「希望ヶ峰学園の生徒は本当に有望な人材が多い!」


世界中の偉い人達がそう言っていた。
確かにその学園にいた事実だけでチヤホヤされ続ける。
テレビ界では人気アイドルの舞園さんやギャルの江ノ島さん、スポーツでは桑田選手や朝日奈選手、終里選手が現在も現役で活躍している。

今となっては希望ヶ峰学園の生徒のおかげですっかりと平和で便利な世界へと変わった。
私の幼馴染も希望ヶ峰学園の生徒だ。

だけど、彼は未来への希望を抱かなかった。

電車で数時間もかけて更には歩いて数十分。バスも通らない所へ歩き続ける。
小さいログハウスの扉を開けて中に入ると外観からは想像出来ないくらいにハイテクでまるで研究室だ。
電気は太陽の光で自家発電していて中は何かのエンジンが音をけたたましくしながら動いている。


「左右田君、お待たせ」
「…ああ、みょうじか。悪いな、わざわざここまで」
「いいんだって。ほら、何か作るよ」
「甘い卵焼き食いてーな!」
「子供みたいに…いいよ、沢山作るから」


黄色いツナギを着たままニッと笑う彼のことが大好きでこんな遠くまで会いにきている。


「それで、大丈夫?体調は?」
「ああ、大丈夫だぜ。オメーが美味いの作ってくれるおかげで元気だ!」
「良かった、元気でいて欲しいから一緒に住もうかな、えへへ」
「駄目だ駄目だ!こっから通勤すんの地獄だろ!」
「もー気分ぶち壊してくるんだから!」


いつも通りのお気楽な口調で話してくるということは彼はやっとではあるが元気を取り戻している。ほっと安心しつつ、キッチンで台所に立って卵を割った。


………


単に家が近くにあったという理由だけで左右田君とは物心ついた頃から知っている。私は彼に憧れていたし大切な初めて出来た友人だ。

信じられないかもしれないが彼は魔法使いだ。
5歳のときに自転車を部品から作り上げ、7歳のときにエンジンがついたバイクを作り上げた。
けどそれを見せてくれたのは私だけだった。私とオレだけの秘密、として。


「なまえちゃん!オメーが欲しかったチャリだぜ!」
「わぁーピンク色でキラキラしてる!可愛いねー!」
「だろ!」


当時自分の自転車が欲しかったのに、兄姉のお下がりで好きじゃない色の自転車を使ってた私に左右田君が私だけの自転車を作ってくれた。


「ありがとう、和一くん!和一くんって魔法使いみたい!」
「へへっ、機械なら任せろよ!」
「でも和一くんってどうしてお母さんやお父さんに自転車作れるって言わないの?」
「初めて見せたらすげー怒られちゃって!危険だからってさ!だからこれもこっそり作ったんだ」
「ふーん、怒らなくてもいいのにね」
「まー、いいんだよ。オレ色んな乗り物造りてーんだ!車に船に飛行機にロケットも!オレロケット造って色んな人が宇宙旅行に行けるようにするんだ!」


左右田君は空を見上げて目を輝かせる。飛行機雲が一直線に空を切るようにフワフワと浮いていた。小さい頃の私にはきっと未来には左右田君が作った飛行機が空を飛ぶんだと期待していた。

彼は魔法使いなんだから、絶対に彼の夢は叶うと子供心でも分かっていた。


……


彼が13歳のときには小型の船を完成させていた。左右田君の向上心は収まることがなかった。

けど彼はその事実を私にだけ話して秘密にしていた。


「どうして?船造れたって自慢出来るのに」
「何でってオレが造ったっつっても誰も信じてくれねーだろ」
「ま、まぁ確かに中学生だもんね…」
「んで、中学初めてのテストでみょうじの苦手な国語はどうだったよ?」
「左右田君のおかげで90点超えたよ!これで総合成績学年10位になれたんだ」
「お、スゲーじゃん!オレの教えのおかげだな!感謝しろよ?」
「左右田君は?」
「1位」
「へっ」
「だーかーら!オレ1位だぜ?」
「はぁああ!?」
「んだよ!小さい頃から魔法使いみたーいって言ってオレが1位で驚くのかよ!」
「い、いやごめんね。てっきり機械専門だと思ってて…」
「へへっ、次もその次も1位取ってやるから見とけよ!」


帰り道に自慢げに語る左右田君は輝いていて、でも子供の頃とあんまり変わらなくて。才能ある人は羨ましいって思ってたけど左右田君に嫉妬なんて感じなかった。魔法使いだから当たり前だってそう思っていた。
けど、隣に並べるものなら並んでみたかった。


