左右田先輩は確かに多くの罪を犯しました。だからといって私が裁くべきではない。わざと銃を落とす。重々しい音に左右田先輩は目を開けた。


「私は人を殺めるなんて出来ません」
「そうか」


左右田先輩は一息ついて僅かに口角が上がった。


「ふぅ……実を言うと怖かったんだよな、みょうじが本当に撃ったらどうしようってな」
「え?さっきまで自分が何を言ってたのかもう忘れちゃったんですか?」
「わりぃわりぃ。オレ、重苦しいことは苦手でな。オメーに持たせたヤツも音しかならねェ只のオモチャだ」
「はっ……えっ……、そ、そ、そんなの理由になる訳ないじゃないですか!?変な冗談はよしてくださいよ!?」


慌てる私に対して大袈裟に笑う左右田先輩にほんのちょっとだけ憤りを覚える。
もう次から何を頼まれたって全部断るんだから。


「……」
「…左右田先輩?」


一瞬にして空気が悪くなった気がした。左右田先輩は眉をしかめ、突然周辺を睨みつける。あまりの豹変ぶりに戸惑っていると先輩に不意に腕を引かれ、走らされる。急に私の腕を掴んで走り出す先輩の背中を見ながら疑問符が頭の中で増えパニックになりそうになる。どうして、そう叫ぼうとしたときだ。

私の耳元で鋭い風を切る音が響いた。
ドラマでしか聞いたことない音、銃声のようだった。自覚した瞬間、心拍数が一気に跳ね上がる。もし銃声だとしたら私達はかなり危険な状況なのではないだろうか?

街を駆け抜ける。かつて私が住んでいた街。その街に懐かしさを覚える前に走る。ゼェゼェと息を切らしながらも先輩のペースに無理やり追いつく。少しでも止まったり遅れたりしたら私というものが終わってしまう気がしたからだ。
左右田先輩は裏道を駆使しながら走り抜けていく。お陰で後ろから聞こえる足音が少しずつ小さくなるような気がする。それでも追いかけられる立場からしたらうっすらと足音が幻聴のように聞こえる気がするのだから緊張が解けない。
最初に私達が来た街の入り口、扉の前まで辿り着く。左右田先輩は私の腕を強く引っ張り、私を街の外へ追い出した。
その行動に疑問が湧く。問いかけようにも息が切れて上手く声が出ない。
そんな自分に対して左右田先輩は既に呼吸が整っている。


「みょうじ、最後の頼みだ」
「な、……何ですか?」
「希望ヶ峰学園には戻るな、今後あの学園には一切関わるな」
「……っ!?」


鋭い瞳に見つめられ、深刻な声で囁かれる。左右田先輩はポケットから取り出した手帳の1ページを破り私に差し出してくる。


「そこに住所と簡易的な地図がある。そこにオレの仲間がいるから保護してもらえ」
「ほ、保護?何が何だか…」


戸惑っている間に先輩の姿は薄暗い扉によって隠される。待って、と声を出さぬ間に扉が閉じられていく。最後に見えた先輩の表情は初めて見せる柔らかい笑顔だった。


「……じゃあな」


短い言葉と共に扉の音が小さく聞こえ、先輩との隔たりを作り出した。目の前は街を囲む塀が高くそびえ立っている。


「……っっっ」


名前を呼ぼうとした。湧き上がる感情を吐き出したかったけど必死に体の中へ押し込む。
先輩の言う通りに扉から出て目立つ道を走り出した。渡された地図を読むことは今の状況から出来なかったけど、住所の地名から看板を探そうと進んでいると、街の方からけたたましい音が聞こえた。その音に身体中が震え出す。歩くな。立ち止まるな。走れ、走れと体に言い聞かせて無理矢理体を動かす。
大丈夫とひたすら祈った。先輩は生きている。きっとそうに違いない。根拠の無い言葉を信じ続け、とりあえず走っていくと住宅街や道路が見え始めてひとまず安堵する。


「君はみょうじ、なまえ?」


私の姿に気づいた人間が1人私の元へやってくる。警官の服装をした男性だ。この人は本当に先輩が言っていた人なのだろうかと内心疑っていると男性はああ、と短い声を上げた。


「左右田和一。彼から聞いているよ。これを見れば警察だって納得してくれるかな?」


そう話しながら警察手帳を私の前に見せる。初めて見るものだから真偽は分からないけどきっと本物だろう。息を整えながら縦に頷く。でも先輩はどうして警察の人と関わっていたのだろう?先輩は警察とは逆の人間の筈なのに。


「左右田の願い通り君を保護しよう。その代わり聞きたいことがあるから答え……」


警官が話している途中で突如地面が大きく揺れ、あの街の方から爆発音が聞こえてくる。私達の近くにいた街の人々はパニックになりながら私の後ろを指差した。
後ろを振り向くと私が逃げてきた先から黒煙が大きく広がっていく。整えた呼吸が再び荒くなる。そんな。嘘だ。息をする度に苦しくなっていく。
その様子を見た警官は私の手を半ば強引に引いてパトカーに乗せる。無線機を使っているようだったけど、何の耳にも残らない。先輩の言葉が頭の中で反響していった。

翌日、私は一方的であるけど退学届を担任に突き出してそのまま学園を逃げるように飛び出した。入り口の門には保護した警官が待っていて、警察署に連れられた私は警察の莫大な質問に数時間をかけて答えることとなる。
その間に捜査によって左右田先輩は発見された。爆発事故の犠牲者として。
私に聞かれないように警察官達は会話をしていたけど表情や態度から全て察してしまった。心の中では生きていると信じていたのに、先輩の死に対して変に納得してしまった自分がいた。爆発の規模に加え、先輩の最期の言葉がよりそうさせてしまったのだろう。
ボロボロと涙が溢れて止まらなくなって、その場に蹲る。それに気づいた警官達は取り調べを中止し、休憩所のような場所へ案内してくれた。
1人きりにしてくれた警官達には感謝している。悲しみと憎しみが混じり合うけど、とりあえず思いきり泣かせて欲しかった。
嗚呼、神様。なんて酷い仕打ちをしてくれるんですか。私は今になって左右田先輩を愛していることに気づいてしまったのだ。左右田先輩と過ごした僅かな日々を思い出して、彼を失った喪失感を埋めようとした。無駄な行為だって心のどこかで分かっていたのに。

END


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