「総理っ!」

声を上げると総理はニコニコしながらこちらに振り向く。


「どうしたのだ、みょうじくん!」
「本当に怪我はないのですね?」
「これで何度聞かれただろうか。僕は大丈夫だぞ!」
「…それでしたら、今度こそそう受け取りますよ?」
「うむ、構わない」


私は総理の顔をじっと見つめると、総理は目を伏せ、私の肩に総理の手が置かれる。


「僕も不甲斐ないばかりに、君を大雨の中にさらしてしまった。本当にすまなかった」
「そんなっ!私は仕事をこなしただけです!私のことなど…!」


一瞬だけ彼の口がぽかんと開いた気がしたが、瞬きをすればいつもの笑顔が輝く総理に戻った。


「ハハッ、君らしいな。努力している姿は僕にも伝わってくる。そのままの君でこれからも仕事に励んでくれ!」


だけど、無理はいけないぞ。そう言って総理は優しく私の肩を叩く。励まされているようなその優しさと温かさに心から安心感が湧き出てくる。
何故総理といるときにそう思うのか分からないけれど。


「……はい、これからも精進いたします」


総理はこれから公務ということでこれから車で向かう。
事件の後でも公務の忙しさがなくなる訳がない。寧ろ復興作業も国全体で行うものだから忙しい。

忙しくても総理は疲れの表情を見せずに仕事を行う。その強さは隣にいる私がよく知っている。というより思い知らされた。


「みょうじくん、やっと今日最後の仕事だ。大丈夫かね?」


総理は車の中で私を覗き込むようにして見る。スケジュール内容を確認し、総理に伝えるのが私の大部分の仕事だが最後の最後で総理に取られてしまった。少しボーッとしてしまったが為に。


「はい、把握しております。失礼しました」
「そうか、気分が悪くなったらいつでも言うのだぞ?」
「気を遣わせてしまい、申し訳ありません。私めは大丈夫ですので」


総理に会釈をした段階で車が目的地で停まる。停まったら直ぐに降り、扉を開けた状態で総理を迎えた。ありがとうと小さく声が聞こえる。
そこは新しく出来たばかりの旅亭だった。最後の仕事はとある企業の社長と会食を行うことだ。その企業は復興作業に1番力を入れている企業であり、是非一度総理にお会いしたいと一報が入ったのだ。


旅亭の女将が私達を目にすると、どうぞと個室へ案内してくれる。
個室の前にはSP2人が立ち、個室内には総理が先に、次に私が入った。
個室内には既に初老の男性が座っている。


「大変お待たせした」
「ほぉ…君が石丸総理か。その後ろは秘書かね?」
「はい、みょうじと申します」
「ああ、ありがとう。2人ともかけてくれ」


私は総理の後ろに脚のない椅子が置かれてあったのでそこに座る。女将が料理を何回かに分けて2人の前に運ぶ。2人が談笑している中で目だけ動かし周りを見渡すが異常は無さそうだ。


「私的には総理がこんなに若くていいのかと不安になったものだが…撤回しよう。君が総理であって良かったと思っているよ」
「大変恐縮です」


そう言って深いお辞儀をする総理は何とも総理らしかった。女将が食べ終えた食器を下げて持っていき、襖がゆっくりと閉められた後に社長が口を開く。


「総理…ここからは政治や復興に関係ない話だが、聞いてくれるかね?」


社長の声は今までと違ってトーンが低くなったような気がした。


「大丈夫だが…どうかされましたか?」
「では単刀直入に言おうか。君は伴侶を見つけるべきだと思うのだよ」
「はんっ…!?」


総理はこれまでにない大きい声で言った。正直私も驚いている。


「はは、ここまで生真面目なのか。ある意味石丸総理らしいが、今までの総理らしくもない」
「き、急にそのようなことを言われたのは何故ですか?」
「今世界のほとんどが復興しつつあるのだ。これから外交も増えていくだろう?そのときに相手方の奥様と自分の奥さん同士で会話することも良くあるのだよ。案外女性の意見も捨てたものじゃない。身近に女性としての意見が言える人がいるのも大切だよ」