「それなら私もまずは2位になるんだ!左右田君と私で占領する!」
「おっ、言ったな?じゃあ次からオレ達で独占してやるか!」
「うん!頑張る!」


それからだ、私が沢山勉強したのは。分からないことがあったら先生よりも左右田君に聞いた。彼と話し慣れているのもあったし何より彼の方が私よりもよく知っていた。


「左右田君、ごめんね。色々聞いちゃってて」
「ん、いーんだよ。何で謝るんだ?」
「んー。男友達とも遊んでるのかなって」
「ああ遊んでるぜ!みょうじこそ大丈夫かよ、オメーがこっちくると女子達が睨んでくるんだよ、おー怖」
「えっ、それ大丈夫?何か言われてない?」
「オレ地味だからじゃねーの?地味な陰キャが女子と話してるのが気に食わねーって思う奴はいるだろ」
「えー、そんなのただの僻みだよ!眼鏡かけてて真面目な左右田君を悪く言うなんて」
「悪いヤツは良い子ちゃんを嫌うもんだろ!あー、オレも派手にしてーな」
「ええっ、左右田君は今のままでいいよー」
「もちろん今は、な。卒業したら工業高校に入って派手な高校デビューしてやるさ。高校デビューの際に今まで造ったものを自慢してやる」
「えっ、」


私は思わず言葉を詰まらせた。
工業高校…そっか、普通の学校にしようとしてた私とは進路が違うのか。


「運が良かったらスカウトされたりしてな!」
「スカウト…?」
「おう、知ってるか?希望ヶ峰学園」
「!」


そうだった。どうしてその存在を忘れていたのだろう。
希望ヶ峰学園………才能ある生徒を集めた学園だ。スカウトで入るか、私達の代から予備学科という才能を育成する学科が新設されるからそこに入るしかない。けど莫大な学費がかかるからと諦めていた所だ。

そっか、左右田君なら確実で明るい将来が約束されていて誰もが憧れる学園に入れるかもしれない。


「うん、左右田君なら絶対に入れる!頑張れ!」
「おう、まずはオレとオメーで成績順位を占領することからだな!」
「うん!」


お互い部活とかそれぞれの友人関係もあったから話す時間は限られていたものの、週に1回だけお互い部活がない曜日があった。金曜日の放課後は家が近かったこともあり2人で一緒に帰った。金曜日だけ左右田君は私の前にだけ魔法使いになれる。
楽しかった。左右田君とずっとこうしてられるのは卒業までと思うと寂しかったけど、だからこそこの日々を大切にしたかった。


「左右田君!また2位になれたよ!」
「へへっ、オレもまた1位だ。中3になってもオレ達の成績は揺るがねーな!」
「何だかんだ、最初のテスト以外1位2位取れてるもんね!あー、私があのとき取れていればなぁ」
「あのときはノーカンだって!期末も頑張ろーぜ!」
「うん!」


15歳のときには遂に車を造れるようになった。そう教えてくれた翌日のこと。


「何だこれは!?」


夏休み前の期末テスト中に先生の怒鳴り声が教室に響き、集中していた私はビクリとオーバーに体を震わせた。
チラッと目線を横に向けると、男の子が先生に怒られていた。あの子は左右田君とよく仲良くしている子だ。
流石にテスト中ということもあって先生はそこで怒鳴らずに男子に何か話しかけて一旦はその場を離れた。

放課後になって教室で左右田君を待っていたときだ。同じクラスの女子がヒソヒソと話しているのを小耳に挟む。


「どうやら怒鳴られたヤツ、カンニングしたらしいよ」


カンニング…だから先生もあんなに怒鳴っていたんだ。


「そういや、左右田も呼び出し食らってたよね!」


……聞いていないふりをしようと話している女子に目も向けていなかったがその言葉に思わず振り返った。


「あー、あいつら仲良かったもんね!あいつが左右田にカンペ頼んだんじゃね!?」
「だよねー!あいつバカだもん!左右田に頼んだんだよ絶対!」


クスクスと笑いながら女子達はその場を離れた。
…まさか、そんな馬鹿なことに協力するはずがない。…違う。左右田君は少しお人好しな所があるから…もしかして。
職員室近くは普段誰もいない生徒がザワザワとしている。カンニング疑惑がここまで広まっているなんて。

今までになかったことだからみんな興味津々なんだ。…あまり関わらない方がいいのだけれどもやはり関係者があの職員室の中にいるとなるとすごく気になった。


「ほらほら!みんな帰った帰った!」


学校一厳しい先生の声ですぐに生徒達はその場から離れる。
誰もいない昇降口でこっそりと左右田君の靴箱を確認する。靴はまだある。
もう1時間は経つ。まだ終わらないのだろうか。

外から部活に励む生徒達の声が聞こえる。ただぼんやりと聞き続けながら昇降口の中をぐるぐる回ったり、座り込んだりして時間を潰す。
セミの声が夕焼け空に哀しく響いた。
部活を終えた生徒が昇降口から出る。
みんなは私を一度見た後に外を出る。私が左右田君と一緒に帰ってるのは同じ学年の人なら誰でも知っているからきっと察しただろう。何も言わずにそのまま出ていく。それでもその中に左右田君の姿は見えない。
時刻は部活が終わる18時を過ぎていた。帰りの放送の音楽が校舎中に響く。


