「ねぇ、左右田君」
「ん?」


寝癖のついた髪を垂らしつつ歯を磨く左右田君は私の声に振り向く。


「ノヴォセリック王国って知ってる?」


昨夜見てしまったものを黙っておこうと思ったけどやはり気になる。私は昨夜パスポートが落ちててそれを拾った際に見てしまったと伝える。
口を濯ぎながら彼は考え込んでいる表情をしている。


「………卒業旅行だな」
「へぇー、そうなんだ!高校生で海外なんてスゴいね!」
「ああ、ノヴォセリック王国の人がクラスにいたから」
「…そっか!ありがとう!」


左右田君の姿に違和感を感じ取るも、お礼を言う。まるで何かを隠しているような、言い訳をすぐに考えたような感じ…。本当ならそれでいいのだけれども、もし言い訳なら過去のことは何も話してくれなさそうだ。

今朝後輩の女の子からメールが届いた。ノヴォセリック王国の来日パーティの演奏会の招待状を2枚用意出来たとのことだ。そのことを左右田君に話す為の口実でもある。


「どうしてそんなことを聞くんだ?」
「あのね、そのノヴォセリック王国の人が来月来日するみたいでその招待状が2枚あるの。左右田君もどうかなって」
「…………」
「…左右田君?」
「…おう!いいぜ!」


一瞬曇った表情を見せていたが、左右田君は私を見てニコリと笑った。


「えっ、いいの?無理してない?」
「パーティがどんなのか想像がつかなかっただけだ!それにみょうじも一緒なんだろ?」
「うん、私も1人じゃ心細くて…」
「なら同じだな!オレも1人だとさびしーつーか」
「うん、ありがとう左右田君!」


…気のせいだったのかな。
そう思えるくらいにいつもの彼に戻っていた。脱衣所で鼻歌を歌いながらトサカヘアーを作ろうとしている。
さっきまで曇っていた表情は何だったのだろう。もうそれ以上聞く必要なんてないし私の杞憂に終われば1番いい。


今日は私の出勤日は無いが彼が出勤だというのでバーにいる。それにモノクマとの演奏が控えているということもあって私は出勤日関係無くバーに行くことになっている。


「お疲れ様。みょうじさん」


控え室に入るとモノクマはこちらを見て笑顔を作った。


「はい、よろしくお願いします」
「うん、よろしくね」


モノクマに渡された楽譜を見て打ち合わせをする。一通り曲を通して、ここはゆっくり演奏するようにと1フレーズだけ吹くのを何回も繰り返す。


「うん、このテンポで流せられればいいね…大丈夫?」
「っ、は、はい…」
「…少し休憩にしようか、吹き続けて疲れちゃったでしょ?」
「そう、ですね」
「何か飲み物を持ってくるよ、長く練習させてごめんね」
「いえ、とんでもないです」


