言葉も出なかった。予想もすらしなかった展開にビリっと強い電流が身体中を駆け抜けた。 「……あの王女様…ソニアさん?」 「…はい。何でしょう」 「いくら貴女が王女だからって嘘はつかないで欲しいわ!なまえちゃんが…人を殺したとでもいうの!?」 荒げたマスターの声に飛びそうな意識が自身の元へ戻ってくる。こんなマスターの声は聞いたことがない。恐る恐るソニア王女を覗くと彼女は表情を一つも変えなかった。 「……正確にはみょうじさんの一撃は致命傷ではありませんでした。ですが、当たり所が悪かったのと出血多量によって数日も意識を失っていたのは確かですわ」 「そ、そんな…私はそんなこと」 「…残念ですが事実です。ここに証拠の映像があります。…これは左右田さんを襲った男のスマートフォンにありましたわ。…この映像を知っているのはわたくしともう1人の大男、後他の1人だけです」 ソニア王女はスマホを取り映像を出してカウンターの上にそっと置いて私達に見せる。 そこには状況に似つかわしくない青空が映し出されていた。きっとスマホのカメラ画面が上を向いているのだろう。 『みょうじ…何でだよ…』 『…左右田さん…ごめんなさい。私、見ちゃってて…助けを求めようと周りを探したけど誰もいなくて…。 近くにこの裏庭に似つかわしくない鉄パイプがあって…私が助けるしかないって思って』 震える声でポツリポツリと話し始める自分。 記憶にない私の声は鮮明に耳の奥まで聞こえてくる。 すると誰かが走る足音が聞こえてくる。 『…左右田さん、みょうじさん!こ、これは一体どういう…』 この声はソニア王女のものだ。ソニア王女が目撃者になっていたなんて…。 左右田君がソニア王女に全て話すとそこにいた全員が黙ってしまったのか何も聞こえなかった。その沈黙を破ったのは左右田君だった。 『…ソニアさん、オレが悪いんです』 『左右田さん…』 『オレだって気をつけていればこんなことにならなかった筈です』 『…………いえ、左右田さん……わたくしはこれは"正当防衛"だと思うのです』 えっ。 自分の耳を疑った。この映像のソニア王女は何を言っているのだろう。この後の左右田君の驚く声に自分の耳は聞き間違いではないと確信した。 『正当防衛…?』 『ええ。ですがこのままではみょうじさんは連れていかれます』 『どうしてソニアさんがそんなことを…確かにオレのせいでみょうじが罪を犯してしまったことは謝っても謝りきれない。そう思ってますけど』 左右田君の言葉を遮るように映像の中のソニア王女ははっきりと告げた。 『守りたいからですわ。わたくし達の醜い争いから』 ……争い? 平穏でないその言葉に耳を疑った。 『……みょうじさん、わたくしの服を貸しますわ。この血のついた服は誰にもみせてはいけません。……わたくしが何とか善処いたしましょう』 『…う、うう。でも王女様…私は…そこまでしてもらっても罪の重さに押し潰されそうです』 『大丈夫ですわ。みょうじさんの罪を消してみせます。あなたがこれからも幸せになれるように致しますわ』 もう1人の私は泣いている…?啜り泣きながら言葉を噛みしめるように呟く私にソニア王女は優しい言葉をかけている。 『左右田さん』 『…なんでしょう。オレ、すっごく嫌な予感がしますけど』 『左右田さんも良心の呵責に苛まれるタイプです。みょうじさんと一緒に来てくれませんか?』 『…は……いや、えっ、その…まさかッッ!?』 『……ええ、そのまさかですわ。左右田さんが襲われてみょうじさんも巻き込まれてしまった以上、お2人を守る為にはこれしかありません』 画面の中で話すソニア王女は何かを怖がっているような震える声を上げる。 『…分かってます、これがわたくし達の別れだと。わたくしを権威から引きずり落とそうと躍起になっている者達がこうして動き出してしまった以上迷惑はかけられませんわ』 『ソニアさんを…っ!?そんなふざけたヤツはどいつなのですかっ!?』 