黒い波が押し寄せては引いていく。 左右田君の言葉を今か今かと待ち望んでいる。これから何が起こるかも分からないのに。 「まずオレは希望ヶ峰学園出身なのは澪田から聞いているよな?」 その言葉にこくりと頷く。すると申し訳なさそうに罪悪感を伴ったような声で呟いた。 「あー…その、オレはそこである女の子に一目惚れしてな。今思えばしつこい位にアプローチしてた訳。それでその子と付き合うことになってスゲー幸せだった。その子の為なら何でも出来たし乗り越えられた」 言葉の節々から左右田君が本当に幸せだったということがよく分かった。過去の話とはいえ、嬉しそうな弾んだような声色だったから。それが何よりも心を締め付けられた。 「あのときのオレは青春してるって思ってた、けど生半可な青春とは違ってこれから先もその子の為に尽くそうって思えて、将来の進路先も変えた」 「そうだったんだ、前はどういう進路先…?」 「ロケットを造りたくてな、それが出来るような仕事がしたかった」 「す、すごい…」 「へへ、そうだろ?」 私が感嘆の声をもらすと左右田君は小さく笑った。 しかし、途端に彼は表情を曇らせた。 「……どうしたの?」 そこから何も言わない彼に不安が増していく。 苦悶の表情をしながら片手で頭を抱えた後に途切れ途切れの声を出した。 「…悪い、そこから先は分からねェ」 「……え?」 「オレも日々思い出そうとしているんだよォ、けど無理だった。オレには好きな人がいるっつーことは分かった。だが、その子の名前もどういう子だったのかも…それからの記憶がさっぱり思い出せない。 オレはその記憶を最後にいつのまにかこの街に立っていた」 最初彼の言葉が信じられなかった。それは部分的な記憶喪失なのだろうか。 「携帯があったから連絡先を探っても手掛かりが1つも無かった。ただ分かったのはノヴォセリック王国へ渡航した記録だけ。ノヴォセリック王国の知り合いがいたから確認はしたんだが…それはクラスみんなで行った卒業旅行だと教えてくれた。直接的な手掛かりでは無かった」 「……………つまり、左右田君は記憶が無いの?」 「まァ…そうだな。本当にそこだけがすっぽり抜けちまった」 だから…あのとき澪田さんにも卒業旅行だって言っていたんだ。何となく、だけど辻褄が合うということは本当のことなのだろう。 「当てもなくフラついてて、オレって結構派手にしてるから誰も近づこうとはしねーし…そんなときプライドなんて捨てて誰かに泊まらせてもらおうって思ったんだ」 「……それが私?」 「おう、しかも暫くいていいって言われたときは嬉しかった」 嬉しそうな声を出した後に左右田君は海の向こうを見つめ続ける。 その姿は黒い海に吸い込まれてしまうようなそんな気がした。 「…そろそろオレも1人で頑張らなきゃいけねーって思い始めた」 「え?」 「オメーにばっか迷惑かけちまって、ずっと居候してる訳にもいかねーしさ」 「……!」 「オレの無くなった記憶はもう戻らねーと思うし、それだったらこれから頑張るしかねーしな」 予感は的中してしまった。左右田君は真面目だからこうなることも予想していたものの…やはり私の元から離れてどこか遠くへ行ってしまうのだろうか。 「はぁ…こんなオレのことを好きになってくれる人のこと思い出したかったけどなァ…」 「……」 「……ん、何か言ったか?」 「…で」 「みょうじ?」 「離れないで、左右田君」 思わず左右田君の大きな手を握ると、突然のことに彼はかなり驚いたようだった。若干であるが声が上ずっている。 「な、なんだ?どうしたんだよ!?」 「…離れちゃ、嫌だ」 「へっ?」 「まだ、いてほしい…左右田君がいなくなっちゃったらすごく寂しいから」 左右田君にこんなに感情をぶつけたのは初めてだろう。どこかへ行ってしまいそうな彼を引き留める為に手を握ったものの迷惑なんじゃないか、嫌なんじゃないかと思ってしまう。 もしそう言われたら辛い、だけどそれでも自分は左右田君のことが大好きなんだ。 「……は、え、みょうじ…?」 「……ごめんね、急に。私ね、左右田君のことが好きなの。声も、顔も姿も、優しい性格のことも何もかも大好き」 「…………」 「左右田君が嫌なら出てっていいよ。それを覚悟して今こうして告白してるから」 本当は覚悟なんてしていない。もしこれで断られたら何もかも立ち直れない気がする。けど、何よりも彼自身の意思を尊重したくてついあんなことを言ってしまった。 