モノクマの実力は素晴らしいものだと痛感する。彼はピアノとフルートを担当して、私との演奏ではピアノを奏でるのだが非常に滑らかな音で心に響くというのがよく分かる。


「はい、ミネラルウォーターで良かったよね」
「ありがとうございます」


マスターに頼んだであろうグラスに水が注がれている。それを口に含み喉の渇きを潤した。


「…みょうじさんってさ、」
「はい」


モノクマは一呼吸置いた後、私の目を見て口を開く。


「左右田とはどういう関係なの?」
「…!」


一緒に帰ってるし、前にもモノクマの誘いから守ってくれたことがあったから気になるのは当然だろう。


「仲良くしてもらってますよ?」
「それは友人として?恋人として?」
「…っ、友人として、です」
「なら良かったよ」


良かった…?男の言葉に耳を疑った。
キョトンとしているとモノクマが溜息混じりに呟く。


「みょうじさん、君にあの男は似合わないよ」
「そ、それは貴方に言われる筋合いありません!」
「忠告はしているからね?僕も少々左右田について調べていたんだ」


左右田君のことを馬鹿にしているような口ぶりに思わず強い口調で反論する。しかし、モノクマが左右田君のことを調べていると聞いてモノクマの顔を見た。


「どうして、左右田君を…?」
「さぁね、単に気になっただけだよ。でも調べていてね、左右田はみょうじさんと関わるべきでない人物だと分かったわけさ」
「…え?」


モノクマから衝撃的な言葉がポンポンと出てくる。
左右田君は私と関わるべきでない人物…?それがどういう意味を表すのか分からなかった。


「そ、それって…」


その瞬間控え室の扉が開かれ、演奏を終えたばかりの人達が流れ込んでくる。ガヤガヤとお疲れ様と言葉を交わすと控え室は一瞬にして賑やかなものになった。
モノクマは立ち上がり私の耳元で小さくこしょこしょと囁いた。


「君が知らないということは左右田は君に隠しているんだね」
「それはどういう…?」
「…今から場所を変えようか。閉店までに時間があるしすぐ終わる話だよ」


…気になる話だ。モノクマが左右田君に敵意を向けていることはすぐに分かった。


「……それじゃあ話す内容を少しだけ言うね」


深く考え込む私に痺れを切らしたのかモノクマは私に耳打ちする。


「左右田には自分の心さえも捧げた女性がいる」
「!?」


何かに射抜かれたかのように心臓が一瞬跳ねた。ドクリと血が流れる音が速いペースで体中響き渡る。


「…どう?聞く気になった?」
「……少しだけ」


少しだけと意地を張ったものの正直すごく気になってはいた。
好きな人がいるのならどうして私の家に泊まらせてほしいだなんて言ったのだろう。親と喧嘩して家を出たというのは何だったのだろうと。

心のもやが黒くなっているのを感じる。もやを晴らすためにも話だけは聞いておきたい。


「じゃあ僕の車に乗ってよ、移動はしないからさ。車の中で話そうじゃないか」


…もしかしてこれは、罠なのか?
そう思いつつもモノクマの後についていくしかなかった。

どうぞ、と助手席の扉もモノクマが開け、そのまま助手席に座る。他人の車に乗るのは何だか落ち着かない。
そしてモノクマが運転席に座り、後部座席から書類のようなものを出した。


「まず、みょうじさんはどこまで知ってるのだろう。…希望ヶ峰学園は知ってる?」
「…はい」
「左右田が選ばれた才能は分かる?」
「……いえ、機械系の才能かなと」
「そこまでは知らないんだね」


書類の中から1枚の紙を取り出し私に差し出してくる。それは左右田君についてビッシリと書かれた紙だった。


「左右田は超高校級のメカニックだよ」
「ああ…メカニック…だから…」


あんなに機械に対して真剣に向き合っていたのか…彼のことを知れて少しだけ嬉しくなる。…本当は彼の口から聞きたかったのだけれど。


「左右田の実家は自転車屋だ。小さい頃から機械に囲まれていてそれで才能が開花したんだろうね。
…後これも見てくれないかな?」


モノクマは小さい長方形の紙を何枚か渡してくる。…紙じゃなくて写真のようだ。


「…っ!」


そこには左右田君や他の希望ヶ峰学園の生徒も写っていた。澪田さんがギターを弾いて左右田君がアンプを工具でイジる写真、左右田君が奇抜な格好をした男子と金髪で童顔の男子と仲良く写っている写真…。

その中でも多かったのはツーショット写真だ。左右田君と上品で気品を感じる可憐な女性と写っている写真が殆どだった。


「…この人が」


なんて美しい人なんだろう。私が男性だったら惹かれそうな位の美しさだ。
左右田君がこの人に心を捧げたのだろうとすぐに分かった。
彼はとても幸せそうな笑顔で写真に写り込んでいた。私といるときに見せなかった幸せそうな表情…それが何よりの証拠だ。


「……そこに写り込んでいる女性はソニア・ネヴァーマインド。ノヴォセリック王国の王女様だよ」
「ノヴォセリック王国…!」
「…そう、すごいよね。そこの王女様が日本の希望ヶ峰学園に来ていたんだよ」


