「……っっぱ、海はいいよなー!」 フィールドワークも順調に進んでいるということで、私達は海辺で海水浴をすることになった。男子達は騒ぎながらゴーグルをつけて潜水、女子は潜りこそはしなかったけど浅瀬に足を入れて海の冷たさを感じている。やはり今までストレスや疲れが溜まっていたのかすごく楽しんでいるように思えた。周りを見渡しても派手な髪色のリーダーはいない。理由はあった。今朝突然私達に、用があって一緒に行けない。と海水浴を提案した本人がそう言ってきた。勿論予備学科の子達も驚いていたけど、仕方なく受け入れることなった。 「みょうじさーん!女子対男子でビーチバレーするよ!」 「分かった!」 運動はあまり自信が無いけどね。と付け加えながら女子達の輪の中に入る。一応立入禁止区域外だから、海水浴目的で来た観光客も多くいた。邪魔にならないようスペースを狭く取り、決行することになった。 お遊び感覚のビーチバレーの結果はなんと同点。もう1回戦組もうかと話し合うも、明日に響くからという理由で終了。短いようで長いビーチバレー大会はケガも喧嘩もなく幕を閉じた。一旦旅館に戻ろうかと話をしていた頃、後ろから声が聞こえる。 「おっ、オメーら楽しんでるか?」 「左右田先輩!」 先輩は水着姿……ではなく、シャツに短パンとラフな格好で私達の近くにやってくる。先輩の姿を見た男子が笑いながら話しかける。 「いやー、先輩。遅すぎるから終わっちゃいましたよ!泳いでビーチバレーして楽しみましたよ!」 「マジかよ!はぁー、ったく!オレを除け者にして青春してんなぁ!?」 「左右田先輩が来ないのが悪いんですよ!流石に夜は来れますよね?海辺の花火大会には!」 「おう!それは行くって!これはマジだから!」 先輩と男子達の会話を聞きながらとりあえず旅館に戻ってシャワーや着替えを済ませても、花火大会の時間まで少し時間があった。女の子と雑談しているとメンバーの1人が私の顔を見て問いかけてきた。 「みょうじさんって左右田先輩のことどう思ってます?」 「え?どうって」 急に左右田先輩の話を振られて言葉を選んでいるとそれを聞いた他の女の子達が話しかけてくる。 「左右田先輩って話しやすくて良い人…なんだけど…」 「男子達も左右田先輩には近寄りがたいって言ってたよねー。どこか怖いって。怒らせたらヤバイかもって感じ?でもなまえちゃんと話している左右田先輩の顔優しいんだよね」 「そうなんです!あの顔は学園でも見なかった顔ですって!左右田先輩っていつも機械を前にして1人で険しい顔しているので」 どうです?と詰め寄ってくる女の子達に返す言葉を必死に選ぶ。んー、と深く考えるフリをしながらゆっくりと口を開く。 「左右田先輩は…機械に向き合う姿がカッコよくて後は話しかけるときは変に揶揄われますけど優しいなって」 「やっぱりなまえちゃんには優しいんだ」 「には、じゃないよ。みんなにも優しいでしょ?」 「確かに良い先輩ですけどー、あの感じみょうじさんのこと好きだよねー?」 「えっっ!?」 素っ頓狂な声を部屋中に上げてしまう。それを聞いた女の子達はクスクスと笑っていた。 左右田先輩が…まさか。 「で、みょうじさんは?」 「い、良い先輩としか言えないです!」 私が何を言っても女の子達は私を揶揄うばかりだった。そして益々私は左右田先輩のことを考えてしまった。持参してきた私服に着替えて花火大会の会場へ行く。 「全員集まったみてーだな」 「あ、花火始まりましたよ!」 女の子の声に顔を上にあげると夜空に大きな花が咲いていた。ふと横目に見ると左右田先輩は男子と和気藹々と話している。先輩の後ろ姿、横顔から目が離せずにいた。