散々だった。
どうやら私はまた街の中で倒れてしまい、フィールドワーク最終日まで眠ってしまったらしい。希望ヶ峰学園に帰ったら保健室で診てもらおうと仲間達に勧められたが、左右田先輩が反対し、学園への帰り道の途中にある病院で診察を受けた。疲労が溜まっているからとビタミン剤を数日間分貰う。診察料は自分が言い出したことだからと左右田先輩が払ってくれて本当に申し訳なかった。

フィールドワークから帰ってきた日はレポートを提出し終え、その日は病院で貰ったビタミン剤を飲んでから眠りに落ちた。
その翌日、思いの外早く目が覚めてしまい、自分の部屋の天井を眺めながら考え事をする。
雨の中倒れる前の夢…いや、記憶について少しずつ思い出す。私と左右田先輩は恐らく元々はあの街の住人だったのだろう。あの街の惨状の生き残りも恐らく私達だけ…。

色々考えたってあれ以上のことが何も分からない。そもそもあの男の子が彼だという実感がない。赤い包丁を持ったあの男の子が。
……思い切って聞いてみようか。重い体を無理矢理起こして部屋から出た。

廊下を歩いていると、見覚えのあるシルエットがこちらに来る。相手も私に気づいたようで私に目線を向けた。


「……左右田先輩、こんにちは」
「……おう」


短い挨拶。それはいつものこと、ではなく自分も相手もどこか言い出しにくいからだろう。長い沈黙の後、話を切り出したのは左右田先輩だった。


「なあ、みょうじ」


普段は、今までなら挨拶だけ通り過ぎていく先輩は私と距離を縮めて、耳元で小さく囁いてくる。


「これからの時間空いているか?」
「えっ!?」


思わず声を上げると先輩はシーッと口の前に人差し指を置く。朝早いからか人はいなかったけど、あまり人に聞かれたくないことだろうか。


「この後授業サボって、オレと来て欲しい所がある」
「来て欲しい所?」
「ああ、……出来れば今すぐに」


大切な話なのだろう。神妙な顔つきは左右田先輩らしくなかった。


「分かりました」
「サンキュ、すぐ準備してこいよ」





「えっ、こ、ここですか?」


目を疑った。先輩に連れられた場所はフィールドワーク先でもある街。街は似つかわしくないステンレスの塀に囲われ容易に入れないようになっている。この中が私達が住んでた街だなんて言われても信じられそうにない。


「フィールドワークの期間外は立ち入り禁止ですけど、国の許可は?」
「取ってねェ」
「……えっ!?」
「……へへ、みょうじ。オレの超高校級の才能忘れたのか?」


先輩は場を和ませようと笑顔を浮かべては青いツナギのポケットから工具を取り出して、塀に取り付けられたカードリーダーに手をかける。暫くして扉から鍵の開く音が聞こえた。
流石、先輩は機械に関してはプロフェッショナルだ。先輩の後に続いて扉を潜ると、フィールドワークのときとは変わらない街並みだった。後出しジャンケンになってしまうけど、どこか退廃的で寂れていて懐かしい匂いがこの街にはあった。
辺りを見回しながら先輩の後をついていくとある場所まで辿り着く。シャッターが閉まっているその建物は自転車屋さんだった。近くには錆だらけの自転車が倒れている。


「みょうじ、ここ覚えているか?」
「……左右田先輩の家です」
「……"表向き"はな……」
「表向き?」


意味ありげな言葉を口にしながら左右田先輩は私のことを見つめる。


「ここなら、誰も聞かれないからな」
「…え、」
「みょうじと2人きりで話したいことがある。オメーもこれから話す内容を知りたい筈だ」


生暖かい風が何故だか寒気を催した。私はこれからとんでもない事実を伝えられそうだったけど、そんなの覚悟の上だった。左右田先輩は何回も口を開けたり噤んだりを繰り返していたがやっと言う勇気が出来たようで私の目を見て言葉を発した。


