「………ふむ。人魚、ですか」
「ああ、君に行ってもらいたいんだ。テレビでも目撃情報が続出している温暖な海に現れる人魚!学園からも何人か派遣しているのだがウロコ1枚も手に入らない。君なら素晴らしい成果をあげてくれると信じているよ、石丸君」
「…了解しました」


学園長と研究所長に深いお辞儀をした後に僕は学園長の部屋から出た。
出発は明日だ。早く取り掛からねば…

……と思いつつも、らしくもない溜息をつく。この学園は天才の集う場所と聞いている。しかし、学園の方針でもある未知の生物や架空の生物を研究することに何の意味を持つのだろうか。
小さい頃から勉強ばかりしてきた僕には分かりきっていた。そんな生物はこの世に存在しないと。
はっきり言わせて貰えば僕からしたら時間の無駄なのである。今まで学んだ勉強の内容を活かせない学園のカリキュラムに少々疑問を抱いていたものの、学園長直々の命を受けてしまった以上動くしかない。これは名誉なことだと心の中で言い聞かせる。


「……ここか」


人魚の目撃場所を書き込んだ地図を広げ、海を見渡す。非常に温暖な海だ。都内からそんなに離れていないのにもかかわらず、まるでここの海だけは別の世界に来たようだった。
白い砂浜にエメラルドグリーンの海。海水は透き通っていて海水越しからでも砂浜が綺麗に見えた。


事前に学園側がとっておいたホテルの一室に荷物を置き、砂浜には最低限の荷物を持ってきた。猶予は3日間。短い期間ではあるものの少しでも証拠を集めることが使命だ。


「む……この声は?」


声というより歌だろうか。
微かに聞こえる声はまるで風に音を乗せて奏でるようだった。
きっと誰かが砂浜で歌の練習をしているのだろう。もしかしたら何か分かるかもしれないと声のした方へ向かうとそこには1人の女性が歌の練習をしている。海に向かって立ったまま歌を歌う姿が目に映る。

…なんと美しい声なのだろう。繊細で凛とした鈴のような歌声は生まれてこの方聞いたこともなかった。
しかし、その歌声は明るいものではない。フレーズを聞き取れば哀しい恋の歌だと理解できた。まるで経験してきたかのような抑揚のある声にビリリと身体中に電流が走る。
恋なんて経験したことのない僕にでもまるで恋のせいで胸が苦しくなるような感覚を覚えた。

ジャリと砂を踏むと、女性は歌うのをやめて僕の方を見つめるとハッとして口元を押さえた。僕自身も立ち尽くしていることに気づき、彼女に拍手を送ると頬を染めて柔らかな笑みを浮かべる。彼女の笑顔は儚げな雰囲気を出していて、僕の心をくすぐった。


「……あら、失礼しました。男性がいるのにも気づかずに」
「…いや、素晴らしい歌だったよ」
「そんな…良いものでは…」
「あんな素晴らしい歌声を聞いたのは初めてだ。しかし、黙って隠れて見ていたことは無礼だったな」
「いいんですよ、歌の練習をしに来ただけですから。…貴方はここらの街では見かけませんが旅の方ですか?」
「ああ、僕のことかね?」


僕の方から自己紹介をする。そしてこの海辺で見かける人魚の調査をしていると言うとかなり驚いた表情を見せた。


「……そうでしたか。石丸さんは人魚の調査に。すごく若く見えたので旅行の方かと。ここは海も綺麗でよく恋人達が来るんです。てっきり貴方もそうかと」
「ぼ、僕はまだ独り身だ。恋というものは勉強するのに邪魔なものだからな」
「……あら、邪魔というのは何故?」


みょうじなまえという女性…みょうじくんは疑問符を浮かべるように首をかしげる。


「日々良い世界にする為に勉強をして努力が報われる世界にするのが僕の目標だ。いずれ大人になれば結婚もするだろうが…それは今は気にしなくていいと思っている」
「…中々強い意志をお持ちですのね。…でももしそう思ってたとしてもあるハプニングで恋をしてしまったらどうしますか?」
「……ハプニング?」
「一目惚れという言葉もあるんですから、突然恋に落ちることもあるのでは?」
「…僕はきっとこの先もそれはないだろう。もし交際するとしても結婚前提とした付き合いを求める。その為には相手を知るべきなのだから友人から始めるのが良いのではないか?ただ遊びたいという理由では不純にもほどがある」
「……硬派な方ですね。しっかりと考えて素晴らしいですわ」


あの人や私と違って。


「……?」


一瞬だけみょうじくんから聞こえた声は意味を含んだような言葉だった。
…気がしたのだがすぐに笑顔に戻った。


「…みょうじくん?」
「……どうしたのですか?」
「あ、い、いや…何でもない。失礼した」
「石丸さんは暫くはここで調査を?」
「ああ、僕は今日から3日間はここにずっといる」
「たまにここに来て歌っていることがありますが気にしないでくださいね」
「何を言うのか、君の歌声は素晴らしい。歌うというのなら僕はしっかりと君の声を聞こう」
「ふふ、嬉しいです」


気のせい、だったのだろうか。
みょうじくんと別れを告げて僕は海沿いを歩いた。温暖な海は静かに波を打つだけで人魚の手掛かりは見つからなかった。日が落ちて暗くなった頃に調査を終える。学園側に報告をした後にベッドの上に寝転がる。

今日会ったみょうじくんという人に明日もまた会えるだろうか。みょうじくんなら人魚について何か知っているのかもしれない。僕はみょうじくん含め、街の人に聞き込みをしようと決意した後に眠りについた。


おかしい、僕は今眠りについた筈なのに海にいる。夢、なのだろうか。
……今日歩いた海辺で調査をしている僕がいる。
すると街から賑やかな音楽が盛大に流れる。めでたい祭りが開催されているようで人々は喜んでいるようだ。

僕が街の方に目を向けると海の方からバシャンと何か大きいものが落ちる音がした。

音がした海の方へ振り向くと、何もなかったかのように海は波を打っている。あの音は一体…不思議に思っていると背後から声が聞こえた。


「この街は…人魚の呪いにかかっているのです。貴方は人魚の調査を今すぐ終えて早く帰った方がいい。…貴方まで巻き込みたくはないのですから」


耳元で囁かれた後に目を開き、ベッドから起き上がる。
周りには誰もいなく自分自身熱も出していないのに冷や汗が流れていた。
人魚の呪い…?
夢の内容を思い出す。人魚の呪いにかかった街、早く帰った方がいい…一体どういうことなのか皆目見当がつかない。

何より気になったのは声だ。あれは間違いなくみょうじくんの声だった。


「…まさか、な」


僕はシャワーを浴び、また海へ調査しに向かう。結局夢は夢だ。あれが本当のはずがないのだ。心の中ではそう思っても胸騒ぎが収まることはなかった。


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