夏が始まる。
空は見事な青空。晴天日和だ。
まさに希望サミット開催を祝っているかのようである。

初日は各国の代表の迎えをしなければならない。
銃弾に強い車に乗り、空港へ向かう。運転手、助手席に座る人はあの2人のSPだ。後ろの席に総理と私が座っている。
そして車の後ろには未来機関が各国の代表の人達のために用意した車が列をなして走っている。


「…みょうじくん、そんな端に座らなくてもいいのでは?」
「えっ、そうですかね?」
「扉近くに座るのはかえって危ないぞ、もう少しこっちに来たらどうかね?」
「し、失礼します」

いや、総理の近くに座るのは何とも恐れ多いがそう言われると扉から離れるしか無い。総理との距離が近くなるにつれ背筋がピンとしていく。


「…一体どんな人達が来るのだろうか。実に楽しみだ」
「…はい、私も楽しみにしております」

だけど、彼の小さく呟いた言葉を返せたのは距離が近くなったおかげであろう。


「…ところでソレはなんだね?」

総理は私の胸ポケットを見つめる。そこには私が大切にしているアメジストのブローチだ。あの事件の渦中に襲われ、逃げ惑った日々を思い出す。

「これはブローチですよ、絶望的事件の中で私を助けてくれた人がいたんです。その人がお守りにということで貰ったものなんですけど…それから不思議と襲われることはなくなったんです」

今でも信じられない話だ。お守りを持ってて何も起こらなかったなんて…。漫画の世界でさえもあの状況の私は殺されているはずなのに。
総理はブローチから目線を逸らし、

「そうだったのか…大変だったな」

一瞬眉をひそめるもののすぐにいつもの顔に戻り、その後は無言のまま車は空港の駐車場へ入った。




空港に辿り着く。周りには一般人は全くおらず、未来機関の人が数十人…とても閑散としていた。壁一面窓ガラスになっており、ガラスの外には大きなカメラ機材を持った人達がいる。恐らく報道陣であろう。彼らは一般人故にどうしたって入れないのだ。無理もない。今のこの世界信じられるのは未来機関の人達だけだからだ。この空間の中に本当に自分がいていいものかと不安になる。

そして周りの空気が変化した。未来機関の人達が動き出したのだ。
唯一顔見知りのSP達は前へ進み、

「総理の隣で待機、何かあったら連絡しろ」

と言いながら小さめの無線機を渡される。即座に取り付け了解しましたと伝える。

無線機からは降りてくる順番に各国の代表の名前、その付き添いは何人いるかを伝えられた。その後に会場へエスコートする人の班が呼ばれる。

横目で総理を見ると背筋は真っ直ぐ、そして気を引き締めたような顔をしている。これは空港に来たときからずっとだ。
かなりの時間が経っている筈なのにこの集中力は正に超高校級とも呼ぶべきか。

すると人だかりが目の前のエスカレーター前に出来る。真ん中に立つオーラ溢れる人が代表であろう。遠目からでもすぐに分かった。
総理は代表の人を見つけるなり、笑みを浮かべるとゆっくりとエスカレーター近くまで歩いていく。側を離れないように同じ歩速で歩く。


そのときだ。
淀んだ空気の流れを感じた。気のせいといえば気のせいかもしれない。何せここの空港は希望とも言われる人達が集まっているのだから気が張り詰めているのだろう。そう思いながらも周りを見渡す。

見逃してはいけない。挙動がおかしい人物、違和感感じる場所は無いか。
無いならそれでいい。もしあったら大事なのだ。

「………?」

目を凝らした所はガラス部分だ。そこには報道陣がカメラを構えている。その後ろだ、何かフラフラしている人影が見える。アレは…。
見てると不安になってくる揺れ様に無線機を構える。


「みょうじより、窓ガラスに怪しい人影。どなたか確認してください」


そしてそれを聞いたSPの1人が私を一瞬見た後、報道陣がいる窓ガラスへ向かう。
すぐ近くにいる総理の方へ振り向くと総理は外国の代表の人と握手を交わしていた。


「Mr. President. ようこそ日本へ」
「Oh. Mr.Ishimaru! Thank you for coming to pick me up.」


2人はお互いに挨拶を交わしている。
…しかし、嫌な胸騒ぎがする。やはり心配になって周りを見渡すと代表が降りてきた2階から何か見えたような気がした。
違う国の代表の人…?それならあんなに隠れる意味がない。堂々とエスカレーターで降りていけばいいのだから。



