朝早くから海辺へ調査しに行く。朝の海というものはとても清々しいものであり、調査を命じられていなければランニングとかしていただろう。

辺りに何かないか探すことから始まる。だが、ちょっとした貝殻だけで目ぼしいものは見つからなかった。
太陽の光が直接自分自身にかかり、汗が垂れる。このままだと熱中症で倒れてしまいそうだ。制服のブレザーを脱ぎ、白いシャツのボタンを1つだけ外す。校則では1つまで外していいのだから校則違反ではない。

シャツをパタパタと風を送るように動かしていると頬にひんやりとした感覚がする。そっちへ振り向くと日傘を差しているみょうじくんの姿がいた。


「頑張ってますね、こんな暑い日に」
「…ああ、これも学園から貰った使命だからな!」
「ふふ、ミネラルウォーターですがどうぞ」
「助かる、ありがとう」


冷たい感触はコレだったのかとみょうじくんからミネラルウォーターを貰う。一口飲むと体中潤うような気がした。


「みょうじくんは歌の練習かね?」
「いえ、練習はもう少し陽が落ちてからにします。今は石丸さんとお話したくなったものですから」
「ああ、僕も君に話がしたかったんだ!」


僕とみょうじくんは一般開放されているという展望台まで歩いた。
展望台から見える景色は一面の海だ。水平線がはっきりよく見え、陽射しに照らされてキラキラと光り輝く。


「そうだ、みょうじくん」
「はい、何ですか?」
「ここは人魚が出ると聞いているが君は見たことがあるのかね?」
「いいえ、見たことはありません」
「そうか…目撃者がいれば…」
「目撃者ならいますよ、この街の人達です」
「な、何だと…そんなにいるのか。それなら話を聞くべきだな」
「ええ、今すぐにでも聞くべきだと思いますよ。沢山の話を聞かせてくれるはずです」


僕は今すぐにでも聞き込みをしたかったのだが、みょうじくんからも話を聞きたくて話をした。彼女は私の話だなんて、と謙遜していたが楽しそうに会話をした。
みょうじくんは海の近くに住んでいて歌うのが得意だとか。人々を喜ばせる為に歌手になる夢も持っている。
彼女の柔らかい言葉遣いは聞いていて心地よかった。


「素晴らしいではないか、君なら叶えられる」
「そうですか?ありがとうございます」
「ではここでお暇させてもらおうか」
「ええ、お気をつけて。私はまたあの場所で歌っていると思いますから」
「ああ、夕方辺りに海辺で調査していると思うから聴きに行こう」
「ふふ、お待ちしております」


彼女は照れながらも太陽のような輝いた笑顔を見せる。僕は何故だかその笑顔に強く胸が締め付けられる感覚がしたもののそれは一瞬のことだった。


「この街は人魚の呪いにかかっている、調査をやめたほうがいい」


夢の中の出来事がふと頭に浮かぶ。このことをみょうじくんに話したかったものの、所詮僕個人の夢の内容だからという理由で心の中にしまい込んだ。


街は賑やかで観光客が常に訪れるのだろう。土産屋を始めとした多くの店が開かれていた。人魚が現れるということから人魚をモチーフとした商品が多いようだ。どこから聞こうか迷ったものの人魚の商品を多く展開している大きい店から話を聞くことにした。


「いらっしゃいませ!」
「すまない、少しお伺いしたいことがある。人魚を目撃したという情報を集めてまして」
「ああ、人魚かい?見たよ見た!ありゃあ地球上で美しいと思うね!」
「詳しくいいですか?時間とかどういう状況で目撃したとか」


メモ帳を取り出し、多くの人から話を聞く。
しかし、僕の前任者も聞き込みを行なっていた為か学園で得た情報と似たような話しか入らなかった。


「新たな手掛かり無し…か。ふむ」


暫く考え込んでいると不意に背後から声を掛けられる。


「もしもし……」
「っ!な、なんだね?」


全く気配がしなかった。振り返ると普通の私服に身を包んだ男性が話しかけてくる。人相や話し方からして少し怪しげな雰囲気を纏っていた。


「驚かせたようだね、貴方様は人魚のことで調べているとか」
「そ、そうだが…」
「ならこっちへ、面白い情報をあげましょう」


男はニヤリと口角を引き上げて白い歯を見せる。見るからに怪しいのだが選り好みする時間も無いため聞くだけ聞こうと決め、男が入っていった裏路地に入っていく。


狭い裏路地の真ん中あたりだろうか、広い場所がありそこには何かの雑貨が布の上に置かれている。
まるで裏商売のような佇まいだ。男は木箱に腰掛け僕を見上げた。


「…さて、と何から話しましょうか」
「いや、待ってくれ。こんなところで店を開いているのかね?随分怪しいものだが」
「くくく、なんて真面目なお方で。私はこういう陰の場所で店を開きたいんですよ。違法とでも?街の役所から貰った許可証でも見せましょうかい?」


