closedと書かれたプレートがかけられている扉を開くとカウンター近くで準備をしている人がいた。


「あぁ、なまえちゃん!」


そう白い歯を見せて私を迎えてくるのは私がいつも演奏しているバーのマスターだ。見た目は男性だが中身は女性といういわゆるオカマだ。けどすごく優しくてお客さんからも大好評を得ている人だ。
マスターは私の後ろにいる左右田君を見て目を輝かせながら私に小声で話しかけてくる。


「あら〜なまえちゃんも隅に置けないわね」
「えっ!?あ、いや、その…演奏が聴きたいとのことなので連れてきただけです」


何となく言われることは分かっていたのだけれど、左右田君=彼氏と勘違いしているマスターの言葉に焦ってしまった。言葉が詰まりながらも説明する。後ろを見ると左右田君は会話に入らないようにしているのか私達とは遠い所でバーの中を見渡している。


「ふふ、時間もまだあるから他の演奏者が来るまで控え室で2人で過ごしてきたら?」
「だ、だからそういう訳では!」


反論しようとしたもののマスターはカウンター奥の倉庫へ行ってしまう。あのような話をした後だと左右田君を見るのも恥ずかしくなってくる。特にそんな関係ではないのに、だ。


「左右田君…?」
「…オレの想像しているバーとは違ってかなりオシャレだなって」


左右田君は珍しそうに周りを見渡しながら呟いた。
カウンター席には店員が立つ通路があり、その後ろは一面の窓ガラスになっている。そこからは夕日に照らされている海、そしてバーの近くにある都内の遊園地のシンボル、観覧車が見えるのだ。
そう思うとここはとても立地がいい。都内から少し離れた所にあるが、海と遊園地が近いのだ。だからこそバーの中でも演奏会というイベントが多いとマスターから聞いている。そんな所で定期的に参加させていただいてるのはありがたいことだ。
私は左右田君を呼び、とりあえず控え室に連れて行くことにした。


「いいよ、座ってて」
「ん、ああ分かった」


控え室は誰もいなく、無機質な白の壁に囲まれている。防音材が入っているためだろう。閉鎖的な空間だ。
私はケースをそっと置き、サックスを取り出す。さてチューニングをというときに左右田君が私の隣に移動してくる。突然横にやってくるものだから息が詰まった。


「…っ、どうしたの?」


左右田君は私の横に座ると、目線が斜め下のサックスに向けられていた。


「これが楽器なんだなって。オレ機械弄ってるけど、こういう楽器はよく分からなくてな。機械じゃねーし当然だけど」


彼は小さく笑いながらサックスを見つめる。


「良い音を出すためにもメンテナンスは毎回必要だからそういう所は機械に似ているかもね」
「ほーォ…それ見てていいか?」
「う、うん…ずっと見てられるものではないけどね」


私はしばらく手入れをし続けて、左右田君はそれを見る。最初は話をしながらだったけど、次第に手入れに集中してお互い黙ったままだった。それでも彼は見続けるものだから内心とても恥ずかしかったのだけれども。


「…こんなものかな」
「へぇ…面白れーな」
「た、ただの手入れだよ」
「んなことねーよ、手入れ中オメーの目輝いてたし。みょうじに吹かれるサックスはきっと喜んでるぜ?」


ニコッとギザギザの歯を見せて笑う左右田君は何となく上機嫌だ。珍しいものを見せたからなのか。そんな彼に笑みが溢れる。まだ出会って間もないけれど何となく気が合いそうだ。


そう思っていると控え室の扉が開く。黒いケースを持った男が挨拶をして入る。何回か一緒に演奏している人だ。ただ初めて一緒に演奏したときから毎回誘いを受けるが、その度に嫌な予感がして断り続けている。
私も挨拶を返すと男は左右田君に向けて眉間にしわを寄せて如何にも嫌そうな顔をしている。


「…みょうじさん、困るなぁ。部外者をここにいれるなんて」


私が謝ろうとすると、私の前に左右田君が立ち上がる。左右田君は名残惜しそうに私とサックスを順に見た後、


「いやァ悪いな。…みょうじ、頑張ってな」
「うん、じゃあね」


軽く謝った後男を避けて控え室から出た。男はそれを見送った後こちらに笑顔を向ける。


「知り合いだとはいえ、部外者を入れるだなんて君らしくない。演奏者はここで楽器の手入れをずっとするものだよ」
「…ごめんなさい」
「構わないよ、…曲の打ち合わせでもしようか」


最初は2人きりでぎこちなかったが、後から他の演奏者も来てくれてスムーズに進んだ。

女子更衣室で自宅から持って来たステージ用の衣装に着替えてステージの扉を開ける。
ステージ上に楽譜とサックスをセットする。店内は多くのお客さんが談笑し合っていた。
左右田君がいるか確認すると髪色と髪型の派手さからすぐに見つかった。彼はマスターとカウンター席で話していたようだ。マスターが私を笑顔で指差すと左右田君もすぐにこちらを見て笑顔で小さく手を振っている。

