※こちらは没になったものです。ご理解いただけますようお願いいたします。
※一部グロシーンがあります。


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Ep.5c? 私は左右田先輩に銃口を向けた。
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私は過去を自分で封じ込めた。もうあんな惨劇は思い出したくない。そう強く思いこんでいるうちに創り上げた理想の記憶を本当だと勘違いしていた。家族は不幸な事故に巻き込まれたんだと。実際、私を育ててくれた人も私の為を思って詳しいことは教えなかった。

短い悪夢、もとい本当の記憶を呼び覚ます鍵はこの街だった。
両手に持っている拳銃がプルプルと震える。私の友達を、街の人を、お父さんとお母さんを殺した犯人は目の前にいる超高校級の凶手。メカニックの仮面をつけた人間。そっと銃口を先輩に向けるが、すぐに銃を下ろした。まだ信じられなかった。あの左右田先輩があんなことをしたのか。かつての優しい思い出を思い返しながら声を上げた。


「……先輩、私、」
「…分かった」


私が言い切る前に左右田先輩は優しく笑った。その笑顔はかつての男の子の笑顔そっくりで涙が止まらなくなった。悟ってしまった。左右田先輩は死を覚悟したのだと。


「うぅ…っ、」
「…泣くなって。オレに照準合わせねーと」
「先輩……」
「オレも一緒にやる。だからオメー1人がやったなんて考え込むな。オレの罪はオレが償う。オメーが裁く。その方法がお互いに同じだっただけだ」


左右田先輩は拳銃を持った私の片手を取り、先輩の胸に当てた。先輩の心臓の鼓動も速い脈を打っていた。


「ここだ。ここからずらすなよ」


胸に置かれた私の手は拳銃をガッチリと持たせられ、先輩の手は銃身を持ちながら銃口を彼自身の胸に固定した。ここから引き金を引いたら間違いなく先輩が死んでしまう。やめさせなきゃ、例え自分自身が危険な目に遭っても。


「みょうじ」
「は、はい…」
「……目を閉じろ」
「目を閉じろ…?」
「いいから…っ」


先程とは少し動揺している先輩に促されて目を閉じる。もしかしたら先輩は死に顔を見せたくないのだろうか?そう考え込んでいると、頭に軽いものが乗っかる感触がした。何が起きているのだろう、不安が膨らみ、思わず先輩の名前を呼んでしまう。"先輩"なんて言葉を使わずに。すると先輩は私の耳元で囁くように呟いた。


「……"なまえちゃん"」
「……………」


優しい声色だった。声が一瞬だけ出なくなる。目を閉じているからか、脳裏に浮かぶのは夢の中に出てきたあの少年だ。


「あのときのことはオレが死んでもオメーが憎み続けると思う。オレの一家から課せられた命令に従ったオレに。……でも最期に伝えさせてほしい。オレはなまえちゃんが好きだ。初めて出来た友達で、初恋の相手にこんなことして、本当にごめんな」
「……"和一お兄ちゃん"。私も好きだよ」
「……おう。ありがと」


何の躊躇いもなく出てきた言葉。心の内に閉まっていたのだろうか。目を閉じていたせいなのか、はたまた小さい頃の気持ちが表れてしまったのか。そんなことはどうでも良かった。
そんな私の声に応えるように彼の空いた手が私の頬から頭へゆっくりと撫でていく。この感覚についつい蕩けそうになった。

彼と私の間にある黒い物体さえ無ければ、まるで恋人みたいだ。嗚呼、神様。なんて酷い仕打ちをしてくれるんですか。私は今になって彼を愛していることに気づいてしまった。もしかしたら、きっと、彼も同じことを思っているのかな。

そう思った瞬間、より一層心臓が破裂するくらいに飛び跳ねる。今まで感じたことのない恐怖が一気に流れ込んでくる。
やっぱり無理。私は左右田先輩……和一お兄ちゃんと生きたい。あのときのように一緒に出掛けたいし、さっきのような愛情を受け続けたい。彼に沢山の愛をあげたい。それが例え誰かに命を狙われていたとしても、せめてそのときまでは。