『……左右田さん、お気持ちは嬉しいですがここは超高校級の王女にお任せくださいまし』 ソニア王女を良く思わない者に激昂している左右田君を宥め、彼女は私に優しい言葉をかけてくれている。 『……ソニアさん、1つだけ約束してください』 『はい、何でしょうか』 冷静な落ち着いたソニア王女に左右田君が声をかける。左右田君の声には迷いと困惑が混じっているものの必死に受け入れようと無理しているようにも聞こえる。 『オレは何があってもソニアさんの味方です』 それでも彼は自身の涙と嗚咽のせいで言葉を遮られてしまう。左右田君の一途な思いはソニア王女に届いたようで、 『ありがとう、左右田さん』 彼女は微笑みながら感謝の言葉を告げたように思えた。そして画面が切り替わる。全ての再生が終わったようだ。 今いる私の空間は沈黙に包まれていた。私自身何も言えなかった。 「…この後左右田さんはみょうじさんを城の中へ送っていただき、わたくしだけで現場の隠蔽をしましたわ。みょうじさんの持っていた鉄パイプは指紋を拭き取って暴漢2人組の指紋をつけるといった風に。幸い暴漢2人は直前の記憶を忘れていたみたいです。なのでわたくしの国の警察は暴漢同士の争いという形にしてくれました。 そして左右田さんとみょうじさんの2人の記憶も消させていただき、日本へ帰っていただきました。……ただ」 ソニア王女は目を伏せて溜息をつくもすぐに顔をあげて告げた。 「このことをわたくし以外に知っていた人がいました。その人はわたくしを嵌めようとしている者であり、自身の深い欲望に塗れた者。その人を探しに来たのです」 ソニア王女はある写真を私達に見せる。雷が落ちたような電流が身体中を駆け巡り飛び上がってしまうような感覚に襲われる。 マスターも澪田さんも同じ感情だったみたいでマスターは黙り込んでしまい、澪田さんはわなわなと口を震わせている。 華麗にピアノを弾く姿の写真…ここにいる者みんなが見たことある。 端正な顔立ちで白と黒のモノトーンの服を着こなしている者。 「……モノクマ」 間違いない。ソニア王女が見せてくれた写真はモノクマの顔が写っていた。 「モノクマ…?はて…」 「ああ、ソニアちゃん。気にしないでいいっすよ、こっちのあだ名みたいなもんっす。というかモノクマちゃんだったんすね、探していた人って」 「はい、その方はピアニストでもありノヴォセリック王国の王族でもありますから」 「おっ……!?」 モノクマがノヴォセリック王国の王族…!? はっとして体から震えが止まらない。本当だとしたら今まで自分はモノクマにどんなことをしてきたのか懸命に思い出す。 というかキスされてるんだこっちは。そう思うと冷水を頭からかけられた後のように震えながら固まる他なかった。 「…少し昔、王族間で色々あったらしいですわ。それで王族の中には直系の者とそうではない者もいるのです。彼は直系ではなく日本とのハーフでしたが端正な顔立ち、そして素晴らしいピアノ捌きで国民からも愛されていました。本来だったら彼が国を継ぐ筈だったのですが…」 「……なるほどねぇ。モノクマちゃんは直系ではないから疎む国民も少なからず存在した。そして直系には超高校級の王女がいた、と」 「はい。彼はプライドが高い性格ですからきっと納得いかなかったと思います。それでも彼はまだ普通でしたわ」 「まだ普通……?」 「ええ、様子がおかしくなったのは音楽祭のときですわ。彼は日本から来た観光客に一目惚れしたのです」 ソニア王女の言葉に複数の視線が一気に刺さる。 「私、ですか?」 「…はい。音楽祭のときにもみょうじさんにナンパしてたみたいですわ。左右田さんが近くにいたから間違いありません。 ……だからこそでしょうか。王子にもなれず、好きな人も手に入れられなかった彼は逆恨みで自分の仲間を使って音楽祭のときにみょうじさんの隣にいた左右田さんを襲ったのです」 「何て卑怯なの…っ!」 