ある病気にかかっていた。中学生のときのトラウマによって他人とは違う世界が見えるようになるものだった。その病のせいで周りの人間は私を気味悪がって離れて行ってしまった。医師達によるカウンセリングも効果は無く、私の病気を聞きつけた機関が私を引き取ることになった。
でもそこは私の病気を治すことはせず寧ろ病気を才能と呼んで、希望ヶ峰学園の生徒として入学することになった。

ここまでが、私の入学した経緯だよ。
それを聞いた相手はふーんって軽い相槌を打つだけだった。こんなことは学園の人なら誰でも知ってるし、相手も既に聞いている内容だろう。


「そういうのオレには信じられねーけど」
「そ、そうだよね……」
「まぁ、いいんじゃねーか?お陰でオメーの人生を変えたんだよ」
「そんな、良いものじゃないよ。こんなの」


ここは希望ヶ峰学園。あらゆる生物や伝承で伝えられた架空の生き物について調査する研究機関。
私だけが見える世界。それは人ならざる存在が見えてしまうのだ。最初は自分はとうとうおかしくなってしまったんだって体の震えが止まらなかった。やっとこの世界に慣れたのが希望ヶ峰学園に入学したときのこと。


「おーい、みょうじ?」
「ん?」
「どうした、上の空だったぜ?」
「……ごめんなさい。何か言ってたかな?」


溜息を吐きながらも左右田君はもう1度問いかけてくれた。


「みょうじはどんな生き物を見つけたんだ?」
「えーと、最初は狸だったよ。狸が二足歩行で歩いてて…狐も同じように見つけたの」
「へぇー昔話みてーだな!他には?」
「悪魔や幽霊みたいな怖い顔したものが」
「だあーーッッ、やめやめやめ!」


今までで1番大きい声を出して私の話を妨害してくる。西園寺さんがビビリだと揶揄っていたけど本当かも……と思いつつ私もお化けは大の苦手だから、この病には散々悩まされてきた。
左右田君は深呼吸すると自身の被っている帽子を被り直すと早口で小さい声をあげる。


「いや、マジでスゲーわ。尊敬というか同情というか……それ聞いて、絶対になりたくない病だって思った」
「……」
「あ、いや、オメーをバカにしてる意味じゃなくてな?」
「ううん、大丈夫だよ。なりたくないって私が1番思ってるし」
「わりぃ…。もう1つ聞いていいか?」
「うん、何?」


左右田君の質問は何なんだろう?と変に胸がドキドキした。


「その化け狸だかってヤツは普通に他のヤツと話していたか?」
「そうだね。普通に人間と話していたよ。だから他の人から見れば人間にしか見えないと思う」
「まぁ、動物が話していたら誰だってビックリするしな」


左右田君は納得するように何回も頷く。教室の窓からは雨の音が聞こえる。こんな薄暗い雨の日に左右田君は教室で1人うなされていた。一文しか書かずにそのままの状態で広げ、既にシャーペンを持つ手を離している。どうやら文章が決まらないようだ。


「日誌書かないの?」
「ここ毎日雨で退屈だしさ、授業もつまんねーし書くことも無くなっちまった」
「そっかぁ…最近変だよね。雨が降って霧まで出ているなんて」


窓の外を見ると、まるで雲が地上に降りてきたかのように辺り一面が霧で霞んでいる。
窓の近くにあった木々でさえ目視で確認するのが難しい程だ。


「人狼伝説って知ってるか?」
「え?」


突拍子もないことを聞かれて思考が停止する。左右田君は驚く私を見てはニヤニヤしながら話を続ける。


「平和だった村の周りを深い霧が包み、夜には人狼の遠吠えが聞こえてくる…ってな」
「や、やだ。変なこと言わないで」
「なーんてな。誰かが作ったただの作り話だぜ。まぁ、もしそんな人外が希望ヶ峰学園に来てもみょうじがいれば安心だし」


