「…?」


真剣な表情をしたソニア王女は一瞬だけど左右田君と顔を合わせたように見えた。
気のせいとも思えたけど左右田君が私の前に出たことから、やはりと確信した。
…何かあるかな。お邪魔しちゃ悪いかな。


「みょうじさん、申し訳ありませんが…お席を少しだけ外してもらってもよろしいでしょうか?」


申し訳なさそうに微笑む彼女に嘘偽りは無かった。彼女の表情を見つめているとああ、と小さい声が聞こえた。


「大丈夫です、ほんの一瞬だけですから」
「え、ええ。分かりました」


一体何の話だろう。気にはなったもののこの部屋から一旦立ち去ることにした。
失礼します、と軽くお辞儀をして扉を閉め、シックで落ち着いた廊下で1人待つことにする。

何とも歯がゆい気持ちだ。これが嫉妬というやつかな。パーティドレスの裾をぎゅっと握っては離しを繰り返す。
誰かが廊下を歩いてくる。私のことを一瞥してはパーティ会場へ向かう。


パーティ会場はさっきまで騒がしかったが少し静まっている気がした。
もう時間もかなり経っているしもうすぐお開きなのだろう。
会場で待ってようとしたときに後ろから左右田君とソニア王女の声が聞こえる。


「…ありがとうございます、ソニアさん」
「いえ…お待たせしました。みょうじさん」


私の姿を見たソニアさんはニコニコと可愛らしい笑顔を向けてくれる。


「いえいえ、待ってなんか…!」
「そろそろ皆様お待ちのようですし、お2人で先に会場へ行っててくださいまし!」
「ああ、行こうか、みょうじ」
「う、うん!」


左右田君が私の手を握り、エスコートしてくれる。その手はとても温かくて、左右田君はどこか照れ臭そうに、幸せそうに私へ笑顔を見せる。
大人っぽいスーツ姿に対してあどけない不器用な表情にキュンと胸の鼓動が高まった。


「…私達の為にお越し頂き感謝しております。ありがとうございました」


ソニア王女の挨拶と共にパーティはお開きになった。
周りの人達は談笑しながらその場から離れる。ある程度人が帰った後に私と左右田君は会場から出て駅までの夜道を歩く。


夜の都会は高いビルの光がそこら中にあって、夜空のように煌めいている。
真っ暗ではない明るい道を2人で横に並んで進んでいた。


「何を話していたの?」


さりげなくあのときのことを聞き出してみる。やっぱり左右田君を信じているとはいえ内容は気になってしまう。
左右田君は私に一瞬顔を向けた後にあー、と髪をかきあげながらボソリと呟く。


「…お幸せにってよ」
「え?」
「みょうじとオレが付き合ってるかって聞かれて、そうって言ったらスゲー応援されちゃってな。何だかオレ、頑張んなきゃなってそう思っただけ」
「……そ、そう。ソニア王女様に…」


意外な内容だった。まさか応援してくれているだなんて。一応ソニア王女は左右田君と付き合っていた筈だから何かしらの想いはあったはずだけど…もう昔の話ということで心を切り替えていたのかな。

とはいえ王女様がこんな一般人2人(左右田君は超高校級のメカニックだけど)を応援してくれている事実が嬉しくも信じられなかった。


「それなら私、サックス頑張らないとね」
「おう、オレも機械がいじれる仕事してーな!バーにある音楽機器の点検メンテナンスもいいけどよ…やっぱりエンジンをいじりてーんだ!」
「えー、何だかんだバーテンダーにあってるのに」
「うっせ!オレはやっぱりメカニックが向いてるんだよ!」


いつも通りの左右田君、愛おしい左右田君だと微笑むと横断歩道がある信号が青へと変わる。ここを渡ればすぐに駅の改札だ。ここからでも電車が来るアナウンスが微かに聞こえる。


「明日はお互い休みだね」
「ん?どうした?」
「どこか2人で出かける?家でゆっくり過ごすのもいいけどね」
「んー、迷うなァ。オレはみょうじがいてくれるだけで充分だぜ!」
「その返事は迷っちゃうなぁ。ま、後で決めようか。……あ、信号青だから渡っちゃおうか」


歩道の信号がまだ青色に光っているのを確認して左右田君より一歩先に進んで渡ろうとする。


横断歩道の白い線を1本2本踏んで行った瞬間に私の視界が白い光りに包まれた。


えっ?


