もう今の自分は無敵なのではないかと思う。
だって今まで悩んでいたことがハッピーな形で解決したのだから。
鼻歌交じりで今夜演奏する相棒であるサックスをメンテナンスしていた。

遊園地はカップル客が多数だった。ピンク色のイルミネーションがよりロマンチックにさせていく。
ピンク色を見てしまうと髪色から左右田君のことを思い浮かべてしまう。もう恋人で良いんだよね?
左右田君の発した大好きという言葉が何回も私の頭の中で繰り返される。
イルミネーションだけでなく多くの所を2人で一緒に行きたいな。


「みょうじさん、随分とご機嫌だね」
「…えっとそう見えましたか?」
「うん、まぁ気分下げられるよりはいいんだけどね」


モノクマに気づかれつい萎縮してしまうものの、こんなことで萎縮する自分も変だなとポジティブに色んなことを考える。


「良い衣装だね、選んだ甲斐があったよ」
「これ、ですか?」
「うん」


ショーの衣装だと手渡されたそれはモノクマが選んだらしい。
丈が短い白いワンピースドレス、袖部分はレースで肌が透けて見えるタイプだ。どこか上品でセクシーな衣装である。これをモノクマが選んだという点を除けば綺麗なドレスである。


「それじゃあ、僕は挨拶しに行ってくるね」


そう言ってモノクマは色んな人へ挨拶をしに私の元から離れた。
やはりモノクマの知名度は高いのかモノクマの周りには偉い人であろうスーツ姿の人が数人いた。中には高そうな機材を持った人もいる。きっとテレビ局の人だろう。これからのショーで失敗するわけにいかないとサックスの手入れを進める。

公演30分前になるとステージ上では他の演奏者が明るい曲を奏でてダンサーがその曲に合わせて踊る。

このショーはちょっとした物語になっているらしい。2人の恋人を主人公とした恋愛物語だとか。

外は多くの観客が詰めかけている。スタッフさんから話を聞くと数千人は来てるみたいで膨大な人数に驚きを隠せなかった。
だからこそ緊張はするものの左右田君にかけてもらった応援の言葉がより私を元気づけてくれる。


「さあ、行こうか」
「はい、お願いします」


軽く会釈した後にステージでスタンバイする。
私が吹く所は物語の中盤で、2人の恋人が離れ離れになる所だ。恋人のいない日々を過ごす男性の心境を私達が奏でるのだ。
ここだけのステージはダンサーもいなくて、私とモノクマだけの演奏になるのだ。だから私達の演奏が主体になっているんだなと思う。

このショーだけの書き下ろしの曲で小夜曲-----セレナーデと名付けられている。


ステージの場面が変わり、夜のショーということもあってライトがこちらに向けられる。
モノクマの奏でるピアノに合わせ、サックスを吹き始める。

辺りはピアノとサックスの音だけが響く。ピアノの音を消さないように注意しながらサックスを吹き続ける。
セレナーデは主に女性や恋人を称える為の曲だ。離れ離れになってしまった恋人を想い続ける男性の心境に終始なりきって演奏を続ける。
左右田君がもしいなくなってしまったら、と考えると不思議とサックスの音も哀しい音色を奏でる。


ピタリとタイミングよくピアノと一緒に曲を終えると、ライトがふと暗くなりステージが切り替わる。


「君は…もしかして…!」
「まあ、離れ離れになっても…また貴方に会えてしまうなんて!」


そして恋人役である俳優と女優の2人の声が聞こえ、スポットライトがステージを照らす。
2人が現れた場所のその後ろでまたモノクマと演奏を始める。

再会した男女の心境を音楽にしていく。
よそ見なんて出来ない。演奏は気が散ってしまってはいけない。集中しながらモノクマのピアノと合わせて演奏を続ける。

長い演奏を終えると、ダンサーや他の演奏者も登場し、華やかで明るいショーを作り出す。
最後は恋人同士晴れて結ばれるシーンでショーを終える。

全ての演奏を終えた私達に響いたのは凄まじい拍手の音だった。こんな拍手の量は貰ったことがなく、私だけでなくダンサーも俳優さん達も演奏者も観客もみんな笑顔だった。


「お疲れ様でした!」


ステージ裏で多くの人に挨拶をする。ステージ裏にいたスタッフも大成功だと喜んでいた。
挨拶しているとふとモノクマに肩を叩かれ、ぐいと手を引かれる。


「ほら、みょうじさん。メインがそんな所にいないで」
「え?」
「テレビ局の人がねみょうじさんのこと気になってるみたい。僕と演奏した女性は誰だってね」
「え、えぇっ!?」


突然の言葉に戸惑いながら歩いていくとアナウンサーと機材を持ったスタッフがいてつい背筋がピンとする。


「あら、そちらの方が例の…!」
「連れてきましたよ、サックス奏者のみょうじなまえさんです」
「初めまして、みょうじなまえ、と言います」


アナウンサーの眼力とカメラのレンズが私に向かれてドキリとする。まさかこれ撮っているの?