「……オレはさっきオメーに『才能のこと忘れたのか?』なんて言っていたが……実はな、超高校級のメカニックとして入学したわけじゃねーんだ」
「えっ、そうなんですか?」
「あくまでもそれはカモフラージュ。オレの本当の肩書きは"超高校級の凶手"。……つまり、暗殺者だ」
「……っっ!?」


思わず口元を両手で覆う。表情から嘘を言っている様子は無いし、そもそも先輩が冗談でこんなことを言うわけがなかった。それだとしたら先輩は暗殺者、殺人者ということだ。
だけど、本当のことでもすぐに信じられるわけはない。左右田先輩は話を続けようと私の顔を見つめた。


「オレの家族も暗殺に長けたヤツで一家で依頼を引き受けては殺人を行う家業だった。両親はオレを産んでからこの街に引っ越し、自転車屋として表向きは働いていた。沢山の殺人術を叩き込まれたし、情が移っては自分自身も困るからと友と呼べる存在を作るなとも言われていた。……あの日は、オレの初めての大量殺人決行日だった。……みょうじ。今まで黙ってて、騙して悪かった。
あの日、たまたまみょうじがいなかった。てっきり親戚の家に遊びに行っているんだと安心してたさ。だけど、帰ってきたオメーはオレを見て気を失っちまった。街の異常を知った隣町のヤツらがオレ達2人を保護してくれた。ヤツらが来るまで凶器は処分したし、オレ達は子供だったから誰も疑いなんてしなかった。そのときオレの親父達は隣町にいてさ、オレがしっかり街のヤツらを殺してたか見張ってたんだ。…結果は及第点。みょうじを生かしちまったことで評価はまずまずだった。だから、オレ達暗殺一家を除けば、あの街の生き残りはオメー1人だ」


淡々と話をされても内容が追いつかない。なんとか追いつこうと精一杯頭をフル回転させている。



「みょうじ。記憶が戻り始めているオメーにはわりぃが聞いてほしい」
「……何を、ですか」
「オメーは超高級級の執行人として入学した。それは嘘、捏造だ」
「………え?」


超高校級の執行人は捏造?首を傾げる私をよそに先輩は話を続けた。


「オレ達家族は学園に狙われたんだ。暗殺に長けた人物が欲しいとな。しかし数人も雇うわけにもいかない。それで高校生になったオレがここに連れてこられた訳だ。だけど、超高級級の凶手という肩書きじゃ皆から警戒される。だからオレの趣味だった機械弄りを利用してメカニックという肩書きで入ってきた」
「………」
「みょうじ。何であの街が国に管理されてるか分かるか?」
「……分からないです」
「……あの街の住人は共通していたことがあった。希望ヶ峰学園に不信を持つ者、追い出された者や希望ヶ峰の息がかかった企業に嫌がらせを受けて倒産した企業と何かしらの恨みを持つ者がこの街に集まっていたんだ」
「どうしてそんなことが起きているんですか?」
「真っ先に言うと希望ヶ峰はイカれてるんだ。名前に希望ってついちゃいるけどよ、あそこは絶望を"わざと"作るんだ。オメーの見た未確認生物も絶望のひとつだ」
「……どういうこと、ですか?」
「態と倫理から反した生物兵器だ。わざわざそういうのを作ってはオメーや他のヤツらに見せつけるんだ。『こんな恐ろしい生き物がいるんだ。いずれ人々を脅かす存在になるだろうがその絶望を乗り越えて希望を持ってね』なんて思わせるんだろうな。もちろん国がそんな恐ろしい研究機関を見逃す訳にはいかねェ。希望ヶ峰に反抗していた者達の手がかりを守る為にああやって高い壁で街を仕切っているんだ」
「それはおかしいじゃないですか。じゃあ何で私達はフィールドワークという体で入ってこれたんですか?」
「オレがいたからだ」
「……ますます分からないですよ……」
「オレの一家は金さえ貰えれば依頼人の頼みに従う。その依頼人が国の者だとしてもだ」
「……」
「国は国の重要文化財だと謳って街を保護してきたんだが、希望ヶ峰学園は反抗してきた街のヤツらの手がかりが欲しい。そこで学園お抱えのオレを刺客に送り込んだ。オレが国から頼まれたと知らずに……いや、もしかしたらもう知ってるのかもしれねェな」


