………


「……何でオメーがここにいるんだ」


ノヴォセリック王国の来日パーティに招待されたみょうじの連れという形で今オレはここにいる。
ソニアさんとみょうじが部屋で何かを話している間、廊下の窓から見える都会の街を眺めているとトントンと肩を叩かれる。振り向いた先にいた人物に酷く落胆した。
スーツ姿に身を包んだモノクマだ。オレの反応とは真逆でオレの残念そうな顔を見た途端にニンマリと笑顔を作った。


「だって来日パーティだからね」
「んだよ、ソニアさんには一歩たりとも近づかせねーよ!」
「ふふ、ソニアさんと"みょうじさん"でしょ?」


知ってるよ、と言うモノクマに対して扉の先にいる2人に気がつかれないように舌打ちを打つ。何でこの部屋の前まで来たのか。ヘラヘラしやがって余計に頭にきそうだ。


「ねぇ左右田」
「…何だ?」
「記憶、失ってるんだって?」


その言葉に一瞬だけ眉をひそめた。一体どこから聞いたのか。こんなこと知ってるのはみょうじとマスター位だからそこから盗み聞きしたのだろうか。


「だから何だってんだ、記憶無くたって今こうして」
「失った記憶、知りたい?」


トーンを落とした冷静な声に言葉が出なかった。こいつは何かを知っているのだろうか。知りたいと云う欲求がせり上がってくるものの平常心を保つ。いや、今更過去のことはどうでもいい。これはただのモノクマのからかいだ。


「もう知りたくねェな、今がスゲー楽しいしよ」
「そっかぁ、残念だなぁー」


煽ってんのか?語尾を長く伸ばしながらじっとオレの顔を見つめてくる。ふふ、と怪しい笑顔をこちらに見せてきた。


「その記憶、左右田の好きなみょうじさんが関わってるのに」

「…は?」

「大好きなみょうじさんと左右田はもう既に会っていたのに…あんなことが起きちゃってさ」


既に?あんなこと?唐突に言い出されて何を言っているのか訳が分からねェ。
その様子を見て予想通りだったのかニヤニヤしだすモノクマはスーツからスマホを取り出してオレの目の前に画面を出してきた。


「まぁ、百聞は一見にしかず、さ」


………


心が妙に胸騒ぎを起こす。知らないことをこれから知ってしまうんだという好奇心とどんなことが起こるのだろうという恐怖が混じっていた。
ソニアさんのついた嘘は何なのか。
本当は誰に会いたかったのか。


「わたくし達の来日パーティで日本の人達にひとつお願いをしたのです。"有名な音楽楽団を呼んでください"と」
「音楽楽団…?」
「はい、そこにいらっしゃると思ったのですが…でも結果的にわたくし達は見つけましたのよ」


一体誰なのだろう。ここにいる全員が私と同じように疑問符を浮かべたような表情だ。


「そうですわね…では先程のみょうじさんの滞在していたときのことからお話しますわ」


……


ソニアさんが開会式のスピーチを告げた後に音楽隊率いるパレードが始まり街にいた人々は大いに盛り上がっていた。
それを隣のやつ…みょうじはじっと見つめていた。


「あんな豪華なセットを載せた車見たことないです」
「あー、オレが改造したからな」
「えっ!?アレって左右田さんが!?」
「おうよ!何せオレは王族のお墨付きの整備士だぜ?」
「す、すごい…音楽のレベルも高いし、演出も左右田さんが関わっているなんて!」
「へへっ、もっと褒めていいぜ?」


そう言うとすごいです!とみょうじは目をキラキラと輝かせる。同じ日本人だからなのかこうしてストレートに感想を言ってくれると嬉しい。周りのやつは外国人だからリアクションで判断しねーといけなかったし。

パレードが終わった後は次のライブまで城下街を案内することになった。
飲食店とかお土産店を紹介しているうちにみょうじに声を掛けられる。


「もしかして、左右田さんはソニアさんとお付き合いを?」
「へへっ付き合ってるぜ!オレの方からな」
「すごいですね、王女様とだなんて!」
「いやあ…聞くか?オレとソニアさんは日本で会ったんだぞ!」
「日本で!?益々気になります!」


国の案内だけでなくオレの話もしっかり聞いてくれた。惚気話をすると目を輝かせながらいいですね!なんて言ってみょうじの方が口角上がってニヤニヤしてた。


「そーいやオメーってどこに滞在してるんだ?」
「3日間はノヴォセリック王国のホテルで滞在します、だから短期留学とはいえ中々良い値段するんですよね。色んなホテルも行き来するので」
「それはスゲーな。ヨーロッパってことは国の間も行き来か。みょうじって誰かと来てるのか?」
「いえ、私だけです。周りの音楽仲間と日にちが合わなくて」
「1人か。夜も遅いしそのホテルまで送るぜ」
「え、いいんですか!?」
「いやいやいや、危ねーだろ、海外で女1人って。誰かいた方が安心だって」
「あ、ありがとうございます!」