さっきの話のせいか変に左右田先輩を意識してしまっている。 ……私の早とちりだ。周りの人だかりや屋台をキョロキョロと見渡す。 「どうした?」 「あっ、そ、左右田先輩!」 突然横から声をかけられ一瞬声が上擦りそうになりかける。そんな驚くことないだろ!と先輩は驚きながらも笑いかける。いつの間に私の所まで来たのだろう。驚いているのは先輩が原因だって目の前の相手は思うまい。 「えっと、……」 「なんだよ、気分わりーのか?なら少し人集りから離れるか?」 「そ、そうします」 「ほら、こっちだ」 私の前を先輩が道を作ってグイグイと突き進む。そこまでしなくても自分で、と言いたかったけど周りの声に容易にかき消されてしまう。これ以上引き離されないように先輩の後をついていった。 流石に離れると人の声が小さくなるものの、相変わらず花火の音が聞こえる。昼と変わらないラフな格好の左右田先輩は花火会場から離れた砂浜で立ち止まる。周りは花火を見る観光客がボチボチいた。 「……大丈夫か?」 「は、はい。ごめんなさい、私の為にここまで」 「気にすんなって。オレも離れたかったしよ」 「どうしてですか?」 「まぁ、何となく」 理由になってないですと返そうとした瞬間、左右田先輩は険しい顔をして一点を見つめている。その視線の先を追うと私の右手の甲から僅かに細い傷跡が出来ていた。 こんな傷いつから出来ていたのだろう? 「それ痛くねーのか?」 「いえ、気づかないうちについたみたいで」 「マジで?」 「はい」 花火大会の前にこんな傷なんてついていなかったのにと思いながら手の甲を見つめる。それにしても左右田先輩ってこんな暗い中よく私の傷なんて見えたなぁ…。 「きっと何かで切っちゃったんでしょうね。私、旅館に帰ったら応急処置します」 「ああそーだな。そうした方がいいぜ」 きっと先輩は夜目が良いのだろう。そんな先輩の後をついていくことにした。その先は私達が調べていた街だった。街の周りには高い壁がそびえ立ち、誰も近づけさせまいとする威圧感がある。扉の隣にはカードリーダーが備え付けられており、先輩は何食わぬ顔でカードリーダーにカードをかざす。電子音と共に扉が開いた。 「どうしてこの街に?」 「ここなら誰もいないだろ?」 「まぁ、そうですけど…」 「イイ所知ってんだよ」 良い所とは。なにがなんだか分からないまま左右田先輩の後ろ姿を追う。海の方へ歩き続けていると目の前には海と桟橋と電車が見えた。電車はほぼ海に飲み込まれていて、1両だけ海の外から現れている。先輩が電車の扉に手をかけると重々しい金属の扉は錆だらけの割にはスゥと横にスライドしていった。 「ほら、乗れよ」 「え、ここ入っちゃっていいんですか?」 「ああ、平気だ」 実際に左右田先輩は電車の中に楽々と入る。僅かに軋む音が聞こえたが大丈夫そうだ。ゆっくりと電車の車両に乗り込む。先輩は小型のライトを照らしながら座席のクッションの上に付いていた埃を軽く振り払う。 「まあ古いけど座れるぜ」 「は、はい」 先輩は真ん中の席に座り、自分は隣の席に座る。車体が錆びついた所以外は至って普通の電車だった。 海の細波の音だけが聞こえてくる。確かにこの空間はリラックス出来そうだった。けれどどうも落ち着かない。何せ先輩と2人きりだから。割れている窓から外を眺めると思わず感嘆の声が漏れた。 花火は街を囲う壁で見えなかったが、星々が綺麗に夜空に浮かぶ。星々が微かに黒い夜の海に浮かぶ光景も幻想的だった。数十個いや数百個はくだらない。散りばめられた宝石のような輝きは普段街中では見られないものだから満天の星空に興奮を隠しきれなかった。 「なっ?イイ場所だろ?」 