私を揶揄うように左右田君はケラケラと笑う。一瞬今日の深い霧と伝説の内容を重ねて怖くなってしまったなんて言えない。


「私の病気が役に立つってこと?」
「病気って言うなよ。才能なんだから」
「んー、釈然としない」


この人狼伝説みたいな天候でしたって書けばいいか。ってシャープペンシルを持ってサラサラと左右田君は書いている。そんなの日誌に書いていいのかな、なんて疑問に思っている内に書き上げてしまったようだ。


「よし、これを出せば日直も終わりだぜ」
「じゃあ寄宿舎に戻るね。左右田君、話を聞いてくれてありがとう」
「おう!また明日な!」


教室を出て左右田君は寄宿舎とは反対側の職員室の方へ歩いていく。雨の音を聞きながら自分の部屋へ戻ることにした。

その夜は肌寒かった。毛布にくるまっても暖かくならず、目が冴えてしまう。明日の授業で寝たら大変だと目を閉じて無理矢理羊の数を数えていたときだ。
地面を轟かせるような低い音が聞こえてきた。それが獣の遠吠えだということにそう時間はかからなかった。
ふと左右田君の話を思い出す。霧が村を囲い、人狼は人並外れた顎で村人を喰らい尽くす。最後の村人を食べ終えると次の獲物を探して彷徨うといわれている。
また遠吠え、低い声が暫く続いている。まるで獣達が会話をしているかのようだ。
まさか、本当に人狼が潜んでいるのだろうか?眠れなかった体が警戒心で満ちていく。
毛布を頭まで被り、遠吠えが鳴き止むのを待ち続けた。


「生徒の皆さん、話題に上がっていると思いますが人狼がこの希望ヶ峰学園に現れました」


担任の言葉に教室は一瞬にして騒ついた。色々な言葉が飛び交う中、教壇に立った担任は口を開く。


「専門家達は監視カメラや昨晩の音声から人狼が複数いると考えられています。まだ数ははっきりしていませんが……しかし、数関係なく学園は生徒達と力を合わせて"学級裁判"を開こうと思います」


学級裁判……。
その言葉に私達は言葉を失った。学級裁判は他の学校とは意味が違う、多数決による処刑だ。例え無実の人が選ばれたとしても多数決が絶対の裁判から逃れられない。


「でもこっちにはみょうじさんがいるから大丈夫だね」
「そうっすよ!なまえちゃんは人外を見極められる力を持ってるから安心っす!」


狛枝君や澪田さんの声にクラスメイトの歓喜の声が聞こえてくる。担任も私に静かに期待を込めたような声で語りかける。


「みょうじさん、貴女にかかっています。頑張って」


お昼の12時に私は教室を廻ることになった。私の病のことは既に学園中の誰もが知っているからこそ、何かに襲われる可能性もあった為、担任の先生が一緒に教室を廻ってくれるらしい。
1番遠い教室から行こうと担任に言われ廊下を歩く。人は誰もいなくて不気味な程に静かだった。窓の外は霧も晴れて晴天日和なのに気持ちが浮かない。


「学園の命令で生徒はこの時間に必ず教室に待機させているの。見知った生徒を教室に集めることで互いにクラスメイトの生存を確認し、人狼達による単独行動を避ける為にね」
「先生。私、学級裁判のことは知らなくて、どのようなものなんですか?」
「ええ。貴女には教えるわ」


担任の言葉にゆっくりと頷いた。担任は真っ直ぐ歩き続けながら学級裁判について話し出す。


「学級裁判は全校生徒によって多数決を行い、選ばれた1人は処刑されるわ。昼に貴女が人狼を見つけ、夕方に処刑という形よ」
「1人……?生徒は予備学科の人含めて数千人いますよね?」
「ええ、人狼の習性を生かしたやり方よ。人狼は夜に人間を襲うの。1匹が1人の人間をね。人間が三食のご飯を食べるように、人狼も1人の人間を喰らうことでお腹いっぱいになる。つまり、次の朝に出た犠牲者の数が人狼の数よ」
「……つまりそれって」


