そうと決まれば、と立ち上がり、【いつものお返しをしてやる…!】と意気込む。 狙うは勿論、あの人ただ1人!日頃の恨み、今晴らさん!! ごうごうと燃え盛る火を背景に俺は1人、あの人への悪戯を考えるのだった。
翌日。
授業を難無く終わらせ、皆が手を振りながら帰っていく集団に混ざらずに、あの人が居るであろう場所へと歩き出す。あの人は至って真面目だから、お菓子なんて持ってないはず! なら、お菓子くれなきゃ悪戯するぞ!の英語バージョンを言えば、当たり前のように悪戯できる! ナイス、俺! るんるん気分で歩き、行き着いたのは図書館。 この頃、推理小説にはまっていると言っていたから、図書館に居るだろう。大抵、放課後は図書館に居るらしいし。 図書館の扉を開き、司書の女の人に挨拶をすると、【静かにね】と笑われた。うーむ、挨拶は元気にやった方がいいと思うんだけど…。まあいいか。 あの人が居るかどうか聞いてみると、案の定、"居る"との答えが帰ってきた。 やっぱりね、とほくそ笑み、司書にお礼を言って、図書館の中を隈無く捜す。絵本、小説、図鑑、伝記…色んな本が揃っている。週に1回図書館に来ているとは言え、こんな奥の方には来たことがない。 人がたくさん居る中で本を読むのが苦手なのだろう、あの人は。 奥の解剖書や医学書が置いてある机の目の前で静かに読書をしているあの人の背中を見て、そう思った。 ゆっくりと気配を殺して近づき、耳につけているイヤホンを気づかれないように外し、ふうと息を吐いて喋る。
『山崎さん、ハロー』
「ッ!?」
ばっと振り向いた山崎さんはいつもの癖のように戦闘体制をとる。あーあ、まだあのときの癖が抜けきってないんだなぁ。 山崎さんの耳から外されたイヤホンからは俺には分からないクラシックの音楽が奏でられている。 山崎さんは戦闘体制を解き、溜息をつきながら、【君か】と言う。
『もう少し驚いてくれたっていいじゃないですか。』
「十分に驚きましたよ。」
『……あれで?』
「あれで、です。」
山崎さんはやれやれと言いながら、眼鏡をかちゃりと外す。その眼鏡をくすね取り、眼鏡を掛けると、少し視界が歪んだ。
「視力がいいあんたが掛けると、目が悪くなりますよ」
『あれ、山崎さんっていつも眼鏡でしたっけ?』
「いえ、いつもは裸眼です。けれど、本を読んだりするときは眼鏡ですよ」
『もしかして、案外目悪い?』
「それほどではありませんよ。 だから、眼鏡を返してくださいね」
掛けていた眼鏡をゆっくりと奪い去り、眼鏡ケースへと納めた。 いつもは眼鏡を掛けていないってことは、悪くは無いってことだよね。ただ補助的なものでやってるだけかな。 【で?】とさっきまで読んでいた本に栞を挟み、山崎さんは【何の用です?】と尋ねた。 それを聞いて、本来の目的を思い出した。
おっと危ない!危うく、目的見失ったまま【一緒に帰ろー】なんて言うとこだった!危ない、危ない。
山崎さんの肩に手をぽんと置き、にっこりと笑う。俺の笑顔に何か悟ったのか、山崎さんは後ずさろうとするが、逃がさない。
『Trick or Treat?』
「…トリック…って…」
『お菓子くれなきゃ、イタズラするゾ?』
「………。」
『ごめんなさい、反応してください。』
「いえ、湯月君の趣味かと思いまして…。スルーした方がいいのか悩みました。」
『変なことして、マジですいません。』
うん、俺には似合わないよね!変なことしてごめんなさい!
謝ると、山崎さんはそんな俺がレアだったのかくすくすと笑いはじめた。 うわーなんかすっごく恥ずかしい!なんであんなことしちゃったんだろう!10秒前の自分を殴り飛ばしたい!
あーもう、と自棄になりつつ、叫ぶ。
『それで、お菓子と悪戯、どっちがいいんですか!』
「俺はお菓子なんて持ってませんよ。お菓子が欲しいなら、他を当たってくれませんか?」
『ふふん、やっぱり持ってないですよねー!』
「………まさかと思いますが…、悪戯したいんですか?」
『そりゃあ、お菓子くれないのなら悪戯するのがハロウィンでしょう!』
「湯月君、それが目的だったんですね…」
『何のことかね、山崎くん?』
にやにやと笑うと、山崎さんは諦めたように溜息をついた。 座っていた椅子の隣の椅子を引いたところを見ると、俺の悪戯に付き合ってくれるらしい。 やっぱり山崎さんは優しい。けれども、今日は日頃の恨みを晴らすと決めたから容赦はしない!
