「ぎにゃあああああ!!!」 「っ!?」 地上を照らす太陽の光で日向ぼっこしていると急に叫ぶ男がいた。 叫び声に思わず海に飛び込む。誰かに見られたことはないのに初めて見られちゃったな。 …一体私の姿を見た男はどういう人なんだろうか。その男のことが気になったし、何より叫び声からして弱そうな奴だ。ちょっと脅して口止めすればいいだろう。 私はイルカのように強く水を蹴って高く跳ね飛ぶ。ああ、一度はやってみたかったんだよね。こういう地上に出て飛びながら舞うのは。 飛んでる最中に男を横目に見ると信じられないといった顔ではあるが、僅かながらも目を輝かせているようだ。 そして水中にしばらく潜った後、浅瀬近くまで泳ぐと男は情けない声を出す。 「な、な、な、……人魚ォォ!?」 「困るなぁ、誰か来たら困るんだけど」 「いや、でもよォ、これオレ死ぬんじゃ…」 「とりあえず黙っててくれたら死ぬことは無いって。黙らなければ水中に引き摺り込むだけなんだけどさ」 そう吐き捨てると男はひぃぃと声をあげて尻餅をついた。 …まいったなぁ、初めての人間がこんな弱気な男か…。とりあえず捕まえようとは思ってくれないだけマシな人間かもしれない。 「ねぇ、とにかくこのこと秘密にしてよ?」 「は、はい、何でもしますから命だけは…」 「そーか、何でもか…それじゃあねぇ…君の名前教えてよ」 「左右田、…左右田和一」 「律儀にフルネームありがとう。そうね…私はなまえって言うんだ。君が良かったらたまにここに来て人間について教えてよ」 それから左右田ってやつに会うのが楽しみだ。あいつは色々と面白い人間関係を持っている。 「へーえ、君に好きな人がねぇ。どんな人間だ?」 「それはもう言葉に出来ないくらいの美女だ!外国の王女様だぞ?」 「ふーん」 「ふーんってなんだよ!ああもう、オメーが人間だったら紹介してやりたいぜ」 「残念だけど君以外の人間には見られたくないからね。何せ君の話によると人魚を食べると不老不死になれるという昔話もある。物騒だね、見られたら捕らえてどこか見世物水槽に運ばれるんでしょう?」 「ん、まぁ…確かにな」 「自由は奪われたくないからね、でも左右田とは沢山話したいよ」 「へへっ、それで口説いてるのか?ダメダメダメだ!オレには」 「ソニアさんって子がいるからダメ、ってこと?」 「だぁーーっっ、オレのセリフ!」 「ふふ、やっぱり面白いね」 左右田と別れて海の底へ潜る。すると右方向からズンズンと泳ぐ魚が見える。 「よぉ〜なまえ"姫"。また地上で人間と話していたのか?」 こいつはここらの海で強い権力を持つサメだ。他の魚が恐れる存在である。 人間に会った、なんて他の人魚に言ったら怒られるけどこのサメだけは誰にも口外しないから今や相談相手である。 「うん、アイツは私のことを喋らないから大丈夫さ」 「俺もそいつは見てるからよく知ってる。…だが、そいつの所属している所が厄介なんだな」 「…所属?」 そういえば左右田のやつの人間関係はすごいものだったな。私と同じ一国の王女がいれば有名なアーティストや写真家、はたまた極道までいるんだとか。改めて考えると確かに左右田はどこの人間なのだろう? 「いいか、アイツは制服こそは着てねぇがあの希望ヶ峰学園の男だ」 「……っ!?希望ヶ峰学園!?」 サメの低い声は他の魚からしたら怖いだろう。だが私からしたらその声は心配しているかのような優しい声だった。 希望ヶ峰学園…世界中のありとあらゆる物を研究する機関だ。その為に世界中から才能を持った人間の高校生を集めて育成する所…。 そう、ありとあらゆる物。それは人間達からしたらあり得ない存在も調べる。宇宙人などの未知の生物や私達のようなおとぎ話に出てくるような存在のものまで…。 「なまえ姫のことだから人魚については何も言ってねーよな?」 「…人間は私達のことを食うと不老不死になると言われる…ということしか言ってない」 「それなら大丈夫だ。……だが、なまえ姫が口止めしたってあの男は危険だ。希望ヶ峰学園に所属している以上アイツがいずれお前を捕らえて研究するだろう」 サメは鋭い牙を見せながら私を喰らうフリをする。フリなのにまるで人間に捕らえられたかのような恐怖が襲いかかってくる。 「その為にアイツは弱気のフリをしているかもしれねーからな」 「だ、だけどアイツが…」 「オイ、お前の為に言っているんだ。なまえ姫は他の人魚とは違って体の再生能力が備わっている。もし不老不死の為に食べられて再生能力で体を再生したとしても…お前は捕まったら人間に食べられる痛みを永遠に味わっていくんだぞ? しかも人間とは特殊な嗜好を持つやつもいる。…お前を性的な目で見るのもあり得る話だ」 ぶるっと寒気が止まらず、白いベールで出来た薄い上着の袖を自分で掴む。そういえば左右田と話していたときも、「人魚って貝殻をつけてるんじゃねーんだな」と唐突に言われたことがある。 人魚だって人間でいう服がある。人間のよりは薄いのだけれども。 どうやらおとぎ話の世界での人魚はどうも私達よりも露出が多すぎるようだ。 「…分かったよ、私の方から近づいたりはしない」 「ああ、海では偉い存在のお前に何かあったら海は大変なことになるからな。なんなら代わりに俺が海の王になってもいいぞ?」 「君が?物騒な世界になりそうだよ」 「くくく、言うと思った」 サメはこれ見よがしに自身の牙を出した後に自身の縄張りまで戻った。 私も人魚が集まる海底の城に帰り、人間である左右田のことを考え続けていた。希望ヶ峰学園…もしかして左右田は私の存在について何か言ってしまったのだろうか。また会うとは言ったものの、次会ったときには私は料理にされてしまうのかな。 「………左右田」 ポツリとアイツの名前を呼んだ。 浮かぶのはアイツの様々な表情と仕草。表情をコロコロ変えて忙しいやつ、なんて笑ってたけど今やそれが見られないとなると唐突に胸がチクリと痛む。 まさかだとは思うが、人間相手に恋をしてしまったのかもしれない。同じ種族の人魚にさえ抱かなかった感情を抱いている。 しかも恋をしている人間にだ!相手は一国の王女様…一応私と同じ国民の上にたつ人間のようだが…。 そこまで考えて自分は愚かな思考をしてしまうことに溜息を大きく吐いた。 私は馬鹿なやつだ。恋をしているやつに恋をしてしまったようだ。種族の違う恋だなんて海の世界でも聞いたことがない。あるのは人間界での妄想で作られたおとぎ話くらいだろう。 明らかに現実味のない考えだった。 「…忘れてしまえばいい。こんなの一瞬の気の迷いだ」 そう声に出して言い聞かせながら眠りにつく。 それでも思い出すのは今日の左右田との会話内容で忘れることなんて出来なかった。 |