モノクマの言っていた事実に驚いていたが私はノヴォセリック王国というワードが引っかかった。
昨夜見たパスポートにもノヴォセリック王国に渡航した証があったからだ。


「…みょうじさん、ショックを受けているところ悪いけど、続きを見てくれる?
左右田は卒業後にノヴォセリック王国に渡航してそこで王族専用の乗り物の整備士をしているんだ」
「…えっ!?」
「そう、何で日本に来てここのバーで働いているのかそこまでは分からないけどね」


はい、と手渡された写真にはノヴォセリック王国の高貴な城を背景にして、整備士の服を纏った左右田君が写り込んでいる。
左右田君の目線の先には城から微笑むソニア王女が左右田君に手を振っていた。

頭のキャパシティがオーバーしそうになる。つまりこれから分かることは左右田君はソニア王女に恋をして、卒業後もソニア王女を追いかけてノヴォセリック王国で働いていたんだ。

そんなに好いていた筈なのにどうして左右田君はここにいる?どうして私の所に来たの?

疑問が膨らんでいく中でモノクマはねぇ、と私の肩に触れた。


「みょうじさんは、左右田の事が好きなのかい?」
「…!どうしてそんなことを私に聞くのです?」
「…気になって悪いかい?」
「そもそもこれをどうやって調べたのですか?」
「なに、希望ヶ峰学園には超高校級の探偵がいるからね、その人に対価を支払って調べてもらっていたんだよ」


モノクマは茶封筒を私にヒラヒラと見せる。探偵事務所の電話番号と住所が書かれていることから本当のことなのだろう。


「……好きと言ったら、なんて言うんですか?」
「諦めてもらうしかない」
「言うと思いました」
「そもそも、好きな人がいてわざわざその人の国まで行ったのにみょうじさんに近づくのか、…僕はそれが不思議で仕方なかったし怒りしか湧かなかったね」


モノクマは声を低くしてボソッと呟く。ああ、これが左右田君に敵意を向ける理由だとすぐに分かった。


「だからさ、みょうじさん」
「……っ?」
「…僕なら君を幸せに出来るよ」


端正な顔が私の方まで近づいて、


「んっ…!?」


リップ音が響いた。写真や資料を持つ手が震える。
今。今私はこの人にキスをされた…?


「な、何で、」


あまりの突然な行動に私の体が酷くショックを受けたのだろう。涙がとめどなく溢れた。


「左右田に関わるのはもうやめてよ。君が左右田に恋をしても無駄な恋なんだよ」
「む、無駄なんかじゃないです…」
「こんなにも絶望的に証拠が揃っているのにかい?」
「……っ!でも、私は」
「……そんなに左右田が好きなのかい?あいつと僕だったら僕の方がいいと思うけどなぁ」


何も言葉が出てこない。ただ今はモノクマの隣にいたくなかった。私の許可なく唇を奪った男はどうも生理的に無理になってしまったようだ。


車のドアを開け、私が座っていた場所に乱暴に写真や資料を置いて車から出た。


誰もいない所でただ考え事をしたかった。そうなれば、女子トイレだ。
私の車の中も考えたけど、それだと窓ガラスからモノクマに見つかるかもしれない。それなら女子しか入れない所に行くしかなかった。更衣室は他の演奏者に見られるかもしれなかった。

女子トイレの奥の個室に入り、鍵をかける。お客さんも使う所だから声を押し殺して泣いた。
急にキスされたことも悔しかったし悲しかったけど、それよりも私は心の底で左右田君のことを好きになっていた事実が押し寄せてくる。

けど、あの資料を見てしまった以上もう叶わないものと成り果ててしまった。


「左右田君…好き、…大好きだよ」


誰にも聞こえない声で呟くと悲しいことにストンと私の心がその言葉を受け入れていくのが分かった。

ああ、そうか。私は本当に左右田君のことが。そう思うと益々涙が溢れ出てきた。

何でよりにもよって好きな人がいる人に恋をしたのだろうか。
こんな思いなんて取り消したかった。
いつものように仲良くなれればそれでいいはずなのに。





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