その瞬間、胸の高鳴りを感じて笑顔で返す間も無く楽譜に目を下ろした。笑って返せばよかったのだけれども、思っていたより身体中がドキドキと心音を轟かせてそれどころではなかった。
これから演奏するというのに、だ。
マスターにからかわれたことは何回かあったけれども、こんな緊張することはなかった。だとしたら、この早くなる鼓動の原因は"彼"に違いなかった。私の方から誘ったのに左右田君にこれから聴かせるんだと思うと緊張する。何とも私らしくないな、と心の隅で笑う。お客さんに悟られないように大きめの深呼吸をすると緊張は和らいだ。
間もなく演奏が始まる。私はリードを付けたマウスピースに口をつけた。


演奏中は何も考えない。ただ曲のリズム音に乗せて吹くだけ、それがとても楽しい。
ピアノ主体の曲からサックス主体の曲へ変わっていく。そうなるとお客さんの目線は私の所へ集中する。きっと左右田君も向いているのかな。


曲を終えて深いお辞儀をするとけたたましい拍手の音がステージ上を包む。顔を上げると笑顔のお客さんがほとんどだった。左右田君やマスターも同じく笑顔で、ああ、音楽っていいなって思わされるのだ。


「お疲れ様でした!」


演奏会を終えた後に控え室で演奏者と軽い挨拶をする。


「みょうじさん、君のサックスは素晴らしいよ」


その声に凍りつく。先程の男だ。
その男を見るや否や私の近くにいた人は遠ざかってしまう。この男は演奏に関してはプロの中のプロだ。顔もいいから女性人気が非常に高い。
…が性格に難ありで仕事関係でトラブルを起こしている。その人が何故か私に好意を寄せているのも不思議だ。


「あら……ありがとうございます」
「良かったらこの後空いていないか?」


また来た。いつもなら何かしらの理由(全部嘘)をつけて断るのだが、今回ばかりはしっかりとした理由がある。
…と言っても左右田君と一緒に帰るだけだけど。


「いつもありがとうございます。ですが私用がありますので…ごめんなさい」
「そうか、君はいつも忙しいね。良かったら相談に乗ろうか?」
「いえ、大丈夫です!すいませんが、この辺で…」


サックスをケースにしまった後、愛想笑いで後退りし控え室から逃げ出すように小走りで歩いた。廊下を歩くとバーの店内に出る。演奏会が終わった後もまだお客さんはいるが少ない。


「あらなまえちゃん!お疲れ様〜!」


マスターの笑顔が視界に飛び込み、安心する。その視界の隅に左右田君もいた。


「みょうじお疲れ!スッゲー良かったぜ!」
「うん、ありがとう!」


両手を頭の後ろに置く左右田君はニコニコしている。彼の笑顔を見てるとこちらまで笑顔になるけど、顔同時に温度が上がる気がした。


「ねぇ、なまえちゃん。左右田ちゃんをココで働かせるようにしたからヨロシクね!」
「えっ!?そうなの?」
「おう、みょうじに助けられてばかりじゃいられねーからな!ずっとみょうじのヒモになるのは駄目だしな」
「けどね、なまえちゃんが演奏として出る日にだけ左右田ちゃんにお手伝いしてもらうわ」
「え?それは何でです…?」


マスターの言葉に首を傾げているとマスターは私に顔を近づけて誰にも聞こえないように囁く。


「なまえちゃん、"あの男"に困ってたでしょ?」
「!…そ、それは…」
「あたしの目は節穴じゃないし、他の演奏者から聞いてるわ。あたしも注意してるけど中々聞かないのよね。けど左右田ちゃんから聞いたわよ、訳あってなまえちゃんの所に居候してるって」
「確かにそうですけども…」
「それなら左右田ちゃんは、なまえちゃんと一緒に帰るってことでしょ?あの男もなまえちゃんに男がいるって思ったら諦めてくれるかもよ?」
「なるほど…」


確かに帰り道1人で帰るよりは余程安全に違いない。しかし、スケジュールはほぼ毎日だけれど左右田君は大丈夫なのだろうか。


「左右田君、本当にいいの?」
「だー、オメーは心配性だな。気にすんなよ…それに」
「…それに?」


左右田君の右手は彼の帽子に当てて、私から目線を逸らす。


「…サックスを吹いているオメーってキラキラしてんだよ。それもスゲー楽しそうによォ。そんなみょうじがあいつについて困ってると、良い音出せねーんじゃねーかって思ってな。それだと折角見にきてるお客さんに悪りーしな!」


目線を逸らしていた左右田君は言い終えた後に目線を合わせる。
また鼓動の音が大きくなる。サックス吹いている私のことを見ていたんだなって。彼なりに考えた結果なのだろう。止める意味なんて無かった。


「…それじゃあ、今日から一緒に帰ろっか。よろしくね」
「お、おう…!任せとけって!」
「左右田ちゃーん、なまえちゃんに何かあったら許さないわよ!」


マスターの声に手を振ってバーから2人で出た。
なんというかマスターに完全に恋人と間違われてしまったようだ。それも後日訂正しなきゃなぁと思いつつ、左右田君を助手席に乗せて彼が車酔いしないようゆっくりと車を発進させた。





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