左右田君の返事が返ってこない。沈黙が2人の間をすり抜けていく。そっと彼の顔を盗み見ることすらも怖くて出来ない。 …やっぱり嫌だったのかな。彼の体温を持つ手を離そうとしたときだ。 「…ま、待て。手を離すな」 「え?」 思いがけない言葉に反射的に左右田君の顔を覗く。鳩が豆鉄砲を食ったような表情だ。 左右田君の手を握る私の手をまた更に上から彼のもう片方の手が包みこむ。 彼の体温がより私の方へ伝わり心臓が高鳴り、緊張で手が僅かに震える。 「わりぃな、オレビックリして」 「…そ、そうだよね。私なんかに告白されちゃってね」 「いやいや、何自分を卑下してんだよ!オレはみょうじみたいな良いヤツに好かれて驚いてるだけだ」 「…!」 「オレだってさ、みょうじにお世話になってばかりだから邪魔って思われてねーかって。だから何処かで一人暮らししようって思ってたからな」 「そんなこと考えないよ!左右田君がいてくれるだけで幸せだから」 「だぁー!何可愛いこと言ってんだオメーは!」 少しだけ海に向かって叫んだかと思えば前屈みになって私の手を包んでいた手で顔を覆う。 そしてすぐに私の方へ向き直る。照れている表情が混じってはいるものの真剣な表情にこっちまで真剣になってしまう。 「……オレだって怖かった。みょうじは本当に良いヤツだし、オレの気持ちも整理しきれなかった。オレの記憶だっていつ戻るかも分からねーし、その戻った記憶によってオメーに迷惑をかけちまうかもしれないし…」 「……」 「けど、いつになっても思い出せねー記憶を引きずるのは止めた。本当に失った記憶の中でその子と付き合ってた事実があったなら、その女の子からオレに来てもおかしくねーんだ」 そうなのだ、私の中で引っかかっているのは彼が言ったことそのままだ。 もしソニアさんが左右田君と付き合っていたのなら、左右田君に卒業旅行しに行ったなんて嘘をつくはずがない。 その理由は…恐らく破局したのだろうか。そのショックで記憶喪失になったと考えれば悲しいことだけど納得がいく。 「…それにみょうじのことも気になっていた」 「私?」 「最初はモノクマとかいう変なヤツに狙われているから庇おうとしただけだった。…あれはクリスマスか、モノクマがみょうじの肩に触れているときにモヤモヤしちまって。それが嫉妬してるってことに気づいたのはつい最近だ」 「…え、嫉妬?」 「オメーと同じ気持ちだ、好きになってたんだよ」 人って驚くと何も声が出てこないんだなと痛感させられる。 硬直してる私を見て少しだけ左右田君の口角が上がった。 「さっきのオレみてぇだな、その顔」 「…だって好きだって言われると心臓止まっちゃったみたいに動けなかった」 「駄目だ、死んでもらったら困るんだよ」 「…そんな甘い言葉、左右田君も言うんだね」 「なっ!?こんな誰もいねー海で言っちゃダメかよ!?今こそロマンチックな状況だろ?」 「ううん、胸キュンした。今すごく幸せだよ」 「…へへ、ありがとな。同居人に告白して断られたら、って思うと怖くて何も言えなくて。オレもみょうじが大好きだぜ」 照れたその表情は愛おしくて誰にも見せたくなくて私は彼の背中に両腕を回した。左右田君も私に続いて抱きしめ返してくれた。 温かいというより熱いともいえる体温がとても心地良くて眠ってしまいそうだった。急に安心感が押し寄せてきたせいか眠気も突然やってくる。 「そろそろ、帰るか。オメーは明日ショーがあるんだからな」 「そうだね、寝ないとだね」 「…一緒に寝ていいか?」 「もちろん、今日から2人で寝よう」 「おっしゃ、テンション上がるーッ!」 「一応言うけど…そ、添い寝だよ?」 「わ、分かってるって!オレだって心の準備が…ッ!」 「ふふ、良かった。左右田君が真面目で」 「オレはこー見えても真面目だぜ!?ささ、家までお願いしますッ!」 駐車場までの帰り道はとても早かった。まだ左右田君と繋いだ手を離したくないとも思えてしまうほどに。 ………目が醒めると壁際に押しやられている自分がいた。原因は私のベッドが狭いせいである。 あの後別々にお風呂に入り、左右田君をベッドの中へ入れたのはいいものの、あまりにも恥ずかしくて彼と一定の距離を置いていた結果が壁に密着している私である。 すーすーと寝息を立てる左右田君の髪を撫でる。左右田君と結ばれたなんて信じられなかったもののすごく幸せだ。 