「あ…」


部活帰りの人混みの中に1人だけ見知った人物が見える。カンニングした男の子だ。左右田君の親友。


「ね、ねぇ」


しかし、私と目を合わせた瞬間靴を履いてすぐに出て行ってしまった。
周りの視線を浴びながらその子は走り去ってしまった。


「走っていったあいつがカンニングしたやつ?」
「サイテー、マジねーわ」
「でも頼まれる方もねー。いくら頼まれたからってほっときゃいいのに」
「左右田だっけ?あいつも落ちたよな。ずっと1位取ってたのにカンニングに関わった以上今回は1位じゃねーだろ」
「左右田君が巻き込まれたのは災難だけどあんな馬鹿に関わったのが最後だよね」
「結局2人とも悪いよ」


生徒達の言葉の節々からあの子と左右田君を悪く言う声が聞こえる。
ズキズキと胸を苦しめた。色んな人の声を聞きながら左右田君を待つ。


「ねぇ!カンニングした奴が左右田に命令されたって言ってたよ!」
「マジかよ!?頭イイ奴がそんなことしねーだろ!」
「でも本人が言ってたらそうなんじゃない?」
「えー、カンニング命令されたの方が罪的な奴が軽くなるとか思ってね?」
「あー、ありそう。でもこれを聞いた何も知らない後輩とかは左右田を悪者にするかもね」
「うわー、真相は闇の中ってやつ!?」


気にしない。気にしなくていい。


「そういえば左右田とみょうじって仲良いよね、んで左右田のダチがみょうじを狙ってたとか」
「うわっ、もしかして左右田を貶めるためにカンニングに巻き込んだとか!?昼ドラだな!」


そんなの関係ないじゃん。なんで関係ないことまで巻き込むの。


「何だかよく分からないよね。絶対どっちか嘘ついてるよ」
「でもどっちかが嘘ついちゃった以上突き通すしかないよね」
「お互い先生の信用ガタ落ちだよねー。進路どうするんだろ?」


進路…左右田君には確かな実力がある。だから……行けるよね?希望ヶ峰学園に。


「………………」
「………………」


トントンと肩を叩かれ顔を上げると、待ち望んでいた人が目の前にいた。
周りはもう誰もいない。時刻はもう19時になりそうだった。


「……待ってたのか」
「………うん」
「…………行くか」
「……そうだね」


沈黙の末に出たのは短い言葉。その後は暫くお互い口を出さなかった。
チラチラと左右田君の顔を伺う。彼は非常に疲れ切っていた。ずっと無表情で何か考え事をしているそんな顔だ。
変に励ましたり、問い詰める事も出来ない。ただ彼の歩幅に合わせて歩くだけで靴音が聞こえるだけだった。
こんなに重い空気の中一緒に帰ったのは初めてでどうすればいいのか分からなかった。


「………みょうじ」


小さい声。本当に小さい声で聞き逃しそうな声だった。


「…どうしたの?」
「……ちょっとだけ寄り道がしたい」
「うん、いいよ」
「公園でいいか?」
「うん」


彼の言葉に頷く。いつもと違った帰り道から公園へ行く道になる。
小さい頃2人でよく遊んだ公園は変わらなかった。誰もいないことを確認してベンチに2人で座った。

やっと空は青く暗く染まってくる。
公園の電灯は白い光を灯し始めた。


「……悪い」
「え」
「約束、守れなかったな」
「……ううん、気にしてないよ。そのことで悲しくなってない」


きっとテストの順位のことだろう。左右田君は溜息を大きくつきながら前屈みに頭を伏せた。


「私は左右田君が嫌われちゃうのが怖いだけ」
「……」
「左右田君って意外と弱い所あるから」
「…くく、弱いか?」
「うん、現に声が泣きそうだもん」
「……」


押し黙ってしまった。図星かな。
きっと今は泣くのを堪えているんだなと感じる。


「………正直」
「うん?」
「こんな夜遅くまでみょうじが残ってくれて嬉しかった」
「かなり待っちゃった」
「だろーな」


少しだけ微笑む彼は泣くのを隠そうとして作り笑いを浮かべた。けど隠しきれなくて目の縁から涙が溢れた。


「…っ、」
「小さい頃からお調子者で泣き虫だったね」
「う、うっせうっせ!!」
「でもそんなとこ好きだよ」
「……はっ!?」
「あぁ、ごめんね。友達として。君は金髪の大人びた美女と付き合いたいって言ってたもんね」
「だぁーっ、確かにそうだけど、そうだけども!」
「私は左右田君を裏切らないよ、ずっとこの先も」
「………!」


1番言いたかったことを言えた。
周りの人間がどう言おうと、どう悪く言われようとも私はずっと左右田君の味方でいたい。


「……いいのか、オレを裏切らなくてよ」
「えっ?」
「オメーを陥れることだって出来るんだぜ?」
「ふふ、出来ないよ。左右田君はそんなことしない」
「……調子狂うな。やっぱみょうじには敵わねーよ」
「これから先も金曜日は一緒に帰ってもいい?」
「オレといると何言われるか分かんねーよ?」
「いいよ、何言われたって左右田君の味方だよ」


そう真っ直ぐ彼の顔を見て言うと、ぽかんと口を開け、ほんの少しだけ口角を上げたような気がした。


「やっぱオメーだけだわみょうじ。ソウルフレンドは」
「ソウル…?」
「おう!大切な友達だ!」
「そんなの分かりきってるじゃん。もう10年は一緒にいるんだから」
「へへっ、……ありがとうな、みょうじ」


