ハロウィンをするにも肝心の仮装用の服は無いし……でも、年に1回の大事なイベントだからなぁ…
そう悩んでいたら、いきなり扉がばーん!と開いて黒いものが飛び込んできた。一瞬虚かと思って、死神化しようとしたけど、霊圧がいつも知っているあいつのものだったので、死神化しなかった。 いつも知っているあいつは。
『………』
「トリックオア…」
『一護、辛いことあるなら相談乗るよ?』
「最後まで言わせろ!」
ああ、うん。言いたいんだ。言わなきゃやっていけないもんね…。 黒い服───、魔女が着るような丈の長いロングコートととんがり帽子を被った一護はこほんと咳ばらいをして、【トリックオアトリート】と言った。
『発音わるっ』
「ウルセー。乗り気じゃねえからいンだよ」
『乗り気じゃなかったら、そんな服着ないでしょ』
「そこは言うな…!」
黒い魔女っ娘(…でいいのかしら?)の一護ははあと溜息をついて、何やら悲しいオーラを纏って俺のベットにダイブした。 寝る準備がされていた俺のベットは一護がダイブしたせいでぐちゃぐちゃになった。…ばか一護め。 とりあえず、一護が魔女のコスプレをしているのは気にしない方向……にはいけないな。無理だ、気になる。 まあ、女の子用みたいな魔女のコスプレじゃなくてよかったけれども。
『あのさ、一護的にはなんで魔女っ娘のコスプレしてるの?って、俺に聞いて欲しい?』
「触れてほしい。こんな服着て、放置されんのはヤダ」
『じゃあ聞く。 コスプレしてどうしたの?』
ベットに横たわっていた一護…魔女っ娘一護くんはゆっくりと起き上がり、魔女っ娘一護くんになった理由を話しはじめた。
俺のお隣りの家、黒崎家。家族構成は父親の一心さん、一護、双子の夏梨ちゃんと遊子ちゃん。お母さんの真咲さんは一護が小さい頃に亡くなった。 そんな黒崎家は俺と同じくらい…いや、俺以上にイベントが大好きだ。 バレンタインデーには遊子ちゃんがチョコをくれ、2月3日には鬼になった一護に豆まきをし、3月3日には甘酒で夏梨ちゃんが酔い、5月5日には一心さんが鯉のぼりになって吊される。それくらいイベントが大好きなのだ。 その黒崎家がハロウィンを見逃すはずもなく。
『要は、家族全員でハロウィンのコスプレしてるの?』
「俺も帰ってきたら、いきなりこうだぜ…」
魔女っ娘のロングコートを煩わしそうに引っ張りながら、黒崎家の苦労人の一護はまた溜息をついた。 なんというか…ドンマイとしか言いようがない。
『にしても、随分フライングだね?ハロウィンは明日だよ?』
「知ってる。」
だよねー。黒崎家の長男がハロウィンの日時を間違えるはずがないよね。 ……でも、入って来るときにトリックオアトリートって言ってなかったか、この人? ロングコートの端を弄びながら、魔女っ娘の一護くんをまじまじと見つめていると、一護は【うぜぇ】と言いながら、ロングコートを脱ぎはじめた。
『ちょ、一護!』
「俺が着るより、理之が着た方がそれも喜ぶだろ」
『えっ!まさかこのために来たの!?』
「あったりまえだ」
脱いだロングコートを俺に着させ、そしてとんがり帽子を被せる。どこに隠していたかわからない、小さいジャコランタンのついたスティックを俺に持たせると、一護は満足そうに頷いた。
「うん、可愛い」
ひとしきり見つめ、ふにゃりと楽しそうに笑うものだから、なんだか顔が熱くなってきた。 なにか。なにか言い返さなくっちゃ。
『っ、てか なんでコートの下、何も着てないの!?変態の仲間入りでもしたのか、魔女っ娘一護くん!』
「魔女っ娘一護って言うな!」
一護に食いかかるように論点をずらそうと、何故か上半身裸のことを突っ込む。ロングコートとはいえ、下に何も着てなかったら……ただの変態だ。
「親父に制服引っぺがされて、コートだけ渡されたんだよ」
