光ることのない信号機、弛んだ電線、コンクリートの道路は所々が陥没している。少し歩けば海があり、線路は海に浸かって錆びていて、電車は線路の上に佇んでいるけどタイヤが全て外れ、もう乗り物としての機能を果たしていない。
私達はフィールドワークで海沿いの街にやってきていた。ただここは立ち入り禁止区域で希望ヶ峰が国に許可を取っての調査だ。
昔は栄えていた街が今はゴーストタウンだ。
普段なら入れない場所にやってきている私は少しだけわくわくとしていた。


「よお、みょうじ!捗ってるか?」


建て付けの悪い扉をやや強引に開けた左右田先輩は気さくに話しかけてくる。


「んー…分からないことばかりで」
「どこがだ?」
「沢山ですよ!この街、道路や線路はもう機能を果たしていないのに…この駄菓子屋さん含め、お店や家は崩れていないんです」


不思議な街だった。
道路なんて気を抜いたらヒビが入った所に引っかかりそうになるし、線路はほぼ海の中だ。線路の上にある電車も1両を除けば海の中に入っている。
それなのに建築物はそのまま崩れていない。勿論十数年前から立ち入り禁止になっている故に中はカビ臭いが、それは外見からは感じさせないほどに、内装は比較的綺麗だった。
地震等の災害で立ち入り禁止になった訳ではなさそうだった。


「それを調べるのがオレ達だからな。こっちは海を調べたけど異常ナシだ。そーなると汚染物質があったってのも考えにくいな」
「…本当に何なんでしょう」
「予備学科のヤツらは躍起になって調べまくってるぜ、何かがいるってな」


何か、ねぇ…。この地域周辺にまつわる伝承を調べたものの、当てはまるような妖怪や生き物はいなかった。
立ち入り禁止区域だから人の手が入ってると思ったけど、それにしたってこんな良い街がゴーストタウンへ変貌した理由が分からない。不気味だ。


「みょうじってそういうオカルトは信じるのか?」
「え?……うーん。オカルトはちょっと。またこの世界には新種の生き物はいるんだなって…そう思っています」
「生き物に関してはそっちの方が知ってるだろな、因みにオレはオカルトは信じねェ!」


言いきった先輩の顔はどこか誇らしげだ。先輩はもしかしてオカルトとか都市伝説は好きじゃないのかな。そう考え込んでいると、先輩は私を見て僅かに目を泳がせる。


「いやぁー、別に幽霊が怖いとかそんなんじゃねーからな!」
「あ……」
「ま、この話は置いといて。フィールドワーク来てくれてサンキューな!オメー何だか来なさそうだったから、少しヒヤヒヤしたぜ」
「いえ、どういたしまして…」


外が暑いからか先輩はワイシャツのボタンを外し、首回りを楽にしている。何だか先輩の制服姿って珍しいなぁ、先輩って実はオカルトは怖いから信じないのかな、なんて上の空になりつつも先輩に話をする。


「むしろ、気になっていたんです。自己紹介の後に先輩が部屋に来てくれてこの街の話をしてくれたとき、何というか…いいなーって思って」
「ほー、海が好きなのか?」
「海は好きですよ。ずっとこうして水平線を眺めているだけでも気は紛れますから」
「そうだったんだな。他のヤツらも気に入ってくれたし、フィールドワークの合間に海で遊ぶのもいいかもな!勿論立ち入り禁止区域外で!」
「息抜きにいいかもしれないですね。左右田先輩がフィールドワークの行き先を選んでくれたんですよね。ありがとうございます」
「へへ、そんなお礼言われるほどじゃねーって。オレの研究も捗るし」


研究?そういえば超高校級の生徒は研究することもあるって聞いていたな。失礼だけど外見からして研究しない方だと思っていた。


「研究ですか!どのような内容ですか?」
「………」


左右田先輩の一瞬曇った顔が目に映り、背筋が凍った。まずい、もしかして聞かれたくないことだったのかもしれない。
どうしようと内心慌てていると先輩はいつも通りの表情に戻る。


