普段着からスーツに着替える。元よりスーツはあまり好きではない。女性といえばタイトスカートなのだが動きづらいという理由でパンツスタイルにした。着替え終わって部屋を出ると、SP1人立ち塞がっていた。 「SPという立場上、動きやすくしたのは褒めてやる。後そこはお前の部屋だから好きにしていい」 淡々と上から目線で言われる。いや、確かに先輩なんだけど…。 「…護身術を学ばせたい所だが、お前は女だ。せいぜい総理の秘書という役回りがお似合いだ」 「…んっ!?」 「そうだろ?立ち回りとかは俺達の方が長けている。お前を教える時間も無いしな」 「ぐっ…」 しっしっと手で私を避けて行ってしまう。 馬鹿にされた気分だ。男性には勝てないけどちょっとした護身術は学ばなければならないようだ。 仕方ないから何か手伝うことはないか総理に聞こうと総理の部屋へ行った。 「お、みょうじくんか!うむ、きっちりとしてて似合っているではないか!」 「は、はい…恐縮です」 笑顔で迎えられて内心すごく安心する。あのSP達とは全く違う。 「総理…何か出来ることはありますでしょうか?」 「む?」 「いえ、総理の手伝いをしろということでしたので…」 「では簡単な書類を作ってくれないか?僕は僕にしか出来ない書類を作らなければならないからな」 総理は数ページの資料を差し出してくる。受け取ってみると、成程、少し調べ物をすれば何とかなりそうだ。しかし私にも出来るような仕事を未来機関がやらないのだろうか?忙しいということだろうか。それとも彼に試されている?なら最高の出来で彼に渡さなければならない。 「お任せください、すぐに仕上げてきます」 「ああ!お願いする!僕の書斎近くの棚に書類に関する書物があるからそれを使ってくれ」 彼は軽々と高い段から本を取り出して差し出す。それを受け取り、近くのテーブルにそれらを広げて作業をする。 総理と一緒にいるのはやっぱり緊張するもののそれは最初だけだった。後は自分のペースで楽々と進められる。 これでいいのだろうか?一応何回も確認したが不備はなさそう。私はサラサラと筆を進める総理に近づいた。 「総理。出来上がりました」 「はは、早いな。ありがとう」 総理は軽く目を通すとしばらく黙り込む。あれ、何か間違いでもあっただろうか。沈黙が怖く感じる中、彼が口を開いた。 「…みょうじくん」 「はい…何か間違いがありましたでしょうか?」 「いや、とんでもない!実に素晴らしい!間違いが何一つない完璧な書類となっている!あっはっは、凄いではないか!」 総理は満面の笑みで私の肩をバシバシと叩く。叩かれる肩が少し痛いがそんなに褒められるとすごく照れてしまう。 「ありがとうございます!他に何かありますか?」 「む、そうだな…どれなら君にも出来るだろうか」 そう言いながら積み上げられた書類から探していく。こんなにやることがあるんだ、大変だ。 一瞬総理が大量の書類に手をかけた……がその半分の量の書類を取り出して渡してくる。一瞬手をかけた大量の書類を私がやれば大分彼の仕事量が減るだろうし、もしかしたら今日中に終わるだろう。とりあえず私は半分の量の書類を受け取る。 「あの、さっきの書類もいただけませんか?私に出来るのでしたら」 「…いや、あれだけ渡したら君もキツイだろう?」 「いえ!総理のお手伝いが出来るのなら!それにこの後夜ご飯を食べなければならないじゃないですか!」 あ、しまった。もう夕方になっているし、お腹空いていたし、つい夜ご飯のこと言ってしまった。 彼はキョトンとしている。ああドン引きだ、これ。 「あ、す、すいません!」 「……ふふ」 「…へっ?」 「いや、そう言われればそうだなって思ってな!僕も夢中になっていたから忘れていたよ。さあ、早く終わらせようではないか!」 「…は、はい!」 私は大量の書類をテーブルにドサっと置く。…確かに多いが彼の量より少ない。絶対に総理より遅れてしまっては駄目だろう。 それよりも彼が心の広い人で助かった。もし総理があのSPだったら私の心が折れていただろう。 夕陽が沈んで空が暗くなったとき、やっとではあるが書類をまとめることが出来た。 「…総理!出来ました!」 「おお、早いな!」 私は彼の笑顔を見た後机に目を向けると驚愕した。終わるのが早かったのは彼の方である。既に書類は封筒の中。今机の上に広がっているのは彼のノートと社会についての参考書。彼は勉強していたのだ。私が終わるまで。 「…す、すいません!既に終わっていたのですね!何だか待たせてしまったようで…」 「なに、気にすることはない!僕も早く終わらせて勉強出来て良かったのだ!これで他の人より遅れをとることはなさそうだ…さて食事をしようか」 彼はドアの外へ出る。私も後を追って彼と食堂に向かう。 彼は相当な努力家だっていうことは分かった。だが常日頃仕事と勉強ばかりで頭は痛くならないのだろうか。いや、これが超高校級の力とでもいうべきだろう。 食堂ではSP達が食器を並べている。…しかしそれは1人分のだ。ああ、私はあくまでもSPというか秘書的な立場だ。ここで一緒に食べるというわけにはいかない。後で別の時間帯で食べよう。そう思ったときだ。彼の声が聞こえた。 「いつも思うんだが…君達は一緒に食べないのか?」 「…はい、総理が食事中に誰かが襲ってくる可能性がございます。なので我々で交代制で食事を既に取っております」 「そうか…もう2人共食べているのか…ならもう1人分今から用意出来ないだろうか?」 「というと、みょうじの分でしょうか?」 「ああ、彼女の分だ!僕としてはここにいる全員で食事したいものだが…。今日から2人分は駄目かね?」 「…了解しました。では我々2人で今後も交代で食事を取りますので、総理はみょうじとお取りください」 「それで頼む。……ああ、みょうじ君。気にしないでくれたまえ!食事中はSPくんも見守ってくれるから不純ではないぞ!」 「…不純、ですか?」 「ああ、屋根の下男女2人きりは不純だろう?」 心の中で、さっきの書類を片したときは2人きりだったのでは…?と思ったが仕事とプライベートは別にしてるのかなと勝手に解釈した。 彼は少しそういうことに敏感になっているのかもしれない。普通の人なら屋根の下男女2人きり、で不純とは思わないだろう。 とりあえず笑顔で「そうですね」とだけ返し、彼の席の向かい側に座った。 |