……頭が痛くなる。だけどフィールドワークのことを思い返せば、左右田先輩だけ単独行動が多かったのはその手がかりを守るためなのかなと考えられた。


「……それで手がかりとやらは守られたのですか?」
「今のところはな」


今のところ…?それがどう意味かは分からないけどすごく含みのある言葉だった。


「だがこの学園生活でオレはやらかしたことがあったんだ」
「……先輩が、ですか?」
「少し反抗しちまった。超高校級の凶手としてじゃなくて本当にメカニックとして過ごしたいってな。あのときの鬼のような顔は忘れられねェ。本当に怖かったんだぜ?まァ、そんなの無視してたんだけどよ……あいつらとんでもねェことをしてきやがった」
「……それは?」
「みょうじなまえの入学許可だ。何も知らないオメーに執行人という肩書きをつけて未確認生物の拷問をさせた。…そして学園がオメーをいつまでも見張れるように監視をしていた」


言葉が出てこなかった。


「………学園にとって予想外だったのはオメーが過去のことを忘れていたことだ。オメーも一応あの街の生き残りだから色々聞き出そうとしてたんだろーな。健康診断の問診とやらでスゲー聞かれたりしなかったか?」
「言われてみれば両親のことを聞かれていたような気がします。けどそのときの私は育ててくれた親戚の人の記憶しか無かったのであまり答えられなかったです」
「そうだったのか。入学式後のオリエンテーションで学園内を見て回るみょうじを見たとき背筋が凍った。数日してオメーが拷問に失敗したというのも瞬く間に生徒達の間で広まった。オレが学園に歯向かったばかりに…オレと似たようなことをさせたんだ。許せなかった。それにフィールドワークの行き先も勝手に決めやがった。オメーの記憶を呼び覚ます可能性の高いあの街だ」
「あれは先輩が決めたんじゃ」
「…嘘ついて悪かった」


左右田先輩の謝罪に何も返せずにいた。自分がどうすればいいか分かっていなかったからだ。


「みょうじ。これを渡しておく」


和一先輩は私の両手にある物を乗せた。乗せた瞬間重みが襲う。形や色からして拳銃に間違いなかった。


「オレを撃ってくれ」
「……え…………?」
「オレのせいでオメーの全てを壊した。オレの弱さがオメーを巻き込んじまった。執行人としてオレを裁いてくれ」
「そ、そんな……先輩の話が本当なら私は執行人ではないです!ただの高校生ですよ?」
「……ああ。そうだった。オメーは執行人じゃなくて平凡だけど幸せな女子高生になる筈だったんだよな……。悪かった、オレなんかと関わっちまったばかりに」


先輩は空を見上げながら、から笑いをする。


「憎いだろ?オレがいたことでみょうじの家族は幸せになれなかった。みょうじの誕生日を祝えなかった。みょうじがここまで成長した姿を両親は見ることなく死んじまった」
「それはっ!」
「それにオメーも大変な目に遭っただろ?」
「昔はそうですけど」
「……なら」
「だからって私が先輩を殺したって、お父さんとお母さんは喜びません!それに…私、記憶を取り戻すまでは楽しかったんです」
「楽しかった?」
「左右田先輩と調査したり、仲間の子達と一緒にご飯食べたり海で遊んだり、先輩と2人で電車の窓から夜空を眺めたり…久々に楽しい時間を過ごしました」
「……みょうじ」
「だから、もう、こんなことはやめましょう」


私は拳銃を返そうと和一先輩の元へ歩み寄る。しかし、先輩は私が1歩近づくと1歩下がっていくのだ。


「どうして」
「みょうじがどんな選択したって、オレは文句言わねーよ」
「勝手なことやめてください!私はこんなこと……」


和一先輩は私の言葉を聞かずに、泣くのを我慢しているような笑みを見せながら目を閉じた。
まるで私が撃つのを待っているかのように。
撃つなんて選択肢があるわけがないんだ。

私は、

Ep.5a 銃をわざと落とした。
Ep.5b 銃を持つ手を下ろした。


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