撃てるわけがない。ゆっくりと銃を下ろした。何も行動を起こさない私の様子を察した左右田先輩は目を開け、深いため息をついた。


「ホントにみょうじはイイヤツだ。それどころか……いや何でもねェ」


先輩は悲しそうに苦悶の表情を浮かべている。言葉を詰まらせる先輩を見て、思っていたことを伝えようとする。


「左右田先輩は希望ヶ峰学園から逃げないのですか?」
「オレが逃げたら、家族はともかくオメーが危ないんだよ」
「なら、私も一緒に逃げます」
「……何を言ってんだ」


確かに。非力な人間が傍にいては先輩の足手まといにしかならない。それでも。


「監獄のような学園から…2人でどこまでも逃げましょう。生きる為なら、殺人だってしても構わないです」
「殺人なんて大それたことがオメーに出来るわけねーんだよ」
「私は確かに何も出来ないです。でも、でもそう思えるくらい私は」
「みょうじッッ!」


明らかに動揺を見せる左右田先輩に告げた。


「左右田先輩のことが大好きです」
「ッッ……!」


どの位時間が経ち先輩の瞳を見つめたのだろう。先輩はため息のように一息つき、視線を逸らす。


「みょうじ、いいのか?オレといたら、もう普通の生活に戻れねェ。これからはオメーが毛嫌いするような世界に入るかもしれないんだ。それでもオレと逃げるなんて言えるのか?」
「そんなの覚悟の上です。左右田先輩が1人で闇の世界に行くよりは一緒に歩いて行きたいんです。……ね、"和一お兄ちゃん"」
「……ハァ、ずりぃ、狡いわオメーは……分かった。オレの負けだ」
「……先輩」
「人殺しまではさせねェが……そこまで言ったからには責任持って傍にいてもらうからな」
「はい…!」


ほんの小さな希望を抱いた瞬間、体全体を轟かせる衝撃が突き抜けた。
視界は一瞬にして晴れやかな青空へと移り、口内が鉄の味に埋め尽くされる。
胸から、口から、体内から液体が溢れる感覚が全身を襲いかかる。
きっとすごく痛い筈なのに、外気の空気に触れているからか液体が溢れる胸の一部分が熱くて冷たくて、ヒューヒューと何か風の音が聞こえてきて、口から溢れるとめどない液体の味を感じた。
誰が、こんなことを?
なす術も無く後ろに倒れ、硬い地面の衝撃を受け、突然目の前がチカチカと忙しく光ったと思えば、ぼやぼやと視界が見えなくなる。
私の声を呼ぶ声が聞こえた気がするけど、どんどん遠くなっていく。
目を開けたくて目蓋を開けようとしても力が入らない。それどころか手先も足の指すらも動かなくなる。
気持ち悪い鉄の味がどんどん口の中に溢れていく。でもそんな味が薄くなっていって匂いすらも消えていく。
真っ暗で見えない、何も聞こえない、だんだん自分自身が深い闇の中に溶け込んで無になってしまいそう。助けてと声を出そうにも出せない位苦しくて、たった独りぼっちのまま、死を感じていく。

……温かい……。

左手が微かに何かに触れた気がする。何だろう。でもすごく温かくて気持ちいい。
このまま溶けてしまいたいくらいに……。


……


「……クッソ……」


みょうじが倒れた瞬間に駆け寄ったとき、もう既に手遅れだった。
心臓部を的確に撃ち抜かれてしまい、止血をした所で出血多量で助からなかった。
僅かに手先が震えていたみょうじの左手を握りしめたとき、その手は安心したかのように力なくだらんと垂れた。
……オレが油断していなければ。
幾度なく人の死の瞬間を見届けてもう枯れきっていたと思っていた涙が自然と両目から溢れた。オレの後ろに誰かが立っている。3人だろうか。振り向かなくとも間違いなく希望ヶ峰学園の上のヤツらで、背後から漂う硝煙の臭いからみょうじを撃ったヤツでもあると分かった。


「左右田君、君には失望したよ」
「……………」


耳が腐るような理事長の声が更に話を続ける。


「みょうじなまえが入学してきた日に命じた"みょうじなまえを抹殺する"という依頼を遂行出来なかった。それどころか、ここまで逃げ出した左右田君を殺す為に撃ったが……幸運がはたまた悪運か。君を狙った弾道はみょうじさんに当たってしまった」
「……違う。あの弾道は明らかにみょうじを」
「もう寄宿舎に帰っていいぞ。後は私達に任せなさい」
「……ここまでしておいてみょうじはどうなるんだ」