「実はショーを観ていた人にインタビューをしていまして、俳優さんやダンサーが良かった、演出が良いなどの感想を頂きまして…勿論ピアノ演奏が1番多かったんですよ!有名なピアニストの方の演奏なんて滅多に聴けませんから!」


アナウンサーは興奮気味に話している。アナウンサーさんもショーを観ているはずだしそれくらいショーは凄かったのだろう。改めてステージにいたということがどんなに凄いのか思い知らされる。


「何よりも話題になったのはサックス奏者の女性は誰だと多くの方からの質問が多かったんです!」
「わ、私ですか?」
「ええ!私自身もサックスって明るいジャズの演奏っていうイメージがあったんですが、みょうじさんのサックスはピアノに溶け込んでいて、哀しい音色を出していたんです!生まれて初めてサックスもこんな音が出るんだって感動したんです!まるでサックスが感情を持っている、そしてみょうじさんが命を吹き込んでいるんだと感銘を受けまして!」


熱心に私の演奏に感想を述べていくアナウンサー。こんなに褒められたことはないし、何人かが私のことを知りたがっているという事実が少し恥ずかしくて目を逸らしてしまう。


「是非、みょうじさんのこと聞かせてください!遊園地のショーの特集を組んでいて私達もみょうじさんを全国に広めたいんです!見てくださいこのSNS!ショーを観た人の呟きにみょうじさんのことが書かれているんですよ!」
「ほ、本当ですか?」


アナウンサーは自分のスマホで呟きSNSを開く。検索欄に遊園地の名前を入れると確かに私のことがチラホラと見受けられる。


あのサックスの人凄かった。
有名なピアノの男よりもこの人に目がいった、可愛い。
あの女性誰なんだろ!無名の新人さん!?
あの……さんと肩を並べる程に美しい演奏!この人誰!?誰か教えて〜!
……様と演奏なんて羨ましい〜〜!!


…確かに複数人が私のことについて書いているみたい。
何だか照れ臭いがこんな不特定多数の人が知りたがっているのも少しだけ怖かった。勿論これはほんの一部で圧倒的にモノクマのことについて書かれている。


「す、凄いですね。でも私そんなに面白くないですよ?」
「面白さなんていいんですよ!サックスについてと最近ハマっている趣味について答えればいいんですから!」
「それ位なら大丈夫です…えーとよろしくお願いします!」


私達は別室に移動してモノクマのインタビューのついでという形ではあるが私のインタビューも行った。
あんまり根掘り葉掘り聞かれずに済んで良かった。ただモノクマのちょっかいが少しあったが適当にあしらっておく。ただの知り合いですよ、と。本当にこのフォローで正解だったのかは分からない。意外とモノクマのファンが多いから下手に発言すると勘違いされるかもしれないからだ。


普段着に着替えた後に打ち上げにも誘われたが、左右田君のこともあって丁寧にお断りして遊園地の裏口から出る。


「キャッホー!なまえちゃん!なまえちゃんの出待ち第1号っすよー!」
「わっ!み、澪田さん!?」


裏口を開けるとテンションの高い澪田さんが私を見るなりこちらにやってくる。


「なまえちゃんの演奏、関係者席から見てたんすけどちょー感動っす!演奏もそうっすけど何よりなまえちゃんのカッコが天使っす!」
「そっか、澪田さんもソロ活動してる有名人だから関係者なんだね」
「この後バーに行くんすよね!?和一ちゃんきっとヘトヘトなんで行っきますよー!」


いつものように澪田さんに腕を組まれ
バーまでの道を歩いていく。
ひたすら私の衣装や演奏についての感想ばかりで恥ずかしくなってしまう。


「もぉ〜、眼福っす!なまえちゃんを観た後に死んでもいいって思っちゃったっす!」
「そんな大袈裟な!ソロ活動で世界を渡っている人に言われちゃうと照れちゃうよ!」
「てへりん!唯吹にも確かに世界を渡るんすけどなまえちゃんの演奏が聴けないとなると海外に行きたくないっす…」
「澪田さんが世界で活躍してるのを見ると私も嬉しいんだよ。それに偶に日本に帰ってくればいいんだよ!そしたら色んな所に行こうね!」
「ホントっすか!!なまえちゃん大好きっす!」
「わわわ…」