照れ笑いしながら涙や鼻水を垂らす彼はさっきの無表情とは大違いだ。
何かから解放されたような安らかな笑顔。私は彼を救えたのだろうか。

その後左右田君の目の前で私の学年成績1位の用紙をビリビリ破ったときは彼は驚き爆笑していた。


「ぎゃははは、オメー馬鹿だな!」
「だって本来は左右田君が1位だったんでしょ!?んであんなことがあって繰り上がって私が1位?実力で1位取りたかったもん!」
「最下位になって破り捨てたオレの真似か?」
「元々1位になってたら捨てるつもりだったよ!」
「はははっ、はぁ…オメー本当に面白いわ。1位を破り捨てたこと後悔してやる」
「いいもんいいもん!あんな1位より実力出した2位が価値あるもん!」


結局卒業まで1位になれなかったのだけれども。
左右田君から距離を置いた人は多かったし彼は気にしていたけど、一緒に帰るときだけは明るく私に話しかけてくれたし、イジメが起こることは無く卒業を迎えた。


「ちょっと左右田君!卒業式終えた直後に急に帰っちゃって!学ランのボタンちょーだい!」
「はいはい、あと5分待ってなって!」


左右田君の家である自転車屋さんにお邪魔して左右田君を呼ぶ。彼は声だけするものの私の前に姿を見せない。


「左右田君がいないから私、学校内1人で探し回っちゃって馬鹿みたい!」
「うわっ、何それ!ちょー見たかった!」


高らかに笑い声だけ聞こえてくる。全くもう、と思ってるとこちらに近づいてくるようだ。


「…っ!?あ、左右田、君?」
「へへっ、どーよ?派手にしたぜ?」


見慣れていた左右田君はそこにいなかった。
ピンク色の髪にカラコン、髪型もトサカヘアーにアシンメトリーを決めている。更にはピアスまでつけていた。
まるでどこかのバンドにいそうな容姿への変身ぶりに言葉が出てこない。


「あ、あう、そ、その、えっっ、と」
「驚きすぎだろッ!」
「そ、そりゃびっくりしちゃうよ!な、何それ!?」
「過去は捨てて新しい自分になるんだよッ!次第に慣れるって!オメーピンク好きだろ?」
「好きだけどさ…!何も髪をピンクにしなくたって!」
「へへ、惚れんなって!」
「や、やめてよ、そういうの!」
「そういやみょうじの連絡先交換してねーな。交換しとくか!」
「……あ、うん。そうだね、交換しよ!」


新しい自分、か。
左右田君のペースに段々とついていけなくなるも初めて男の子の連絡先を貰った。何だか少し恥ずかしいけども嬉しかった。


………


高校に入ってすぐのことだ。昼休みに左右田君から電話がかかってきたから何事かと思う。
彼は興奮しながら「希望ヶ峰学園からスカウトが来た!」と嬉しそうに話していた。
とても嬉しくておめでとうと何回も言い続けた。だけど、寮生活ということもあるから暫しの別れだと分かると少しだけ寂しくもなった。

「お別れ会2人でする?」と伝えたものの学園側からすぐに来て欲しいと言われていると断られてしまった。
かくして左右田君とはもう会えないとまでいかなくても簡単に会えることはなくなった。


しかし、彼の噂は一般人である私にも知ることが出来た。
超高校級のメカニックという肩書きを貰った彼は、学園入学後に様々な乗り物を造りだした。普通の車でも普通の飛行機でもない。
特殊なエンジンを作成することに成功し空を飛ぶ車を造りだしたのだ。
これは革新的な快挙であり、一躍有名の人になった。本当に魔法のようだと誰もが彼を称えた。
何故だか私は誰もが抱く信じられないといった感情を一切持たなかった。彼は魔法使いだと小さい頃から認めていたから。

日本の乗り物社会の進歩を彼が進めていくのだ。夢のような乗り物が造られたのだ。事故を起こさない安心で完全自動の運転が出来る車、乗客に負担をかけずにより速いスピードで飛ぶ飛行機。

左右田君の技術の進化は留まるところをしらない。むしろ希望ヶ峰学園に入ってから彼は生き生きとしてきた。
遂に宇宙ロケットの開発にも成功している。スペックは人類史上最高で、人間が本来受ける訓練量が半分にまで減ったのだ。これで一般人でも近年には出来るという報道が世界中を騒がせた。

幼馴染が有名になったのはとても喜ばしいこと。誰もが彼のことを期待している。
私だって左右田君の現状を知りたかったからネットや雑誌、テレビで彼のことを調べ、その部分だけ取って置いたり録画したりしていた。
けど、次第にその行動に嫌気や悲しみを感じて来た。もうこういうことをしないと左右田君を知る術は無いんだと痛感してしまったのだ。

今まで何しなくても左右田君のことを全て知った気でいたし、これからも普通の生活、いつも通りの生活をすれば彼のことなんて全て分かると思っていたけど。
なんだか左右田君がどこか遠くに行ってしまったような、そんな寂しさを覚える。