撃つのをやめようと銃を持つ手を緩めた瞬間、凄まじい速さで私の人差し指の上に彼の親指が乗せられ、瞬く間に思い切り強く指を押され、引き金を引こうとしていた。思わず目を開けて、視線を彼に向けると彼は右目から一筋の涙を零し、吐息まじりに優しく震えた声が聞こえた。


「じゃあね、なまえ、ちゃん」
「____和一っっ!!」


銃声はいとも簡単に私の叫びを遮った。
引き金を引き切ったとき、私の手から、銃から、左右田先輩は離れていき、重苦しい音を立てて倒れた。
銃口から漂う火薬の匂いが鼻を刺激する。
手からするりと銃が落ち、全身が恐怖で震えだす。とめどなく涙が溢れ、涙が止まる気配すらない。震える体を無理矢理動かして左右田先輩の隣に座り込む。顔を覗き込んだ瞬間に疑問が生まれた。


「………っ、どうして…」


幸せそうに笑っているんですか?
和一お兄ちゃんの死に顔は眠っているみたいに綺麗だった。暗殺一家として生きてきた宿命から解放されたかのような心からの笑顔のように見えたけど、その笑顔の意味を知るのは本人だけだった。
まだ温かい和一お兄ちゃんの手を握り締めながら、もう片方の手を恐る恐る左胸を当てる。さっきまで鳴っていた鼓動は何にも聞こえない。


「みょうじさんが正に左右田君の罰を執行するなんて!流石は超高校級の執行人!」


遠くから男が歩いてくる。見たことある人物だ。希望ヶ峰の理事会の1人だった気がする。見た目からしてかなり偉い人物かもしれない。
そいつは私達を見下ろしながらニヤニヤと口角を上げた。


「素晴らしい。君の評価は最高ランクにしてあげるよ。そして君には輝かしい将来が約束される!しかも親の仇討ちも出来た!苦労してきた数年が報われただろう?最高だろう?」


執行、なんて響きはよく聞こえても私にはもう何にも残されていなかった。評価なんていらなかった。約束された将来なんていらなかった。輝く希望なんていらなかった。
もう何もかも失ってしまったも同然だったから。


「何悲劇のヒロインぶっているんだい?」
「え…?」
「君は左右田君を撃つと決めたのだろう?仇を討とうとしたのだろう?なのにメソメソするんじゃない。君は正しい選択をしたんだ」
「…正しいもなにも」
「ん?」
「あのときの生き残りだった私を超高校級の執行人とでっち上げて学園に入れて、左右田先輩に脅しをかけたのはそっちじゃないですか!左右田先輩の命と私の命を天秤にかけて弄んでいたのはそっちの方じゃないですかっっ!!」


喚き叫びながら男を睨みつける。男は私の態度に目もくれず、こう言い放った。


「はて、でっち上げ?脅し?何のことやら。君の言う先輩がそう伝えたかもしれないけど、証拠はあるのかい?もしかしたら君を騙す為の嘘だったかもしれない」
「っ…!」
「ここで証拠が無ければただの水掛け論に過ぎない。とりあえず君は疲れているんだ。早く休みなさい…それと」


男は落ちていた銃を拾って懐にしまう。


「これはいただくよ、ここで君に自殺されたら困るからね」
「…困るって」
「君の自死は左右田君の為にならない。自戒しておきなさい」


どうやって希望ヶ峰に戻ったのか分からない。ただ気づいたら部屋にいて窓から景色を眺めていた。
花火大会を抜け出して一緒に見たあの日の夜空が忘れられなかった。けれど、こんな都会の中じゃ星なんて何一つ見えなかった。ただ、真っ暗だった。闇のようで恐怖と寂しさを増強させるだけ。