「心理の研究だ」
「へ、心理?」
「意外だろ?メカニックが心理だなんて。だから言うの恥ずかしくてな…」
「そ、そんなことないです!確かに意外でしたけど良いことだと思います!」
「そうかー?内心笑ってねーよな?」
「笑ってません!」
「…サンキュ。研究が捗ったらオメーにも少しだけ教えてやるから」
「本当ですか!左右田先輩の研究が知れるなんて嬉しいです!」
「ヘヘッ、盗用すんなよ?」
「しません!」


そんな言葉のキャッチボールを交わしつつ、先輩は海の方へ調査しに戻った。
駄菓子屋さんの中をあらかた調べ終えた頃ふとある物が目に映った。

お菓子の宣伝看板だ。昔懐かしの駄菓子の看板が壁の上部に貼られている。ただ古いからか所々が色あせ、色落ちしてて見にくくなっている。ラムネ瓶を模したプラスチックの容器に入った可愛い色のラムネ菓子の看板を見て懐かしく感じた。ああ、そういえばこのお菓子小さい頃好きだったなぁ。そうしみじみと感じたとき、

ズキリと私の後頭部から音が聞こえた。


…………


駄菓子屋さんは活気付いていて私と同じ小さい子達が自転車を沢山停めてわいわいと楽しんでいる。小さいカップ麺を食べたり、チョコレート片手にゲーム機で遊んだり、とても楽しそう。
でも私はみんなとはちょっと違う理由。明日は遠足。握りしめていた500円玉を持って、ぎっしりと陳列されたお菓子を見る。お母さんから貰った500円玉がとても大きく見えた。

グミと大きい飴玉、チョコレート…好きな物を小さいピンク色のカゴに入れていった。習ったばかりの算数を頭の中で必死に計算していると駄菓子屋のおばちゃんと1人の男の子が会話をしていた。どうやらくじ引きをしていたみたいで男の子は目当ての物が取れなかったみたいで悔しそうにしていた。
くじ引き楽しそうだなぁ。そう思いながらおばちゃんにお菓子が入ったカゴを差し出し、お金を払うとお釣りは丁度くじ引き1回分だった。


「私もくじ引きしたい」


いつもはくじ引きなんてしなかった。好きなお菓子を買うだけだったけど何だかしてみたい気分だった。お金を払うとおばちゃんは快く箱を私の前に置いた。手を箱の中に入れる。わさわさと紙が沢山あって手先が少しだけくすぐったい。その中で決めた1枚だけ取るとおばちゃんは感嘆の声を上げた。


「それは大当たりだね」
「えっ?」
「簡単に大当たりを当てちゃうなんてすごいねぇ」


数字が書かれた紙と引き換えに小さいロボットが私の両手の上にある。見た所ラジコンかな。確かにすごい物を当ててしまったみたい。お菓子が詰め込まれた白い袋の中にロボットを入れようとしたとき、声が聞こえた。


………


「みょうじさん?みょうじさん?」


何回か聞こえる声に振り向くと私と同じようにフィールドワークをしているメンバーが1人いた。私と同い年の予備学科の子だった。


「どうしたの?上を見て考え込んでいたみたいだけど」


どうやら私は看板を見て立ち尽くしていたようだ。仲間に心配されてしまった申し訳なさが相まって何回か謝る。


「ごめん、色々考えちゃって」
「気分悪くなったら誰かに言ったほうがいいよ。カビだらけの所にいたら気分悪くなるし」
「うん、ありがとう」


仲間と一緒に立ち入り禁止区域外の近くにある旅館に戻りながら、頭を抱える。さっきの夢は何だったんだろう。音がした後頭部を触ると特にタンコブが出来ている様子はない。まさか私はいつの間にか立ちながら眠っていたのだろうか。あり得ない話だけど、ここ最近のストレスや疲れの量を客観的に考えると可能性は少なからずある。
旅館に着くと仲間の子は温泉に入ると言ってすごい速さで旅館の中へ入った。私も続こうと中へ入ろうとしたとき、何かが聞こえた。
音がする方へ振り向くと何かの機械音がなっている。何だろう、と興味本位で旅館の駐車場の方へ行くと見覚えのある人物がそこにいた。