男は座っている木箱をズラすと確かに木箱の側面に許可証というものが乱雑に貼られていた。
本来こんな場所に無造作に貼るものかとマジマジと見つめたが残念ながら本物のようだ。観光地で有名なはずなのにこの店に許可を出していいのかと呆れるばかりだ。


「……失礼した」
「分かってくれればいいんですよ、さて粗方多くの人から聞いたっていう顔をしてますが、まず人魚の使い道というのを教えましょうかね」
「…使い道?」
「貴方様は目撃情報と噂しか聞いていないみたいですねぇ」


男は前屈みになり、ポケットから煙草を取り出す。


「一本どうだい?」
「健康に悪いものは好かない。そもそも僕は未成年だ」
「そりゃあ失礼。これは大人の嗜みだからな」


煙草をふかすと男はゆっくりと喋り始めた。さっきの敬語口調とは違って随分言葉を崩したような話し方だ。煙草を吸うことによってリラックスしたのだろうか。


「まず、人魚は非常に綺麗な生き物だ。これは昔話でも現代でも変わらない。だからこそペットとしての価値が高いんだ」
「ペット…?人魚は人間のような姿をしているからその言い方は違うのでは?」
「上半身は人間さ、ちゃんと頭脳も知能もある。だが下半身は魚だ。魚はペットとして扱われるだろう?人間と違う姿を持つ生き物はみんな見世物扱いだ」
「…うぅん、果たしてそうだろうか」
「ここで貴方様が唸ったってみんなそう思ってるさ。話を戻すが、まずペットとして飼いたい奴が多い。そして今度は人間の装飾物として加工が可能だ」
「加工…?」
「人魚から得られるものがある。人魚の髪は服の刺繍にすると光り輝くと言われている。続いて人魚のウロコ。ウロコも光の加減によって出てくる色が違うと言われている。装飾品やバッグに最適だそうだ。
それらは昔の記述に書かれていたものだ。本当か噂か分からない。まだ現代の人間は手に入れてはいないからな」


男は煙草の煙を吐き出すと、嬉々として続きを話す。


「最後は人魚の涙と言われている宝石だ。これは実際に世界で見つかっている」
「…人魚の涙?」
「人魚の流した涙が地上に落ちると宝石になると言われている。これが地上で採掘された宝石とは比べ物にならない位素晴らしいと言われている。外国でも数個しか見当たらず、それらはどんなに小さい物でも推定数百億円以上もすると言われている」
「数百億…」
「だからこそ街は躍起になって人魚を捕らえようとしているだろう。今目撃情報が多いのはこの街だからな。それで捕らえた人魚が涙を流せば一瞬にして億万長者だ」
「………本当に人魚はいるのだろうか?僕は未だにこの話をされても夢物語にしか聞こえないのだが」
「大人っていうのはそんな夢物語に食いつくものだ。そうだ、もう1つ話をしようか。最近この街で騒がれている人魚の呪いというやつだ」


人魚の呪い…!
まさかこんな男からこの言葉が出るとは思わなかった。


「それは何だね?」
「気になるといった顔だな。最近の街の奴らが悪夢を見るんだと。
……『人魚の気持ちを無下にするような人間は死をもって償え。死ぬのが嫌なら考えを改めろ』と女の声がする夢だってさ。日を追うごとにそんな夢を見る奴が増えているんだ」
「……なるほど、僕は少し違う夢を見たな。調査をやめた方がいいと」
「ほう?貴方様も見たのかい?しかも調査という言葉が出てくるとはな。もしかしたら海にいた貴方様のことを人魚は海から見ていたのかもしれないな」
「………」