初めてチャットアプリで彼に宛てる文章を考える。色々考えたけどチャットアプリで長い文章は嫌がられるかなって思い、「元気にしてる?」とだけ送った。
アプリを閉じた直後に軽やかな通知音と音がすぐに来た。


『久しぶりだな!どうした?』
『すっかり有名人だなって!色々と造ってるみたいだから体調崩してないかなって』
『オメーは母親かよ!オレはいつも通り元気だ!』
『良かった!有名になって良いことあった?』
『人生初めての春!彼女が出来たぜ!』


その文章が来たとき、ひゅっと心臓が縮まったような苦しみを抱く。


『えぇ!彼女出来たの!?まさかの金髪美女だったりして』
『マジのマジ!しかも王女様だぜ!』


その会話の後に写真が送られてくる。美しい女性と幸せそうに笑う左右田君が写った写真だ。
彼にも春が来たのだと思うと内心すごく嬉しかった。けどももう幼馴染として隣には居づらいのかなとも思えた。
……いや、もう私達は子供じゃない。幼馴染だから隣にいていいわけじゃないか。そう言い聞かせて彼といくつか会話をしてチャットを終わらせた。
もう彼に執着しても嫌がられてしまうかもしれない。
その日から彼の情報を集めるのも、彼と会話するのをやめてしまった。


………


数年経った頃、私は大学まで進み、就活も終えて後は卒業を控えるだけとなった。
テレビを消して手元にあるカタログを眺めた。テレビは各国の内戦やデモの報道ばかりで鬱陶しくなる。日本にも一部のデモ隊が現れているらしいけど私には関係なかった。

日本もここ数年ですっかり便利な世の中になった。特に交通手段や乗り物だ。
他にも人工知能を持った人間のようなロボットの誕生。材料を入れれば勝手に調理してくれる箱型の機械は働く人達の大きな味方となっている。
更には今の飛行機なんて数時間あれば世界一周がすぐに出来ちゃうのだ。
世界に飽きちゃっても、それなりのお金と少しの訓練時間さえあれば宇宙旅行にも行けてしまう。

全てあの"魔法使い"さんのおかげで叶ったのだ。

さて卒業式の袴は何色にしようかな、とカタログをめくっていると電話がかかる。
携帯を見て目を見開いた。さっき考えていた魔法使い、左右田和一…久しく連絡を取っていない幼馴染の名前がそこに映し出されていた。
電話を繋ぎ、恐る恐る自分から声を出した。


「はい、もしもし」
「………あぁ、みょうじ?」


久々に聞いたせいか左右田君の声はどこか低いようなそうでもないような気がした。彼の問いにうん、と頷くと間を少し開け、また黙り込んでしまう。


「………」
「………」


暫しの沈黙だったが彼の電話口から何か鼻をすするような音が聞こえた気がする。
あれ、泣いてる?嫌な予感が脳裏をかすめる。


「…どうしたの?」
「……みょうじ」
「うん…みょうじだよ」
「………助けて」
「っ!?」


弱々しい小さい声、そして言葉の内容からして明らかに左右田君に何かあったに違いなかった。
今日はバイトやら何やらあったかもしれないがそんなのお構いなしに今夜彼と会う約束をした。

初めてのデートかという感じに服装に迷った。まぁデートではないし、彼の周りに誰が潜んでいるかも分からない為、女の格好は避けて男っぽくカジュアルにした。
2人きりになりたい、けどどっちかの家というのはマズいということでビジネスホテルの一室で会うことにした。

外は車が空を飛び交っている。全て彼が設計したものだ。とはいえ、運転が出来ないから電車に乗ることにした。
電車も左右田君の改良によってより速く到着することになった。
指定の場所までたった数十分で着いた。


「ここかな…?」


あらかじめ左右田君が私の名前で予約を取っている。彼の名前があまりにも世間に知られすぎているからだ。
それは仕方ないし、ホテルで男女で密会と噂されても困るからだ。
だから一緒にではなく私が先に部屋で待つ形になった。フロントで手続きを済ませて部屋の中に入る。シンプルなデザインだ。
荷物を置いて、チャットアプリで文章を入れておく。
椅子に座ってしばらく待つと携帯の通知音が鳴り、着いたと連絡が入る。

ルームキーは私が持っているから部屋の前にいるとのこと。
久々に彼に会うことになる。そう思うと緊張がドアに近づくたびに増していく。ゆっくりとドアを少しだけ開けると、しばらく思考が追いつかなかった。
私を見下ろすその人は確かに懐かしい匂いがした。けど私の知ってる彼とは別人のような気もしたのだ。