「おっ、みょうじお疲れ」
「左右田先輩、何をしているのです?」
「あー、アレだよ。メンテナンス」


ほら、と先輩が指差した先には自動車があった。まさか車の整備を先輩が…?そういえば先輩はさっきの制服姿ではなく黄色のツナギを着ている。初めて見る姿だ。


「先輩がやっているんですか?」
「おう、電気自動車の調子がおかしいんだと旅館の人から言われてな。機械弄れるし見てみるかーって言ったんだ」
「こんな暑い中フィールドワークもして、研究もして車も見るんですか?」
「大変だけどな!でもやっぱこういうのを引き受けないとメカニックの名が廃るし、実際車弄れるの楽しいからオレは満足してるぜ?」


太陽が照りつける中、汗を垂らしながらボンネットの中を探る先輩は様になっていた。先輩は沢山のことに取り組んでて憧れる。超高校級のメカニックの性というものなのだろうか?
ここでボーッとしているのも何だか嫌なので、一言声をかけてその場を離れる。
私が向かった先は旅館のロビーの隅っこにポツンと存在する自販機だ。
今ではあまり見かけない瓶の自販機にお金を入れて瓶を2本取り出す。自販機の横に紐で括り付けられた栓抜きを使って爽快感溢れる音を2回鳴らした後に先輩の元へ駆け出す。


「先輩、どうぞ!」
「おっ、瓶ラムネじゃねーか!サンキュ!」


左右田先輩は驚きつつも笑顔を見せ、瓶ラムネを受け取ってくれた。夕方とはいえまだ気温が高い外で飲む冷たいラムネが体の中へ入り込み、とても気持ちいい。


「みょうじってラムネ好きなのか?これって自販機のだろ?コーラとかオレンジジュースとかあったと思うけど」
「え、ええと、何ででしょう。確かにラムネは好きですけど、選んだのは直感でしたね」
「直感か…目に映ったとかではなくてか?」
「…はい、一通りラインナップを見てラムネにしましたね」
「……そっか」


先輩は私と一通り話した後に残りのラムネを飲み干し、足元に瓶を置く。


「ん、…….みょうじさ、ちょっと頼まれてくれないか?」
「何ですか?」
「オレの足元に鞄あるんだけど、ライトを照らしてくれねーか?日が落ちると奥の部分が見えにくくてな」
「勿論ですよ!」


飲みかけのラムネを飲み干し、先輩の鞄からライトを取り出してはボンネット部分に照らした。先輩の顔をこっそり覗き見ると嬉しそうにボンネットの中のエンジンと向き合っていた。車に詳しくないから先輩が何をどうやっているのか分からないけど、それでもつい見つめてしまう。
指部分が黒くなっている軍手をつけた先輩の手が部品に触れ、工具を使ってメンテナンスをしていく。ただボーッと見つめながらライトを照らすしかなかった。
先輩の腕や手が意外と筋肉質なんだなって惚けながら、ライト照らし係になっていた。


「ホントありがとな、オレの為に色々してくれて」
「気にしないでください!」


メンテナンスも無事に終え、瓶を持ちながら旅館の中に入る。左右田先輩は旅館の人にメンテナンスのことを、私は左右田先輩と飲んだ瓶2本を自販機の横に置いてある回収箱に入れた。
ロビーでウロウロしていると左右田先輩がこちらに歩いてきて声をかけてくれた。


「あのよ、これから予備学科のヤツらと飯だけど、オレ流石にコレだからさ…後で行くって言ってたって伝えてくれないか?」


そう言って左右田先輩はツナギを見せる。確かに車のメンテナンスしてたからか軍手だけじゃなくて黄色のツナギが所々黒くなっている。


「了解です、伝えておきますね」
「おう、オレは温泉入ってからにするぜ」
「いいですね、温泉入った後のご飯は絶対美味しいですもん!」
「…じゃあ、一緒にくるか?」
「…えっ!?」
「……くっ、ハハハッ、冗談冗談」
「や、やめてください!」


先輩は耐えられずに声を出して笑いながら手を振って一旦その場を離れる。
さっきのメンテナンスのときの先輩とは別人だ。
…とはいえ、さっきのお誘い文句(からかってるだけなんだろうけど)に少しだけときめいてしまったのがものすごく悔しくなった。
あーもう、先輩に振り回されてばっかりな気がする。きっと疲れているんだなぁと思いながら私はひとまず自分の部屋に戻ることにした。


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