人狼が沢山いたらそれだけの犠牲者が出る。
それなら人狼をこっちで見つけて複数人処刑すればいいだけなのに。
そう伝えると担任は誰にも聞こえないような小さい声で囁く。


「私もそう思うわ。でもこれは学園の命令よ」
「命令…?」
「理由は分からないわ。みょうじさん、このことは誰にも言わないで。犠牲者が出てもいいという方針が生徒に洩れたら間違いなく学園は崩壊するわ」


担任は私より一歩前に出て廊下を歩く。
体の中にはどす黒い何かが渦巻いていた。学園の黒い感情を共有した気分だった。私だけ安全なシェルターに入っていて、友達やクラスメイトが毎晩危険な目に遭うのだ。明日人狼によって死ぬかもしれないのに。
自分だけこうして学園に守られていいのだろうか。後ろめたさでいっぱいになった。
1つ目の教室。近くには大人達が私を見下ろしてくる。あっという間に大人達に囲まれ、まるで私が何か悪いことをしたような気分になる。担任がドアを開けると雑談で騒がしかった教室が一瞬にして静まる。クラス全員が息を潜める。鳴り響くのは担任と私の足音だけだった。大人達は教室の外からこちらをじっと見つめていた。


「みょうじさん。よく見てほしいわ」


担任は聞いたことのないような低い声で言い放った。よく見るまでもなく、すぐに探すことが出来た。おずおずとその人物を指差す。


「1番窓側で、後ろから3番目の子です」


……今日は最悪な日だった。担任やクラスメイトは気にするなと励まされたもののそれで気分が良くなるわけでもない。すぐに気持ちを切り替えられる程のメンタルの強さを持ち合わせていなかった。
私が指差してすぐに大人達が取り押さえた。指差された子は無実だと叫び、私を睨みつけては罵詈雑言を浴びせた。そして日が落ちる頃に惨い処刑を受けていった。集められた生徒達全員がその子の死を痛感しただろう。これで本当に良かったのだろうか。頭の中に処刑後の人間の姿が焼きつけられ、じわじわと罪悪感を植えつけられる。
そのせいで寝つけない夜だった。寧ろこれが夢であれば良かったのに。例えこれから眠りにつけるとしても悪夢の中でもがき続けるだろう。
私はこの病のせいで間接的に殺しているのだから。
ふと窓の外を見ると、静寂に包まれた世界に突如獣の遠吠えが聞こえてくる。ひとつ、ふたつ、みっつ……キリがない。人狼伝説だと遠吠えの数で紛れ込んだ数が分かるらしいけど、これだけ多い遠吠えだと特定のしようがない。


「あれ……」


窓の外から見える人影に目が入る。思わず窓を開けてその人物に目を凝らす。窓を開ける音が相手にも聞こえたみたいで、私を見て目を見開いていた。


「左右田君…….?」
「……ッッ!?」
「左右田君…!外は危ないよ」


そう話しかけたものの左右田君は目を逸らし、夜の闇の中へ消えてしまった。あっという間だった。不穏な風が髪を揺らしている。生温い風を浴びながら考え込んだ。さっきのは気のせいだろう。そう言い聞かせる。自分が終わりが見えない人狼ゲームに怯えているからこそ、左右田君と話して気を紛らわせたいのだろう。
……左右田君。左右田君。
普段の明るい彼の顔を思い浮かべながら目を閉じる。明日誰かの無事が分かり、誰かが犠牲に遭う。

朝を迎えた。私はまだ生きていた。
教室にはいつもの明るい雰囲気は無いものの、全員がいた。左右田君は私を見ては眉を潜めてすぐに目を逸らした。その様子を見て、昨日の夜外を歩いていたのは左右田君だったと確信した。
担任によると人狼による犠牲者は9人。昨日処刑された子が人狼だとすれば10人紛れ込んだということになる。