『え、下も?』
「下は脱がされてねーよ」
どうやら、一心さんは一護に色々なコスプレをさせようとしたらしく、一護はそこから逃げてきたらしい。一心さんは一護のことを探し回ってるんじゃないかなぁ…。
そんなことを思っていると、一護がくしゅんとくしゃみをした。 室内とはいえ、今は10月下旬。気温も10度代なのに、上半身裸だったら、風邪ひくよ。寒いのも当たり前だ。
『一護、コート着なよ。寒いでしょ』
「それは理之が似合ってるから、やる」
『そうじゃなくて、風邪ひいちゃ───』
「じゃあ、こうすりゃいいだろ」
腕を引っ張られ、そのまま一護の逞しい胸板に抱きしめられた。一護の匂いが、する。優しくて心が落ち着くような薫りが。 何をされたのかわからない。咄嗟のことで頭が真っ白になる。 空気を失った金魚のように口をぱくぱくと動かす。入って来る空気は乾いたものばかり。 眼前に広がる肉体は、明らかに昔の身体とは違う。昔はぷにぷにしていた胸は、昔を思い出せなくなるほどに整った、"男"と認識する身体が、目の前にある。
『いち…ッ』
「あったけぇな」
腹筋は割れ、力強さがある身体。しかし、綺麗な身体ではない。身体には大小様々な傷が刻まれている。 普通の高校生にはこんな傷はない。 普通の、高校生ではないから傷がたくさんある。 それは、虚から受けた傷が癒えずに残っている。その殆どは、俺を庇って受けたもの。
「理之?」
『いちご…っ、はずかしいからっ…!』
「ははん?恥ずかしい、か?へえ?おまえがなぁ?」
『ちょっと、一護っ!』
気を良くしたのか、一護は離れようとする俺をもっと強く抱き寄せる。 密着させられた顔の肌から、一護の肌の熱が感じられる。その熱はじわりじわりと身を焦がす。 一護は髪を梳き、うなじが見えるように分けたあと、そこに唇を這わせる。そして、ひと舐めするとかぷりと噛みついた。噛みつき、強く吸い付く。
『んっ』
くもった声が口から零れるのを止められなかった。 一護がどういう顔をしているのか見ることはできない。けれど、日頃の付き合いで予想はできる。 笑っているのだろう。楽しそうに、何かに熱中している子供のように。 鈍い痛みがうなじに走り、顔をしかめると、痛みが走った部分をぺろぺろと舐められた。まるで、痛かった?と聞くかのように。
『………なぐる』
「待て待て待て!!」
『異論は聞かない、まじで殴る。三本以上骨が折れるのは覚悟しろ』
一護から離れ、全身の力を右手に込めて、助走をつけて一護に勢いよく殴り掛かろうとしたら、ロングコートに足を引っ掛け、顔面から一護の胸板に突っ込んでしまった。鼻がいたい。へし折られた気分だ。 それでも殴ろうと、一護を押し倒そうとする。……が。
「わりーけど、」
逆に押し倒された。(え、これって危ない雰囲気…?)
「女の理之に押し倒されるほど、俺は甘くねーし、」
『えーっと、一護…サン?』
「理之の色気に煽られて、我慢できるほどいいヤツでもない」
『あおら…っ!?煽ってないしっ!』
「ってことで、」
子供のときに見たことがある。一護が空手で初めてたつきっちに勝ったとき、凄く嬉しそうな顔で飛び跳ねていたあの姿と、今の一護が被る。
「いただくから」
反論は聞かねー、と猛獣のようなオレンジ頭は首に噛みついて、ロングコートのボタンを一つずつ外しはじめた。
……とりあえず、終わったら一護の骨を十本以上折って、涅隊長のところに献上しようと思う。
そ う し て ふ た り は 愛 を 唄 う 永遠を手に入れる方法って意外と簡単だったりする
ハロウィンをするか迷う→フライング→一護END
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