仕方ない。今回は諦めよう。皆もどうせ忘れているだろうし。
そう思って、ベットにダイブをして携帯を充電してその日は眠りについた。

今思えば、それが間違いだった。



翌日。


よく晴れた朝、いつもは五月蝿い携帯が鳴り響かないことに疑問を持ちながら、学校へ登校。思っていたとおり、みんなハロウィンということを忘れていた。
そりゃそーだ。この受験シーズンにハロウィンで浮かれてる3年は居ないか。(…まあ、若干1名は浮かれようとしたけど)(言わずもがな、俺だ)
ふつうに授業を受け、退屈な先生の話を聞き、バレーでアタックを華麗に決め、午後になった。
いつもは後輩がご飯時間になったら、やって来るのに来なかった。風邪かな、と思った。そろそろ冬が近づいてくる。風邪の季節も到来する。
俺も気をつけないとなー、と思いながら携帯を開いた。新着メールはナシ。
それほど悪いのか、はたまたたまたま今日は俺のクラスに来ないのか。
どっちか分からないが、メールは来てなかった。
携帯を閉じて、俺は昼食後の大事な大事な睡眠タイムに入った。いつもは邪魔されてるからなァ、と思うと今日がとても幸せな日に感じられた。

───そんなの、間違いなのに。


結局、放課後まで顔を見せなかった後輩が少し心配になってメールを送ってみれば、一言、【じしゅうしつ】と書かれたメールが届いた。
いつも後輩が土方先生に怒られて、課題をやらされている場所だ。そこに迎えに来い、ということか。
センパイを顎で使うとはなんて傲慢な後輩なんだ、あいつ。……まあ、行くけど。
鞄を持って、1階の自習室の扉を開ければ、ぴょんぴょん跳ねた寝癖頭が俺を迎え入れてくれた。


「案外早かったね」

『まあ、近かったし。』


おいで、と まるで自分の方が年上かのような沖田の態度に笑いが込み上げる。ここで笑ったら、機嫌が悪くなるだろうから、笑わないけれども。
沖田の指定する、隣の席に座ると、古典のプリントが2枚置いてあった。また土方先生に課題を出されたらしい。


「やになっちゃうよ、土方さんってば、僕にだけ課題出すんだもん」

『それなりに理由があるんじゃないの、沖田に。』

「ただ一くんのプリント写しただけなのに。」

『間違いなく、それが原因だな』


沖田はやればできるのに、と毎回思う。やればできるのに、やらない。宝の持ち腐れのようなものだ。あー、勿体ない。
古典のプリントを見ると、もう全部埋められている。課題は終わらせたらしい。
それなら、此処に居る理由はない。
沖田に【帰ろう】と言って立ち上がると、左手をぎゅっと捕まれた。


『どうかした?』

「あのさ、理之」

『プリントは自分で土方先生に提出しなよ。』

「そうじゃなくて。
今日、お菓子食べた?」

『お菓子?んー…チョコバーなら昼休みに食べたけど…?』


【もしかして、お腹すいた?】と尋ね、鞄の中、ポケットの中を探してみたが、お菓子やパンのような沖田の腹を満たすような物は見つからなかった。
そのことを沖田に伝えると、悪戯っ子のような顔でにっこりと笑われた。


「───そう、…よかった。」


瞬時に嫌な予感がした。
今すぐ、此処から逃げないと、俺の身に何かが降り懸かる!ていうか、何かされる!
長年の付き合いで沖田が何かする前のおおよその前触れは察知できるようになった。
が、何をするのかは毎回違うので、予想できない。
今回は近年稀に見ない程、嫌な気がする!あぶない!逃げなきゃ!
そう思って、足を踏み出そうと身体を回転させ、逃げようとしても、何かが邪魔して動けない。
腰の辺りに沖田が抱きついて、離れないのだ。

ああ、逃げられない。そう思った。
巻き込まれたな、これは。逃げられなかった。今回は何だ。
色んな思いが頭を交差して、溜息が出た。


「逃げるなんて酷いよ、理之」

『逃げられると思ったから沖田は俺の腰に手を回したんでしょ?』

「ご名答。さすが。」

『……はぁ…』


くるりと身体を回転させられ、沖田と向き合う形になる。逃げる気は失せた。しかし、沖田は俺の腰から離れようとはしない。


『今回は何なの?昼食時間に来なかったのにも関係する?』

「寂しかった?」

『はぐらかすなって』

「まあ、正解かな。こういうのって、1回限定みたいだし。」

『こういうの?』

「うん」


沖田は何処から出したのか分からない牙を口に嵌めた。そして、ゆっくりと腰から離れる。


「Trick or Treat…ma'am?」

『……あ…』


わ、忘れてたー!俺がイベント大好きなのと同じくらい、沖田も大好きだってことを!!
しかも、お菓子をくれないなら悪戯してもいいという最高なイベント!それを沖田が忘れるはずがない!!