ハハハと笑う男は地面に煙草を押し付けて火を消した。


「……そうそう、この街の有力者は知ってるかい?」
「…名前だけなら分かるが」
「なら話は早い。そこの息子が人魚の目撃者の第一人者だ。毎晩クラブで遊んでいるような奴だが話を聞くべきだ」
「……生憎だが僕はそんな不純な場所には行きたくないのだが…」
「はっはっは!言うと思った!だがそいつが怪しいんだ。いつも金がねぇ金がねぇと言ってる癖にここ数週間働いてもいないのに急に金を持つようになった。まるで億万長者になったかのように」
「……」
「仲の悪かった親父達とも和解して婚約者まで持つようになった。……人魚に会ってから全てが変わったんだとよ」
「……ほう」
「場所は教えてやる。人魚に会って成功した男の話も聞くべきだ」
「………気が進まないがこれも仕事だ。行ってみよう」
「流石真面目なお方だ、幸運を祈ってますよ?」


来た道を戻って裏路地から出る。男から貰った地図を辿りクラブの前まで立つ。
時間は夕方だからかもう開いているようだ。扉の前に立つ露出の高い服を着た女性に話しかけた。
最初こそは勧誘が酷かったものの、人魚の話が聞きたいと言うとすぐに扉の中に入っていった。
それから暫くするとまた同じ女性が現れ、中に案内してくれる。どうやら話を聞いてくれるようだ。


部屋の中はおぞましかった。淫らな桃色の照明の下、1人の端正な顔立ちの男、その周りには下着同然の女性が沢山いた。
免疫のない僕は思わず目をそらすと女性達がからかってくる。


「随分若い子ねぇ…私達に照れちゃうなんて!」
「如何にも真面目っていう感じ、そんな子を大人の世界に引きずり込むのが良いのよ」
「なっ、何言ってるのかね!?君達は服を着てくれないか!?」

「これが商売する女の制服だ。分かってくれよ」


女性達の中心にいる男性が話しかけてくる。男性は女性達を別の部屋へ行かせるとどうぞ、とソファへ座らせた。


「ふん、見たところ警察ではないようだな」
「……あの女性達は…?君には婚約者がいたのでは?」
「ああ、もちろん。ここに来ているのは結婚するまでの遊びさ。結婚してから浮気は出来ないだろ?」
「ふ、ふざけるのも大概にしてくれ!婚約者に失礼ではないか!」
「そんな説教する為に来た訳ではないでしょ?人魚、のことでしょ?」
「う……」


何て人だろうか。永遠に分かり合えない存在と出会ってしまったものだと悲観していると男性が話し始めた。


「僕が人魚と出会ったのは1ヶ月前のこと。あの海辺で会った。とても綺麗だったよ。ついデートの約束を取り付けちゃったね」
「…?」
「なぁに、相手は人魚だから海で話すだけさ。人魚と沢山話していて人魚の世界もあるんだなって感激したよ。そこからデートの回数を重ねて好きになって告白したんだ」
「……んっ!?つまり君の婚約者というのは…」
「いや、人魚じゃないよ。俺の婚約者は人間だ」
「何!?なら告白したというのは」
「綺麗だし告白したよ。好きだって。そうすれば人魚は僕のペットとして側にいてくれるだろう?」
「は、な、何……?」


ペットとして…?頭が追いつかなかった。それをケロリと喋る男の神経も分からなかった。


「結果はOKだったんだけどさ、婚約者がいると知ってから姿を消しちゃったんだよね」
「あ、当たり前だろう!?人魚だって人間のように心を持っているんだぞ!?」
「ペットはご主人のことだけ好きになれば良いんだよ。婚約者のこととか気にしないでさ。あーあ、全く頭良いペットも困るよね。折角親父達の為に人魚を飼いならして町興し出来ると思ったのに」
「……ッッ!!」


いくら僕でも感情が制御出来なかった。のうのうと話し続ける男の顔面を殴ってしまった。
どうか、人魚が存在しませんように。夢物語でありますように。これが街ぐるみのドッキリでありますように。

これが全て本当の話ならその人魚が浮かばれなかったのだ。
何故、その人魚に肩入れするのか。それは何となくだが人魚が誰なのか察しがついてしまったからだ。
…ただこの僕の推理には大きな矛盾が1つあるのだが。


「…君に人魚の呪いがかかって欲しいと思ったのは生まれて初めてのことだ」
「ふん、俺を殴った挙句呪いにかかれと?呪いなんてある訳がないさ。親父に言いつけたらあんた人生終わるよ」
「……」
「悪いことは言わないからさ、親父に言いつけない代わりに俺に謝って欲しいんだよ」
「…誰が君なんかに謝る?正義はこっちにあると思うがね?」
「正義なんて金次第さ」
「帰らせてもらう、君とは永遠に分かり合えないようだ」
「どうぞ、俺もあんたと分かり合えないや」