学級裁判2日目。先生と一緒に教室を廻る。廊下を歩く私達のことを見つめる生徒から様々な感情が汲み取れる気がした。自分が人狼の犠牲になるかもしれないという恐怖、本当に私が人外を見つける病なのかという不安と疑い、特に昨日処刑された子の友人らしき生徒が私に恐怖と憎しみを込めてくる。生徒が誰も私に言わないからこそ、無言の圧力が体に突き刺さってくる。今日も大人達に囲まれながら生徒の1人を指差して、その子は処刑された。

暫くして学級裁判6日目。犠牲者は5人。確実に減っている狼の遠吠えを聞いた生徒は私のことを信用してくれたようだった。寝不足の目を擦りながら教室に辿り着けばそこに活気なんて無かった。先生達はもう少しの辛抱だと言っていたけど、既に崩壊は起き始めていたのだ。
自殺者が出てしまったのだ。それも複数。自分が殺されるよりかは自分で命を断とうと決めた者や処刑された生徒の友人や恋人が翌日になって人狼と発覚して絶望の中死んだ者。
学園が全体集会で「この状況の中希望を持て」とだけ言っていたけど、そんなの何の意味も持たなかった。生徒を人狼から守ろうとする方法なんて聞かされず、自己防衛しろとしか言わない学園側の言い分は生徒達の不信を更に高めた。
今日の処刑が終わり、空は夜へ向けて青黒くなっていく。速やかに部屋に戻れと言われたけど外の空気を吸いたくて少しだけ外を廻ることにした。夜になればすっかり人なんていなかった。霧も出てきてしまい、視界が悪くなる。1人で歩いていると左右田君が中庭のベンチに座っていた。
私の足音に左右田君は振り向くと表情を変えないまま俯いた。もう表情を変える程の元気は無いみたいだった。


「隣、座っていい?」
「……いいぜ」


生気のない声だ。左右田君も疲れているのだろうか。ベンチの空いたスペースに腰掛けて誰もいない中庭の景色を見渡す。相変わらず霧が立ち込めていた。辛うじて見えるのは近くの木々と隣にいる左右田君だけ。


「ねぇ、聞いてもいい?」
「なんだ?」
「先生は言っちゃ駄目って言ってたけど……人狼の処刑は1人だけなんだって。一気に処刑すればいいのにって思うんだけど学園はそんなことしない……なんでだろうね」
「それ、オレに聞くのか?」
「うん。でも左右田君にしかこんなこと言えないから…ちょっと聞いてみたかっただけ」
「……そうだなァ。人狼伝説に倣ってるんじゃねーか?」
「人狼伝説?そういえば私それ詳しく知らなかった」
「人狼がいるって分かったときには占い師が人狼かどうか占うんだけど、その能力は1日一度だけだ。んで、処刑後に霊媒師ってヤツが処刑した人間が人狼かどうか視る」
「それに倣って……私は人外を複数見ることだって出来るよ。そんなのに倣う必要なんてないのに」
「これが学園の考えていることなのか分からねェけどな。もしかしたら友や仲間の屍を超えて希望を持てってことかもしれねェし」
「……嫌だな。そんなの」
「全くだな」


不思議と話しているだけで疲れていた精神が安定していく気がする。クラスメイトや友達と話しているときはこんなことなかったのに。


「……最近みょうじは大丈夫か?」
「すごい疲れてるよ」
「ああ、そうだな……。オメーのこと目を合わせたくないってヤツが出てるしな」
「え?」
「ん?……ああ。みょうじが人狼を見つけることに絶賛しつつ、チートみたいな能力を気味悪がってるヤツがいるんだよ」
「……自分でも気味悪いよ」


私だってこんな病持ちたくないもの。他人とは違うものを持っているだけで人が勝手に私から離れていく。気持ち悪いって陰で笑われる日々をずっと過ごしてきたことは忘れたいのに忘れられない。


「左右田君」
「……なんだ?」
「私の見える世界は他の子達と違うのに、どうして左右田君は私のことを信じてくれるの?」


左右田君は私の言葉にポカンとしていた。私はついつい救いの手を求めるかのような言葉を投げてしまい、言った後に困惑する。こんなこと言ってきっと相手も戸惑っているのだろう。左右田君は暫くしてぎこちない笑みを浮かべた。


