あの後総理やSP、未来機関に江ノ島盾子が現れたことを連絡した。
日程を大幅に変更し、どうしても予定を変えられないものは厳重な警備を整えた。それ以降残党の襲撃は遭ったものの江ノ島に会ってない。むしろこのままの方がいいけど。

毎日緊張感を持つというものは大変息がつまるもので疲労が日に日に積み重なる。総理も狙われているという恐怖に戦いながら公務を進めている。彼だって疲労が溜まっているはずだ。
それでも総理は疲れを見せずに寧ろ私達を気にかけてくださった。彼の笑顔は心が温まるものであり、1日1回それを見ただけでその日は頑張れてしまうという位私にとって半端ないエネルギーとなっている。


それから数ヶ月したときのことだ。
前に話した縁談も日程を変更することになり、その振替日が明日だ。


「どうぞ、いつも頑張ってますね」


いつも通り書類を高く積み上げるもそれを処理していく総理にお茶を差し入れた。彼は私を少しだけ見上げ微笑んでくれた。その微笑みにまたドクンと胸が鼓動する音がした。


「ああ、いつもありがとう」


お茶を差し入れた後に丸テーブル近くの椅子に腰掛ける。すると遠くから総理の声が聞こえた。


「君は本当に素晴らしい人だ」


突然の言葉に総理の方を振り向く。
総理は私を見て笑みをこぼし、話を続けた。


「ここ数ヶ月の間にも絶望の残党の襲撃があったが君は襲撃直前に僕を安全なところへ誘導したな。それも1回だけじゃない!君は未来予知が出来るのか?」


総理は目を細めて笑った。
今までは確かに危険なこともあったがそれは嫌な胸騒ぎや勘で何とか難を逃れた。つまりは未来予知なんかではなく只の自分の第六感だよりで才能ではない。


「大袈裟ですよ。私は便利屋として、総理を守るSPとして仕事をこなしているだけです」


そして…と言葉を一瞬止めかけたものの、総理の顔を見つめ直して口を開いた。


「明日もそれ以降も仕事がある限り守らせていただきます。総理の主命とあらば将来の夫人もお守りしますよ」


私は出来る限り意識して口角を上げた。いつも笑うときってこんな感じだったっけ?と疑問に思いながら。

総理は目を少しだけ見開いたかと思いきや、目を伏せて窓の外を見つめてしまった。


「ああ、そうだな………」


その声は少し沈んだような声だったが私は何故かを聞こうとしたがその口を閉じた。きっと何か総理個人の問題だろう。プライバシーに関わってはいけないと感じた。


その翌日の昼、前に訪れた旅亭に総理とSP達、私でやってきた。
先に到着したようでSP2人は不審物がないか探し、異常が無いと分かると個室へ総理を案内した。
そしてしばらくすると社長と1人の女性が入ってくる。

その女性はとても美しかった。艶やかな髪、端正な顔、煌びやかな和服に身を包んだその姿はまさに正統派美人と言っても過言ではなかった。
思わず私自身も声を漏らしてしまいそうな位その姿に感服してしまった。

そのときに直感してしまった。この人が正に総理に相応しい女性だ、と。


「石丸総理。お待たせしてしまったね。さあ……ご挨拶をしなさい」
「はい、初めまして。……と申します。本日はよろしくお願いいたします」

「………う、うむ。よろしく…」


私は総理の後ろで正座をしているが後ろからでも総理は女性に戸惑っていると分かった。僅かだが背中がゆらゆらと揺れている。動揺しているのだろう。


「…後ろにいるのが、僕の秘書のみょうじくんだ」


突然名前を呼ばれて一気に視線が集まる。何故お見合いなのに私のことを紹介するのだろうか…。
声を出ずにとりあえず深くお辞儀をすると女性は私に微笑みかけた。その凛とした柔らかな笑みに同じ女性でありながらドキドキとしてしまう。
こ、これは勝てない…頭の片隅でそう思った。

やがて話もある程度進み、私は社長と目が合う。
お見合いといえば…と思うと察し、目を合わせながら頷くと社長が口を開いた。


「さて…そろそろ2人だけで色々話したいだろう。2人だけでごゆっくりと過ごしてくれたまえ」


そう社長が立ち上がると同時に私も立ち上がる。その姿を見た総理は驚いていた。


「ん、みょうじくんも…かね?」
「…そうですよ、私がいたら2人きりになれないじゃないですか。ご安心を。私やSP達が配置しておりますので」


そう笑みを作ると社長や女性の人は笑い、総理はそ…そうかと呟き頬が少しだけ赤くなる。
ごゆっくりと…とだけ言い襖をゆっくりと閉めた。

社長にも何人か護衛の人がついているのを確認し、私は所定の位置につくことにした。
旅亭内にある庭園の陰に潜むと1人での考え事が風船のように膨らむ。
何故ここ最近変なことを考えてしまうのだろう。それも総理に見合い話が出たその日から。

前を見つめていると人影が2つ。総理とあの女性だ。庭園を2人で歩いているところだ。
…どうして2人きりになる所を見ると苦しくなってしまうのだろう。暖かい気持ちで見守ろうと思っているのに。
それを行動に移さない自分を恨めしく思った。


