仕事を辞めてから数日が経った。厳密にいえばSPを辞めただけで未来機関には所属しているが、78期生達の計らいで怪我が治るまで休んでていいと命じられた。正直動き回るのが辛かったから助かるけど、総理の最後の言葉がどうしても忘れられなかった。


「僕のことなんて忘れて、君は幸せになるんだ」


思い出す度に涙腺が緩む。そんなこと言われたら逆効果に決まってるじゃない。忘れたくても忘れられない人なのだから。

毎日のように続いていた絶望の残党によるニュースはぱったりと無くなってしまった。それが平和になってきているという意味でもあるのだが、気になるのは江ノ島が捕まったというものは一切聞いていない。

そう考えた所で今の仕事で江ノ島を何とかなるようなものでもないし、江ノ島から守る人なんていない。
ボーッとしていると携帯にメールが入る。ダイレクトメールか確認すると未来機関からだった。

どうやら2週間後に総理の就任パレードが行われるらしい。就任当初は暴動も多かったから延期されているとは聞いたが遂に日程が決まったらしい。
現在支持率も高い為にかなりの大掛かりなパレードになるそうだ。未来機関の者は各所での警備を担当するとメールに書かれていた。
2週間後か、それなら脇腹の傷も大分癒えるだろうし問題ない。それに総理の顔だけでも見られるのなら是非警備をやらせてほしいくらいだ。そう思いながらベッドで横になり、至福の二度寝をすることにした。


病院に通うのに松葉杖が不要になり、ついに傷が完治した。間に合ってよかった。部屋に戻った直後に上司の霧切さんに連絡する。
霧切さんによると私の担当の警備場所はパレードとは程遠い場所だった。総理の顔を一目でも…と思ったがどうやら見れなさそうだ。電話口で説明を受けて電話を切った後気持ちが晴れずに深い溜息を吐きながらベッドに倒れた。流石に病み上がりの人間を大事なポジションに置けないだろう。分かってはいたものの、やるせない気持ちになる。


パレードの日は未来機関から多くの人が警備につく。パレードの要項を確認するとそれは大掛かりなものだ。実際に現場では大勢の一般人が駆けつけていた。手には小さい国旗を持ち、総理を待っている。
あまりにも人数が多く、私のようなパレードから離れた場所まで人が伸びている所を見ると警備の大変さを思い知る。
だが、仕事だから安全に終えないといけない。未来機関の無線をつけて所定の位置につき周りを警戒した。


次第に音楽が流れ、歓声が上がる。ビルの上から紙吹雪を舞わせる人も少なくはなかった。無線からは総理を乗せた車の出発、各場所についた未来機関の者が通過を報告する。

パレードの方を見ても人集りで総理の姿は見れない。残念に思いつつも総理を期待する声が上がるのをみて嬉しくなる。少し前まで総理の隣で働いていた人間からするととても誇らしいのだ。


「石丸総理!」
「石丸総理万歳ー!」


私の周りの歓声が一段と大きくなる。目をよく凝らすと豪華な車が通り過ぎていく。車の上にボンヤリと人影が見える。総理だ。遠くからだからどんな表情をしているのか分からない。けど、総理の姿を見ただけで心が満たされて満足だった。無線で通過した旨を伝えると携帯が鳴り出した。


「……非通知?」


携帯から目をそらせないくらいに嫌な予感がした。本来なら仕事中だから後で掛け直すものだがこの電話は今でなければならないと私の第六感がそう告げていた。


「…はい」


車が通過した後はパレードの場所から人が段々と離れていく。人々の声を出来る限り遮断して携帯の相手にだけ耳をすませた。


「お前がみょうじか、この前はよくも邪魔をしてくれたな」
「…!」


憎しみを含んだ低い声に警戒する。絶望の残党だ。


「この浮かれたパレードなら総理を仕留めやすいだろう。お前のことは遠くから見ている。総理の近くにいないと分かった今俺達は確実に総理を殺害できる」
「…それならどうして、私に…」
「お前は総理大臣の為に人生や命を賭けられるか?」
「……何が狙いです?」
「狙撃から総理を守ってみせろ、お前に出来るかな?」


ブチリと電話が切れる。
考えるより足が動いた。総理が乗った車のある方向に向かえば、人集りに巻き込まれるものの何とか掻き分けて進んでいく。それでもやはり遅れてしまい、車だけがどんどん先に進んでいく。

パレードのルートを思い出す。確かゴール手前に歩道橋があり、歩道橋を過ぎると車を停めてパレード終了だ。
歩道橋からどうにか周りのビルを見渡せないものか…。
そんなことを考えながら、とりあえず歩道橋まで走ってみることにした。

歩道橋が見えてくる。喉の奥まで冷たい空気が流れ込み、寒さと共に少し痛かった。上を見上げるとビルから旗を振る一般の人だらけで特定なんて難しかった。
もうここまできたら連絡するしかない。もうゴール付近まで来ているのだから車の中にいてもらった方がいい。無線で連絡を取ることにした。
周りを見渡しながら無線マイクを手に取った。


「みょうじです、大至急総理を車内に避難させてください!」
「な、なんだ?急に」
「早く避難させてください!どこか狙われている可能性があります!」
「…早く車内に入れてくれる?ここまで来たなら大丈夫でしょ?」


戸惑う男性の声が複数聞こえたが、霧切さんの声がピシャリと聞こえた。

霧切さんの無線により車の中へ降りていく総理の姿が見えた。流石支部長だ。やはり組織の上の言葉の力は強い。本来の無線の取り方を無視したからきっと後でかなり怒られる…マズいなぁと思いながら歩くと何かの破裂音が聞こえ、車がゴール目前で止まった。

一旦止まるだなんて聞いていない。
何か分かるかもしれない、そう思い人集りを掻き分けて近づいていくと車がパンクしたとの噂が人集りの中から聞こえる。
人集りを抜けパレードの最前線まで来ると確かに車が停められていて周りに警備の者が複数人いた。

目を凝らすと確かに車のタイヤがパンクしていることに気づく。左の前輪部分にパンク跡だ。不自然なパンク跡からして狙撃されたものではないかと察する。そうなると私がいる道路の左側のビルが怪しいと考える。


それなら霧切さんにこの事を伝えようとした瞬間。


「…っ!?」
「悪く思うなよ。どんなに立場が離れたってお前は邪魔なんだ」


声が出ない程の痛みが背中を襲った。更に硬い何かが私の体の中をえぐってくる。私は声のした方や痛い部位に目を向けられず目を閉じた。

何者かに刺されたようだ。病み上がりなのにまた更に傷をつけられてしまったようだ。私が体勢を崩した頃に周りから悲鳴がぐわんぐわんと頭の中に響く。
それも一瞬で次第には声すらも聞こえず、そのまま意識を失った。


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