今日も地上は晴天日和。
深い海底から太陽に照らされた水面まで泳いでいくのは容易いことだ。
だけど砂浜で日向ぼっこする余裕もない。あんなことを言われるとやはり自分の命が大事だと思ってしまう。
それでも遠くから見つめる分には良いだろう。
人間の視力は良くても2.0と低いようだ。人間がどう頑張ったって見えない海の真ん中から見守ればいい。

いつも左右田と話していた場所には1人の人影が見える。よく見慣れた人物だ。


「左右田…」


派手なツナギを着た男が視界に入るとつい砂浜まで泳いでいきたくなるがその衝動を無理矢理抑え込む。

左右田はキョロキョロと見回している。もしかして私が来てないか探しているのだろうか。
それは話がしたいからなのかそれとも…。
暫く砂浜付近を歩いたり、座ったりしていたがさっき来た道へ戻っていった。左右田がいなくなってしまっては地上に用はない。自分は海の中へ潜ることにした。


「…サメ、いるんだろう?」


大きな岩に向かうとチラッと尾ビレが現れた。


「ああ、見つかっちまったなぁ」
「どうせ私のことを見ていたのだろう?」
「ふん、なまえ姫と一緒にいるところを他の人魚に見せるのさ。姫はとんでもないサメと関わっているってな」
「まぁサメくらいで怒られるならまだマシさ」
「ふふふ……そりゃあな。何せお前は人間と密会していたんだからよ。他の奴が知ったら大事件さ」


かつて人間と人魚は共存していたが人魚に不老不死の効果があると知った瞬間、人間は人魚を捕らえるようになったと言われている。だから人魚は人間を忌み嫌っている。そんな人間と会っていたなんて口が裂けても言えない。


「左右田は悪い奴には見えないけどなぁ…」
「まーたその話か。やめろやめろ」
「夜の海に散歩に行こうじゃないか、好きだろう?プランクトンの食べ泳ぎ」
「ふん、仕方ない。今ここで断って1人で人間に会いにいかれるのも嫌だしな」



夜になると海の中も外も真っ暗だなんて人間は思うだろう。だが私からしたら少し薄暗いという感想しか抱かない。
のだが、私達の住んでいるところから遥か遠い海に出かけると夜になった割にはすごく明るい。サメを無理矢理連れてその光を追った。


「オイ!これ船じゃねぇか」
「船?釣りか?」
「こんな豪華な船で釣りする奴いるか。これは人間の中でも偉い奴が乗ってるだろう。だからこんな眩しいんだ。目が痛いぜ」


サメに寄ると豪華客船と呼ばれる船はとても珍しいらしい。派手な電飾を備え付けた船の上から綺麗な音色の音楽が聞こえてくる。
帰ろうぜ、と帰りたがるサメを撫でながら珍しい船をじっと見つめる。


「あぁ、うるせーな。船の上は」
「え?」
「俺は耳が格段に良いから分かるが、何だか人間同士喧嘩してるみたいだ」
「こんな綺麗な船に乗って喧嘩?」
「人間って愚かだからな。ちょっとしたことですぐに怒るものだ」


遠くから見つめているせいか何の喧嘩だか分からない。
おや、と小さい声を漏らすサメは少しだけ上を向く。


「ありゃあ、お前の好きな左右田じゃないか?」
「えっ!?」
「しかも美人な女と一緒だ。仲良くデート…というわけでもなさそうだ。喧嘩はコイツらからだな」


甲板という船の端っこまでこっそり泳ぐと確かに左右田の姿が見えてピクリと体が反応した。


「な、何て話している?」
「……只ならぬ様子だな。女が左右田を追い詰めている」
「え、どうして?」


瞬間、断末魔が私達の会話を遮るのだった。
目を見張った。船の奥から男が複数出てきて勢いよく左右田を突き飛ばす。
真っ逆さまに海にドボンと大きな音を立てて入っていった人影。
間違いなくシルエットは左右田だ。彼の足にはロープで巻きつけられ、そのロープの先には大きな岩がある。
左右田はもがきながら上に行こうとしていても足元の岩がどんどん海底へと沈めていく。
どうして、左右田を海底へ沈める?
なんて残忍な行為だ…!人間はこんなに愚かなことをするのか…!