マスターは口を手で覆い顔が青白くなっていく。こんなサスペンスみたいなことが起きているなんて誰も思わない。 「彼は王族ですからわたくしと左右田さんがお付き合いしていること、それに音楽祭でわたくしによって左右田さんとみょうじさんが一緒に観光することも知っていた可能性が高い。 だからこそ彼が左右田さんを襲うメリットはあった。1つは左右田さんを負傷させるか消すことによってみょうじさんと音楽祭を見るため。あわよくばそれ以上のことも…考えていたと思います。もう1つは……あくまで想像ですがみょうじさんに弱みを作るためだったと思います」 「え?」 私に弱みを作る? ソニア王女は首をかしげる私を見つめながら再度口を開いた。 「わたくしはあの事件から疑問に思っていました。城の裏庭、公用車を停める所に鉄パイプが落ちていたことを」 「あっっ!それ唯吹も思ってたっす!なまえちゃんが持ち歩いてるはずないっすから!」 「はい、だから鉄パイプは意図的に置かれたものだと思いますわ。 そして城の裏庭って実は関係者しか入れません。一応城内ですから一般の方は立入禁止です。公用車に細工されたら困りますし」 「え、でも観光客だったなまえちゃんは裏庭にいたのよね?それって和一ちゃんが入れたんじゃないのかしら?」 「…あのときの左右田さんの言葉を信じるとするなら、みょうじさんとは城の外で待ち合わせしていたみたいですわ。それに左右田さんがみょうじさんと一緒にメンテナンスする為に城内に入れたとは考えられません」 「確かにそうね……ならどうしてなまえちゃんはあの場所にいたのかしら?」 「…………恐らく、彼が城の中に招き入れたのでしょう。みょうじさんに命乞いをさせる為に」 「い、命乞い?」 急に何を言っているのだろう。自分のことのはずなのに話がドラマみたいにぶっ飛びすぎていて全く分からない。 ソニア王女は苦しそうな表情を浮かべつつゆっくりと話し始めた。 「これは本当に推測です。わたくしが知っている彼から想定すると、みょうじさんだけ城内に入れ、彼自身は遠くから尾行していたのでしょう。裏庭まで誘導させればみょうじさんは現場を目撃してしまいます。でもそのとき早朝で呼びに行こうとしても誰もいなかったと思いますわ。このままだと左右田さんが殺されると思ったみょうじさんは男2人を止める為にそばに置かれていた御誂え向きの鉄パイプで殴ってしまいました。 きっと彼はみょうじさんの罪を内密にする代わりにといった感じで取引を持ちかけようとしたと思います。みょうじさんの弱みを握り続ければ隣に置いておけると思ったのでしょう…ですが彼にとって想定外のことが起きてしまいました」 「ソニアちゃんが早く来たからっすね!」 「ええ…ですがわたくしはそこで彼の存在に気づけずに現場を捏造してしまいました」 「それって…!モノクマちゃんは王女様の弱みも握ってしまったってことじゃない!」 「はい…不覚でしたわ。あの後彼に問い詰められてのらりくらり過ごしてこれたのが奇跡だと思っています。少し職権濫用して彼を私から一時的に追い出したのですがその間に日本に行ってしまいましたわ」 「それはあれっすか。なまえちゃんを追いかける為っすね。しかも音楽という共通のものがあったからこのバーでの仕事仲間としてなまえちゃんに近づくことに成功した」 「けれども記憶は既に消されていた。だから取引出来ずに正攻法でアプローチして挑んだのね。記憶無いってことは和一ちゃんの記憶も無いのだから」 「…だけど、私は左右田君と付き合った」 モノクマからしたら屈辱的だっただろう。また同じ男に私の隣を取られたのだから。(音楽祭での記憶だとただの知り合い関係になっただけなのだが)…そんなに良い女じゃないんだけどなぁ。とはいえ厄介な人物に好かれてしまったみたいだ。 「…だからこそ彼は左右田さんに近づいて何かを吹き込んだ可能性が非常に高いです。