社長は総理に教えるようにして話す。


「なるほど…将来はそのようなことも必要なのか」
「もちろんだ、…そこで石丸総理。
私の孫娘とお見合いしてみてはどうかね?」


縁談だ…
確かに社長の言うことも間違いではない。間違いではないのだがそれを急に受け入れられない私が確かにいた。


「私の孫娘は多くの言語も話せるし、マナーや所作もキッチリとしている。真面目な君にピッタリだと思うのだが…」
「そ、そうなのか…。すまない、突然のことだったのであまり頭が働かなくてな」
「はははっ、まぁそうだろう。まだ君と気が合うかも分からん。見合いの場で彼女の話し相手にでもなってくれないか?」
「む、その位なら僕にでも」


…こんな雑念に囚われてどうするのか。今は仕事だ。不審なものはないか確認しなきゃ…。


最後の仕事を終えて車でいつもの洋館まで戻り、今は総理の部屋で仕事や明日のスケジュールをまとめていた。
総理は隣の寝室でもうご就寝されている。SPも片方が眠りにつき、もう片方は館内の見張りを行なっている。

お見合い、か。とてもめでたいことなのに釈然としなかった。スケジュール帳にボールペンで日程を書き込む。1ヶ月後に今日訪れた旅亭にてお見合い、と。


「へー、総理大臣ってこんなに激務なワケ?」


誰だ。
後ろから知らない女性の声がする。振り向いた瞬間に側頭部に激痛が走った。その女性に頭を押さえられて机に叩きつけられた、ってとこだろう。


「俊敏な女SPがいるって聞いたんだけどまさかアンタなの?鈍臭くて絶望的ね」


誰がいると言う気配が全くしなかった。…いや、考え事をしていたせいかもしれない。
見上げると女性の顔に全身の血が冷え渡る恐怖を感じた。資料で何回か見たことがある。


「江ノ島……盾子っ!」
「そう、SPのアンタなら知ってて当然よね」
「な、なんで…」
「何って潜入したのよ、セキュリティガバガバすぎー。外の窓から堂々と入ったわよ」


彼女は淡々と、たまに笑顔を混ぜながら話す。その姿に震えが止まらない。
このまま押さえられるわけにいかない。守らなければ、彼を。
彼女の手を掴み、手首を捻りながら引き剥がすと容易く解けた。
そのまま総理の寝室の部屋の前まで辿り着き、扉を背にして立つ。


「いたたっ…モデルの手に傷つけないでよねー」


彼女の声は何処にでもいるようなギャルの声だが、顔は感情を失ったかのような冷たい目で私を睨みつけてくる。


「…何が目的なの?」
「アンタの後ろにいたからもう知ってるけどねー、総理大臣の仕事日程知りたかったの」
「暗殺計画を立てるつもり?そうはいかない…!」
「いやいやいや、あんなにいっぱいあるなんて思わなくてさ!しかも見ーちゃった!お見合いやるの?あの石丸が?ちょーウケる!うぷぷぷ」


彼女は特徴的な笑い声でこちらを見つめる。彼女を睨みつけると怖ーいなんて言いながら睨みかえされる。


「睨めっこなんて遊びしたがるの、アンタだけよー?」
「は、はぁ!?ふざけないで!」
「…ま、こんなところかしら。この私様のカリスマオーラに気づかないアンタの評価はだだ下がりよ、株大暴落。次に期待ね」


彼女は部屋の窓を開け、窓に跨ってそう言い放つ。


「まぁ明日から気をつけなさいよ?」
「ま、待って!」
「バイバ〜イ」


彼女は満面の笑みを浮かべながら窓から飛び降りた。窓の下を覗くと不思議なことに人影が一つも見えなかった。窓を閉めてカーテンもきっちりと閉める。また何があるか分からない。今夜は徹夜だ。
自分がいつも使う椅子を寝室の扉の近くに置き、外が明るくなるまで不審な音がするまでただ耳を澄ませていた。


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