「あ、…そうでした」


そういえば私に話があるんだっけ。
差し伸べられた手に恐る恐る触れると柔らかい肌の感覚が伝わってくる。
ソニア王女は私の手をギュッと握る。
この後どうすれば…そう思いながら助けを求めるように左右田君を見るとパチリと目があった。


「…ま、みょうじを呼んだのがソニアさんで安心したわ。ゆっくり話してこいよ」
「え、…左右田くーん?」
「大丈夫だって、廊下で待ってるからよ。ソニアさんはお優しい方だから、ま、大丈夫だって」


そそくさと退散する左右田君。とはいえこんな平凡な一般人が素敵な王女様といていいものだろうか。
心臓がバクバクと音を立てる。何を話せばいいのだろう。手先が震えてくる。


「…そんなに緊張しなくていいのですよ?」


顔を上げると彼女はニコニコと笑いつつも眉をハの字みたいにしてどこか困ったような表情を見せる。


「あ、あの…どのようなお話で?」
「…まずは座りましょうか。近くでみょうじさんとお話したいのでみょうじさんの隣に座りますわ」
「ええっ!?」


ソファへ座らせられ、その隣にお淑やかにソニア王女は腰掛ける。香水だろうか、甘い香りが彼女の髪からする。


「そうですね、2つお話があるのです。まずは1つ目からいきましょうか」
「は、はい」
「みょうじさんの知名度は着々と上がっておりますわ!わたくしがファンになった影響もあって国でもみょうじさんの名前が出てます。これは喜ばしいニュースですわ!」
「な、そこまでですか?本当ですか?」


語尾が裏返ってしまう。まさか自分がそこまで知れ渡っているとは思いもしなかった。
けど、ずっとサックス一筋でやってきた自分が認められたような少し誇らしく思ったのも事実だった。
照れ臭いのと目の前の人物が眩しくて目線を逸らしていると彼女は何かを考えている様子だった。


「…えっと」
「みょうじさん。失礼しました。少し考えておりまして」
「い、いえ!」


そんなことないと首を横に振ると彼女は深刻そうな表情を浮かべる。
変な胸騒ぎがする。どうしてそのような顔をするのだろう。


「…少し、怖いんです」
「え?」
「有名になるということは多くの人の目に晒されるということですわ。それにみょうじさんは素敵な方ですから沢山のアプローチを頂くことでしょう。
…それらはトラブルの種になる可能性が高いですわ」


…彼女の言いたいことが分かった気がした。まるで全て経験してきたかのような言葉にひどく胸に刺さった。
ソニア王女も幼い頃から嫌でもそのような経験をしてきたのだろうか。


「分かりました」
「…それともう1つの話。左右田さんをよろしくお願いします」
「あっ…は、はい」
「…ふふっ。幸せそうで何よりですわ」


やっぱりそうだよね。ここに一緒に来てる時点でバレてるよね。顔の温度が上がっていく中、


「あの、王女様」
「ソニア、でいいですわ!そう呼んでくれるとわたくしもすごい嬉しいです!」
「…ソニア、ちゃん」
「はい!何でしょうか!」
「物凄く、変な話ですが左右田君と昔にお付き合いしていたのですか?」


…嫉妬のせいだろうか。気になっていたことを口にしてしまった。
キョトンと目を丸くした王女様は突然噴き出すように笑い出す。


「っふふっ、やはり女性は気になるものですわね。…ええ、お付き合いはしておりましたわ」


本当のことだったんだ。こんな素敵な人とお付き合いをしていたなんて、左右田君も意外とやるもんだ。…と感心している場合ではない。


「けれど左右田君はソニアちゃんと付き合ってたという事実を知らない、っぽいんですけど」


その言葉を言った瞬間、彼女は目をキリッとさせてこちらを真っ直ぐと見つめる。


「………みょうじさん」
「はい」
「……あまり昔の関係に深入りしない方がいいかと」
「…えっ?」
「今はみょうじさんと左右田さんが幸せにお付き合いしている、それでいいじゃないですか?」
「……」


真剣な眼差し、というより睨むという表現が相応しいのだろうか。
これ以上は何も話さない。何も知らない方がいい。そう告げられた感じがする。

なんなんだろう、このモヤモヤ感は。
一体過去に何があったのだろう。
それを知りたかったものの、無闇に地雷を踏みに行って大怪我を負いそうな気がして唇をぎゅっと噛みしめた。


「失礼しました。思い出させてしまったでしょうか」
「…いえ。そんなことはないですわ!…そろそろパーティも終わりになります!行きましょうか!」


様子を伺うように話しかけると彼女は一転して先程の明るい表情へ戻り、扉のノブを回した。


「みょうじさん!」
「ま、待ってください!」


ニコニコと笑う彼女はさっきまでの彼女なのだろうか。考える間も無く廊下へ一緒に出た。
廊下には少し先に左右田君がいた。ソニア王女は左右田君に軽く会釈をして会場へと足を進めていった。
私は左右田君の近くへ向かう。


「左右田君?」


左右田君は高価そうな絨毯へ目を向けている。
私が名前を呼ぶとハッとしてネクタイを締め直しながらこっちに顔を向けた。


「………行こうか」
「…どうしたの?」
「何でもねーよ」


彼の低い声にピクリと肩を震わせてしまった。左右田君の機嫌が悪いときの声だと理解してしまった。
この一瞬の間に何かが起きたのだろうか。


「…うん、挨拶聞いたら早く帰ろっか」
「…ああ」


左右田君は短い言葉を発した後に遠い目をして黙り込んでしまう。
ああもう、苦手なんだよね。この気まずい空気。



パーティも終わり、2人で帰路につく。2人だけの足音だけが響いている。何も言葉は出なかった。彼の機嫌が悪くなった要因を脳内で探していた。何か悪いことをしてしまったのだろうか。考えても心当たりがない。

マンションの中に入ってエレベーターに乗り込む。機械音だけが鳴っている。機械的な女性の声が到着のアナウンスを告げ、2人で降りる。

自分の部屋の鍵を開けて中に入ると背後から温かいものがのしかかる。


「左右田君?」
「ん、みょうじ。今はこうさせてくれないか?」


とはいえ少し重いな…。ドアを閉めて鍵をかけた後、ソファへと誘導する。


「どうしたの?嫌なことあった?」
「はぁ、ちょっとな」
「どういうの?」
「なんつーか、気まぐれってやつ?1人になると色んなこと考えてさ、気が滅入る日があるじゃんか」
「……あれ、そんな気分屋だっけ?」
「わりーかよ。…みょうじがいなかったらもっとウジウジしてた」
「それならそうと言ってほしいな。私何かしちゃったのかと思ってビクビク怯えていたんだから」
「ごめんな」


なんだ、そんなことだったんだ。彼の髪を優しく撫でると強く私を抱きしめる。この体温が疲れた体にとても心地いい。


「あーー…ったく幸せだ」


左右田君は私を抱きしめたまま、横へ寝転がる。仰向けになった私は目の前の彼に簡単に覆い被さられてしまった。


「嫌なこと忘れられそう?」
「ああ、モチのロンだ!…な?少しだけ夜更かししていいよな?」
「うん…いいよ」


どうしてソニア王女が話してくれなかったのか分からなかったけど、もう忘れよう。彼女の言う通り、昔の恋愛話を聞くよりは今のこの時間を大切にすればいい。2人だけの夜を。





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