「はい、初めて見ました…!」 隣で左右田先輩が楽しそうに空を見上げる。こんな場所を知っていたなんて驚きだ。本当にロマンチックな場所……そう思った瞬間に胸が熱くなる。男子と2人きり、しかも女子達に左右田先輩は好きかもしれないよ?なんて揶揄われたばっかりの私は今までを思い返して心の中がざわつく。 「初めて……か」 「はい」 「……それは良かったな」 左右田先輩は静かにそう呟いた。その表情は上手く見えなかった。遠くで微かに花火が上がる低い音が聞こえる。フィールドワークってキツい印象しか無かったけどこうして来てよかったなぁなんて思えた。これも予備学科の子達が優しくて、左右田先輩も優しい先輩だから……。隣にいる左右田先輩は私のこと本当に好意を持ってくれているのかな? こんな綺麗な場所に連れてきてくれてこっちだって変に意識してしまう。ドキドキと何か温かい何かを感じ取っていると不意にズキリと頭の奥で音がした。 ………… 「……………」 隣にいた男の子が話しかけてくる。私は今どこにいるのか、隣にいた男の子が誰なのか、何を言っているのか分からない。けれど私は自然と何かを差し出している。何かを受け取った相手は嬉しそうにして何かを私にくれるみたいだった。それを受け取ると、ラムネだった。キラキラと光っている瓶の中で楽しそうに小さな泡達が上へ昇っていく。そんなラムネが甘くて美味しくて、大好物になったのはこの日からだった。 ………… 目の前に広がるのは見覚えのある天井。あれ?と自分の記憶違いに混乱する。昨日は花火大会行って、左右田先輩と2人で街の中へ入って……そこから先が思い出せなかった。 「起きた!ねぇ、大丈夫?」 「え?大丈夫って」 「なまえちゃん気を失ったんだよ!?そんなに気分悪かったの?」 「えっ!?」 女の子の声に驚きを隠せない。あの後私が気絶しただなんて。気絶する程の体調不良なんてそんな気分悪くしていなかった筈。だから記憶が無いんだと変に落ち着きながら納得してしまう。ハッとして右手を見るとそこには少し大きめの絆創膏が貼られていた。昨日は 確か左右田先輩から右手の傷のこと指摘されていたんだっけ。絆創膏はきっと左右田先輩がやってくれたのだろうか? 「ごめん、何にも覚えていなくて」 「そっか……ここ数日おかしな感じでしたから左右田先輩が休んで大丈夫だって言ってましたよ?」 「……でも今は大丈夫。熱がある訳じゃないみたいだし」 「ほ、…ホントですか?」 心配そうに覗き込む姿に、やっぱり少し休憩した方がいいと感じた。大丈夫だと言ってまた体調不良なんて起こしたら流石に顔向けが出来ない。そう告げると彼女は分かりましたとフィールドワークの荷物を持ちながら小さな笑みを持つ。 「なまえちゃん。昨日覚えていないのは残念ですね」 「うん、……ん、何かあったの?」 「私達が旅館に帰ったとき、背後から左右田先輩も帰ってきて……。そうしたらなまえちゃんを背負ってきててびっくりしちゃったんです」 「背負って…え?」 「はい。左右田先輩に」 やけに左右田先輩の所だけ強調され、顔の熱が一気に上がる。左右田先輩が私のことを背負ったという事実に頭が混乱しそうになる。その様子を揶揄うかのように彼女は笑った。 「やっぱり左右田先輩はなまえちゃんのこと」 「た、多分私が体調不良で背負わざるを得なかっただけだよ」 そうかもね、と半分あしらわれたかのように思えた言葉を聞きながら彼女を見送った。 フィールドワークの時間に何をしよう。今は大丈夫とはいえ、体調不良で休ませてもらってるんだから外に出歩く訳にもいかない。何をすると言うわけでもなく、ただその日は呆然と遠くから聞こえる海の音を聞いていた。 |