ジリリリと鳴る定番の目覚ましは嫌いだ。だって朝から金属のような音は聞くものじゃないでしょう。
私はいつもアップテンポなピアノとか優しいサックスの音を聞きながら朝日を浴びるのが大好き。

といってもいつも夜遅くまで仕事しているから朝日ではなくて最早お昼の陽射しなんだけれども。
でも今日はいつもと違う。起き上がるとまず目につくのはソファの上で寝息を立てる男だ。
ああ、そういえば一晩泊めるって言ったっけ。枕下の財布とベッド下のサックスを確認する。変化無し…とりあえず安心した。しかし…一晩だけと言ったもののこの人はこの後どうするのだろうか。
喧嘩して家を出たとは言っていたものの、このまま他人の私が何言ったって言うことを聞かないような気もする。

どうするか考えているとフワッと風が通るような気がした。いや、する。
上を見上げるとソファの上のエアコンが付いている。…いつのまにか直っている。少し前まで故障してしまっていつか直さなきゃ、修理会社呼ばなきゃ、でも忙しくて呼んでないって状況だったのにいつの間にか直っているのだ。


「…おはようございます」


近くで聞こえた声に下を向くと男が目をこすりながらソファから起き上がる。


「うん、おはようございます…ゆっくりしてていいんですよ?この時間に起きてもそんなに寝られないでしょ?」
「…いや、そこまで迷惑は…」


ふと男の目線が上を向く。エアコンの風が出ていることを確認すると私の方へ顔を向けた。


「ちゃんと動いてよかったですね」
「え!?何で知って…」
「こう見えてもオレ、機械いじり好きなんで…エアコン見たときに埃あまり無いのになんて思って室外機の方少しだけ覗いたんですけどそこが調子悪かったみたいです」


男の声は少し嬉しそうにしてエアコンを見つめた。それの顔は機械いじりが好きであることを表していた。
…そんな一晩であっさりと直せるものだろうか。だがこうして動かなかったエアコンが動き続けているのを見るとまるで魔法でも使ったのではないかと思ってしまう。


「…まあ、これがオレからのお礼ですかね。そろそろ準備したらここを出ますよ」


そう言いながら男はしゃがみこんで床に置いてあった私物を小さいリュックにまとめる。
心の中で思う所はあった。この人を本当にこのまま出していいのだろうか。


「これからどうするの?」
「……んー、まァ適当に生きていきますよ。頃合いを見て実家に帰ればいいかなって」


そう笑いながら話す。だけど彼が言う言葉は本当なのか疑ってしまう。
…ただの他人ならさっさと出て行けなんて思うかもしれないけど、この人を見るといつか大変な目に遭ってしまうのではないかという心配が勝ってしまう。


「ねぇ、あのさ」


何故か声に出る。ん?と彼が振り向いたときに勇気を出してみた。


「良かったらここにいない?」


そう口に出した後にどうして、とも一瞬思った。私にはこういうお人良さがあったっけなんて心中何回か繰り返し思う。


「いや、それいいんですかねー、オレがいたら迷惑だと…」
「頃合いを見て…なんて言ってましたけど、何人かの人に迷惑かけるくらいなら私だけに迷惑かけてみたらどうかな?」


自分でも何言ってるか分からないまま、目の前にいる男を見つめる。


「…はは、分かりました。お言葉に甘えて良いですかね?」
「…はい!」


そのとき他人相手なのに何故か安心感を覚えた。何故だか本当に分からないけど、この人は私にとって放っておけない人なのかもと思っている。


「あ、そういえば名前教えてくれませんか?一応一緒に暮らす形になりますので」
「そうですねェ……オレは左右田っていいます。左右田和一です」
「左右田さん…その名前珍しいかも」
「んー、たまーにそう聞かれますね」
「うん!珍しい!あ、私はみょうじなまえといいます。好きに呼んでいただいて大丈夫ですよ!」


柄にもなくこんな明るい性格じゃないんだけどなぁなんて思いつつ左右田さんと話をする。少し話をしていくと実は年があまり離れていないということを知った。それを知った彼は敬語よりタメ語が話しやすいということで私もタメ語で話すことになった。


「怒らせちゃうかもだけど…左右田"君"ってお仕事してない、のかな?」
「……あー、あはは」


笑って誤魔化された感あった。いや私は察した。とはいえ家を出たことが本当なら仕事も放っておいているか辞めてるだろう。
私の顔を見て左右田君はバレていると察したのだろう。少し焦っているような気がする。


「だ、大丈夫!オレもオレで仕事探すんで」
「…じゃあ、左右田君。車の免許は?」
「あー持ってねーな」
「あら、機械いじりが好きと聞いていたから…」
「車の修理は大大大好きだぜ!けど、運転にはあまり興味なくて」
「そっかぁ」
「……みょうじって何してるんだ?いつも夜遅くに黒いケース持ってたけど」


私の仕事について聞かれる。そういえば夜中に何回か会ってるし確かに珍しかったのかもしれない。


「黒いケースの中はサックスだよ、ジャズバーって知ってる?そこでお客さんの前で演奏してお店のBGMを作っているんだ」
「おー、すげーな!みょうじが演奏している所聞いてみたいぜ!」


仕事の内容をすごいと言ってもらえると純粋に嬉しい。意識しなくても笑顔になる。


「えへへ、ありがとう。良かったら今夜聞いてみる?」


そういえば今夜も演奏がある。誘ってみると彼は目を丸くしてキラキラと輝かせる。


「えっ!いいのか!?サンキューみょうじ!」
「えへへ、いつも頑張ってるけど今夜は左右田君の為に頑張らないとね!」


彼の笑顔を見ているとこっちまで幸せになるなぁなんて心の隅で思いながら演奏会までずっと彼と話し続けていた。





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