「……左右田君?」
「……ん」


ゆっくりと彼は頷く。喉から出された声は電話で聞いた声だった。
左右田君を部屋の中に入れて、ガチャリと鍵を閉める。


「久しぶりだね……………っ!」


何か話さなきゃと口に出した瞬間、背中に重みと温もりがのしかかる。


「そ、左右田君…?」


振り返り彼の顔を見ると私を見た瞬間に張り詰めた糸がぷつんと切れたように泣き出した。


「うわあああああ!」
「そ、左右田君!?まずは座ろっか!ね!?」


私の体を強く抱きしめて感極まった声で泣き出す左右田君を落ち着かせる。
助けてといい、何か左右田君の身に何かあったのだと確信する。

そういえば小さい頃、左右田君が泣き虫だったのを思い出す。
そのときは頭をいつも撫でて慰めたんだっけ。
とはいえ、大人になった左右田君は私よりも背が高くなってて頭を簡単に撫でさせてくれなさそうだ。
大きくなった背中をさすりながら彼をベッドに座らせる。
黒い帽子の上から撫でると何だか懐かしく思う。こんなこともあったな、なんて。
ロングコートの下には黄色いツナギを着ていた、何か作業をした後だろうか。
とはいえ左右田君はどうして泣いているのか、その理由を知りたかった。
たまに私を抱きしめて服を掴んでくる彼は昔のままでちょっとくすぐったかった。


「よしよし。何か飲もうか、実は買ってきてるんだ」
「………コーラあるか?」
「もちろん、左右田君好きだったもんね。後タオルで優しく顔を拭いて?腫れちゃうよ?」
「…サンキュ」


ホテルに備えつけられていたタオルと買ってきたコーラを左右田君に渡す。
プシュッと炭酸の音が鳴り、喉が渇いていたみたいでグッと一気に飲んだ。


「何か食べてきた?」
「最近食欲ない」
「…どうしたの?何かあった?」
「………悪りィ、取り乱して。
オメーが懐かしくなって会いたくなって、全てぶちまけたいくらい嫌なことがあって、それで何処から話せばいいのか分からねェ」
「いいよ、全部聞く。だから少しずつ話して」
「……ああ」


左右田君から話してくれた内容は一般人の私には信じられないような衝撃的な内容だった。

まず、希望ヶ峰学園に在学していた頃世界中の多くの企業から声がかかる所から始まる。
考えれば当たり前だ。当時宇宙旅行なんて夢のまた夢だって考えられていた。それが左右田君のロケットにより宇宙開発に新たなスタートを切ることが出来た。
宇宙開発に詳しい国なんてそうそうないもの。だから多くの国は思ったのだろう。
この宇宙に関する事業を独占したいと。この希望ある学生を誰よりも早く引き抜いて自分達のものにしようと。

左右田君は、どこの企業の頼みも断っていた。まだ学生だからゆっくり考えたいと。

卒業の日に左右田君はある人の頼みによりその人について行くと決めた。
それが彼の恋人であったソニア王女様だ。

左右田君の決断は世界中に広まり、混乱を招いたらしい。左右田君のプライベートまで押しかけて契約を結ぼうとする者が後を絶たず、ソニア王女様とノヴォセリック王国にまで逃げたらしい。

けど既に彼の安全な場所はどこにも無かった。
世界中がノヴォセリック王国を矛先に戦争の火種をばら撒いたのだ。

左右田君の声は枯れてしまいそうなほどにガサガサで弱り切っている。


「…話したくないなら、もう大丈夫だよ?」
「いや、全て話さねーと気が済まねェよ」


正直言って話している彼の目は虚ろで焦点が合わない。それ程疲れ切っていたのだろう。

独り占めしたい、彼がいれば国が発展して世界のトップに立てる。そんな欲望が左右田君の全てを奪い続けた。

左右田君は自分の存在に罪悪感を持ちつつも好きな人がいる国を守ると誓っていた。
しかし、王女様含め国の官僚達は国を守る為という名目で左右田君を永久追放した。
王女様は左右田君を愛してなんかいなかった。他に好きな男性がいたものの左右田君と付き合うことで彼の技術全てを独占出来ると思ったらしいが、世界から注目された彼は戦争の原因になり、戦争に巻き込まれたくないがために追い出した。

戦争の火種を撒き散らしたもののそれら全てを回収なんて不可能で各地で国に不満を持つ者による内戦が起きたのだ。
左右田君はショックを受け、永久追放を言い渡されて飛行機に乗らされてから記憶がはっきりしていないらしい。
ただ彼に近づいた者は彼に武器を突きつけて、同じことを言っていた。

『敵を沢山殺せる武器を作って欲しい』

左右田君は心から作りたくなかったものの脅されている恐怖で従うしかなかった。
殺傷能力を上げた重火器や、移動能力が格段に向上した戦車、爆弾をばら撒くための頑丈なヘリコプター。

最初こそは死にたくないがために造っていたものの自分の造ったものが人を殺している事実に精神が持たなかったという。
とはいえ、武器を作る左右田君は丁重に扱われていたようだ。しかし、左右田君を奪おうとする者が常に襲いかかり、どちらか勝った方についていって武器を作れと再び脅される。