昼食時間に会いに来なかったのはそのためだろう。昼食時間なら、俺がお菓子を持っていたかもしれないから、放課後まで待っていたのだ、こいつは!
さっきのお菓子を食べたか、という質問もすべてこのためだったのだ!
うわー!どうしようこれ!今までに無いほど、ピンチなんですけどっ!


『えっと、サ…』

「お菓子は無いんだよね?なら、悪戯されても仕方ないよね、理之?」

『いやいやいや!悪戯とか、そんな危ないことはやめようよ!もっと穏便に!穏便にしよう!ねっ!?』

「だぁめ」


ですよねー。無駄な説得ですよねー。
目の前に秋刀魚の煮付けがあるのに、食べるなって言ってるようなモノだよね…。例え方が例え方だって?ほっとけ!

そろりそろりと沖田の長い指が俺の頬に登って来る。そして、その指は唇で止まる。

「理之の唇って林檎の色というより、血みたいだ」

『それは褒めてるのかなぁ…どっちにしろ、嬉しくないや』

「何て言うか…おいしそう」

『ちょっ、と、』


いただきます。ご飯を食べるかのように挨拶をして、沖田は俺の唇に喰らいついた。
前触れはあったものの、喰われるように口づけをされる心の準備はしていない。息も十分に整わないまま後頭部と肩を抱かれるように固定され、唇が離れないように一層強く引き寄せる。息を吸おうとした僅かな隙間を狙い、沖田は舌を捩込んだ。他人の舌が自分の口内を動き回っているのは何とも奇妙なもので、身体がじんわりと熱くなってくる。深く重なり、それでも絡まりあう舌はすぐに離そうとしてみても離れない。
限界を感じた俺は沖田の逞しい胸を力無くとんとん叩いた。瞳の端で笑っていた沖田も、さすがに酸欠はまずいと思ったのか、名残惜し気に唇をゆっくりと離した。唇の端からは行き場を失った涎がたらりと垂れる。


『おき、た…』

「これで悪戯が終わったと思わないでよね?」


離れそうになる腰を一層強く抱きしめ、嵌めた牙を首筋に這わせる。無機物の冷たい感触が首を這いずり回る感覚にぴくりと反応する。
ただの粘土製のものかと思いきや、陶器みたいな冷たさがある。どうやらそこらへんに売っていたものではなく、特注品らしい。さすが沖田。悪戯にも本気なんだよね。
ぷすり。鋭い痛みが首筋に走る。


『いっ…ぁ』

「吸血鬼みたいだね、僕」

『なんで、そんなに達観してんの…さ…』

「そりゃあ、楽しいからだよ」

『ですよねー…』


ペろりと首筋から流れる血を舐める沖田を近くで感じながら、昔の記憶に思いを馳せる。昔もこんなこと、あったような。
ひとしきり、沖田の気が済むまで舐められ続けていると、いつの間にか血は止まっていた。唾液には血を止める作用もあったっけ、とぼうっとしながら沖田の好きなようにさせていると、沖田が首筋から顔を退かし、にっこりと笑った。
そういえば、まだ嫌な予感が続いていた。


「じゃあ理之、今日は僕の家にお泊りしようか?」

『えっ!?やだよ!明後日から小論文模試があるから、練習しなきゃいけないんだもん!』

「だってまだハロウィンの悪戯は終わってないよ?」

『……首筋噛んだじゃん』

「それで足りるとでも?」


思ってないよ!思ってないもん!
こりゃあ明後日の小論文模試は一護に負けるなあと思いながら、降ってきた沖田の唇に唇を合わせた。













 花言葉は、死をも恐れず

ハロウィンをしない→悪戯される→沖田END

<< >>