どこにも行かないでくれるならそれで良かったから。 「ん、…みょうじ?」 しまった、起こしちゃったかな。 撫でる手を止めて体を起こす。朝の部屋は気温が低くて体を震わせた。 「おはよう、左右田君。まだ出発まで時間あるから寝てていいよ?」 「ふわ…それならオメーも寝てれば?」 欠伸をする左右田君も可愛いなぁなんて内心思いつつ、ベッドから出るのも億劫だし横になることにした。 こうして見ると左右田君と顔の距離が近いことに驚く。 「幸せだ」 「私もだよ」 「ショー、観に行きたかったぜ」 「何だか…彼氏に見られると思うとすごく恥ずかしいね」 「モノクマには見られていいのかよ?」 「そんなことないって、私はモノクマよりも左右田君に見て欲しいよ?ただ照れちゃうじゃん?」 「それもそうかもな。…前も言ったけど何かされたら言ってくれよ?」 「………というよりされた」 「はっ?どういうこと?」 左右田君に隠す訳にいかない。モノクマにされたことを端的に伝えると大きい溜息が聞こえる。 「あのな、それは早く言えよ?」 「ごめんなさい…」 「無理矢理キスしてくるのモノクマならやりかねないからな。次会ったときはただじゃおかねェ」 「あの、本当に、ごめんなさい」 「いいって、……今夜のショーなんかあったら報告だからなッ!」 「分かった、絶対に言うからね」 そう伝えると頭を優しく撫でられる。 心地良い感覚に目を閉じる。左右田君って本当に優しい人だって思いながら意識を手放した。 しばらくして2人で起きて準備をして左右田君と一緒にまずバーへ向かった。 「あらっ、なまえちゃんに和一ちゃん!…バレンタインになーに手を繋いじゃってるの〜?」 「…ッ!」 「あ」 すっかり忘れていた。お互い手を離すも無駄なことだった。 車から降りてバーへ入るまでのほんの数秒でも手を繋ぎたいって思っちゃって、左右田君の手を握ってた自分がいた。左右田君は顔を赤くしながらも仕方ねーなって握り返してくれた。仕方ないと言いつつもすごく嬉しそうだったけどね。 「なーによ、アタシに見せつけちゃって!」 「す、すいません!私がしたことなんで…」 「まー、いいわよ!2人仲良いからね!和一ちゃん!なまえちゃんを泣かせないでよね!」 「わ、分かってるって!」 マスターと左右田君の会話につい笑みが零れる。 男子更衣室に入っていった左右田君を見送るとマスターが私に近づいてくる。 「んで、どこまでしたのよ?」 「し…!?」 「あら?そこまではいってないのかしら?」 「ま、まだ一緒に添い寝したくらいです……」 「あらぁ、一緒に暮らしてるからもう最後までしたのかと思ったわ」 付き合ったと察するマスターの質問に驚きつつも、今私達は恋人関係なんだと思わせられる。 「あのですね、マスター。…左右田君に過去のことをあまり話さないで欲しいです」 「あら。どうして?…と言ってもアタシの方からも聞いてないけどね」 「左右田君に教えてもらったんです。あまり人にお話出来ないものだったので」 勝手に考えたことだけど、左右田君は過去のことをあまり話したがらなかったのはあまり詮索されたくないのだろう。 記憶が無いからあやふやなことを話したくないという一心もあると思うがマスターは快く頷いてくれた。 「いいわよ。和一ちゃんはその過去を話してくれたなまえちゃんを信用しているってことよね?それだけでもアタシは嬉しいわ」 「すいません、ありがとうございます」 「いいわねぇ、バレンタインにこんな初々しいカップル見るなんて。初めて応援したくなるカップルを見たわよ」 「そ、そうですか?」 「ええ」 マスターは笑顔で私を見つめる。 そんなときに左右田君の姿が目に入る。いつものバーテンダーの制服。見慣れているはずなのにどこか新鮮に感じられた。 「そろそろ時間ですので遊園地に向かいますね」 「なまえちゃん、いってらっしゃい!ホラ、和一ちゃん!いってらしゃいのキスよキス!」 「何言ってんだって!堂々とキス出来るほどの人間じゃねーって!」 左右田君は私の方へ近づき、両手を容易く取られてしまう。 「頑張ってな、ここからでも応援してる」 「うん、…ふふ、ありがとう、左右田君」 「…っ、おう。…照れるな、これ」 「うん…そうだね」 「キャーーー!!」 「うるせーよッッ!マスター1人で盛り上がりすぎだろッ!」 左右田君の照れ隠しのツッコミに元気をもらい、私は遊園地の方へ向かった。 |