勿体ないなぁって。』
「…だからって、」


そんな格好で舐めるな、と言いたかったけれど、調子に乗るのが目に見えていたので無視して冷蔵庫の中から麦茶を取り出して飲み干す。


『ねえ、一護』
「…あー?」
『やらしい気持ちになった?』
「ぶっ!?」


飲んでいた麦茶が口の中で、噎せてしまい、咳込む。そんなオレの姿をなまえはくすくすと笑う。


『一護くん、やーらしいねぇ?』
「…っ、お前なぁ…!人が夜から折角来てやったって言うのに…!」
『だから、そんな一護にお礼って言うこと、で。』


おいでと自分の目の前に来るようになまえが言うので、口内の麦茶を全て飲み込み、なまえの目の前に来た。なんだよとなまえを見下すように言うと、次はしゃがむように指図された。お前はどっかの女王様か、と言いたかったが我慢して、女王様の言う通りにしゃがむ。さっきまでチョコレート作れない、駄目な女だよと落ち込んでいたヤツは何処に行ったのやら。
目線がなまえと合う。焦げ茶の瞳は何か企んでいるような色をしていた。
指に搦め捕った溶けたチョコを口の中に入れたかと思うと、そのままなまえはオレに口づけた。


「…んっ」


なまえは舌に乗ったチョコレートをオレの口内に入れ、飲み込ませるように舌を出し入れする。歯の裏を舐め、歯並びを舌でなぞり、チョコレートの甘さに酔ったオレの舌を吸う。時折息を取り入れるだけで、それ以外はぴったりとくっついたままの二人の口内。どっちもチョコレートの味がした。噎せ返るように甘く、蕩けるように甘い。舌を抜き出し、オレの唇に軽くキスをしたときには舌に残っていたのはチョコレートの甘さではなく、なまえの味だった。飲みきれなかった唾液が口の端についているのを拭い、なまえは満足そうに言った。


『バレンタイン、あげたからね?』
「バレンタイン…?」


そういえば、バレンタインだったな、今日…。チョコレートを作っているときまでは覚えていた。現にオレの机の上には、遊子と夏梨からのバレンタインデーのプレゼントがある。かれこれ十年以上は貰い続けている。あと、たつきと井上から義理だからと言われて手渡されたチョコも。(そんなの言わなくても分かっている。)
もしや、なまえの作っているチョコは自分へのものなのかと期待したが、1つ1つに名前を書いていく姿を見てクラス全員に配る気だと気づいて、期待するのをやめた。
それもさっきのなまえのキスで全部吹っ飛んでいた。


『一護はこういう特殊な感じのヤツが好きかと思いまして。』
「お前なぁ…もうちょっとこう、マシなヤツにしろよ…。普通にチョコあげるだけでいいだろ?」
『嫌だった?』
「嫌っていうか…。」


まだきちんと拭いきれていない唾液を、ペろりと舐めてやる。僅かに甘い。


「そういうこと、したくなるし」
『誘ってる、って言ったら?』


挑戦的な瞳はくすりと笑う。あー、待て待て、オレ。誘いに乗るな。乗ったら、終わりだ。しかも明日学校だし。チョコは冷やしているだけでラッピングしてないし。絶対に手を出したら、お終いだ。
そんなこと、分かっている。それなのに、身体は本能に忠実で。


「……終わったら、二人で風呂な?」
『背中洗ってあげるよ』


それは了解ってことだよな。勝手に判断して、二人でソファーに雪崩れ込む。どうやら今日はここにお泊りらしい。



明日はきっとが降るでしょう




[理之ちゃんとの話]+[主人公攻めのちょい攻め物語]+[紅唄主人公がお菓子作り]のリクエストを元に作成。まあ…、お約束的な展開になってしまいました。

11,2,15