「……左右田君?」
「……オレは何にも悪くない。ただ認められたかった、ダチやみんなが喜ぶ顔を見たかった。それだけなのにどうして」


只ならぬ雰囲気に思わず彼から少しだけ離れた。放心した状態でブツブツと小声で呟いている。


「オレは何の為に造ってきた?ただ凄いエンジンを作りまくって乗り物を改造していればみんな便利だって喜んでくれた」
「左右田君」
「オレは道具じゃねーんだッッ!!」


部屋中に彼の怒号が響いた。
彼の声で彼自身がハッとしたようで顔を上げて私を見つめてくる。


「………悪かった」
「……ううん、大丈夫」


俯く彼に寄り添い、彼の帽子を取って派手なピンク色の髪を優しく撫でた。

左右田君は真面目だ。だからこそ、罪悪感が毎日のしかかってきたのだろう。だから忘れたくても忘れられず、引きずっていき、精神が壊されていったのだろう。
彼は少し臆病で弱いところがある。死にたくても死ぬ勇気が無かった。精神を殺して生きていくしかなかったのだろう。


「もう死ぬしかねぇって思ったときだ、オメーからの通知音が鳴ったんだよ」
「え、私の?」
「あ?覚えてねーの?」
「待って、確認する………あ」


チャットアプリを開くと確かに1回だけ記録がある。
大学時代、友人に送るスタンプを間違えて左右田君の方に送ってしまったのだ。そのとき忙しくて送り先も間違えて後で謝ろうとして忘れてしまったやつだ。


「……ごめん、これ間違えちゃったの」
「……オメーの顔から察したわ」
「ごめん、本当にごめん」
「……いいって、それのおかげで大切なもん思い出せたし」
「え?」
「…いや、オメーに造ったモノ見せてたじゃん?あのときが1番楽しかったなぁって。そのときだな、オメーに会いたくなっちまった。みょうじになら全て話せるって。だから逃げ出して日本に帰ってきた」
「…………逃げた?」


彼の言葉に嫌な予感がぞくりと体全身に襲いかかる。


「……なぁみょうじ」
「な、何?」
「オレをどこか遠い所へ連れてってくれ」
「えっ…?」
「どこでもいい、誰もいないようなそんな場所。そこでオレは逃げながら1人で暮らそうと思う」
「どうして、そんな……」


とても優しい声なのに不気味な言葉は心の内側から不安と恐怖で圧迫していく。


「戦争はもう何かのきっかけで終わらせるしかねェ。それはオレが死ぬことだが正直オレは死にたくもないんだよ、やっと生きる希望が見つかったんだから」
「それって?」
「目の前に」
「……私?」
「……ケケッ、オメーって鈍感だな。何十年オレの幼馴染やってんだよ」
「そう言いながら目を逸らす左右田君も恥ずかしがってるじゃん」
「うっせ、気軽にこんな言葉言わねーって。……まぁ、話を戻す。オレの"魔法"にかかれば家だってすぐに作れる。1回、秘密基地を造ってみたかったんだよな」


そう呟く左右田君は作った笑顔でこっちを向いた。


「………私、卒業したら一人暮らしするんだ、そこで一緒に住むのは駄目なの?」
「無理だろ、オレは知られすぎたんだ。誰かに見られた時点で駄目なんだよ。オレが死ぬか、オレが死んだと世間に思わせねーと平和な世界になれねェ」
「そ、そんなのあんまりだって。他にも方法が」
「頼む、みょうじ。オメーだけだ。世界でオレが生きていることを知ってていい人物は」
「…ッッ」
「オレが心から信じられる存在はもうみょうじしかいない」


ゆっくりと彼の手が私の手を包み、懇願するように握りしめた。

………彼の人生は裏切りばかりの人生だ。
親友にも恋人にも裏切られ、そして利益だけの為に彼を人間ではなく道具として扱ってきた者達も左右田君の『武器を作りたくない』という願いを裏切った。

彼の沈んだ瞳は澱んでいて誰が見ても"壊れてしまった"と分かる程に彼の心や体はボロボロだった。
彼の手に残された多数の火傷の痕がそれを物語っていた。


「……分かった」
「やっぱオメーだけだ、サンキュ」
「今から電車に乗って私の知らない終点まで行こっか」
「………ああ」
「チェックアウトの時間にまたここに私だけ戻ればいいだけだし」
「オレをそこに置いてってもいいんだぜ?」
「嫌だよ、左右田君が死んじゃうかもしれないじゃん。どうせ今の時間から行ったら終電でもうここに帰れないし」
「……分かってんじゃん」
「そりゃ幼馴染だし、家作るなら私も手伝うよ」


左右田君の手を取って2人で抜け出した。電車は皮肉にも技術進歩により遠い場所へ行けるようになっている。
その終点場所は無人駅で、そこに辿り着いた電車は一晩中ロボットがメンテナンスを行い、始発の時間になったら出発するのだ。だから私はこの始発の時間に乗ればメンテナンスしたての電車に乗って帰れるっちゃ帰れるのだ。
ここに来る人間は無人駅という珍しさだけ訪れる人がちらほらいるだけだ。
そこから先は登山道が整備されていない未開発の土地だ。そう告げると左右田君は最高の場所だとそう笑った。

都会から離れ、次第に光が無くなり、終点に着く頃にはもう光は電車の光だけだ。外は暗闇だけで外を見ていると吸い込まれてしまいそうな恐怖を覚える。

機械の声で終点のアナウンスが流れる。
2人で降りると、無人駅にいたロボットが始発の時間を教えてくれた。
ロボットにありがとうと言うとニコッと笑い、メンテナンスに取り掛かり始めた。