みょうじは笑顔を作りこちらに向けてくる。ソニアさんと付き合って少しだけ女性への気遣いが出来ているなと実感しつつホテルまで一緒に行った。
ホテルの前まで来るとみょうじはくるっと後ろを歩いていたオレにお辞儀をする。


「本当にありがとうございます、ここまで送っていただいて」
「いいって。まだ音楽祭は始まったばかりだし、オメーが良ければまた紹介してやるって。そうだ、城の場所分かるか?」
「え、ええ」
「そこまで来てくれたらオレがいると思うしよ。……あー、オレがここまで迎えに来た方がいいか?」
「だ、大丈夫です!私が左右田さんの方へ行きますので!」
「分かった、じゃあまた明日な」
「はい!ありがとうございます!」


何回もペコペコとお辞儀をするみょうじに手を振ると、小さく手を振り返してくれる。そこにどこか可愛らしさも感じたがオレにはソニアさんがいるしな。
城へ帰ったら色々聞かれるだろうし、と思いながらオレは電車の中で話すことをまとめていた。





昨日の夜といい朝食会でもソニアさんに散々質問責めされて朝から疲労が溜まってしまった。主にみょうじのことだったがソニアさんに話しかけられるのってやっぱりいいもんだな。

さて、と思いながら自分の部屋から城前まで歩いてきたときに既に見覚えのある人影があった。
ん、誰かいるのか。みょうじが壁際に立っていて向かい合うようにして男が立っている。
男がしきりにみょうじに話しかけているのに対してあいつは固まっていた。頭から足先まで。
何かあったのか。ふぅと息をついた後そちらに歩いて行くとみょうじも気がついたようであ、と小さく声をあげた。


「どうしたんだ?」
「あ、えっと…」
「………」


オレが声を掛けるとみょうじは目を伏せながら横目に男を見る。
男はオレの存在に気がつくと何も言わずにその場からすぐに離れていった。


「…何だァ?」
「えっと、お城の前って結構人通るじゃないですか。左右田さんを待っていたらあの人が話しかけてきたんです。デートしませんか?って」
「ほー、ナンパ?」


みょうじはコクリと頷く。確かに海外へ来てナンパするやつを見かけたことがあるが城前で堂々とナンパは初めて見たな。


「どうだったよ?」
「ま、まぁまぁかっこよかったですけど……どんなにイケメンでも急に話しかけられたら怖いですよ。…それにあの人日本とどこかのハーフっぽかったです。んー、だからかな?日本人だから一緒に観光しない?って。私は左右田さんと約束してましたから丁重に断っている所に左右田さんが来たんです」
「そういうことか。ま、ある意味オレも昨日が初めましてだろ?」
「そうですけど…左右田さんはソニア王女様の大切な人ですから粗相のないようにしないと」
「あー、そんなのナシな!ナシ!気軽に楽しもーぜ?今日は朝からジャズの演奏会だ」
「はい!」


どーするかとパンフレットを開くと、ここに行ってみたいですと指をさしてくる。指をさした先がクレープ屋で思わず笑ってしまった。朝から食うのかよ!というツッコミを入れたらリンゴみてーに顔が真っ赤になってしどろもどろになっていくみょうじがおかしくてまた噴き出した。
…おっと、いけねェ。ソニアさん曰く女の子は甘い物が好きだから馬鹿にするなって言ってたな。


「わりーって!ジャズの時間までまだあるから行こうぜ」
「ありがとうございます!気になってたんですよね、このお店」


パンフレットを両手に広げて端から端まで眺める姿はまるで子供みてーに純粋なやつだと思いながらクレープ屋がある通りまで歩き出した。


………



「………」


廊下の先の会場は来日パーティで演奏されている音楽が聞こえてきている。
目線はモノクマの差し出した動画から目が離せなかった。
オレの体が思うように動かずに硬直し、オレの頭の中は戦慄していた。

何故、ノヴォセリック王国でオレとみょうじが会っている?一緒に歩いている?ソニアさんとオレが付き合ってる?クレープ屋へ行くのであろうオレとみょうじが歩いているその後ろ姿を最後に目の前の画面は停止する。


「どう?左右田の失った記憶。こう言っちゃ悔しいけど幸せそうだよね。君には大切な人が沢山いるんだね」
「…ち、違う。ソニアさんは確かに魅力的な人だ。けど今好きなのはみょうじで…」
「何言ってるの?ちゃんと言ってたじゃないか。"ソニアさんと付き合ってる"って」
「…な、何が言いてーんだよ!どうせオメーの捏造に」
「静かに、2人に聞こえるよ」