前々から疑問だった。命令でみょうじを抹殺せよと言われたときに、後始末はこちらでやると聞いた。
後始末、この言葉が物凄く引っ掛かった。


「ああ。君に教えてあげようね。こいつはこの後人体実験に使うんだよ」
「……!」


やっぱりコイツらはそういう目的だったか。
人体実験をしているとは聞いたが、自分の生徒までも手にかけるとは。


「人間のメカニズムで知らないことはまだまだあるからね。……特に、この"落ちこぼれのクズ"人間の思考メカニズムは絶望的に調べたくなるんだ」
「……人体実験は禁止になっている。それにさっきの言葉をもう一度言ってみろよ…!」
「希望ヶ峰学園は治外法権。どんなことしても許されるのだよ。怒らない怒らない……あ!良いこと思いついた!左右田君にもみょうじなまえにも良いことだ!」


ポンと手を叩いて大袈裟に驚いたフリをする男は笑いながらオレ達を見下ろした。


「形はどうあれ、君はもうお役御免だ。つまり今日から超高校級のメカニックだ!……そこで君に"人型ロボット"を私達からプレゼントしようではないか!君の幸せを願い続ける優しいロボットをね…」


目の前の男は口元が裂けそうな程にニヤリと口角をあげる。希望が混じった瞳に胸騒ぎがした。心臓や内臓が喉元まで迫り上がってくる。意図的な悪意がこの集団から感じられた。


「ふざけんじゃねーぞ!誰が許すと思ってんだ!」
「人型ロボットと聞いただけで怒るなんてねぇ……"誰"を模したとか言ってないのに。まぁそんなに怒るのならこの話は無しだ」


理事長の言葉を遮る。これ以上狂った思想なんて吐き気がする。オレの言葉を聞いた理事長はいかにも泣きそうな顔になりながら片手をあげる。潜んでいたであろう人間がオレの方へ走ってきては力ずくで体を組みつき、理事長の近くにいた2人は傍にいたみょうじの体を大事そうに持ち上げる。


「待てッ!軽々しく触るな!みょうじを連れていくんじゃねェ!」
「"コレ"より良い女なんて山程いるじゃあないか。希望ヶ峰学園にさ。才能も容姿も優れた女子高生がさ……。このことなんて忘れて是非楽しい学園生活を送ってくれたまえ。じゃ、私達はこの後の会議もあるから。この後のこのモルモットの実験の内容についてをね」


オレに吐き捨てるようにしてヤツらはその場を後にした。あいつらの薄汚い笑顔が脳裏にジリジリと焼きつく。手足に抵抗できない程強い拘束をされ、車で学園まで運ばれていく。


「流石理事長だ。こいつの弱みを握っていたなんてな」
「任務を淡々とこなしていた左右田がヘマばかりするようになったのは間違いなくあの女のせいだな、そうだろう?左右田?」


運転席と助手席にいる理事会のヤツらが嬉々としてオレに聞いてくるが無視を決め込んだ。


「無視か……」
「なぁに、簡単なことだよ。みょうじなまえが幼馴染だったからだろう?」
「仮に幼馴染だったからだとして。今まであんなに俺達に歯向かうか?」
「まさか左右田があの女に入れ込んだっていいたいのか?」


……まただ。
海の底へ沈んでいく感覚がする。
人を殺す度に起きた感覚が。


「左右田、いくらモテないからってあの女に入れ込む必要なんてないのに」
「大丈夫だろ。みょうじなまえが死んだ今、良い女がどんどん来てくれる筈さ」


暗い深海の中に引き寄せられて地上の光が少しずつ遠くなっていく。
……オレを光へ引きあげてくれたヤツはもういない。
もう、戻れない。


「そうそう、希望ヶ峰学園には素敵な女性が沢山いる!」
「左右田はまだ若いから、好きになってくれる女生徒が現れるさ。しかも左右田のクラスはとびきりの美人ばかりだ。あんな落ちこぼれた女のことなんて忘れて青春とやらを過ごせばいい」
「あの女はもう人間として忘れなさい。実験体として俺達にいや、未来へ貢献してくれるからね」