考えるより先に体が動いたがその進路先はサメの体に阻まれた。


「サメ!退いて!」
「立場を弁えろ。お前が助けちゃいけないんだ」
「な、何故」
「岩が足に括り付けられているってことは希望ヶ峰学園は何故か知らんが左右田を消すつもりだ。生かしたら碌なことにならないぞ」
「それでも苦しむところを黙って見る訳にはいかないだろ?頼む、ロープを噛みちぎってくれ。お前がそうしなければ考えはあるさ」
「………」


そう言い放ち左右田の元へ泳ぐと私の横を通り過ぎるようにサメが左右田の足を括り付けたロープを噛みちぎる。
間近に迫ったサメの姿を見て驚いた顔をした後に気を失った左右田を離さないように抱え込み船から遠ざかるようにして海上へ向かう。
泳いでいる私の後ろからサメの小言がうるさかったけど、無視することにした。後で沢山聞けばいい。

いつも2人で話していたあの砂浜に左右田を仰向けにして引き上げる。
一旦は躊躇したものの呼吸を確保させる為に致し方ないと覚悟を決める。


「ごめんな、左右田。好きな人がいるのに」


左右田の唇を自分の唇と合わせ、息を送り続ける。長い人工呼吸だろう。次第に左右田の喉の奥から呻き声と共に水が溢れ出てくる。体勢を横にしたりして水を吐き出させると声が混じった咳き込む音が左右田の体から聞こえる。


「左右田?」
「うぇっ、ゴホッ、さ、サメが…おぇっ…」


左右田は横にうずくまり、首元を抑えて海水を吐き出す。ただ背中をさすってあげるのが今私に出来ることだった。


「…ゲホッ、…い、生きてる…っ?」


左右田は地上の空気をゆっくりと深呼吸する。左右田は力無く座り込み、私と周りの景色を見渡した。
砂浜が月に照らされてまるで星空のように煌いている。月は私達や海を見守るように優しく照らし、海は静寂を告げる。左右田は私の方へ振り向き、ただ目線をこっちに合わせるだけで何も言わなかった。


「なまえ……」


左右田は今生きてて良かったという表情ではない。後ろめたい、何か隠しているような顔だ。


「左右田、」
「悪かった、なまえ」
「ん?」
「オレは希望ヶ峰学園の生徒だ」
「…ああ、」
「それで、ソニアさんについオメーのこと言っちまったんだ」
「……そういうことだと思った」
「そしたらいつの間にかその話が学園中広がっちまって…会わせろとうるさくて」
「だからか、ここ数日砂浜に来ていたのは。私を捕らえる為だったのかい?」


溜息をつきながら言い放つと左右田はその言葉に焦りながらも私に本音をぶつけるように話す。


「違う、忠告したかった。オレから離れた方がいいって。正直今まで会わなくて正解だった。あのときオレの後をついてくる奴もいたしよ」
「ふーん…そうだったのか。なら何で船から落ちたんだい?しかも足元には岩がくっついてさ」
「……あれはオレの失態扱いで消される予定だった」
「失態?何をだ?」
「本来何か見つけたら写真撮ったり生き物の毛皮とか爪とか取るんだよ。それが希望ヶ峰学園の決まりだ。だがオレはなまえの存在を知ってても何故か写真撮れなかった。そういうわけでオメーといた証拠が何一つ無かった。
他の奴がここに来てもなまえが現れることはない。だからオレの嘘だって決め付けられた。本当のことならオレを突き落としても人魚が助けてくれるだろうって変な妄想観念に囚われた奴が言い出してみんな賛同しやがった」
「……人間も分からないな。私達とか得体の知れない生き物を知る為には人を殺すのか?」
「まー、そうだな。ちっと希望ヶ峰学園は異常だな。三途の川を渡るところだったけど死に際に良い経験出来て良かったぜ?」
「何が良い経験だ、君は死ぬ所だったんだよ?」
「いやそれじゃねーよ、今だよ今」
「…今?」