翌日、先輩の死は誰にも知られるわけがなく、退学という名目で片付けられ、私の罪は揉み消されることになった。誰も彼の死を知らなければ葬式も告別式も行われない。
そうなれば彼はどこへ行ったのだろう。そう思い立ったときに嫌な予感がして思わずあの場所へ走り出した。もう行かないと決めた辛気臭い地下の階段を駆け下り、無機質で重い扉を力一杯に開いた。
そこからだ。私というものがおかしくなっていったのは。


「みょうじさんかい?駄目だよ。勝手に入ってきちゃ」
「あ……あ、…ああ……」


振り向いた男達よりも先に情報が入ってくる。
刺激臭のする薬品と肉が焦げたような臭い、そして何より血の匂いがする。

手術台のようなストレッチャーに乗せられた人物は、
頭部…いや、"脳に直接"無数のコードで繋がれ、腹部がメスで引き裂かれ、手首は切断され、切られた骨と肉が露わになっていた。
紛れもない、和一お兄ちゃん、だった。

最初は衝撃が全身を襲い、次第に頭が理解してくるこの異質な状況を受け取れきれずにその場に膝から崩れ落ちた。言葉をいつも通りに発することが出来ない。歯と歯が噛み合わずにガチガチと震えている。


「せ、せせ、先輩……せんぱ、いが…」
「先輩?君の好きな先輩は素晴らしい才能の持ち主だ。暗殺や細かい機械整備も出来る。その人物の脳と手先を今調べているんだよ。何も才能もない凡人に才能を与えることが出来る技術、それが確立されたらこの世界は益々繁栄し良くなるに違いないからね。それに確立させた私達も儲かる。彼は未来の為に犠牲になったんだよ。ほら、左右田君。君が大切にしていたみょうじさんが来てくれたよ、挨拶なさい」


男達の1人が私に振り向いてある物を私に向けた。心臓が止まってしまうかのような悲鳴が自然に口から溢れる。
男の両手にはコードに繋がれた"彼の手"があった。その手は私に手のひらを向け、指先を揃えながらお辞儀をするように曲げた。

違う、これは彼じゃない。あのコードに信号を送ってロボットのように動かしているだけだ。大人が玩んでいるだけだ。
人間の手をまるでおもちゃのように扱う目の前の人間達に嫌悪感しか抱けない。
非道徳的なことが目の前で起きている事実に、私の形成された常識や現実が狂い始める。目まぐるしく頭の中で一気に流れた情報がミキサーのようにぐるぐるとかき混ぜられる。このまま気を失ってしまえたら楽になれそうなのに、体が許してくれない。


「たすけて、かず、いち…」
「困っちゃったなあ、左右田君はちゃあんと挨拶してくれたのに」
「う、ああ……」
「ああ、そういえば。実験を行うに当たって彼には不要なモノがいっぱいあったんだよ。だから君にそれを引き取ってもらおうかな」


男はキャスターが付いたラックから何かを手に取り、それらを私に投げつけてきた。金属が落ちる大きな音が部屋中に耳の中に響き渡り、目の前に投げ捨てられたそれらを見渡す。

いつも欠かさず身につけていたネジの形をしたピアス、大切そうにツナギのポケットにしまわれていた工具達を順番に拾い集める。
頭に被っていた青いキャップを手に取る。周りの人は制服に似合わないなんて陰で笑っていたけど、そんなの気にしない。彼の大切なもののひとつだ。
幸せだった日々を奈落の底に蹴落とすかのように、目の前の彼の無残な姿が脳内に焼き付けられる。
大好きな人は、もうこの世にいない。


「あ…あ……、ああああああああっっっ…」


それは私の、みょうじなまえの人格を壊すのに充分すぎる程だった。



あのときから2年経った今でも夢を見るんです。
小さい頃の僅かな思い出と希望ヶ峰で再会した後の思い出。とても幸せな夢です。貴方の声が笑顔が姿が夢の中で蘇るのです。出来ることならもう覚めて欲しくない程に。