車の中でさえも僅かに漂う凶器の臭いに口の中を強く噛みしめると鉄の味が口いっぱいに広がる。
こいつらの希望なんて知るもんかよ。輝かしい未来なんて知ってたまるもんか。汚れた希望に抱く位なら、素直に絶望に堕ちてしまえばいい。
センターコンソールから僅かに覗かせる凶器を見つめながら沸沸とこみ上げる感情がオレの中を覆い尽くした。
絶対、絶対に殺してやる。

……


ある日の夜中のこと。希望ヶ峰学園全体に劈くような警報が鳴り始めた。安全が確認されたであろう体育館に本科の生徒はかき集められる。
きっとその生徒達は何が起きたか分からずパニック状態だろう。それは先生方含め、ヤツらも同じことだった。


「大変です!理事長!」
「何が起きた!?」
「地下の実験体が無くなっていますっ!それも明日から行う実験体が……」
「……体育館に生徒全員を集めたか?」
「安全確認を取ると伝えて一斉に集めたのですが、それが……1人いなくて……」
「何だと…?」
「教員が寄宿舎を始めとして捜索しております。その1人が……あの…」
「……ッッ!!」


そしてヤツはタコみてーに顔真っ赤にすんだろうなぁ。イイ気味だ。


「やっぱりアイツか!くそっ、左右田ァァアア!早く探せ!大至急だッ!!」


……


あんな馬鹿でかい警報をつけるくらいなら、地下の実験室のセキュリティもしっかりしろよ。きっと大慌てだぜ、あれは。想像しただけで笑みが自然と溢れる。

夜中に2人乗りで自転車というのも一興。海が見える道路、オレ達2人だけを照らす月の光が幻想的だ。そんな誰もいない静かな道をひたすら漕いでいくのは楽しかった。本当ならきっと青春の一部になり得たのかもしれない。背中合わせに座る彼女をロープでオレの体に括り付けながら自転車を漕いでいた。


「……なあ、」


ペダルを漕ぐ音、緩やかな波の音を聞きながら後ろにいる彼女に問いかける。


「本当に傍にいてくれるよな?」


言葉で返ってくる訳ねーけど。
もうオレはオメーの声をほぼ思い出せなくなっている。時間というのは残酷だ。忘れたくないことが段々忘れられていく。あのときの言葉も、仕草も笑顔もひとつひとつ全て確実に思い出せなくなっている。
そう悲観に思っていると、背中合わせに座っていた彼女の頭部がガクリと項垂れた気がした。単に自転車を漕いでいる振動で動いただけかもしれないが、オレには彼女が縦に頷いたようにも思えた。……っつーか、そう思いたかった。


「サンキュ。オメーを連れ出した甲斐があったぜ」


助けに来るのが遅くて悪かったな、と小さく謝った。その言葉にまた小さく頷いたような気がした。
オレのメカニックの力があれば時間差で警報を鳴らすことは片手でも出来るほどに簡単だった。お陰で数時間の猶予がオレにはあった。行き先はガキだった頃そして高校生となった今のオレ達にとっての思い出の場所。別名、忘れ去られた街だ。
事前に服用した酔い止め薬が切れない内にペダルを大きく漕いでいく。カシャカシャと鳴り響く音が心地良い。都会の薄暗い街から離れ、ひたすら道路を進み、フィールドワークで泊まった旅館が見えればもうすぐだ。もう暫くするとフェンスで囲まれた街が見えてきた。


「着いたぜ」


ロープを外し、彼女を一旦壁に寄り掛からせてカードリーダーの前に立つ。
カードリーダーは未だに起動している。彼女が死んでしまったあの日に仕掛けておいたお陰か、少し弄るだけで呆気なくカードリーダーが壊れ、扉が半分だけ開いて動かなくなった。彼女を抱え直して街の中へ入る。
夜の潮風は穏やかな風だった。これから起きることなど知らないかのように。
砂浜の上に置かれた木の板がギシギシと音を立てる。木の板の先にある海上電車"キセキの電車"はもう動かないのに、オレ達を果てしない海の向こうへ連れて行ってくれる気がした。
奇跡的に1両だけ海に沈まずに残ったから、はたまた数多くの人々を乗せて行った軌跡があるから…どんな理由であれ今はキセキの電車と呼ばれている。
電車の座席に彼女を座らせ、その隣に座り一息つく。花火大会からこっそり抜け出したあのときと同じだ。波の音を聞きながら2人きりの時間を過ごす。この時間がここ数日の荒んだオレを癒してくれた。