「そ、そりゃあオメーとはダチだからな!」
「ダチ?」
「おう!よく話するんだからダチでいいだろ?なんならソウルフレンドに値する位のな!」
「本当に?……ありがとう。左右田君は私の大切な友達だよ」


言葉が詰まりそうになりながら伝えると左右田君は満面の笑みを浮かべた。その笑顔に胸が熱くなっていく。さっき友達って言ったのに、私は左右田君のことが。
夜も遅いということもあって寄宿舎まで一緒に行くことになった。寄宿舎は男女で分かれているから、寄宿舎内の小さなロビーで左右田君と別れることになる。


「オメーは学園に守られるから襲われなくて済むしな。あーあ、学園はオレも守ってくれねーかな?」
「あはは、本当にね。学級裁判なんてやらずに学園が生徒を守ればいいのに」
「……ま、こんな人狼伝説紛いのことが終わったら、外で飯を食おうぜ」
「そういえば学園外の近くで新しい定食屋さんが出来たんだっけ?」
「学園の食堂とか花村の作る飯もうめーけど、そこ行ってみたいんだよな」
「そうだね、終わったら……」


自分の言葉が突然途切れた。頭の中に浮かんだ考えのせいだった。私が話すのをやめたのを見て、左右田君は心配そうにこっちを横目に見る。


「どうした?何かあったか?」
「この学級裁判の終わりって、人狼を見つけたら終わりだよね?」
「まァ……人狼を処刑した夜に遠吠えが聞こえなくなったら終わりだろうな」
「……そっか、そうだよね」
「当たり前じゃねーか」


そうでした、と軽く笑いつつ左右田君に手を振った。その夜から今までにないくらいに一睡も出来なかった。それは9日目までずっと続いた。

10日目。犠牲者1人。今日残りの1匹を見つければ人狼は全滅となり平和が訪れる。今までに何十人の犠牲者や自殺者が現れてしまったのだろう。だけどそれも終わる。誰もがそう思っていた。

間もなく処刑の時間。それなのに処刑台に立つ者はいなかった。私は職員室で担任始め多くの大人達に囲まれながら沢山の言葉を浴びることになった。担任は同じ質問を何回も繰り返した。まるでラジカセの録音テープのように。


「みょうじさん!人狼は本当にいなかったの?」
「はい、全部の教室を見ましたがいませんでした」
「おかしい!狼の遠吠えは聞こえたんだ!いないってことは」
「でも、本当にいないんです」


困惑する大人達は焦っていた。無理もなかった。だって今日まで生き残っている生徒達は希望を持っている。それが明日になって犠牲者が現れたら絶望に堕ちるだろう。
痺れを切らしただろう1人が私に言葉を投げる。


「まさか、今まで嘘をついていたのか?」
「そんな…嘘なんて言っていません…!」
「監視カメラから確実に遠吠えが聞こえたんだ!いないってことはない!……ああ分かった、みょうじなまえ。お前が人狼だな!?」
「……っ!?」


突然のことに頭が真っ白になる。私が人狼、そう告げた者は更に捲し立てる。


「それなら最後の1人がお前だっておかしくない。仲間の狼を売って自分だけ生きながらえようとしたんだ!だがそれも終わりだ!処刑だ処刑!」


大人が私を指差すと大人達によって両腕を強く掴まれる。このまま処刑台へ連れていかれるのだろう。そして最後の人狼を拝みにきた野次馬精神を持った生徒に見られて……。


「オイ、待ってくれ」


よく知った声に顔を上げる。大人達も足を止めた。桃色の髪でツナギを着た、大切な人だった。


「左右田君……君のクラスメイトが最後の人狼だったなんて気の毒だけど、処刑しなきゃいけないんだ」
「みょうじはここ数日疲労で体調が優れなかったんだ。1日待ってくれねーか?」
「左右田君。庇ったら明日確実に犠牲者がこいつによって出てしまう。これ以上庇ったら君を疑わなければ」
「今まで確実に人狼を見つけたみょうじを処刑したら残された生徒達はどう思うだろうな?オレがこの状況を伝えたら暴動が起きて崩壊するかもしれねーぞ?」
「くっ…」