ガシャーンッッ


突如響いた音にその場にいた人達はみんなそっちの方へ振り向いただろう。

壁一面のガラスが一部割れていたのだ。そしてさっき駆け寄ったSPが叫び散らす男を1人取り押さえている。


「止めろーーッッ!!離せーーーッッ!」


突如起きた異常事態に場は混乱…したのは報道陣の方で、未来機関の人達は駆け足で臨時体制を整える。

私は先程見た2階部分を見る。なんだか嫌な予感がしたのだ。
すると、ヒュッと心臓が止まりそうになる。2階に黒いコートの中で銃を構えた男がいるのだ。そして銃口は明らかに総理達に向けられている。


「…危ないっ!危ないーっっっ!」


ただ叫びながら、総理の肩を下にぐっと力を入れてしゃがませる。幸い、代表に付き添っていた人が日本語が分かる人のようでここにいる全員はしゃがむことが出来た。



そしてどんと破裂音が響いた。

明らかな銃声。それは誰にも当たることなく総理のすぐ後ろの床に弾痕が僅かな煙を上げて残していく。
しゃがませてなかったらこの弾痕は総理の胸の中を貫通していただろうと思うと血の気がすうっと引いた。


「……きゃああああ!?」

銃声を聞いた報道陣の前にいたレポーターらしき女性が悲鳴をあげると事態はまた更に混乱していく。
未来機関の人は2階に上がる者もいれば私達の方に駆け寄る者もいた。
目を丸くした総理に声をかける。ぐっと体を押し込んでしまったが大丈夫だろうか。


「総理、お怪我はありませんか?」
「う、うむ…何ともない。君は…?」
「私のことよりも、とりあえず代表の人と一緒にここを離れましょう!」
「り、了解した…」


総理は思わぬ襲撃に混乱しているようだ。
代表の人を見ると付き添いの人と歩いていた。代表の人と目が合うと彼は少し口角を上げた。


「Thank you. Purple Guardian.」


…、ぱーぷる がーでぃあん?
何のことだか分からないけれど、サンキューと言われたのは分かっているから軽くお辞儀をする。

その後、降り場などの場所を全て変更して総理と各国の代表の人達を迎えた。
総理には休憩をと提案したが総理は聞かなかった。結果的に何ともなかったから良かったのだけれども。

全員を迎えた後に総理と車まで歩いていく。車にはSP達2人が待機していた。

総理を先に車に乗せた後、2人の視線が痛い程私に降りかかる。
しばらく見つめ返していると1人が口を開いた。また何か厳しいことを言われるのかと覚悟していた。


「…今日の動きは悪くなかったな。よくあの状況の中判断できたものだ」


…へ?と呆気ない声を出しそうになるがぐっと抑える。続いてもう1人が話し出す。


「総理とお前が代表達を迎えていたとき襲撃者を散々吐かせた。どうやらアイツらは絶望の残党で、ガラスを割って気を引きつけ、別の場所でもう1人がドンと狙う予定だったそうだ。いわゆる陽動作戦だ。だが、お前だけだ。拳銃を持っていた男に気づいたのは。よくやった」

「…は、はぁ!恐縮です!」

普段全く見せなかった口角を上げるSPの顔に、こんな顔SPもするんだななんて思いつつ深くお辞儀をする。

「…さぁ、乗れ。会場へ行くぞ」
「はい!」

そして行きと同じように総理の隣へ座る。彼は「みょうじくん」と呼び、返事をして振り向く。私を見て総理はニカッと笑った。

「君のおかげで助かった。感謝する」
「そ、そんな…私は仕事をしたまでです」
「怪我は本当にしていないのか?やせ我慢はいけないぞ!」
「大丈夫ですって!私はどこも撃たれていませんよ!」
「ハハ、それなら良かった」


総理はふーっと息を吐くと、希望サミットについての資料をペラっとめくり熟読している。
…がしばらくすればプリントを見ずに窓の外を見つめているようだ。

窓の外には辺り一面の田んぼに雲ひとつない青空だ。行き先は緊張していて外なんて見てる余裕がなかったけど、帰りはゆっくりと見れた。
あの事件が起きたときは常に黒紫の雲に覆われて青空なんて見れなかった。
太陽に照らされた田んぼは新緑に光り輝いている。
ちょっと昔なら退屈だと思うかもしれない。けど今は平和な風景をずっと見続けていられるのだ。少しずつ平和になりつつある。そう実感しているから。

いつか世界中全てが素敵な色に終われたらいい。そう思いながら帰り道は窓の外を見続けていた。


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