庭園の中で2人で話している姿を見つめていると赤い光が総理を照らしていた。
それは下から上へと、そして総理の胸あたりに赤い小さな光が止まった。

まさか…!思わず飛び出し、総理を突き飛ばした。
何かが通り過ぎる風のような音。そして


「うぐっ…!?」


私の脇腹付近に何かが掠める。そしてそれは庭石に当たり、鈍い音を立てた。


「きゃあああ!」


隣にいた女性は悲鳴をあげると、護衛の者や社長が飛び出してくる。


「総理、お怪我は?」


総理は立ち上がり、背中についた砂を払う。


「大丈夫だ、僕は何ともない………

…みょうじくん!?その脇腹は!?」


彼は顔を青ざめながら私の右脇腹を指差す。見ると脇腹付近のスーツ、シャツが破れ、そこから血が滲み出ていた。総理を守るという思いから気づかなかったが今こうして見ると痛々しく、痛みも後から出てくる。


「…少し痛いですが大丈夫です」
「だ、大丈夫な訳あるか!すぐに病院へ…」
「大丈夫です、これくらいの擦り傷は手当すれば治ります」
「し、しかし…!」
「…総理、中に入りましょう。また狙われる可能性もあります」


痛みを堪えながら総理を中に案内する。旅亭の中にいた仲居さん達も慌てた様子で私の傷を見た瞬間別室へ案内された。
旅亭にあった救急箱と医学に知識があった仲居さんがいたようで適正な処置を受けることが出来た。これで何とかなると思ったがその考えを見透かされたようで「あまり動かないように」と釘を刺されてしまった。

仲居さんは他に仕事があると部屋から離れた。
腹部に包帯を巻いてもらった状態で上は下着だけだ。流石に着ないと、そう思いインナーの服を取った瞬間だ。
ガラッと襖が突然開く。そこには総理が立っていた。総理を認識するとビクリと自分の体が跳ね、総理も私を見た途端に顔が段々と赤くなっていった。


「すすすす、すまないっっ!!」


総理はそう言い慌てながら強く襖を閉められた。み、見られてしまった…。そう思うと私自身も体中が熱くなり早く着替えようと思ってもドキドキとして早く着替えられなかった。

どうやら話を聞いたところ、お見合いはとりあえず終了し社長達は先に帰ったようだ。着替え終わった後に仕事場へ帰るために総理を迎えに行く。どうしよう、気まずい…。気にしてないフリをしよう。

旅亭から出るといつもの黒い車とその近くに総理が立っていた。総理はこちらを認識すると私の方へ駆け寄ってきてくれる。彼は私を見てすぐ目を逸らし、それを繰り返していた。


「さ、さっきはすまない!じ、女性の体を覗いたわけではない!き、君が、みょうじくんが心配で…!」


しどろもどろなその姿は今まで見たことのない姿なものだから思わず噴き出してしまう。


「あはは、そこまで気にしていませんよ。ただびっくりしちゃいました…」
「む、本当に…」
「そこまで謝らないでくださいよ」


そう微笑みかけようとしたときだ。総理の後ろの車にエンジンがつく音がする。変だな、いつも全員乗ってからエンジンかけるはずなんだけど…。

私は彼の腕を掴み、旅亭の敷地内へ招き入れる。嫌な予感がする。


「どうしたのだ?みょうじく…!?」
「……!」


車には見慣れたSP2人…だったのだが、助手席から降りたSPがこちらに向けて銃を構えていた。SP2人はサングラスを取った……私は知ってはいけない事実を知ってしまったようだ。


「……貴方達は絶望の残党と同じだったんですね…」
「ふっふっふっ、さっきの銃から総理を守るなんてお前は良く出来たSPだよ」
「…な、なんで君達の目は…そんなに赤黒い目なんだね!?」
「赤い目、という点では総理もじゃないですか」
「…ぼ、僕は絶望の残党などではない!」


そう、サングラスを取った姿を見てなかったけど絶望の残党についての資料と同じ特徴をしていたのだ。赤黒く光った目をしていると。


「冗談ですよ、総理が絶望の残党ならもうこの日本を壊滅させてますしね」
「…だからなのね、江ノ島があの洋館の中に入れたのはセキュリティが甘かったわけではない!貴方達が招き入れたんだ!」
「ふふ、そうその通り!江ノ島様をいれたのは俺達だよ」


SPは高らかに声を上げる。
マズい、とにかく逃げなければ。しかし相手は車を持っている。奪うことは難しいだろう。

ではこの旅亭から逃げるか?幸いここは裏口から抜け出して少し走れば山の麓まで辿り着く。総理には無理をさせてしまうけど山を登れば逃げられるかもしれない。


「………総理、こっちへ!」
「あっ、ああ…!」


強引に総理の腕を引っ張り旅亭の中へ逃げる。銃が鳴る音は聞こえなかった。何とか女将や仲居さん達に事情を説明して裏口を使わしてもらうことにした。


SP…もとい絶望の残党は銃をスーツの中へしまい、車の中に乗り込む。


「おい、撃たなくてよかったのか?」
「撃ったところで俺達の絶望は小さいな」
「あの女は厄介だな」
「ああ、でもこっちの方が長くSPをやっているんだ。未来機関からの信用としてはこちらが上だ」


そう呟きながら助手席に座った男は携帯を耳に当てる。


「…ああ、苗木さんか?今大変なことが起きてだな…

未来機関が新しく寄越したみょうじなまえという女、絶望の残党のスパイだと分かった。現に今、石丸総理を誘拐して旅亭の中へ入ったのだ……ええ、恐らくは旅亭の近くにある山の中へ逃げ込むつもりでしょう。そこで応援を何人か欲しいのですが…え?待って欲しい?総理が大変な目に遭ってるんですぜ。こちらとしては早く対応して欲しい所ですがねぇ…ええ、流石は苗木さんだ…我々は旅亭の近くで待機してますんで…それじゃあ…」


男はニヤリと口角を上げて電話を切り、投げ捨てるように誰もいない後部座席のソファの上に置いた。


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