何が起きたか分からない。けど信号を渡るだけでこんな光に包まれることなんてないのは確か。
ゴォォッと何か低い音が聞こえてくる。かなり近い距離から聞こえてきた。


「-----みょうじッッッ!!」


左右田君の叫び声で私は周りの状況を理解してしまう。

今危険な状況にいることに。
私の目の前に赤信号を無視した車が迫り来ていることに。

避けないと、でも間に合わない。もう車と自分の間には1メートルも無いのだ。思わず両腕で身構える。車相手に敵うはずもなく吹っ飛ばされることは分かりきっているのに。


ギュッと歯を食いしばった瞬間。


不意に何か柔らかいものに押され、その後に強い衝撃が私の脇腹付近を襲い体が一瞬の間だけ浮遊する。体は肩から落ちアスファルトに叩きつけられる。


「…っ」


周りの声が一瞬にして騒がしくなる。
轢き逃げだ。車はそのまま真っ直ぐ進んでしまった。そう聞こえた。

幸い両肩を強く打っただけで死んではいなかった。ゆっくりと手で体を支えながら起き上がる。生地が薄めのパーティドレスだったからか腕を擦りむいてしまったようでジクジクと痛み出してくる。

横断歩道には何人かの人が声を掛けてくれる。大丈夫ですか?、と心配そうに覗き込む。
それよりも私は目の前の人だかりに目がいった。


「…………え、」


言葉が出なかった。スマホで救急車を呼んでいる男性の他に人だかりの中心へ声を掛ける人がいた。
中心にいた人物は倒れ込んでいた。
周りの人が声を掛けても返事が聞こえなかった。

その人物を見た瞬間に頭の整理が追いつかなくなった。



「……左右田君?」


スーツ姿の男性、一目で分かる派手な桃色の髪をした男性……左右田君が横断歩道で倒れていた。

彼の体から溢れる真っ赤な血溜まりが私の目や脳内に焼きつく。

ああ……!まさか…まさか……ッ!

左右田君の倒れている場所はさっきまで私がいた場所だ。

柔らかい何かに押される感覚と、叩きつけられるような強い衝撃。

左右田君は、私を庇って………?

辻褄があう。私と車の間は1メートルも無かった。そこから左右田君が私を押し出しても、私は車のどこかしらには当たってしまう。
それでも私は真正面からもろに受けなくて済む。けど、私を押し出した左右田君は車の目の前に立つことになってしまい…。


その事実に足がガクガクと震えながら倒れている彼に寄り添う。
あまり体を大きく揺らしてはいけない。そっと左右田君の口元に手を当てると僅かに息はあるもののかなり弱い状態だと分かった。


「…左右田君、左右田君……!」


どんなに声を掛けても閉じた目は開かない。まだ生きてはいるものの意識を失ってしまったようで反応がない。

涙が溢れでる。死んではいないのだけれど、血溜まりの上に彼が倒れている事実が信じられなくて悲しくてどうしようも無かった。
あのときちゃんと渡る横断歩道が青信号だったとはいえちゃんと確認していたらこんなことにならなかったのに。


「ごめんなさい…ごめんなさい…ごめんなさい…っ!」


周りに人がいようが関係なかった。
立っていることも出来ずに膝から崩れ落ち、張り詰めた糸がぷつんと切れたように泣くしかなかった。

パトカーのサイレンと救急車のサイレンが鳴り響きながらこちらに近づいてくる。
それでも振り向く気にはならなかった。左右田君の安否が気になって仕方なかった。



その後は話を聞きたいと警官と共に警察署へ行った。左右田君は救急車に乗せられ、警察病院で治療を受けることになった。
自分も病院で彼の近くにいたいと申し出たものの断られてしまったが、警察の方のご厚意で一晩はそこの休憩所みたいな所で泊まらせていただいた。
きっと私から事故の話を聞きたいから、だろうけど。


慣れない所で泊まったせいかはたまた地面に叩きつけられたせいか、体があちこち痛かったが警察の人に私の知っていること全てを話した。警察の人は私の話に頷きつつ、メモを取っている。


「……みょうじさん、ありがとうございます。轢き逃げの車のナンバーも目撃情報によって分かってます。今捜査してますので待っててください」
「……ええ、ありがとうございます」


警察の人に轢き逃げの状況について話をし終える。私からしたら何が起きたのか本当に分からなかった。幸い目撃者がいた為に犯人確保はそう遠くないだろうと励ましの声をいただいた。
犯人を捕まえることも大事だけど何より左右田君のことが気になって仕方なかった。


「……あの、彼は」
「左右田さん、ですか?先程病院から連絡があって治療後に目を覚ましたそうです」
「!ほ、本当ですか!?」


警官の言葉にホッと胸をなで下ろす。良かった、左右田君は無事なんだと顔を綻ばせる。

しかし警官の表情は未だに晴れず沈んだ表情なのが気にかかった。


「…………………あの、みょうじさん」


長い沈黙の後に警官が口を開いた。
はい、と警官の目へと向けると先程より小さい声で話しかける。
物凄く胸騒ぎがする。嫌な予感しかしないのだ。冷や汗がだらりと垂れてくる。


「……あのですね、左右田さんは……目を覚ましたのですが」


ゴクリと喉を鳴らす。
言い出そうとして言い淀むも警官も覚悟を決めたようで教えてくれた。





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