「オレの技術のおかげで人は夜中に起きてまでメンテナンスすることはなくなった。まぁ、オレは機械いじりが好きだから夜中まで起きるんだけど」
「ふふ、いつも徹夜でやるもんね」
「そうだな。……しかし本当に暗いな、ここは。だからこそうってつけなんだけどよ」
「………さて、どんな風にしたいの?」
「まぁ、駅近くだとバレるからな。もっと奥へ行くか」
「うん、手繋いでいい?」
「……分かった、離れるなよ」
「うん」


2人で懐中電灯を照らして夜道を歩く。何も知らない道だったし、ガサガサという風が吹く音で2人でビビったりしていたけど、ほんの少しだけ一緒にいれることが幸せだった。

………


「はぁ、やっぱ手作りもいいな!材料入れるだけで出来る機械もあるけど」
「私の作る料理で本当にいいの?」
「ああ!やっぱ真心こもってるよな!」
「ありがとう、とても嬉しいよ!」


左右田君がここに暮らしてから数年だ。彼の家の中は数々の乗り物と機械が沢山転がっている。
あの無人駅も少しだけ発展した。といってもメンテナンスする電車が多い故にロボットが増えただけで。
けど、無人駅のロボットがとても感情豊かだと話題になり一目見ようと人が訪れているのだ。


「大丈夫?人が多くなったみたいだけど見られてない?」
「オメーのせいだろ!オメーが一々ロボットに挨拶するから!あいつらみょうじとオレにだけやけに懐いてるじゃねーか!」
「だって挨拶したら笑ってくれるし…左右田君もお疲れって言ってるじゃん」
「まァロボットも人工知能あるからな。挨拶されて嬉しいんだろうな。都会にいる奴らはロボットがして当たり前みたいな感覚になって感謝の言葉も言ってねーんだろ」
「だから感情豊かなんだね、ここのロボット」
「そうだな、まぁ見にきてる奴らもここまで歩いてこようなんて思わねーし大丈夫だろ」
「私くらいだもんね。今はセキュリティも強くして私と左右田君しか入れないんでしょ?」
「おう、万が一な」


他愛もない会話をし続ける。
あれから左右田君が失踪したというニュースが連日報道されていたが左右田君が偽装した遺書が見つかってから左右田君は死んだという扱いになり、報道はされなくなった。


「左右田君が死んだ扱いになってるのって嫌な気分だなぁ…」
「いーんだよ。オメーだけオレのこと知っていればいい」
「……むー」
「…んだよ、そんな不満か?」


ソファに2人で座る。左右田君はジトーッと私を軽く睨んでくる。


「…ねぇ、しばらくしたら都会に来ない?私彼氏いないしさ、左右田君も遊んでみたいでしょ?」
「…ん?まぁ髪を染め直して服を変えればいいけどよ、名前だけはどうにもならねーだろ?」
「変えちゃえば?」
「変えるとしたらどーするんだ?」
「んー、みょうじ和一とか?」


左右田君は黙り込んでしまった。
……あれ、滑った?
ここは突っ込んで欲しかったんだけどもなぁ…。


「…あぁ…まぁ、うん。考えとくよ」
「えっ、本気で悩んでくれたの!?」
「まぁー……ここは別荘にしても悪くねェというかなんというか……」
「左右田君、優しいなぁ。私の気持ちも分かってるんだね」
「……昼寝するわ」
「え、きゃっ!」


左右田君はそう言って私の膝の上に頭を乗せた。膝枕というやつだ。


「急にするの恥ずかしいってば!」
「察してくれよみょうじ!オレも恥ずかしーんだよ!」
「じゃあ何でしたの!?」
「いやぁ…はは…一度女の子の膝枕堪能したいなーって」
「も、もう!」


寝ながら少し笑う左右田君は顔は見えないものの幸せそうな声だ。
ゆっくりと頭を撫でると、んぅ、と吐息混じりの声が聞こえてきてどきりと心臓が高鳴った。


「へ、変な声出さないでよ…」
「悪かったな、でもオメーに撫でられるのってすごく気持ちいいんだよ。久々に幸せって感じられてさ」
「……本当?」
「本当だぜ。みょうじがいなかったらオレもここまで立ち直れなかったし」
「うん、良かった。左右田君がいないと私も寂しいからね」
「……」
「……」


左右田君の頭を撫でながらするっと言葉が出てくる。
いつのまにか抱いていた感情、幼馴染じゃなくて私1人の人間として彼に伝えてみた。


「……好きだよ、左右田君」
「……オレもみょうじが好きだ」


沈黙の後、左右田君は起き上がり自然の笑顔で笑ってくれた。


「じゃあ、小さい頃やったお泊まり会みたいに一緒に寝るか?」
「え、急……」
「そこまで盛り下がるなよ!拒否は認めねーぞ!昼寝だ昼寝!」
「もう、分かった!分かったから!」


都会で暮らしたいとは言ったものの、まだこうして誰にも邪魔されずに左右田君といるのも悪くない。
そう思いながらベッドに案内してくれる彼の手をギュッと握り返した。


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