「悪戯合戦がしたいのなら、沖田さんや藤堂さんが居るじゃないですか。何で俺を選んだんですか?」
『日頃の恨み。』
「恨み?俺は湯月君に怨まれるようなことをした覚えは───」
『覚えがなくても、あるもん。』
口を尖らせて言うと、山崎さんは思案した。 場に微妙な空気が流れるのに堪えられなくて、山崎さんに指を突き出す。
『3つの悪戯から1つ選んでくださいね。 まず、1つ目。今から土方さんのところに言って、豊玉の俳句を朗読。』
「……2つ目は?」
『斎藤さんが裏庭でたまに餌をやってる犬と散歩。』
「…………。」
山崎さんは俺の顔をまじまじと見つめる。そんなことできるわけないだろ、と言いたいのだろう。 だって山崎さんは犬嫌いだもんね。 我慢すれば触れるらしいけど、命令や仕方ないときにしか触ろうとしない。 山崎さんにすれば、高が悪戯如きで犬と戯れるのは嫌なのだろう。まあ、だから考えたんだけど。
「3つ目はなんですか?」
『……俺に構うこと。』
「…それ、悪戯ですか?」
『悪戯デス。』
恥ずかしくて俯く。だって、山崎さんってばこういうのを利用しないと構ってくれないんだもん、と思ったが口には出さない。こんなの、俺のキャラじゃない。 大体、悪戯って名目で自分に構って貰おうとする時点で、俺のキャラじゃないよね。
そう思うと、凄く恥ずかしくなった。顔から火が出そうな程に恥ずかしくなった。
椅子から立ち上がって、【やっぱ今のは聞かなかったことにして】と言いながら、走り去ろうとすれば、腕を捕まれた。力の差は男と女。歴然だけれども、逃げようと思えば、逃げれる。 瞬間の隙を突いて、逃げようと考えている頭に、思考回路を止める一言が囁かれた。
「理之」
『───ッ!』
「言い逃げは狡いと思いますよ、理之」
『ずっ、るくない…!』
「狡いですよ。切腹を命じられたのに、切腹をしないくらい狡いです」
紫の瞳が俺をじっと睨む。瞳は俺を離そうとしない。 逸らせばいいのに、俺も逸らせずに紫の瞳から視線を外せない。 そのまま手を引っ張られ、山崎さんの膝の上に着席。
『や、やだ!山崎さんっ!』
「悪戯、なんでしょう?」
『ひゃっ!』
耳元で囁かれ、思わず声を上げてしまう。前に耳が弱いと言ったことを覚えていたらしく、ここぞというときに耳を攻めてくる。どっちが狡いんだ! 膝の上に乗せられたまま、顔は山崎さんに向けられている。どう足掻いても逃げられない。
「悪戯をすると言ったのは、理之ですよ」
『!こっ、こんなときだけ名前呼びとか反則!』
「ええ、理之は俺が名前で呼ぶと照れますからね。知っててやってます。」
『………Sか』
「Sで結構です」
深い紫の瞳に映るのは、自分の捕らえられた瞳。動けずに、縛られている姿はまるで、大好きな男の虜になった女のようだ。……強ち、俺もこの例えに当て嵌まらないとは言えないけれども。
【それで?】と山崎さんは髪を一撫でした。
「俺はどういう風に悪戯すればいいんですか?」
『えっ、………まじで?』
「罰は罰ですからね。」
案外乗り気な山崎さんに、若干驚いていると、おでこをこつんと合わされた。もちろん、瞳と瞳は離れない。
『た、たくさん、』
「たくさん?」
『構って、たくさん』
言葉にするとすごく簡単なのに、何でいつもは言えないんだろう。口に出せばすらすらと言えるのに。 歯止めがきかなくなった機械のように、俺は山崎さん、と呼び続ける。
『今までの分も、たくさん、たくさん構って欲しい…な』
こてん、と首を傾げる。 こんなの自分のキャラじゃない。大丈夫、自分が一番分かってる。 でも、一度キャラを見失っているのなら、今日はとことんキャラを見失おうじゃないか! ……でも、やっぱり恥ずかしい。
はあ、と山崎さんは溜息をついて、啄むように軽いキスをした。 不意打ちだったので、かなり驚いた。そのせいもあり、顔がどんどん熱くなっていくのを感じた。
「君は俺を煽るのが上手い」
『あ、煽ったつもりは…!』
「無くとも、十分に煽られた。帰るぞ」
『えっ、本は!?』
膝の上から降ろされ、帰り支度をする山崎さんをおろおろとした表情で見つめながら、尋ねると、山崎さんは分からないのか、といいたげな表情でこつんと優しく俺の頭を叩いた。
「こんなところじゃ、いつもの分も構えないだろう?だから、続きは、」
─────学校を出てからだ。
それ、駄目だよ山崎さん。無駄に期待しちゃうもん。 今の俺の顔はきっと、夕焼けより赤いのだろう。
君 の 中 で 死 な せ て お く れ そのまま愛に溺れさせて
ハロウィンをする→悪戯をする→山崎END
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