荷物を持ってクラブから出る。こんなにもイライラすることが起きたのは初めてだ。
このままホテルにでも帰りたかった…のだが真っ直ぐあの場所へ向かいたかった。きっと彼女がそこにいると信じているから。


「……!」
「……」


海辺に近づくにつれ、みょうじくんの声が聞こえた気がする。
だが、いつもとは違う気がする。


「…やめてください!」
「!」


みょうじくんの異常な声に僕は声のする方へ向かった。歩き続けた足が疲労していても気にしなかった。


「何をしているんだ!?」


そこにいたのはみょうじくんに掴みかかる男の姿と、何とか両手で抵抗しているみょうじくんだった。
男は僕を見るや否や砂浜から走り去っていった。
男を追いかけるよりも砂浜に座り込んでしまったみょうじくんに近づく。


「大丈夫かね、怪我はしていないか?」
「……ええ、大丈夫です」


みょうじくんは僕を見ると緊張の糸が切れたように顔が綻んだ。


「ありがとうございます、まさか助けていただけるなんて」
「さっきの男は…?」
「あの後家で休んでいたのですが、急にあの男性が押しかけてきて…ここまで逃げてきたのですが捕まってしまい…どこかへ連れていかれそうになっていたのです」
「…な、なんてことだッ!どうして君が…」
「……分かりません。あの、石丸さんに頼みたいことがありまして…」


彼女は頬を赤く染めつつ伏し目がちになる。そんな恥じらう姿もまた美しいと感じてしまうものの、そんなこと思うのは大変な目に遭った彼女に対して失礼だ。


「あの、今夜一緒にいてもいいですか?」
「なっ、」
「その、家にいるときに襲われたものですからあの家に帰るのが少し怖くて…石丸さんとなら安心だと思って」
「た、確かにそうだがホテルの部屋で男女2人きりというのも不純ではないだろうか…?」
「大丈夫です、石丸さんは襲うような方ではないですもの」
「う、ううむ…確かに僕はあのような男性とは違うし、今夜は危険だからな。一緒にいようではないか」
「わあ、ありがとうございます!」


僕でさえも見ているだけで笑顔になってしまうような満面の笑みを浮かべる彼女はホテルまでずっと僕の隣から離れなかった。

…みょうじくんは"男は狼"という言葉を知らないのだろうか。少し僕に対して無防備ではないかと思えてしまう。とはいえ襲うというような度胸なんて僕にはある訳がないし、もし付き合うとしたら僕の方から順序に従って告白するだろう。

…いけない。どうしてみょうじくんと付き合うのならという妄想を立ててしまったのだろうか。今すぐにでも僕を殴ってくれる人はいないだろうか。


「ホテルの窓から見える景色ってこんなに綺麗なんですね!こんな高い所から見下ろすの初めてです!」
「ハハ、みょうじくんも意外とはしゃぐものなのだな」
「…子供、みたいですね?」
「いいと思うがね、純粋な心を持っているということだ!」


ホテルの部屋に入り窓から夜景を眺めるみょうじくんは音を一切立てずにソファに座り込んだ。
…僕は少し懸念している。彼女の目の前には僕が持っていたノートパソコンがあり、その中に人魚に関する情報や希望ヶ峰学園とのやりとりのメールが入っている。
流石に僕の目の前で見るということは無いだろうが…。


「みょうじくん、先にシャワーを浴びてきて大丈夫だ」
「…え!えーと…着替えは今の服でも?」
「はっ、そうだった…なら部屋着が用意されている筈だからそれに着替えてくれたまえ!僕は寝間着は持参しているからな」
「そうですか?それなら部屋着に着替えますね」


みょうじくんは立ち上がるとクローゼットから部屋着を取り出してシャワー室へ入っていく。
その隙にノートパソコンを開き、メモであらかじめ書いておいた文を打ち込んだ。

…何回か推敲を行い、報告書を提出した。そして電源を切る。
目を閉じて考えた。………恐らくだがみょうじくんは人魚と関係があるのではないだろうか。もしかしたら彼女が人魚なのかもしれない。
…と思ったのだがみょうじくんにはしっかりとした"足"があるのだ。突拍子もない考えだと思うがその考えを捨てきれずにいた。


「お待たせしました」
「ああ、」


思わず息を飲んだ。湯上りで僅かな湯気を纏い、温かさで頬を染め、部屋着からチラリと見える鎖骨付近が艶めき出している。


「…あの。どうされましたか?」
「いいや、何でもない!そうだ!みょうじくんはベッドの上で寝ていても大丈夫だ!」
「え、でも」
「いいんだ!先に眠っていてもいいのだぞ!ぼ、僕はシャワーを浴びているからな!」