私は現実という絶望の中、希望ヶ峰の人形として動いています。
生徒や先生達が見つけ出してくれた未確認生物を前に無心で拷問を執行します。あれは未確認生物でしたのでしょうか?今思えば人間だったのかもしれません。殺してと言われても殺さずに自白させます。見事に自白させた暁にはそれなりの報酬を希望ヶ峰から貰いました。
そして毎回こう言われるのです。「君の大好きな彼もこうして報酬を貰って人を殺してきた」って。
いやらしいことに貴方を引き合いに出してやる気を出させようとしてきたのです。そんなの全くの無意味です。毎日生きてこれるのは夢の中で貴方に会えるから。眠れば貴方に会える。そう信じてずっと過ごしてきました。ずっと眠り続けたらどんなに楽でしょう。ですが部屋の隅で覗くカメラがそれを許してくれません。

希望ヶ峰から、全世界から、名声、地位、お金……沢山もらいました。豪華な家やご飯も困りません。多くの男性から言い寄られたこともありました。けど、何もかもが満たされません。夢の中の貴方の姿だけが私を満たしてくれているんです。

貴方がいなくなってから、貴方が抱えていた苦しみが分かったような気がします。凶手という宿命によって希望ヶ峰に目をつけられ、陰で人を殺していた。
かつて泣きながら私に謝った幼い貴方のことです。きっと胸の奥では後悔と艱苦の思いがあったのだと思います。

私も貴方と同じ道を歩まされています。執行人として望まないことをさせられ、生かされている状態です。貴方に会おうと反抗した日々が懐かしいです。今となっては部屋から至る所まで私専用の監視カメラをつけられ、自死させないようにしているのです。
上の者達は「君が死んでは彼が悲しむ」「彼の為にならない」と貴方の仮面を被って宣うのです。腹立たしい程に全く似ていないのです。非常に滑稽だと蔑んだのですが、私が自死を考える度に奇しくも貴方の悲しむ顔が脳裏に浮かんでしまったのです。「生きて」とそう呟かれた気もします。幻覚かまやかしか。どちらにせよ私は貴方に会うことを断念してしまいました。


ある日、希望ヶ峰から1枚のディスクを貰いました。「君にとって最高の薬だ」そう言っていました。1人だけの広い部屋の中でディスクをデッキに入れると驚くべきことに貴方の姿が映し出されました。左上に過去の日付があることからこれは監視カメラの映像を切り取った物だろうと推測しました。

声は聞こえないものの、友人をからかいながら話す姿やメカニックとして機械を整備する姿に久々に現実での胸のときめきを感じました。暫くして、最後の映像となります。最後は階段を上り、扉を開けて屋上へ向かう貴方の姿でした。1時間程すると軽快な足取りで階段を駆け上がっていく、まだ何も知らないみょうじなまえという人物が映っていました。そして互いにぶつかり、

"わ、わりぃっ……ってオメーは79期生のみょうじか?"
"え?ああ、はい"

そのように互いに口が動いたところが映って、映像は終わりました。
真っ暗になった画面の前で私は久々に涙を流していました。希望ヶ峰は薬だなんて言っていましたがそれは逆効果に過ぎなかった。

私は貴方に会いたくなったのです。あの映像は私を自死させるのに充分なきっかけをくれました。
唯一監視カメラが届かない場所、それは希望ヶ峰の大浴場です。誰もいない時間を見計らって忍び込み、白い湯気の中で温かい湯に浸かりながらバスタオルの中に仕込んでいたカミソリを取りました。

皮肉なものです。
執行人として傷つけることに長けてしまった私は峰打ちや安楽死、即死する方法も可能になってしまった。
私の為の薬が毒にもなり得るなんて夢にも思わなかったことでしょう。

私は勢いよく頸動脈に深く切り込みをいれました。
鮮血がお湯に滲み渡りドクリドクリと首から私の全てが流れ出るような感覚に陥る。後数分あれば私はこの地獄から抜け出せる。
温かいお湯がまるで貴方に抱きしめられたかのような温かさを感じています。
貴方は怒るでしょうか?ふふ、私は貴方になら怒れたって構いません。

ああ、貴方に早く会いたい。


END


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