人差し指だけを立て、オレの唇の前に当てる。さっきから何なんだよ…。
モノクマがどうしたいのか訳が分からなくなってきた。


「実はね、この動画には続きがあるんだ。さっきの動画の次の日なんだけど」


モノクマはスマホの画面を見ながらニコニコと笑みを浮かべる。ぜってーそんな面白いものでもない。嫌な予感がする。オレの第六感がそう告げていた。


「はい、これが"事件"ね」

「事件…?」


物騒な言葉に耳を疑うもモノクマの画面を見つめる。画面は荒く、ブレが酷いものの何が起きているかは理解出来た。


………


今日はみょうじに会う前にしなければならないことがある。城内にある車のメンテナンスだ。ここにある車は全部公用車だから定期的に行わないと何かあったら大変だ。
城の裏庭まで来たときに違和感を覚える。


「あんな車あったっけ…?」


首をかしげる。色や形は他の公用車と変わりないんだが何故だか気になっちまう。あの車からメンテするかと近づいたときに痛みが背中を襲った。


「うっ……っ、」


人の気配がする。誰かに殴られたと瞬時に理解した。地面に倒れる前にそいつに抱え込まれ、倒れずに済んだものの両腕を2人の男に掴まれ、違和感を覚えたあの車まで引きずりこまれる。


「なっ、何なんだよオメーらは!?」


何が起きたのか分からないまま車体に叩きつけられ、また背中に痛みが走る。言葉に出ないくらいの激痛に抵抗する間も無かった。
大柄な男がオレを持ち上げ車のボンネットに乗せられ逃がさねーように腰部分を強く上から押さえつけられる。もう1人の中肉中背の男がスマホを顔の前へ持ちながら遠くから立ち尽くしている。
まさか、オレを撮っている?


「は、離せっ!やめろっ!」


ジタバタと力のある限り足を動かし、オレを押さえつける大柄の男に攻撃したものの、男はビクともせず拘束の手が解けない。

男の手がオレの作業服に手をかけ、真ん中にあったファスナーをじーっと音を立てて開ける。作業服の下に着ていた白のシャツが男達に見えてしまう。

まさか。まさかまさか。
こいつら、そういう趣味か…?あり得る話だ、海外はそういう嗜好が多いって聞くし…。
自分の顔が青白く、血の気が引いていくのを感じた。


「ばっっ、オメーら本当に何をする気で…!?お、オレにはソニアさんがいるからよォ…や、やめてくれ!」


メンツとかプライドとか関係なく声を荒げて叫ぶ。何でこういうときに限って誰も来ねーんだよ…自分の運の悪さを酷く後悔しながらも叫び続ける。
目の前の男は一切動揺せず、オレの腹を拳で殴ってくる。


「ッッ!!」


さっきの背中への衝撃とは違う痛みが襲う。こいつの1発で中の内臓が破裂したんじゃないかという痛み。叫び声は途切れ、微かな呻き声だけが出てくる。
シャツを男によって捲り上げられればそこには大きな赤い痕が大きく出ていた。
2人の男の目を見てぞくりと背筋が凍りつく。鋭い目、見下ろす目は殺意が満ちていた。そしてオレはそいつらの手によって拘束されている。
オレを殺しにきてると理解してしまい、体が震え上がり目から涙が自然に溢れ出た。

スマホで撮影している男が細長いものを大柄の男に渡す。それはオレがメンテナンスの際に持っていっているレンチだ。大男にこんなので頭殴られたら間違いなく死ぬ。オレが、オレが何をしたっていうんだ…!

恐ろしくてぎゅっと強く目を閉じる。いつくるか分からない。だけど目を開けて殴られて死ぬ瞬間を目の当たりにしたくない。歯が噛み合わない程に震えながら待つと、


「うぉっ!?」


男の短い叫び声が聞こえる。その後に、


「て、テメェ!何をしやがるっ!?…うっっ!?」


もう1人の男の呻き声が聞こえ、オレの腕の拘束が解けた。な、何が起きたんだ?只事じゃないことが立て続けに起きているようだ。恐る恐る目を開ける。


「……は…?」


今まで理解出来ていたのに、目の前の光景は頭の整理が追いつかなかった。
まず車の近くで横たわる男2人だ。こいつらは間違いなくオレを襲ってきた奴だ。近くには男が撮影していたであろうスマホが操作画面を下に置かれていた。そしてオレの視界にはもう1人いた。

そいつは似つかわしくない血がべったりと付いた鉄パイプを持ち、体全体で呼吸をして呆然としていた。

…………何でそこにいるんだ。何でそんなのを持ってんだよ。


「………」


言葉が出なかった。
白を基調とした服を見に纏ったみょうじはオレの方を見ずにただ何処かを見つめていたんだ。






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