悲しみに打ちひしがれたときは好きな機械弄りでさえ何も手がつけられなくて、いっそのこと道徳も倫理も捨ててあいつらの誘惑に乗ってしまおうかとも考えた。
けど、一時的な欲求を満たしたとしてもいずれオレはそのロボットを壊してしまうのだろう。ロボットに脳を移植したところで、培われた十数年の心は同じように作られない。全く同じ人格に作り出すことなんて不可能だ。人間の心なんて他人が操作出来るもんじゃねーって知っているし、オレは希望ヶ峰にプログラミングされた彼女を求めていないんだ。
全く心理の研究してたとは思えねェ位に弱くなったもんだ。


「これで……良かったんだ。……これで」


彼女の青白い肌から色をなくした唇へと触れる。月の淡い光が儚く彼女を照らす。ああ、良かった。胸元の傷を除けば傷ひとつ付けられていない。ここまで来る際に少しはだけてしまった服を直した。我ながら慣れなさすぎる手つきだった。


「……"なまえ、ちゃん"、」


慣れない呼び名だった。でも呼んだ瞬間昔の彼女の姿が目の前の姿と重なった気がしてほんの少しだけ懐かしい気分になる。自身の唇を彼女に近づけようとした瞬間、遠くから音が聞こえ、眩しい光に照らされる。夜中の闇に慣れていたせいか一瞬目を細める。
…ったく。目を凝らすと懐中電灯やデカい照明機器を持ったヤツらがオレ達の乗る電車を照らしていた。距離は思ったより遠く、電車から約5メートル程だがそれでも薄汚い面々がよく分かった。
まあ、この街にオレ達がいるって予想はされていただろう。それがオレの狙いでもあったが。

これ見よがしにツナギのポケットからある物を取り出してヤツらに見せつけた。楕円型の黒い物体。上部についている輪を指にかければ、ヤツらの青ざめた表情が見えて愉快だった。最近は親父達も使ってねーけど、オレの技術があれば作れる代物…グレネードだ。
それを見たヤツらは面白い程に青ざめて喚きながら逃げ出した。1つしかない出入口の扉の方へ真っ直ぐと。

ケッ、逃すかよ。
安全ピンを歯で一気に抜いて電車の端へ投げる。こいつの爆発によって、フィールドワークの間に仕掛けておいた爆弾が爆発する。
砂浜に隠された爆弾が誘爆して、更に街の瓦礫の中に潜ませた爆弾が誘爆……そう立て続けに爆発してこの街もろとも消える。シャッターは無駄に頑丈だから街の外まで影響は出ない。オレが壊した扉から爆風は来るかもしれねーけど被害は出ない筈だ。
これで楽しい思い出も忌まわしい思い出も何もかも消え去る。ヤツらの残骸がこの街に残るのはシャクだけどな。
爆発する前に目を閉じ、隣で眠り続ける彼女の肩を引き寄せた。
走馬灯だろうか。頭の中には一瞬の思い出が過ぎる。

---

「すごい!すごい!本当に海の上を走ってる!」
「なまえちゃん、はしゃぎすぎだよ」
「和一お兄ちゃんもだよ?」
「……そうかな?」
「うん!すごいなー、もっと海の向こうまで行けないかな?」
「キャンプ地までしか行けないよ」
「じゃあ和一お兄ちゃんが線路伸ばせばいいんだよ!」
「ええー、無茶苦茶だよ」
「ううん!和一お兄ちゃんすごいから出来るもん!」
「じゃあ、もし僕が線路を伸ばすとしてどこへ行きたいの?」
「んー、目的地は無いよ。ただ和一お兄ちゃんと一緒にどこまでも行きたいだけ!」
「どこまでも?」
「うん!私、和一お兄ちゃんのこと好き!どこまでも一緒に行きたいんだ!」
「………なまえちゃん、」

---

その後オレは……
目を閉じた瞬間、閃光がオレ達全てを包みこんだ。
……ああ、思い出した。


_____出来ない約束はしちゃダメだよ。


…………


「ニュースです。昨日、___市にある指定区域、通称"忘れ去られた街"にて巨大な爆発が起きました。爆発による死傷者は約30名にも上り、全員が希望ヶ峰学園の関係者と判明しました。指定区域付近には爆発の影響は無く、近隣住民のケガはありません。
また、忘れ去られた街の遺産"キセキの電車"は爆発の影響で海の中へ沈み、現在捜索を続けていますが発見は困難を極めているとのことです」


END


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