左右田君の声に顔を上げる。左右田君はいつもの表情とは違って険しい顔をしており、身震いがした。


「1日だけ待てよ。本当に人狼はいないかもしれねーぞ?」
「……」


大人は私を睨みつけながら、解放した。体調が悪いのは本当だった。ここ数日眠れなかったのが主な要因だった。


「明日犠牲者が出たら、引き回しを全教室にやってからみょうじなまえの処刑を行う」


そう吐き捨てて大人達は職員室へ戻る。そして放送で処刑は無いと告げられた。静寂を取り戻した廊下で左右田君は私の横を通り過ぎた。


「……左右田君。ありがとう」
「……」


左右田君は何も言わずにそのままどこかへ行ってしまった。寝不足のせいで頭痛と目眩がしてくる。フラフラな足取りで何とか部屋に戻り、ベッドの上で目を閉じることにした。

ノックの音に目を開ける。辺りは真っ暗なことから気づけば寝てしまったんだと理解する。壁掛け時計は夜中を示していており、またドアを叩く音が聞こえた。
夜中に誰が訪れるだろうか?その瞬間ドアの外の存在に警戒しつつドアに近づいて耳を傾ける。
しかし、聞こえてきた声は非常に聞き覚えのある人物のものでほっと胸を撫で下ろし、ドアを開けた。


「左右田君、どうしたの?」
「………」


私がドアを開けて左右田君を迎え入れると、左右田君は驚いたように目を見開きつつも部屋に入った。僅かに香水の香りが漂う。左右田君も香水なんて使うんだ、なんて思いながら使い慣れたベッドの上に座るも左右田君は私の前で立ち尽くすだけだった。私の顔を見てずっと何かを考えている。


「急にこんな夜中に左右田君の方から訪ねてくるからビックリしちゃった。夜中に来るってことは何か話があるの?」
「……ああ。あー。なるほど。そういうっこった」


左右田君は全てが分かったかのように呟いた。左右田君は意外なことに直感を信じるよりも理論的に物事を考える。それは昔からガリ勉だったからかはたまたメカニックの才能だからか……。左右田君は自分の考えを私にぶつけた。


「オメーさ、本当は"逆"に見えてるんじゃねーの?」


左右田君の鋭い瞳が私を突き刺した。左右田君の言葉に対して否定するつもりはない。


「…………うん。今まで嘘ついてごめんね」
「オレを"売らなかったんだな"。2度も」
「……売れるわけないじゃん…ッッ!」


小さく叫ぶと一気に涙が溢れ出る。心からの慟哭に耐えきれずに我慢していた涙がボロボロと頬を伝って床へ落ちていく。左右田君は驚いて私の近くまで駆け寄ってくれた。


「お、オイ。そんなに泣くなよ。オレは女の子を慰める方法なんて分かんねェんだよ」
「ごめん、つい。どうしてもあのとき左右田君は守りたかった」
「そんなことしたから明日はオメーが処刑されることになったんだぞ」
「だって、左右田君は私のことを邪険にしないで聞いてくれた優しい"人間"だよ」
「みょうじ……」


左右田君は私の言葉に目を伏せる。きっと私の病に気づいていた。恐らく学級裁判が始まった初日の夜に。


「初日の夜、覚えているか?」
「うん。もちろんだよ」
「あのときオレはオレでなかったのにオメーはハッキリとオレの名前を呼んだ」
「……そうだったね」
「そのときオレは死ぬんだって思っちまった。オメーに指名されて処刑されるんだって思って怖くて逃げ出した。結局逃げられなかったんだけどよ」
「そうなの?」