何のことを言ってるんだ?そう思いながら左右田を見つめるとやけに笑顔をこちらに向けてくる。


「海辺に白い砂浜に夜空に月明かり、そして美しい人魚がオレの目の前にいるんだ」
「はっ…!?」
「…オメーって綺麗だな。今死んでも後悔はないだろーな」
「…な、何を言ってる!?」


急に目の前まで迫り、肩を触れられゆっくりと引き寄せられる。左右田の体はひんやりと冷え込んでいる。呼吸や私の肩に触れる左右田の手は震えていた。


「…寒いのか?」
「たりめーだろ。服全身濡れてるんだぞ、こっちは」
「一応私海の生き物だから温かくないけど?」
「…………なぁなまえ」


左右田が何か言いかけようとしたときだ。


「おい、あんな浅瀬にサメがいるぞ!?」
「誰かに知らせねーと!」


しまった、サメがまだ近くにいるんだった…!
その人間の声は私にだけ聞こえたらしい。左右田は聞こえていない為か私を抱きしめたまま動かない。


「…なまえ?」
「マズい、誰か来る」
「なっ…!うおっ!」


左右田を突き飛ばし、海の方へ手で這いながら進んでいく。


「待ってくれっ、オレはなまえに言いてェことが!」


名前を呼ぶ左右田は砂浜に座り込みながら私を見つめる。…本当はこっちからも話したいことは沢山あった。けど、これ以上迷惑をかけるわけにはいかない。首元にあるネックレスを取り外す。


「…左右田、あげる!」


距離が遠い左右田に真珠のネックレスを渡す。海の世界でも珍しい代物だ。人間には良い土産になる。


「…は、これって?」
「こんな珍しいの無いだろう?好きな子に渡したらイチコロだろうね!」
「……なまえ!待て!」
「待ったら捕まるだろう?幸せにな!左右田!」


その後の言葉なんて聞かずに海へ飛び込んだ。左右田が何を言っていようが構わなかった。
私と出会ってしまったことが彼にとっての不運になってしまったなら私は彼の元から離れないといけない。

深い海に自ら沈んでいくように泳いでいくと隣から小言が延々と続く。


「なんてことだ、まさか人間を助けるだけでなく希望ヶ峰学園の男にまであのネックレスあげちまったのか!?」
「…人魚だけが作れる特製の真珠のネックレスで左右田があんな目に遭わなくてすむんだ。安いものだよ」
「アレは確かなまえ姫の為の特注品だったはずだ!調べれば身元が分かるようなやつを…!」
「そんなの人間が分かりゃしないさ…」


海の底に潜ると同時に悲しくなってくる。左右田のことを最初こそは弱気な人間だと思っていたが友人や好きな人について地上のことについて語り出すアイツの顔は輝いていた。喜怒哀楽が激しい人間は初めてだ。からかい甲斐があってアイツと一緒にいて楽しかった。

だからこそ、自分が人間だったらなんて考えてしまうのだ。
もっと傍にいれたはずなのにって。あり得ない妄想を日を追うごとにしていくのだ。


「…なまえ姫」
「頭を冷やすことにするよ、今日はゆっくり寝る」
「それがいい、後アレだ、お前は絶対あの言葉を使うんじゃない」
「言葉?」
「オレがロープを噛みちぎらなかったら考えがある…お前のソレはおっかねぇんだよ」
「……ああ。大丈夫。もう言わないと思うから」
「はぁ…お前と前喧嘩したときは人魚の街巻き込んだからな。お前を噛みちぎっても再生するんだもんなぁ」
「あのときはサメの好きなものあげただろ?」
「お前の親からたんまりとな…。今思えば可愛かったもんだ。人間に恋した今に比べれば」
「……うるさいな。潔く諦めるさ」
「それがいい。将来お前は国を守るんだからな」


サメと別れて城の中へ入る。周りは寝静まっててこっそりと誰にも見つからずに自分の部屋についた。
自分の部屋なら誰にも知られずに自分の思いを吐き出せる。


「……まさかこの海だけでなく1人の人間も愛してしまったとはな」


せめて左右田のあのときに言おうとしていた言葉を聞けたらどんなに楽だったのだろう。そう思うと涙が宝石のようにボロボロと輝きながら床に落ちていく。
きっともうこの想いは元に戻せない。




×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -