「姫様、最後の方々が出発されました」 「うん、ご苦労様。シロイルカは元気そうにしていたかい?」 「はい、お変わりはありません。ですがやはり姫様を心配していましたよ」 「ふふ、シロイルカらしい。ここらの海のルートはイルカ達が詳しいから頼んで正解だったよ」 ここ数日は忙しい。即位式に行った私のスピーチのせいなのだが。 勿論賛否両論だった。何せ人間達と戦うことを選んだから。 人間と全面的に戦うのではなく人間達に知ってほしかった。私達は人間と同じように感情や心を持っていること。人魚は人間の食材ではないと。知ってほしいがために少し抵抗するだけだ。 …なんて勝手なわがままを言ってしまった。戦いたくない、戦争なんて嫌だという者にはここから少し遠い平和な海へ事前に避難していった。シロイルカに頼んだのはこれだ。シロイルカは船の音とかの聴覚が私達人魚より優れている。人間に見つからないように行っているだろう。現にシロイルカのルートで襲われたなんて報告は一切聞いていない。 私の公務机の前で佇む側近に声を掛ける。 「…逃げなくてよかったの?」 「はい?」 「ここは危険な場所になる。怖いでしょ?」 「小さい頃から姫様を見守っているのですよ、ここで逃げるなんて勝手な行為です」 「そんな私の為に…」 「いいんですよ」 ニコリと笑顔を作る彼女と目を合わせる。決意を固めた表情にお節介な言葉は消え去った。 「…ありがとう」 不意に溢れた言葉を呟くと側近は会釈をして公務室から静かに出て行った。 「なまえ姫、準備はいいか?」 すれ違うようにサメが入ってくる。くるくると回りながら狭い扉をすり抜ける様は少し滑稽だ。 「うん、みんな準備が整ったなら向かうよ」 「前々から引っ込んでろって言ったのに」 「私だけ見守る訳にいかない。言った以上責任は重いんだから」 「何て好戦的な姫様だ!…まあなまえらしいがな」 サメは鋭い牙を光らせ、私の一歩後ろからついていく。 大丈夫。人間共も分かってくれる。そう言い聞かせながら震える手を合わせた。 …… はたして奇襲とも取れる人魚達の攻撃は成功した。 人魚達は溜まった思いを吐き出すように動き出した。戦闘準備してなかった人間の抵抗なんて大したことなかった。 船に傷をつけただけで人間の命まで取らなかったが、この事件は世界中の人間共に広まった。 ただでさえ関係が悪化していた、命の取り合いになるのも時間の問題だった。 数日はこちらが優勢だった。人魚達にしか知らないダイヤモンドよりも硬い鉱物で作られた武器や防具が私達を守ってくれた。 その中で何回も声をあげた。人間の食材なんかではない、と。その声は無残にも掻き消されてしまった。 人間共は日を追うごとに更に強い武器をこちらに向ける。そのせいで何人もの人間が、人魚が命を落としていった。 「…なまえ、無理だ。人間はもう話が通じねぇ」 「……吐き気がする。最早誰もが私達を食材だと思ってるのかって」 「人間を噛み殺したサメでさえも人間からしたら高級食材だってさ。もう人間に理性はない」 城の中にいた多くの人魚も半数近く減っていた。みんな、例外なく人間に捕らえられて食べられてしまった。 一時期は私が身代わりになって戦争を終わらせようと強く提案したこともあった。 再生能力を持った自分なら誰もが被害に遭わないと。それに人間達の要求は『再生能力を持つ人魚』だ。 つまり私だけ表に出れば全てが終わる。 しかしその提案はすぐに反対された。私以外の人魚やサメ率いる魚達に。 「お前は凄いやつだ、お前の為に忠誠を誓うやつもいたくらいだ」 「食べられてしまったやつの分まで戦わなければって思うがあまりに多勢に無勢だ」 「なぁに、お前が生きればいいんだよ」 サメだって無傷で済んでいない。ニヤリと笑うサメの口元は1本の大きい牙が取れている。尾ビレも人間にやられたのだろう、一部分がなくなっていた。 私のそばにいた側近も今いる人魚も疲労と精神が削られていく。自分がこんなことを言い出したばかりに迷惑をかけ続けてしまう。 だからって自分を身代わりにしようとしたら全員が引き止めるのだ。 一体どうすれば終わるのだろうか、頭を悩ませていると爆発音と共に城中が大きく揺れた。 「て、敵襲!人間が"センスイカン"という乗り物に乗ってきました!」 慌てた声を聞いて立ち上がる。公務室から外を覗くと小型の鉄の乗り物が3隻ほど見えた。城の場所を特定してきたようでこちらに眩い光を向けてくる。 「姫様!」 雪崩れ込むように側近が駆けつけてくる。緊迫した中でサメの目はぎらりと光り、側近と目を合わせた。 「よし、姫。行くぞ」 「応戦しないのか?」 「いえ、姫様だけお逃げください。この城に姫様がいないと分かればすぐに引き返しますわ」 「そういうこった、あいつらはお前だけ狙ってるんだからな」 「それでもみんなを残すわけには」 「大丈夫です、姫様。私達は負けませんわ」 そう言って軽く私の手を取って握りしめる。僅かに震えていたその手を握り返した。 本当は怖い筈なのに。それでも私のことを気にかける姿は誰よりも強かった。 「…ごめん、ずっといれなくて」 「いいんですよ」 お気をつけて、という言葉と共に側近は衝撃音がした方へ行ってしまう。私はその後ろ姿を見つめながらサメに背ビレを掴まされて窓から出た。 衝撃音が城から響き渡る。それは遠く離れてもドンと振動が伝わってくる。 残された人魚達は大丈夫だろうか、鮫肌に縋りつくように抱きしめた。 「…マズイ」 ボソリと呟かれたサメの言葉は私の不安を掻き立てられた。だけどここで慌ててしまってはサメを余計に不安がらせてしまう。いつも通りに振る舞う振りをする。 「どうした?」 「何かが近づいてくる」 「センスイカン、ってやつ?」 「恐らく。それはセンサーか何かでここまでついてきたのだろう」 「海の中ならこっちがよく知ってるさ。上手く巻いていこう」 サメは一瞬だけこちらを一瞥した後に海の中を掻き分けるように泳いでいく。流石のスピードであっという間に距離は離れていく。 後はどこかの岩陰に隠れるだけ。水流に逆らいながら進むと不穏な音が背後から聞こえる。 「なまえッ上へ行け!」 サメの荒げた声に上へ登るように泳いだ瞬間、真下の海底が光り輝いたかと思うとそこから押し潰されてしまいそうな程の衝撃波が襲いかかる。 「…ッッ」 爆発を避けたはいいものの、爆発と共に出た水中での衝撃波をまともに食らってしまい吹き飛ばされてしまう。 サメも間に合わなかったみたいで私とは別方向に吹っ飛んでしまう。 不気味な鉄色のセンスイカンが私の方へ迫ってくる。近くで見るとかなり大きい。クジラのような大きい鉄の塊にちょこんと小型のものがぴったり寄り添うようにいた。 人間どもはたかが私だけの為にこんな大きい乗り物に乗ってくるのか。こんなの相手じゃ自分がどうしようと崖っぷちの状態から変われるはずもなく、力のない笑みを浮かべた。 衝撃波のせいで動こうとすると体中に痛みが駆け抜ける。私の再生能力を持ってしてもここから逃げるには時間がかかりそうだ。 大きいセンスイカンから無機質な細い3本指の機械の手が私の方へ伸ばしてくる。ジワジワと伸ばすその手は機械の癖に喜んでいるようにみえた。 …ああ、もう終わりか。ここまで体が動かないってなると手のつけようがなかった。さあ人間どもは私をどう料理するのだろうか。どんな生き地獄を見せてくれるのだろうか。 どんなに覚悟してても強がってても手の震えが止まらない。怖い?怖いけどこうしてないと自我が壊れそうだ。 地上の世界に連れて行かれるのなら、せめて……。目を閉じて迫りくるであろう感覚を待った。 「……?」 手や尾ビレに違和感を覚える。 私達人魚は人間や魚のどんなに小さい動きでも水中の揺れによって伝わる。実際私を捕らえるために大きな水の揺れを感じた。 …のだが掴まれている感覚がない。 不審に思いながら恐る恐る目をゆっくり開いた。 目を開けた瞬間、何が起きたのか分からなかった。 「…………??」 私を捕らえようとした3本指の機械の手は動かなくなった。いや、動けないのだ。その手は小型のセンスイカンを捕らえている。いや、小型のセンスイカンを"捕らえさせている?" 何が起こったか分からないけどチャンスだ。 僅かな時間ではあるが再生した体を使ってセンスイカンから離れる。 メリメリと小型センスイカンが潰される音が生々しくて耳障りだったが。 あてもなく海中を彷徨う。 見つからないように静かに息を潜めながらサメを探す。 「……あ」 大きい岩陰の向こう、何かが海面へと泳いでいくのが見える。大きさ、シルエットからしてサメに違いない。 良かった、生きていた。考える間もなくそのシルエットの方へと向かっていく。 「良かった、生きて………」 近くへ寄る度に私の頭の中が真っ白になっていくのが分かった。 何かの血が流れている。そしてサメの背後から何匹ものサメが物欲しそうに見つめながらついてくる。 サメは何かを背ビレに抱え海上へ上がろうとする。私と目が合うと声を荒げる。 最初はサメが血を流していると思っていた。いくら強い魚であってもあの爆発で怪我は負うから。なのに血が流れているのはサメではない。 「おい!後ろのこいつら止めるから左右田を連れて行け!急がないと死ぬぞ」 大怪我を負った左右田を受け止める。どうして。そんなこと考えずに海上へ連れて行く。 太陽の日差しで輝く海面へ飛び出す。 海のど真ん中に出たのだろう。周りの騒音は聞こえない。戦争なんて無いのではと思わせるような穏やかな海だった。 左右田は意識を失っている。頭や体中が傷だらけで血が所々流れては海の中へ消えていく。そうか、この血の匂いで他のサメが来ていたのだろうな。 体の中へ空気が流れるように、左右田を海の中へ沈ませないように抱え込む。体のひんやりとした冷たさが余計に恐怖心を駆り立てられる。早くどこかの砂浜にあげないと。左右田を抱え込みながら海上を泳いでいく。 「……」 「…左右田?」 「いや、俺だぜなまえ姫」 背後から聞こえた声は左右田ではなくサメの声だった。 「サメか」 「この先に無人の孤島がある。そこまで行くぞ」 「何故左右田を助けてくれたんだ?あまり好きじゃなかっただろう」 「…姫を助けてくれたからな」 「どういうことだ?」 私の問いにはぁと溜息をつきながらサメが話したことは信じられなかった。 サメは人間の仕掛けていた爆弾により吹き飛ばされてしまった。私に伸びる機械の手を止めるには距離が長すぎる。そんなときだ。小型のセンスイカンが機械の手を止め、私を逃がしてくれた。そこまではサメも理解出来たらしい。 メリメリと鉄が剥がされ、センスイカンが破壊されていく中、1人の人間が乗っていることに気づいた。 「それが左右田?」 「…ふん、弱気な人間だと思いきや勇気ある人間だったな。…だが負った傷がデカすぎる。その傷はセンスイカンの破片が刺さって出来たものだろう。 それに海に放っておいたらお前が怒るから連れてってやった」 「…サメ。ありがとう」 「しかし、どうするんだ。戦争があっちゃコイツは帰れねーだろ。敵を助けた奴って思われるだろうし」 見えてきた小さい孤島の砂浜に左右田を横にする。気道を確保して人工呼吸を行う。海の中でサメが暴れている水音がするが気にしない。 「あー、もう、なに、してんだ」 「動揺しすぎだよ、あくまで救命だし。…サメ、人魚の"魔法"使っていい?」 「…はぁ、やっぱりそれか。あまりそれ使って欲しくないんだが」 人魚の魔法。それは私含めて数人しか知らないもの。戦争を終わらせる最終手段だ。 「危険だって分かってるだろ」 「うん、でもサメが生きてて欲しい人間をここに誘導したってことはそういうことかなって」 「……チッ。左右田はお前を助けてくれたからな」 「実は知ってるんでしょ、左右田の人の良さってやつを。さあ左右田の治療をしてから行こうか。サメ、噛んで」 はい、とサメの歯の前に鱗に包まれた下半身を出す。グルメと自称する人間から聞き耳立てて聞いたことはある。1番美味しくて治療効果のある部位はそこだって。 サメは躊躇していた。目をまんまるにさせて私から距離を僅かに置いた。昔喧嘩してた頃なんて噛みちぎってきたくせに。それに人魚の魔法を使うんだから噛んでも噛まなくても変わらないよ。どうせ私は生きるし。 「……そら、噛めって言われたら躊躇するだろ」 サメは大きい口を開けて噛みつく。一気に周りの海面や砂浜が放射状に私の血で染まっていく。まるでアカクラゲが優雅に泳ぐようなそんな光景が目の前に広がる。噛み千切られる感覚と赤い血でくらっと目眩がした。思い切り噛みついてくれたのが救いか。痛みは自己再生のお陰で僅かに引いてきたはものの、動きが鈍くなってきているのが分かった。 「……刺身ってやつは血抜きがいるんだっけか?」 「お前、そこまで左右田を」 「人間の見様見真似だ、不味かったらごめんね」 流石に血の気が引いてくる。出血しているのもそうだし、自分の血肉を人間に食べさせる行為は精神をじわじわと攻撃してくる。 意識を失っている人に物を食べさせるのは難しい。なら小さくすれば良いのだろうか。口の中に私の刺身とやらを入れて小さくする。…こんなものを好んで食べる人間は異常なのではないだろうか。非常に不味い。人間の味覚と人魚の味覚の違いを思い知らされる味だった。 いや1番狂ってるのは自分なのかもしれない。 そっと口移しで食べさせていく。窒息しないようにゆっくりと流し込んでいく。…これで少しは良くなるだろう。再生能力を持つ私を最初に食べた左右田は運が良いな、と小さく笑いかけた。 「…さて行こっか」 「やけにご機嫌だな、これから魔法を使うっていうのに」 「魔法とは言い方が可愛いけど、実際は人間すらも殺せる兵器だからね。まさか使うとは思わなかったよ」 「許可取ったか?」 「勿論、偉い私がね。サメだって私が左右田の治療しているときに他の魚にも伝えていたでしょ?」 「そらそうだ、あれは地上どころか海までも影響を与えるものだ」 左右田が眠る島から離れて海底へと潜り、岩と岩の隙間にある小さい洞窟の前に立つ。潜るくらいなら鰭が無くたって出来る…ものの力が出ない。それに気がついたサメに乗せてもらうことにした。 洞窟は私達人魚がよく知っている。かつて人間を憎んだ人魚が創り出した場所。魔法と呼ばれるくらいに凄まじい速さと威力で地上を火の海にしたとかなんとか。 今となっては小さい魚なんて1匹もいなくて海藻すらも無い寂しい場所。そして漂う危険な気配に背筋をピンとする。 「それにこの魔法を使うデメリットは対象者だけでなく使用者にも大きな威力を与えること。だから人間を憎しみながらこれを作った人魚は死んだって学んだことがある」 「人魚の歴史も意外と恐ろしいものだな。そしてその魔法をお前も使うわけだ」 「私なら再生能力があるからね。…とはいえ、木っ端微塵にされたら流石に無理。…でも終わらせるにはこれしかない。みんなが私に生きて欲しいって思っても考えは変わらない。人魚のみんながこの先ずっと戦争で怯えてるままなんて嫌だし、私だって本当は…人間に喰われ続けるのは嫌だ」 「なまえ…」 「はは、私から言い出したのにな。私が身代わりとなってみんなを助けるって。正直、みんなに止められて嬉しかったし安心した」 「…もし死んでも英雄話としてみんなに伝えるさ」 「うん、そうしてくれると助かるよ。じゃ、サメも離れた方がいい」 そう告げると静かにサメは水平線へと泳ぎだしていく。 鰭をゆっくり動かす。まだ鈍いけどだいぶ治ったようだ。その間にここら辺の魚達も避難しただろう。 洞窟の奥に手を伸ばすと何かに当たる。それは手に触れた瞬間に虹色に輝きだした。 美しい輝きだと見惚れると同時に背筋が凍る。死ぬかもしれないという恐怖のせいだろうか。手のひらしかない大きさの光が恐ろしく思えた。 これが多くの人を殺せる魔法…そっと輝く珠を取り、恐る恐る海上へ上がる。何の生物も見えない海はとても広くて寂しかった。ああ、水中には私だけだって、1人ぼっちだって思わされる。 この魔法の使い方は分からないけれど、光を包み込むように大切に持ちながら思ったことを呟く。不思議と光を見ていると自分の本当の気持ちを吐き出したくなってくる。これが魔法の力だろうか。 「…私はただ分かってほしかった。私達人魚にも心はあるって。共存の道を歩んでいきたかったんだ」 ふと空気の流れが変わったことに気づく。全方向から風が向かってくるのが感覚ですぐに分かった。 「けど、人間は何も分かってくれなかった。人魚は人間にとって食材としか思われていなかった」 空は厚い雲に覆われて天気が一気に悪くなる。私の気持ちを反映しているかのように。 波の動きも少し荒くなっているようだった。 「けど、人間だっていい奴はいる。私のことを取って食おうとしないで話し相手になってくれた。…とても大切な人だ。 だがその人間を海へ突き落としただけでなく、そいつが乗っているセンスイカンを壊したんだ。人魚に味方してくれた奴は2回も殺されかけたんだ。…私はそいつらのことが…嫌いだ」 そう呟いた瞬間、光が私の周囲を照らしたかと思えば風に煽られて大きくなった波に体を浮かされる。波は竜巻のように空へ向かうように渦を巻きその上に私がいた。 まるで浮いているような空を飛んでいるかのような景色が広がり、下に目線をやると小さくなった砂浜や人間の住む街がおもちゃのように見えた。 もちろん人間にも見えている。 海の異常を知った人間がわらわらと集まってくる。人だけでなく私を捕獲する機械まで出ている。 人間からしたらこの光景は異常事態のはずなのに未だに私のことを捕らえるのか、なんて執念深さ。 「私はね、人間を殺しはしなかった。気づいてほしいだけだったから。けど私は沢山の仲間を失った。人間の血肉となってね。人間がその気なら、こっちだって考えはあるよ」 私の気持ちに呼応するかのように手の上にある光が強く輝いて鋭い光線となり大きい機械に見事に的中した。 これが魔法か。成る程と頷いていると人間は初めての人魚の攻撃に驚いたようで砂浜から沢山の人が離れていく。 さて、ゆっくりしていられない。一気にいこうか。 「……っっ!」 声を発する前にふと声が聞こえた。その聞き覚えのある声にドキッと心が震える。 「左右田…?」 左右田が何かを叫んでいる?島の方向に目を向けると確かに目を覚ました左右田がこちらに何か叫んでいるようだった。何か緊迫した様子に、何となくだが内容を察する。 「ごめん、左右田。お前を悲しませてばっかりだ」 きっとだが、私の行動を止める為なのだろう。けどここで止まれないんだ。 最後に左右田の動いてる姿を見られて良かった。 「………」 祈りを光に込めるとたちまち辺りは真っ白になり目の前が見えなくなる。 ここからでも悲鳴や機械が壊れる音が聞こえると同時に身体中に傷が入ってくる。ズキリズキリと体の奥まで痛みが突き抜けていく。次第に大きくなっていき、耐えきれない痛みに意識を手放してしまう。 最後に思い浮かんだ人物は左右田だった。初めて私の姿を目撃した人間で弱気で何だかんだいい奴で面白くて。そんな左右田が私は大好きだ。 …… 雲ひとつない青空に朝を知らせる太陽が昇ってくる。この静かなひとときは至福のときだ。 耳を澄ませていると波を裂くような機械音が聞こえてくる。その音の主に自然と頬が緩むのが分かった。 「ったく、こんな所まで走らされるなんてオレはパシリじゃねーぞ?」 何だかんだ文句言いながらも水上モーターバイクでここまで来てくれることには感謝している。優しすぎるんだよな。 実を言うと魔法を使っても生きてはいた。あのとき死ぬ寸前まで追い込まれていたもののサメが率いてきた魚達によって安全な所へ運ばれたおかげで九死に一生を得た。 戦争は終わった。どちら側にも犠牲は出てしまった。もちろん私のことを憎んでいる人だって少なくない。けど人間の前に姿を現さなければ死んだと思ってくれる。だから私は海上へ出ることはなくなった。例外はこうして左右田が水上のモーターバイクとやらの乗り物に乗って、前に左右田を避難させた孤島にやってくるとき。 毎回乗り物酔いとやらに襲われるらしくて着いた頃には顔が青白くなっている。 「大丈夫か?」 「ぜんっぜん大丈夫じゃねーよ…」 「私でも食べる?酔いにも効くかもよ?」 「いやいやいや、食べねーって!それにもうオメーは…!」 「あのときの私のお陰で君は助かったのになぁ」 「あんときは感謝してるけどよォ、オレだって選択肢が欲しかったし」 「ウジウジ言わない。左右田がこうして生きてるだけでいいんだ」 「……お、おう」 だんまりとなる左右田がいつも通りで思わずクスリとしてしまう。 「左右田は良かったの?恨んでたりしない?だって君は幸せになるはずだったのに私を助けるために単身海底へ行っちゃって。お陰で独り身だろう?」 「ま、今思うと惜しかったかなーなんて…」 「…ごめん」 「いや、いいって。ソニアさんも無事だし。これでいいんだよ……なまえは良かったのか」 どこか哀愁漂う笑顔に悪いことしてしまったと目を合わせられずにいたものの、恐る恐る目を合わせる。私を見る目が少しだけ怖かった。 「んー、死ぬ覚悟で行ったしそれしか方法は無かったからね。その代わり再生能力は無くなっちゃったみたいで傷は残っちゃったけど」 そう。九死に一生を得たのは再生能力のお陰じゃない。いつまで経っても回復しなかった体にサメや側近達は慌てたらしい。みんなの介抱のお陰でこうして生きている。だから服の下も尾鰭もボロボロのままで美しい人魚とは言えなくなってしまった。 左右田に最初に見せたときすごい驚かせてしまって泣きそうになっていたのをよく覚えている。 「まぁ生きてるだけで儲けものだよね」 本当のことを言いながら、そう笑うと左右田は浅瀬にいる私の方まで近づいたかと思いきや、目の前が真っ白になる。 何だ何だと視界を塞いだものを取ると、白い布で可愛らしい模様が施されている。 「何だ?」 「やる」 「ん?」 「あー、その、あれだ。人間の世界の女の服だ。着てみろって」 言われるがままに服を着てみる。左右田曰くワンピースというようで直ぐに着ることが出来た。 人魚の服よりは重いが尾鰭まで隠せる長さだ。 「似合ってんな、鰭まで隠れてる。これで人目気にすることねーな」 笑いながらこちらを見つめる左右田にどこかくすぐったい感情を覚える。 驚いた。まさか私の体の為にそんなこともしてくれているのか。嬉しくて体の奥から暖かくなるのを感じる。 「…あ、ありがとう」 「…!オメーでも素直になることあるんだな」 「わ、悪い?」 「ん、そーいうとこ好きだぜ」 「………え?」 「あ」 今なんて言った?そう聞き返すと何でもねぇとそっぽを向いてしまった。私にとって嬉しい失言だ。気にしないようにしたけどやっぱり聞きたい。 「狡いぞ!浅瀬から逃げるなんて!」 「だぁーッッ!!忘れろっつってんだよッッ!」 「好きって言ったな?言ったな?」 「な、何でそんなしつこいんだよ…」 「……私もね、左右田が好きだよ!」 「は、はぁああ!?」 思い切って告げた言葉はよく通ってしまい照れるものの、私より顔が赤いのは紛れもない左右田だった。 「だからさ、左右田が良ければまたここに遊びに来てよ。あっ、乗り物酔いが嫌か」 「……」 「左右田?」 「オレ、魔法使いになるわ」 「は?」 急に何を言いだすのだ。予想外の声に目を丸くした。左右田は結んである三つ編みを弄りながらボソボソと口を開いた。 「前に話した童話みてーに、オメーを人間にする薬を探してきてやる」 「…え?それは架空の話だって」 「架空って伝えられていた人魚がいるくれーだ。魔法だってあった。まぁアレは兵器だったけれどよ。なら人魚を人間にすることも可能性はあるだろ?」 そんな話、噂でも聞いたことがない。それなのに目の前の人間は本気にしてる。私を人間にする為に。不意をつかれてしまい、口角が上がってしまう。 「…左右田は一国の姫を人間にさせるのか」 「あ、まぁー…」 「何だ、弱々しい声出してさ。本当に見つけてくれたら、なってもいいよ。こっちも世界中の海を探してみるからさ。そのときは周りの人魚やサメに説得を試みるさ」 「…サンキュ。頑張るわ」 「それまでは来てくれよ?介抱はしてやるからさ」 「うっ…分かったって。なら今日の介抱頼むぜ?」 「んっ!?」 伝わる温もり。息が思わず止まってしまうほどの抱擁に動揺を隠すことが出来なかった。左右田の癖に。何でこんなにも私の心を惑わせてくるんだ。 …やっぱり大好きだ。目の前の彼の耳元で呟くと、ああと短い言葉だけを吐いてまた互いの体を重ね合わせた。 |