涙が零れ落ちながら左右田君の話を聞く。左右田君は小さく頷いて窓の外に目をやる。でも外は霧のせいで全然景色が見えなかった。


「まだ仲間がいたからな。仲間を裏切ったら死ぬよりも辛いことを強いられるんだ。逃げても必ず捕まえるヤツらなんだ。でもみょうじ、オメーはオレを処刑しなかった。オレの存在を黙認したんだ」
「…うん」
「最初理解出来なかった。もしかしたらあの夜は思い過ごしだと思ったんだが、今日の1件でまたオレは助けられた。
みょうじ、何でオレを助けて処刑されようとしたんだ?」


分からないと言っているように聞こえた。左右田君は私の目を見て答えを欲している。それならと左右田君に叶わない告白をすると決意した。


「左右田君が、好き、だから。好きな人がいるって知っているけど、最期に思いは伝えさせて」


左右田君は私の告白に頬が緩んだ。学園生活でも彼の表情は誰が見ても分かりやすかった。良いことがあったかのように微笑んでいて、ついこっちまで笑みを溢しそうになる。
その幸せそうな顔が好きなんだ。
左右田君は私の方まで来て何も言わずに私を抱きしめてくれた。左右田君による肯定の意だった。フラれるつもりで告白したのに思わぬ返事にこっちの方が驚いてしまった。


「どうして…?」
「オメーが告ったからだろ?オーケーってことだよ」
「だってソニアさんは?」
「……明日はオレの正体が分かっちまう。オメーを庇うことになってな。そうなったらソニアさんやあいつらはオレのことを人間として見てくれなくなる。ソニアさんにフラれることより恐ろしいことなんだよ、かつての味方が敵になるってことが」
「……庇わなくても良いのに」
「そうなったらオレの良心が痛むんだよ。ソウルフレンドでしかもオレのことを好きになってくれたヤツを見殺しに出来るかよッ」


左右田君の声が僅かに震える。こんな状況なのに、幸せを感じる自分がいた。
窓をふと見ると霧の隙間から僅かに夜空が見えた。紫色の空に浮かぶ満月はとても赤い。他の人達にはこの満月はどう見えているのだろう?今まで不気味で恐怖を感じていた赤い満月がこのひとときだけ美しく思えた。朝日が昇ったときには私はもうこの世界には。ああ、大切な彼を置いていくのは嫌だな。


「死にたく、ないな」
「ここに2人残っているだけでどちらかが死ぬんだ。一緒に逃げるぞ」
「本当に?」
「ああ、マジだ」
「……ありがとう、嬉しい」


ぎゅっと左右田君の体を抱きしめると左右田君の大きな手が私の頭を撫でてくれる。


「仲間を失いかつてのダチも失ってオレは孤独になる。それでもこの先もオレの味方でいてくれるか?」
「もちろん。死ぬまでずっと……じゃなくて、死んだ後もその先も永遠に愛しているよ」
「………女の子にこんなこと言われるの初めてだし、スゲー嬉しいぜ」
「左右田君、私のことは….?」
「オレも。オメーと同じく永遠に愛してやるぜ」


行くか、と手を差し伸べられる。左右田君の手を強く握りしめるとその手を楽々と彼に持ち上げられ、お姫様抱っこにされる。


「じゃあ、行くぞ」
「うん」


全開にした窓の方を向くと体が浮き、一気に強い風が髪をそよがせる。
窓を飛び越えると凄まじい速さであっという間に霧だらけだった学園から抜け、夜の街を駆けていく。街灯しか明かりがないとはいえ街を走るなんて大胆だなぁなんて彼を見つめた。

左右田君がとてもカッコよく見えた。友達の前では調子良くて、お茶目で怖がりなところがある。"そう演じる彼が、他の誰よりも人間らしい"
この先、私も左右田君も本当の正体を隠して生き続けるだろう。誰かにバレてしまった時点で孤独になるのは考えるだけで明白だった。特に希望ヶ峰学園の者から逃げ続けるのが大変だろう。万が一彼が死んでしまうことがあれば私は……。
……やめよう。ここまで考えてしまうと余計にネガティブな気分になる。今は左右田君と共にいれることの幸せを噛み締めていよう。朝日が昇るにつれ、事の事態に気づいた人間が私達の幸せを阻むそのときまで。


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