「……はぁぁ、もうなんなのよぉ!」
「なまえちゃん、飲み過ぎよ」
「だって、だってぇ………うっ」
「はっ!?ゲロッちゃいます!?トイレまで行くっすよ!…ち、ちょっとなまえちゃ…わーーっ!?」

ごめんなさい。でも今はそれどころじゃない。個室へ行く前に吐いてしまったのは申し訳ないし自分で処理出来る。そう言ったのに澪田さんはずっと私のことを気にかけながら掃除をしてくれる。

自暴自棄になって慣れない度数のお酒を飲んではベロベロに酔い、挙句介抱されている。こっちは頭がぐるぐる回っているような感覚に襲われ、迫り上がる吐き気を全て吐き出す。

こんなの左右田君に見られたらドン引きだろうな…ああ、また私は彼のことを考えてる。
どうしてあのとき握ってくれたあの大きい手を離してしまったのだろう。去り際のあの苦しそうな笑顔がまた更に心を締めつけてくる。

何が何だか分からなくて、ただ分かるのは左右田君が危険な立場にいること。どうやって助けてあげればいいのだろう。


「……嫌だぁぁ…」
「大丈夫っす!和一ちゃんは高校生のときも大変な目に遭ってもピンピンしてたっす!」
「でもぉ…ううぅ」
「手のかかるなまえちゃんもまたいいっすね。……と冗談はさておき、何も出ないならマスターの所に行くっすよ」


澪田さんに抱えられつつ、重たい足を運んでいく。たかが数メートルなのにすごく長く感じながらカウンターの椅子に座る。頭が重くてゆっくりとテーブルに突っ伏した。


「…なまえちゃん、大丈夫よ。和一ちゃんは帰ってくるわ」
「マスター…。私は左右田君の過去を何も知らないですが、不敬罪とかそんな罪を犯す人ではないです」
「ええ」
「力になってあげたい。私を助けてくれた人だし……その、好きですし」


人前であの人が好きという話をしたことがないから恥ずかしくなって誰にも顔を見られないようにテーブルに突っ伏す。


「今はそのニュースで持ちきりね。許可無く日本人を異国へ連れ去ったから。しかもその不敬罪とやらは確たる根拠が無いのでしょ?ノヴォセリック王国の人でも聞いたことのない事件で困惑しているらしいわ」
「みたいですね…」


はぁと溜息をつく隣で澪田さんはおっと声を上げる。チラッと隣を見るとスマホで何かを見つけたみたいだ。


「なまえちゃん、そうなればノヴォセリック王国へ行くしかないっす!」


…思わず口を開けて声を出そうとしても声が出ずにぽかんと口を開けただけになった。


「えっと…行くって選択肢もあったけど、ただの一般人が行ったって門前払いされるでしょ?」
「そうっすけど、唯吹が何とかソニアちゃんに頼むっす!そ、れ、に!ノヴォセリック王国ではこんなお祭りやるみたいっすよ!」


ほら、とスマホの画面を突きつけられる。澪田さんはテンション高いなぁと思いながら覗き込むと、綺麗な公式ホームページで"ノヴォセリック王国音楽祭"という文字がぼんやりと見えた。


「音楽祭…?」
「しかも今回の音楽祭の演奏者をまだ募集してるみたいっす!」
「これをきっかけに会いに行くの?海外に行ったって門前払いになるだけだよ…」


一度は考えた。追いかけて国を渡るってことも。けれども現実はそんなに上手くはいかない。まずどこにいるかも分からないし、仮に見つけたとしてもこの国へ連れ戻せるか…かなり厳しい。マスターに用意してもらった水をぐっと一気飲みする。


「そこはソニアちゃんに何とかしてもらうっす!なまえちゃんは国へ行って和一ちゃんを連れ戻すだけでいいっす!正に愛の救出劇ってやつっすねー!うひゃー!」
「……なまえちゃん。私もこれに出ればいいと思うわ」
「…マスターまで、どうしてです」


机に突っ伏した状態で言うと自然と声が低くなる。言い終えた後で物言いがキツかったのではないかと一瞬後悔した。


「国全体のお祭りならきっと和一ちゃんも観ているはずよ。それになまえちゃんは遊園地のショーで多くの人を魅了させたじゃない。和一ちゃんを強制的に連れ去ったことに関してあっちの国の人も良く思ってないんだから、声をあげたら事態が動くかもしれない」


そんな…そんな発言力や魅力なんて全く無いのに。いくらなんでも無茶なのではと途方に暮れる。


目を閉じればぼんやりと左右田君の面影が思い浮かぶ。一緒に暮らしていたときの気さくで犬みたいに表情がコロコロと変わる左右田君と、私を責めずにただ私のことを守ってくれた記憶を失った左右田君。
同じ人なのに性格は違っていて、けれど"2人"はすごく優しくて。

……会いたい。どんな左右田君も大好き。既に少し前に泣き尽くして枯れている筈の体から搾り取るように涙が溢れる。

もし左右田君が無実で帰ってこれたら、初めて想いを伝えたあの海を一緒に眺めていたい。
遊園地の観覧車のライトアップが海面に花火のように浮き上がって、青白い月が夜を告げるように水平線の奥から姿を現してくる。
そんな夜の海も大好きだ。でもお昼の海も暖かくて一緒に日向ぼっこしたい。太陽の光が眩しくて、けどその光がアクアマリンの海をより綺麗に映えさせる。そういえば2人でそんな海を見たことがなかったっけ。