ぎゅっと抱きつかれてつい体に熱がこもっていく。


「あー、和一ちゃんったらなまえちゃん頂戴と言っても駄目だったんすよ」
「え、ショーの前にバーに行ったの?」
「行ったっす!そしたらもうなまえちゃんと付き合ってるって自慢されたんすよ!くー!悔しいっす!けどなまえちゃんをひたすら褒める会に参加出来て嬉しかったんすけど」
「何の会開いてるの!?」
「名前の通りっす!唯吹に和一ちゃんにマスターの3人で語っていたっす!」


マスターまで何をしてるんですか…まさか私がショー前に緊張しているときに私について話していたとは思いもしなかった。


「圧倒的に和一ちゃんの勝ちっす…一緒に暮らすってズルくないですかー!?寝顔が愛おしいとかなまえちゃんが寝てるときに頭撫でまくってるとか、料理が美味いとか最早褒めるでも何でもない惚気っす!」
「え、え、えぇっ!?」


左右田君が…そんなことを言っていたの?
左右田君っていつも感謝はしてくれるけど、そんなストレートに言わないのになぁ。
それでもそう話してたってことを知っただけでもとても嬉しい。口角が自然に上に上がる。


「あーっ、なまえちゃんったら嬉しそうに!」
「えへへ、だって凄く嬉しいんだもん。左右田君そんなこと私の前で言わないから」
「うっひゃー、ピュアピュアっすねー!」


澪田さんにからかわれつつもバーに辿り着く。まだ営業中ということもあって裏口の扉に手をかけるとその前に扉が開いた。


「あっ」


同時に言葉が出てくる。目の前にはバーテンダーの制服を着た左右田君が私を見て驚いた表情をしていた。


「お、お疲れさん。はえーな」
「お疲れ様。ショーは今日1回だけだからね。打ち上げとか参加しないで来ちゃった。お酒飲んだら一緒に帰れないでしょ?」
「おう、…そ、そうだな」
「おやおや?和一ちゃん残念っすね!なまえちゃんがお酒飲んできてたらどこかのホテルに連れ込む気だったんすね!」
「ばっっ、馬鹿なことをみょうじの前で言うんじゃねーよ!何でオメーもいるんだよ!」


うん、いつもの左右田君だ。いつもの姿を見られるだけで安心するし、やっぱり鼓動が早くなってしまう。会えて嬉しいから、かな。


「とりあえず、まだ仕事あるからよ。入ってこい」
「さあなまえちゃん行くっすよ!」
「いやいやいや!……まあいいか」


疲れからかツッコむのを諦めた左右田君は呆れつつも私達を入れてくれる。
客に見られないようにこっそりと控え室までやってくる。


「ほら、マスターからだってさ」


左右田君が持ってきたのは前の試作品と同じ、ベリーソースがかかったガトーショコラだ。


「わあ、バレンタイン限定のケーキ!いいの?」
「いいってさ、みょうじも疲れてるだろ?」
「ありがとうー!」

「ふふん、和一ちゃん照れ隠ししなくたっていいっすよ?なまえちゃん、このケーキは和一ちゃんの手作りなんすよ!」
「……あっ!」


そういえば。確かにバレンタイン出勤の理由はケーキを作るお手伝いが大部分。そう考えるとこのケーキは左右田君手作りだ。


「逆バレンタイン、か…ホワイトデーには3倍返ししなきゃだね」
「い、いや、そこまでしなくても…オレ、手伝いに行ってくるわ!」


左右田君らしくない挙動を取りながらそそくさと控え室から出て行ってしまった。
早速ケーキを切り分けて口に運ぶ。甘くて美味しい。プラス左右田君の手作りと考えると頬が緩んでしまう。美味しくて幸せでほっぺたが本当に落ちそう。


「うひょー、なまえちゃん可愛いっすね!なまえちゃん疲れてると思うんで、唯吹があーんしてあげるっす!」
「んっ、澪田さん…っ!」


お皿とフォークが取られ、私の前に澪田さんが差し出したケーキが出される。


「は、恥ずかしいってば…!」
「そんな顔も見てみたいっす!はい、あーん!」
「ん、……あーん」


口を開けるとケーキが口の中に入ってくる。
それが食べ終わるとまたケーキが出され、口を開ける。それらの繰り返しなのだが恥ずかしくて、申し訳ない気持ちになってしまう。


「何だかごめん…」
「何で謝るんすか!唯吹は満足っすー!デートでもなまえちゃんにあーんする願望あるんすからね!」
「それなら私が澪田さんにあーんしてあげる、から。ね?」
「きゃー、なまえちゃんにされるなんて天国行きっすね!」
「も、もう大袈裟なんだってば!」


左右田君が上がるまで私は澪田さんと話し込んでいて、左右田君が上がったときにまた澪田さんにツッコミ入れるんだろうなぁと思った。
そしてそれが的中したのはほんの数時間後の話である。





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