まくりたてるようにそう告げてシャワー室へ駆け込む。これ以上同じ部屋にいたら本当に狼になってしまいそうだからだった。
どこか人を惹きつける彼女に僕も虜にされてしまったらしい。僕の心や体がそう告げている。ずっと勉強だけをしてきた人生が変わる瞬間があの出会いなのかもしれない。
…とりあえず落ち着こうとシャワーを浴びることにした。


「…ん?」


寝間着に着替えて部屋に戻ると彼女は部屋の大きな窓を見つめていた。


「寝ていなかったのか」
「っ!」


どうやらみょうじくんは考え事をしていたようで僕の声に過剰に反応した。


「…ええ、今日は色々ありましたから」
「む、すまない。そんなことを聞いた僕も悪かった」
「いえ、いいんです。石丸さんがいてくれたおかげでこうして私もいるんですから」
「君、それは少しだけ大袈裟ではないかね?」
「ふふ、そうですか?」


疑問符を浮かべるとみょうじくんは僕を見て微かに微笑む。


「私、何故だか男女関係なく好かれるみたいなんですよ。でもその中でも、どうにかして手に入れたいと考える人がいるみたいで…今日みたいに家にまで押しかけるような人が出てきてしまうんですよ」
「………」


みょうじくんは困った笑顔を見せる。今日のようなことを目撃すると彼女に同情はするのだが、正直言うと男の気持ちも1ミリだけなら分かる気がする。
僕自身さっきまで彼女を見つめていて理性が飛んでしまいそうな感覚がしていたからだ。


「それなら君は目の前にいる僕が怖いのではないのか?同じ男性だろう?」
「まさか。石丸さんは先ほども言いましたが襲うような方ではありません」
「………」
「話を変えましょうか。希望ヶ峰学園…貴方は調査しに来たと仰っていましたね。…どうですか、進捗は」
「そうだな…色々話を聞けたぞ!」
「嫌なこと、言われませんでしたか?」


みょうじくんの見透かしたような表情に体がピンと硬直した。まさか顔に出てしまっているのだろうか。


「あ……」
「嘘はつけないんですね」
「顔に出ていたのかね?」
「…………そうですね」


僅かに間を空けて僕の問いに答えた彼女は目を逸らしたものの真っ直ぐ僕のことを見つめた。彼女の大きな瞳に吸い込まれてしまいそうだった。


「おまじない、かけましょうか?」
「おまじない?それは科学的な根拠はないだろう」
「ふふ、確かにそう言われていますね。でも石丸さんが落ち込んでいるのは見たくないですから」


ふと彼女の手が僕の背中に触れ、僕をベッドに座らせた。


「みょうじくん、僕はソファで寝ることしたんだ。流石に君と隣で寝る訳には…」
「硬派な方ですね、でもおまじないかけるのに身長差がどうしても邪魔でしたから」
「む、それはどういう………っ」


みょうじくんはおもむろに立ち上がり僕の目の前に立つ。
そして僕の方へ顔を近づけ、おでこに温かいものが当たる。


「な、なにをっ」


目の前にはみょうじくんの顔だった。思考を巡らせて、互いのおでこがくっついてることが分かった。
脳内では分かっているのだがこんな状況で落ち着いていられる人はいないだろう。ここから動けば僕は彼女の唇を奪ってしまいそうだから。


何も出来ずにいると、ゆっくりと彼女が僕から離れる。彼女のどこか嬉しそうな表情は僕の心を高鳴らせた。


「…元気が出ましたか?」
「……あ、ああ。嫌なことは忘れられたよ」
「良かった、よく効くんです。このおまじないかけたのは石丸さんが初めてかな?」
「は、初めて…それにしては手馴れていたようだが」
「そうですか?私だってドキドキしてましたよ」


どうも彼女のペースにはついていけない。僕はベッドから立ち上がりみょうじくんをベッドに座らせる。


「今夜はもう遅い。君はここで寝ていてくれたまえ」
「あら、本当にいいんですか?」
「……いいに決まっているだろう」
「…ふふ。ではお言葉に甘えて。おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」


部屋全体の明かりを消し、僕もソファの上に寝転がる。
暫くは彼女のおまじないのせいで眠れないだろうなと思いながら目を閉じた。



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