「……うん、やってみようかな」


顔を上げて目の前のマスターの顔を見つめると、マスターは優しい笑顔をこちらに向けてくれる。そして隣から澪田さんが頭をガシガシと撫で回してくる。


「…なまえちゃんは強い子ね。無理しちゃダメよ」
「そうさせたのは…マスターじゃないですか」
「あら、そうだったわね」
「なまえちゃんならやってくれるっす!早速ソニアちゃんに連絡するっす!」


そう言って澪田さんはスマホでぽちぽちと画面を打ち始めた。
少しだけ、ほんの少しだけだが勇気と希望が持てた気がする。グラスの中の小さくなった氷がカランと音を鳴らした。


……



夏休みシーズンはやはり人が多い。特大のキャリーケースを持った家族に仲良く横に歩く女子達、そして恋人…。
空港は本当に色んな人と出会える場所だ。

アナウンスが鳴り、搭乗口へと向かう。彼に会えるかもしれないという期待と異国の地に足を踏み入れるという不安が常に押し寄せている。
あれから数ヶ月、彼はまだ生きてはいるもののどれ位の不安や恐怖に押しつぶされているのだろう。考えるだけでも胸がチクリと痛くなる。

音楽祭は澪田さんにいつの間にか応募させられていて、事前にオーディションも演奏シーンの映像を国へ送るという形を行った。その結果見事に受かり音楽祭の演奏者として招待状が届いた。
手書きで丁寧な文字はソニア王女様の字に違いなかった。そんな招待状を大切にしまいながら飛行機の窓の奥に見える空を見上げた。


「隣、いいですか?」
「どうぞ…………ッ!」


隣の席の人の顔を見て一瞬だけ頬が引きつる。紛れもない見知った人だからだ。


「あれみょうじさん!奇遇だね、君もノヴォセリック王国に?」
「………はい」


今の"はい"はかなり低い声に聞こえただろう。なんてことだ、まさかモノクマと隣同士で飛行機を乗らないといけないのか。


「みょうじさんはどうしてノヴォセリック王国に?」
「音楽祭です」
「へえ、流石みょうじさん!僕もなんだよね、一緒に観に行こうよ」


手短に話を済ませようとしても相手の会話はすごく長いもので気疲れしてしまう。しかも誘ってくるとは…モノクマの言葉の真意が見えてしまいゾクリと背筋が凍る。モノクマからしたらそう言うかもしれないけどこっちは左右田君を助けに行かないといけないのだ。


「……生憎ですが、私は音楽祭に参加する方なので」
「………」


あれ、そのことには反応しない?
結構食いつかれると思ったんだけど、モノクマを黙らせられた。後は寝ると言って寝るフリをすればいい。


「そういうことなので少し眠らせてください。旅の疲れを音楽祭に持ち込みたくないので」
「左右田を助けるから?」
「っ!?」


目を閉じようとした途端にモノクマの言葉に振り返る。何でそんなことをモノクマが知っている?


「つまり、音楽祭という場を借りて1人の人間を助けてほしいと声を上げてその場にいる観客達から同情を貰うのかい?」
「…な、何を言っているんです?」
「音楽祭は楽しい所じゃないといけない。そんな所で声を上げることで政治的な音楽祭って思われるんだよ」
「……何で左右田君を助けるって言葉が出たんです?」


モノクマの言うことにも一理はある。ある意味楽しい雰囲気を壊しに行くようなものだから。国の人達から多くの批判が寄せられるだろう。
でもそんなの前から考えていたし覚悟の上でここにいる。私は揺らがない。
そもそもこんなこと知らないのに何故止めにくるのだろう。それが気がかりだ。


「だって知ってるから」
「……」
「…残念だよ、みょうじさん。そこまであの男を選ぶなんて君に失望さ。…だから」


モノクマは私を強く押し、飛行機の窓ガラスに叩きつけられる。
不幸なことに周りの席には人がいなくて助けを求められない。……何で搭乗時間なのに人は少ない?音楽祭に興味のある人間なんて1人や2人はいて、飛行機に乗っていくはずだ。

いくらなんでも不自然。


「……や、やめてっ!!」
「声出したって無駄だよ。僕達の周りの席の人達は"訳あってキャンセル"だからね」
「…はっ?な、なんで」
「みょうじさん。それを知る必要なんて無い。おかげで目的は果たせそうだよ……そうだね、僕の目的教えてあげるよ」


モノクマはカバンからミネラルウオーターのラベルが貼られた水入りペットボトルを私の口へ押し付ける。

危険信号が瞬時に点灯した。
飲んではいけない、と。
口に含んでしまったものの、流し込まないように口の中に留めておく。ポタポタと口から水が溢れ、服を濡らす。


「……うっ」


おかしい、飲んでなんかいないのに急激な眠気が襲いかかってくる。眠気だけではない、頭痛もしてきて気分が悪くなる。私の異変に気づいたモノクマはニヤリと笑ってペットボトルを私から離す。


「残念だったね、これ口に含んだだけでも効果ある強力な薬だよ。これを手に入れるのに沢山の時間とお金をかけたんだ」
「…な、なにを」
「みょうじさんの為にこんなことしてるんだから感謝してほしいな」
「……」


目の前で不敵に笑うモノクマの輪郭がぼやけていく。こんな得体の知れない薬を含ませる人間の前で倒れるわけにはいかないのに。
どうしようもない眠気に勝てず最後に聞いた言葉は不穏で信じられない言葉だった。


「国へ行ったらある場所へ行こう。左右田みたいに、みょうじさんの中の"左右田の記憶"を失くしてもらう」





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