やっと見つけたと思ったのにすぐに消えてしまいました。そして左右田さんも…」 「どうして…左右田君がノヴォセリック王国に行ったと思うんですか?」 「…………わたくしの勘というものでしょうか。明確な理由は分かりません」 答えてくれる前の沈黙の時間が酷く重く感じた。ソニア王女から話を聞いたけど内容は決して良いものではなかったし、最後の沈黙が頭に引っかかる。 自分は、今まで推測も混ぜて話してくれた彼女が分からないという答えを出したことに疑問を抱いているのだろうか。私には伝えられないような推測を立てていたのだろうか。そんなことを聞く勇気が1ミリも出なかった。 「…なまえちゃん、今日は休んで良いわよ。顔色がさっきより悪いわ」 「マスター…ごめんなさい。今日は家で休みますね」 「みょうじさん、気分を害してしまったようで申し訳ありません。わたくしも帰国して左右田さんを探してみますわ」 「大丈夫です、ありがとうソニアちゃん」 澪田さん達に頭を軽く下げてバーの外へ出て車に乗り込む。足が重い。早く帰って休もう。そうすればふとした時に左右田君が帰ってきてくれるかもしれない。僅かな希望を持ってエンジンをかけた。 …… 「…行ったみたいっすよ、なまえちゃん」 「……王女様。貴女は分かっていたんじゃないかしら?和一ちゃんがノヴォセリック王国に行った理由を」 なまえちゃんの車のエンジンが遠のいたのを確認した後にマスターはソニアちゃんに声をかけたっす。 ソニアちゃんはこの短い時間にほんの少しだけ疲れからやつれたように見えたっす。 「…こんなことみょうじさんに言えません。 ……わたくしの推測が外れてほしいくらいなんですが左右田さんは男2人を傷害させたみょうじさんの罪を被ろうと国へ行ったのではないかと…」 「な、なんてことを言うんすか!?……いや、けど」 ソニアちゃんの言葉に否定しようとしたものの、その後の言葉が出なかった。それは和一ちゃんの高校時代を思い出してしまったからっす。 和一ちゃんは好きな女の子に対して一途っす。一途すぎるっす。そしてお人好しっす。 それは悪い意味で言えば"利用されやすい"ってことっす。 その性格をもしモノクマちゃんが見抜いてしまっていたら、こんなことになってしまったのも納得がいってしまったっす。 仮にモノクマちゃんが和一ちゃんに近づいてソニアちゃんの話を伝えたとする。 そうすればモノクマちゃんのお得意の取引で和一ちゃんに何か吹き込んだ。 ソニアちゃんはきっと"なまえちゃんを救う代わりに和一ちゃんが罪を被る"と思っているっす。和一ちゃんが何もしなければモノクマちゃんはなまえちゃんを告発して犯罪者にすることも可能だから。あのスマホにあったビデオを証拠に。 和一ちゃんがノヴォセリック王国へ行く…それはなまえちゃんを自由にしてしまうことっす。だから唯吹あてに"みょうじを頼む"との電話が来たのでは…。 恐ろしいっす。お馬鹿な唯吹でも推理出来てしまうっす。嫌なくらいに。 「…ソニアちゃんは国へ戻るんすか?」 「もちろんですわ、来日パーティに来た方は殆どが王族の方で国の政治をしている方達。ですから国には政治を行わない者が留守を守っています。ですが彼は王子になれなかったものの政治を行える立場にありますわ」 「それって…かなりマズイんじゃ!?」 「ええ、わたくしもすぐに戻ります。勝手に独裁政治を行わせる訳にいきませんから」 そう告げるとソニアちゃんは立ち上がり、綺麗なお辞儀をした後に出て行ってしまったっす。 正直これが現実なのか分からないくらいとんでもない話っすね。なまえちゃんを守ることが唯吹の使命っす、それに高校時代、超高校級の幸運の凪斗ちゃんに巻き込まれても和一ちゃんはニコニコしていつも元気だったっす。 「きっと…大丈夫っすよね…?」 「……ええ、祈るしかないけれども」 疲れ切っているマスターを励ましながら唯吹は自分のジュースを飲み干したっす。大丈夫、そう信じて。 |